Chapter1 帝国ダークマジック
14:幻想の塔-再会
呼ばれた気がする。
遠い記憶で、確かに誰かが呼んでいた気がする。
誰?母さん?父さん?
違う気がする。
彼らよりも、もっと近くにいた人のような……。
「……姉さんっ!」
今までぼんやりと聞こえていた声が急にはっきりと聞こえて、妙に重たい瞼をゆっくりと持ち上げた。
開いた瞳に映ったのは、心配そうに自分を見ている少女の顔。
「セレス……?」
ぼんやりとした頭で、それでも何とかそれが妹だと認識して名を呼んだ。
「よかった。気がついた」
ほっとしたようにセレスが息を吐いた。
「ここは……」
起き上がろうとして、襲った眩暈に額を抑えた。
世界が回っているような酷い感覚に顔を俯ける。
「大丈夫?ルビー」
その声に初めて他の人物が近くにいたことを認識した。
誰だか確かめようと顔を動かして、視界に入ったのは服の一部を赤黒く染めたペリドット。
起き上がった自分を支えてくれているのだろう。
彼女の片腕は、ルビーの背に添えられていた。
「あんた、その服……」
言いかけて、向けられた人差し指に言葉を止める。
「君の血だよ」
そう言われて、自分の服へ視線を落とした。
白かったはずの服が、左肩から下にかけて真っ黒に染まっていた。
一瞬唖然とそれを見つめてから、不意にその理由を思い出して僅かに目を見開く。
先ほどの、あの灰色の世界での戦闘で、自分は左肩に大きな傷を負ったのだ。
「にしても珍しいよね」
突然かけられた声に、呆然と服を見つめていたルビーは我に返り、顔を上げた。
「あんたが最後の最後で気を抜くなんてさ」
「タイム」
腕を組んで、本当に意外そうな表情で自分を見下ろす親友を見て一瞬目を瞠ったものの、すぐに困ったような笑みを浮かべて「本当だよ」と言葉を返す。
自分でも本当に珍しいと思う。
ただの喧嘩だって、今まで一度も気を抜いたことなどなかったのに。
「それより、ここは?」
周りにいる仲間を見回して、ルビーは訪ねた。
「幻様の作り出した異空間だ」
返ってきた予想もしなかった答えに、正確にはそれを告げた人物の声に、目を見開いて勢いよく振り返った。
「アールっ!?」
視界に入った人物を見て、その名を叫んだ。
無理もない。敵であるはずの彼女が自分たちと共にいるのだ。
何も考えられずに勢いで立ち上がった直後、また酷い眩暈に襲われた。
倒れ掛かるルビーを後ろにいたタイムが支える。
「大人しくしてなさい。血が足らないんだから」
アールの背後から聞き慣れた声が聞こえた。
見ると、そちらからミスリルがやってくるのが目に入る。
「ほら。薬湯作ってきてあげたから、とりあえず飲んで」
ぶっきらぼうに言って、持っていた薬湯の入ったカップを手渡す。
「あ、ありがとう……」
素直にそれを受け取ってしまってから、はっと我に返った。
「……じゃなくって!どうしてここにアールがっ!?」
普段ならおそらく、今に持っているものなど床に投げつけてしまっただろう。
だが、今それをするとミスリルにどんなお仕置きをされるかわかったものではないので、何とか理性を働かせてその衝動を自分の中へ押し止める。
「どうしても何も、ここは私の部屋だ」
きっぱりとそう告げたアールの言葉に、ルビーは訳がわからないといった表情を向ける。
「それってどういう……?」
「ここは幻の塔。あいつの本拠地なのよ」
突然室内に響いた声に、ルビーは内心驚きつつも振り返る。
見ると、ちょうど自分たちの真後ろにある扉から少女が2人入ってきたところだった。
「おっ帰り~、レミア、ベリーちゃん」
いつもどおりの明るい口調でペリドットが2人に声をかける。
「ただいま」
にこにこと笑顔を向ける彼女に言葉を返すと、レミアは小さくため息をついた。
2人の体には、所々細かな傷が走っていた。
