Chapter1 帝国ダークマジック
10:妖精-精霊国の王子
「はいはい。森にでも帰んなさい~」
ぱんっとその辺りで拾った枝で馬の尻を叩く。
2頭の馬は小さく鳴くと、そのまま木々の間へ消えていった。
「まったく。とんでもないことするんだから」
「でも、そのおかげで余裕で城下についたでしょ?」
「ちょっと補助呪文かけすぎな気もするけど」
「あれくらいドーピングしなきゃ途中で潰れてたって」
呆れ口調で言うタイムに、ルビーは笑って言葉を返した。
時の起こりは前日の昼過ぎ。
クラーリアの次にある町、ホルバに着いた一行は、町の入り口で2手に分かれた。
情報を得ようが何をしようがそのまま解散。
妖精の森を見つけるまでは合流しないということになったのだ。
運がいいと言うべきか、ルビー、セレス、タイムの3人は、4人と別れてすぐにそれらしい有力な情報を手入れた。
精霊の森。
エスクール城下の西にそう呼ばれる森があるのだという。
「城下……。この国の最北端の街じゃない」
「急ぐにしても時間がないわね。外れた場合の切り替えができなくなっちゃうかも」
そのときは移動手段が徒歩のみというのが、彼女たちの一番の問題だった。
ふと、ルビーが何かに目を止めて、じっとその方向を見つめる。
「……ねえ、2人とも」
考え込んでいた2人が顔を上げて彼女を見た。
「騒ぎになってもいいかな?予定通りに戻れれば……」
承諾してよかったのか悪かったのか、思い切り悩む疑問だった。
今のエスクールはダークマジック帝国領の一部。
当然町にも帝国兵はうろついている。
だが逆にそれを利用しようと考えたらしい。
ルビーは近くにいた帝国兵に奇襲を仕掛け、彼らが連れていた馬を2頭、見事に奪った。
「乗って!セレスはこっち!」
セレスがルビーの後ろに、タイムがもう1頭に飛び乗る。
乗馬などしたことはなかったが、今は緊急時。
火事場の馬鹿力で何とかなる。そういう判断だったらしい。
その後、ホルバを離れてから馬に身体能力を上げる補助系の呪文をかけられるだけかけた。
それから夜通し馬を飛ばして大陸の中央にある森を突っ切り、今に至るというわけだ。
小さいとはいえ一晩で国の最北端付近まで北上できてしまったことに疑問を感じたけれど、今はそんなことを気にしている場合ではない。
「無事に着いたんだから今回は良しとしましょう。ね?タイムさん」
セレスの言葉に、タイムはため息をついた。
「まあ、今回はね」
ルビーが馬を奪わなければ、1日でここに来ることはできなかったはずだ。
夜通しで馬を飛ばした疲れも、縦に長いはずのこの国を一晩で縦断できたことに対する疑問もあったけれど、休んだり悩んだりしている暇がないことは十分わかっていた。
「さて。森についての情報、集めなきゃね」
言いながら、ルビーは装備の確認をする。
「そうね。外れたら元来たルートを戻らないとだけど……」
「ちょっと!なんでもそうマイナスを予想するのは止める!」
「きゃっ!」
言いかけたセレスの言葉を遮って、ルビーは彼女の頭をぽんっと叩いた。
「姉さん!」
「プラス方面で考えないと、うまくいくものもいかなくなるでしょうが」
一理ある。
だから、言い返すことができない。
「とにかく行くよ。タイムリミットは今日の昼なんだからね」
「……うん」
強い口調で言うルビーにため息をつきつつ、タイムは静かに頷いた。
エスクール王国、城下町。
かつての王都。
今は帝国から派遣された領主が治めている街。
それでも活気だけは失っておらず、道は人で溢れていた。
「ふ~ん。ここがエスクール城下ね」
辺りを見回してルビーが呟く。
「見た目は平和。……占領されてるなんて思えないくらい」
「そうでもないみたいよ」
セレスの言葉に2人は視線だけを動かした。
人ごみにまぎれて移動しているのは、確かに帝国の紋章を刻んだ鎧。
他のどの町でも見かけた、あの冷たい鎧を着た兵士だ。
「いくら平和でも、あれじゃ実感しないわけにはいかないか」
そう言って、タイムは小さくため息をついた。
「まあ、今はその問題は放っておこう。それよりも……」
「妖精の森を探さないとですからね」
微かに笑みを浮かべて言うセレスに、ルビーは頷いた。
ちょうどそのときだった。
突然ルビーの背後から声がかかったのは。
「おい、お前ら」
驚き、反射的に振り返る。
そこに立っていたのは、鉄仮面を身につけ、顔を完全に隠した帝国兵だった。
「な、何か御用でしょうか?」
反射的にセレスが帝国兵に問い掛ける。
「見慣れない顔だ。ここの者ではないな?」
その言葉にセレスは一瞬、顔を強張らせた。
「……ええ、クラーリアの方から参りました」
「何のために?」
「何のためだっていいじゃない」
きっぱりとルビーが言い返す。
「いくら今、この国があんたたちの親分のものだからって、他人のプライベートにまでズカズカ入り込んでいいと思ってんの?」
「ね、姉さんっ!?」
「ルビーっ!?」
言い返してしまったルビーに、思わずセレスとタイムが声を上げる。
「お前たち、何処の者だ?」
怒る様子もなく帝国兵が聞き返した。
「今のこの国で我々にそんな口を利いた奴がどんな目にあっているのか、知らないわけではあるまい?」
「それは……」
口籠もったルビーを見て、帝国兵が腰の剣に手をかける。
次の動きを悟って、ルビーは背中に手を回し、短剣を握った。
不意に、耳に小さな音が飛び込んだ。
視線を動かすと、小さなエンブレムのようなものが地面に落ちているのが目に入る。
どこかで見た覚えのあるエンブレムが。
それが何かを悟った瞬間、帝国兵がそれに気づくより先にルビーは動いていた。
地面を滑るように走り、エンブレムを奪い取って反対側に抜ける。
がしゃっと音を立てて帝国兵が振り返った。
「どういうこと?」
静かにルビーが口を開いた。
拾い上げたエンブレムを睨んだままで。
「これって、これは……」
「待ってくれ!」
慌てた様子で帝国兵がルビーの言葉を遮った。
「それ以上言わないでほしい」
突然口調の変わった帝国兵に、話についていけなくなったセレスとタイムは顔を見合わせた。
訳がわからない。
ルビーは一体何を拾ったというのか。
「説明して」
帝国兵を睨んでルビーが言う。
「どうして、あんたがこれを持っているの?」
先ほどとは打って変わった冷たい口調。
「……俺はそこの団員だ」
微かに俯くと、帝国兵はきっぱりと言った。
「じゃあ、どうして?」
「それは……」
顔を上げ、鉄仮面の隙間からしっかりとルビーを見る。
「ついて来てくれ。それは、ここでは話せない」
それだけ言うと、帝国兵は3人に背を向けた。
帝国兵の視線が逸れたのを見て、セレスとタイムはルビーの下へ駆け寄った。
「姉さん!」
妹に呼ばれ、ルビーは静かに顔を上げる。
「ルビー。あんた、一体何を拾ったの?」
「……これ」
差し出されたものを見て、思わず2人は目を見開いた。
「これって……」
「自由兵団の、紋章?」
唖然として、それでも何とか声を潜めて聞き返したタイムに、ルビーは黙って頷いた。
エスクール王国に存在する公式の騎士団のうちの1つに『自由兵団』というものがある。
王家直属の私服騎士団。
そしてその団長は、その時々の王家の人間であるはずだ。
帝国占領前までは第一王子が兵団の、その妹である第一王女が女兵団の、それぞれ団長を勤めていたと言う話を3人はここに来るまでに耳にしていた。
「それが、どうして……?」
「わかんないよ」
ため息をついてルビーが答える。
「でも、行ってみないことには始まらないかもしれないわ」
突然言われた言葉に、ルビーもタイムも驚いた様子でセレスを見た。
「セレス?」
「悪い人じゃない気がするんです。あの人」
少し離れた場所で自分たちを持っている帝国兵へわからないように視線を向けた。
「だから行きましょう。もしかしたら、手がかりを手に入れるチャンスかもしれない」
「チャンス、ね……」
考え込むように目を伏せてルビーが呟く。
「そうだね。まあ、なるようになる。行くだけ行ってみようか」
そう言って、ルビーはタイムを見た。
その視線に気づいているのかいないのか、タイムは小さくため息をついた。
「わかった。付き合うよ。言い出したら止まんないしね、あんたたち」
タイムに言われたその言葉に、セレスは思わず苦笑した。
帝国兵は町外れにある小さな店に彼女たちを通した。
「どちら様でございますか?」
カウンターにいた男が帝国兵を見て丁寧に尋ねる。
黙ったまま、帝国兵は自らの鉄仮面に手をかけた。
決して外すことのなかったそれを、ゆっくりと外す。
「俺だ」
仮面の下から現れたのは、レミアの緑とはまた違った濃緑の髪を持つ青年。
一般からすれば、おそらく美青年の分類に入るであろうその青年を見て、男は驚いたように目を見開いた。
「フェイト様。あなた様がここから戻られることなど滅多に……」
言いかけて、言葉を止める。
どうやら後ろにいる3人に気づいたらしい。
男は慌てて咳払いをした。
「いい。彼女たちは俺の連れだ」
「フェイト様の……」
男は少し驚いたようだったが、やがて小さくため息をついてカウンターの奥に続く道を開けた。
「どうぞお通り下さい」
そう言って、頭を上げる。
「すまない。どうぞこちらへ」
先に男に礼を言うと、青年はこちらを振り向き、そう言った。
そして、自分はさっさとカウンターの中に入り、奥の扉へ姿を消した。
先導するように奥へ消えた後姿を見ても、3人は彼を追いかけようとはしなかった。
入ろうとする気持ちよりも警戒しようと思う気持ちの方が強かったのだ。
慎重に辺りを見回すだけで、ルビーは一向に足を動かそうとしない。
それを見てか、セレスもタイムも中に入るのに戸惑っているように見えた。
「お客様」
呼びかけられ、3人は揃って男を見る。
「敵に見つかりたくはありません。お早く殿下の元へ」
「殿下?」
聞き返すと男は静かに頷いた。
「……どうする?」
振り返ってルビーが2人に問いかける。
「ここまで来たんだから行くしかないでしょう」
呆れたようにタイムが言った。
セレスもそれに同意するように頷く。
「わかった。……行こうか」
カウンターの奥の扉に視線を移し、ルビーは静かに歩き出した。
奥の扉の向こうには地下へと続く階段があった。
その階段の下で帝国兵――濃緑色の髪と瞳を持った青年が自分たちを待っていた。
「ここ、何?」
青年に追いつくなりタイムが問いかける。
「ここはレジスタンスのアジトです」
言われた言葉に3人は驚いて青年を見た。
「レジスタンス?」
「帝国に対する反乱軍です」
ついて来てくださいと言って、青年は再び歩き出した。
「3年前のエスクール城が没落した日。この国は帝国のものになってしまった」
歩きながら静かに青年が語り出す。
「国王は捕まり、城は帝国に占領されました。だけど……」
不意に青年はある部屋の前で足を止めた。
「国王は自分の子供を、王子と王女を逃がした。自由兵団のほぼ全員とともに」
「それがどうしたって言うの?」
静かにルビーが聞き返す。
「彼らが作ったんです。この組織は」
背を向けたまま静かに青年が言った。
「自由兵団が反乱組織を作った。そして、俺たちはずっと探していた」
ゆっくりと青年が振り返る。
その緑色の瞳にはしっかりと3人の姿が映っていた。
「ミルザの血を引くセブンマジックズと呼ばれた人たちを、あなたたちを探していたんです」
その言葉に3人が表情を変える。
「……何のこと?」
「この世に在らざる黄色の髪」
セレスに視線を移して静かに続ける。
「その髪を持つのはクリスタの血を引く者しかいない。それくらい知っています」
その言葉に、セレスは思わず視線を逸らした。
一見しただけでは見間違えてしまいそうだが、セレスの髪は金髪でなく黄色だ。
気にしていなければ、そう目立つ色でもない。
しかし、明らかに金とは色の違う色をしているのが、注意をして見てみるとよくわかる。
これはミルザの血を引いている者のみが持つ特別な色。
「……中へ」
セレスの反応がないのを感じると、青年は扉を開けて3人を中へと促した。
何も言わずに3人はその扉の中へと入る。
「!リーフ様っ!?」
青年を見て、中にいた剣士の1人が声を上げた。
「リーフ様、よくぞご無事で」
「1週間近くも戻られることなく、心配いたしました」
「すまない。中がとても抜けられる状況ではなかった」
それだけ返すと、青年は身に付けている鎧を外した。
「リーフ様。その者たちは?」
扉の前に立ち尽くす3人を見て、剣士の1人が尋ねる。
「客人だ。我らが探していた」
青年の言葉に、ざわっと室内が騒がしくなる。
「ちょっと待った!」
慌ててそれを沈めるようにルビーが口を開いた。
「悪いけど、あたしたちは“セブンマジックズ”じゃない」
驚いたように青年が振り返る。
「違う?じゃあ、その髪の色はどう証明する!?」
「答えてあげてもいいけど、その前にあんたが誰なのか教えて。こっちが答えるのはそれからよ」
睨むような瞳でルビーが青年を見る。
彼は複雑な表情を浮かべて口籠った。
しばらく何か考えていたようだったが、やがて大きく息を吐くと、服の左袖を捲り上げた。
「……っ!?」
「それは、王家の紋章っ!?」
思わずセレスが声を上げた。
異世界育ちの彼女たちも、自由兵団のエンブレムや王家の紋章のことは知っていた。
魔燐学園の中央管理棟にある理事長室付属の資料室。
理事長室からのみ入れるその部屋の、一番奥にあった古びた金庫。
7つの属性全ての魔力で封印されていたそれを、彼女たちはつい最近解放した。
その中に残されていた8冊の本。
それぞれ属性に通じた色で、それぞれの子供たちに残された本のうちの、誰宛とも書かれていなかった最後の1冊に、先代の故郷エスクールについての知識が全て記されていたのだ。
ただひとつ、妖精の森の詳細を除いて。
「俺はリーフ=フェイト=エスクール。この国の第一王位継承者だ」
静かにそれだけ言うと、青年――リーフは服の袖を下ろした。
「第一王子。あんたが……」
「今度はそっちの番だ。あなたたちが勇者の子孫でないなら、その髪の意味が証明できない」
睨むようにルビーを見て、しっかりとした口調でリーフが言った。
その言葉に、ルビーは参ったとばかりにため息をつく。
「……確かにあたしたちはミルザの血を引いてるけど、あんたたちのその認識は間違ってる」
「間違ってるって、どういう意味だ?」
言葉の意味がわからなかったのか、リーフは訝しげに眉を寄せた。
「セブンマジックガールズ」
その言葉に、全員が視線を動かした。
言葉を発したのはルビーでなく、しっかりとリーフを見つめていたセレスだった。
「セブンマジックズと呼ばれていた方々はすでに先代。私たちはその娘です」
はっきりと告げられたセレスの言葉に、室内は再びざわめいた。
「イセリヤに敗れた後、先代は異世界アースへ逃げ延びました。私たちはそこで生まれたんです」
静かにセレスが真実を語る。
「ダークマジックの異世界侵略。それによって私たちの魔力は目覚め、それからずっと故郷で戦いを続けてきました」
そこまで言うと、セレスは静かにリーフを見た。
沈黙が流れた。
ルビーとタイムは何も言おうとしなかった。
レジスタンスの面々も、おそらくリーフの言葉を待っているのであろう。
「……それでも」
静かにリーフが口を開いた。
「それでも、俺たちがあなたたちを探していたことには変わりはない」
きっぱりと自分の中にある言葉を告げる。
呼び方はどうでもよかった。
彼女たちにつけられた総称自体、今はほとんど使われていない呼び方であったし、自分たちが捜していたのがミルザの子孫であるということに変わりはなかったから。
「協力してほしい。帝国からこの国を取り戻すために」
「無理ね」
きっぱりとルビーが言った。
「どうしてっ!?」
「あたしたちだって親の仇、イセリヤを倒したい気持ちはある」
静かにタイムが口を開いた。
「でも、まだ力不足なのよ、あたしたち」
「それに別行動してる仲間がいてね。知ってるでしょ?あたしたちは7人でひとつのチームなんだってこと」
ルビーの言葉にリーフははっと3人を見た。
確かに足りない。あと4人。
「あたしたちの独断じゃ決められない。それに……」
言いかけて、ルビーはタイムを窺った。
何も言うことなく、タイムはどこか別の場所を見つめている。
微かにため息をつくと、ルビーは再び口を開いた。
「探しものに来たの」
「探し物?」
「そう。タイムリミットは今日の昼過ぎ。つまりあと4時間もない。それまでにあたしたちは一度アースに帰らなくちゃならない」
そう決めて、そう約束して他の4人と別れたのだから。
「約束します」
唐突にセレスが口を開いた。
「時がくれば、私たちは必ず帝国に攻め込みます。だから、教えていただきたいんです」
驚いたようにリーフがセレスを見た。
「妖精の森と呼ばれる場所がこの国のどこかにあるはずなんです。教えてください」
意外な言葉だったのか、リーフは目を丸くしてルビーを見た。
しかし、全員の顔が真剣なものだと知ると、息を吐いてしっかりと3人を見つめる。
「それは、おそらく“精霊の森”と呼ばれる迷いの森のことだと思う」
「迷いの森?」
「そう。入ったものは奥まで辿り着くことができずに迷い、気がつくと森の入り口に戻ってきてしまう。そんな森だ」
「精霊の森の話なら、他の街でも聞いたけど……」
「そんな森がどうして精霊の森って呼ばれてるの?」
首を傾げて尋ねると、リーフは眉を寄せた。
おそらく由来を思い出そうとしているのだろう。
「確か、あの森に迷い込んだ人間の中に不思議な暖かい光が飛んでいるのを見たという者が何人も出たんだ。それがきっかけで “精霊の森”と呼ばれるようになった」
そこまで説明すると、リーフは隣にいた剣士を見た。
「ディオン。この辺りの地図を」
「かしこまりました」
ディオンと呼ばれた剣士は立ち上がると、すぐ近くにある棚から1枚の小さな地図を取り出した。
「ここが今、我らのいる城下です」
地図をテーブルに広げ、ディオンがその中の一点を指す。
「そしてここからまっすぐ西に進むと、1時間ほどで森が見えます」
「そこが今話した精霊の森だ」
再びリーフが口を開く。
「この国に妖精の森と呼ばれる場所があるなら、俺たちの知る限りここしかない」
「上出来」
小さくルビーが呟いた。
「ありがと、王子サマ。お礼に、近いうちに必ず帝国を叩いてやるって約束する」
そう言って、にっと笑みを浮かべて見せる
「……女が見せる顔じゃないな」
「女がおしとやかだと思うのは偏見ですよ、兄様」
突然響いた声に、全員の視線がそちらに移った。
そこにいたのは、茶色い髪を持つ銀色の胸当てを身につけた少女。
「ミューズ様っ!?」
「王女殿下っ!?」
驚いたように男たちが声を上げた。
「どうして城下に……」
「中間報告です。我が団の副団長は他国に偵察へ行っていますから」
にこっと笑ってミューズと呼ばれた少女が言った。
そして、静かに3人に視線を移す。
「お話、聞かせていただきました。あなた方がミルザの血を引く勇者、なのですね」
「盗み聞きとは趣味が悪いぞ、ミューズ」
「スパイ活動をしている兄様に言われたくないわね」
否定のできない指摘に返すことのできる言葉もなく、リーフは口籠ってしまう。
それを完全に無視してミューズは再び3人を見た。
「お初にお目にかかります。私はミューズ=フェイト=エスクール。そこにいるリーフ=フェイトの妹でございます」
いくら鎧に身を包んでいようとも、その仕草は確かに王族のものだ。
「迷いの森へ行く件ですが、地上からは危険です」
頭を上げると、きっぱりと言った。
「危険?」
「はい。現在、調査団と称したダークマジック本国からの兵士があの森の秘密を探っています」
「何だってっ!?」
ミューズの言葉に、リーフが思わず叫ぶ。
「あの辺りにはお前たちのアジトが……」
「だからアジトを移動した。そう報告に来たのです」
兄に視線を向けると、静かに告げた。
「帝国兵が……」
目を細めてルビーが小さく呟く。
「どうするの?今のこの状態で、数の多い敵を相手にするのは無謀よ」
「わかってる。でも……」
行かなければならない。
ルビーに問いを投げかけたセレスも、それは十分わかっていた。
「隠し通路」
唐突にリーフが言った。
「脱出用の隠し通路。確かここの何処かに造ってあったな」
「はい」
しっかりとディオンが頷く。
「その中にあるはずです。森の中の入り口付近にある枯れた古井戸に繋がる道が」
その言葉に3人は顔を上げてリーフを見た。
「そこを使わせて!ここで足止めを食らってる時間なんかない!」
「わかった。そこまでは……」
「私に案内させてください」
「!?ミューズっ!?」
驚き、リーフは妹を見た。
「私も自由兵団の1人。ただ隠れて戦いの準備をしているだけではありません」
「そうだが、もし……」
「兄様に何かあった場合なんていう最悪の事態を考える時点で戦いに負ける。私はそう思っています」
きっぱりとミューズが言った。
「……わかった」
顔を伏せ、リーフが小さな声で了承する。
「この代わり、お前は外に出ずに戻ってこい。いいな?」
「はい、ありがとうございます」
一礼して兄に礼を言うと、ミューズはこちらを見た。
「では行きましょう。皆さん」
「待ってくれ」
部屋から出ようとした3人をリーフが呼び止めた。
「まだ名前を聞いてない」
真っ直ぐに言われたその言葉に、ルビーは思わず苦笑した。
「そーだったね。あたしはマジックシーフ、ルビー=クリスタ」
「タイム=ミューク。スピアマスターよ」
簡単にそれだけ言うと、2人はさっさと部屋を出て行く。
ただ1人、セレスだけがまだその場に留まっていた。
「あなたは……」
「あなたは」
問いかけようとしたリーフの言葉をセレスが遮る。
こちらに向けられたその瞳には、しっかりとリーフを映していた。
「あなたは何のために、わざわざ帝国軍に入ってまで戦おうとするのですか?」
言われなくても、ここまでくれば気づく。
自由兵団のほとんどの者が、スパイとして帝国に侵入していること。
その雰囲気が嫌でも気がつかせてくれる。
「……嫌だったんだ」
静かにリーフが言った。
「嫌だった?」
「俺は……俺たちは王位継承者という理由であの時城から逃がされた。いつか国を取り戻したとき王になるために、それまで隠れていろと言われて。でも……」
言葉を切って、顔を上げる。
「ただ守られるのは嫌だった。ここは俺の国だ。何もせず、国を救おうとせず、守られるだけ。それでどうして、この国の王になれる?俺も、自分の故郷を取り戻すために何かしたかった」
「……あなたがそう言うのならば、この国の未来は安泰ですね」
突然言われた言葉に、反射的にリーフは顔を上げた。
視界に入ったセレスは笑っていた。
ふんわりとした優しい笑顔で。
「でもたぶん、ミューズさんも同じ気持ちだと思います」
「え……」
「そこだけは、よく考えてあげてください」
それだけ言って、セレスは部屋を出て行こうとした。
「あ……」
ふいに、忘れていたことに気がついて足を止め、振り返る。
「私はセレス=クリスタ。このチームのマジックマスターです」
よろしくお願いします。
そう付け加えて軽く頭を下げると、セレスは早足に部屋を出て行った。
「セレス=クリスタ……」
彼女の出て行った扉を見つめたまま、無意識のうちにリーフは彼女の名を呟いていた。