両腕の肌を曝しているレミアと違って、きっちりと長袖の服を着込んだベリーの方がその傷は少ないように見えるが、所々破けているところを見ると、結局はそう変わらないのかもしれない。
「どうだったんですか?上」
セレスが姉の側から離れずに尋ねる。
「最悪だわ。幻術で作られた魔物がいっぱい」
「場の属性を闇にして何とか戻ってきたけどね。ペリートなしで上に行くのはきついわよ」
頬についた血を拭いながらベリーが淡々と告げる。
「やっぱり、そうなのね」
「だから言ったろう。ここから上の警備は完璧だと」
呟いたミスリルに睨みつけるような視線を送ってアールが言った。
そんな彼女の視界の隅に、薬湯の入ったカップに口をつけないまま俯いて考え込んでいるルビーが映った。
混乱している頭を何とか回転させて、ルビーは今の状況を飲み込もうとしていた。
交わされている会話を整理すると、今いる場所は幻零の作り出した異空間であり、ここはその空間にある塔の、よりにもよってアールの部屋なのだという。
それはいい。それはまだ理解できる。
それよりも、今の自分にとって気になるのは、敵であるはずのアールが何故こちらに味方するような発言をしているのかということだった。
「……状況、飲み込めないんだけど」
ぐるぐると思考を巡らせても、貧血のためにまだ少しぼんやりしている頭ではしっくりくる答えに辿り着くことは出来なくて、結局未だに自分を支えてくれているタイムを振り返り、尋ねた。
「一時休戦。簡単に言うとそういうこと」
彼女はきっぱりと、自分の知りたかったことだけを簡潔に教えてくれた。
「休戦……」
そんな彼女に礼も言わずに呟くと、ルビーは視線を戻して正面に立つアールを睨んだ。
「どういうつもり?ここがあんたの部屋ってことは、あんた、あいつの部下でしょう?それが、どうして……」
「お前たちに」
少し強めの口調で、ルビーの言葉を遮るようにアールは口を開いた。
思わず口を閉じて彼女を見つめると、真っ直ぐ向けられたその紫の瞳に決意を秘めた光が宿っていることに気づく。
「お前たちに勝つのは、私だ。他の誰でもない。本当ならば譲りたくなどない。それが特に、イセリヤ様を裏切る危険性のある者ならば……」
無意識だったのだろう。口にしてしまった言葉に自分で驚いて、慌てた様子で口元を隠す。
一瞬視線を逸らしてしまった彼女は、そんな自分を見てルビーが口元に笑みを浮かべたことに気づかなかった。
「ふ~ん。そこまであたしたちをライバル視してるわけ」
「……!?」
投げかれられた、予想とは違う言葉に驚いて、アールは反射的に顔を上げ、ルビーを見た。
敵としてしか会ったことのないアールは知らないが、彼女はいつもそうだった。
普段はふざけていて、少しだけ男勝りなこの少女は、周りが思うよりずっと人の感情の変化に鋭い。
そのため、人よりずっと相手の心に気づくことができるのに、それを本人が言い出しにくい、言えないと思っている場合は絶対に核心を突こうとはしないのだ。
こうやって気づかないふりをして、話を流そうとするのである。
隠していることが重要なことでない限りは、必ず。
今回もそうやって彼女は、今アールが漏らしてしまった真実は自分たちに必要のない情報だと判断して話を逸らした。
彼女の口から漏れた真実から、彼女が自分たちをずっとライバル視しているという真実に。
「……悪いか」
そんな彼女の性質に気づいていないからだろう。
アールは警戒するように目を細めると、吐き捨てるように聞き返す。
「別に」
そんな彼女に笑みを向けたまま目を伏せて、ルビーはあっさりとそう返した。
一拍置いて目を上げると、先ほどとはほとんど変わらない笑みを向ける。
「んで?そのためにここで修行でもしてるわけ?」
「……悪いか」
先ほどよりも口元の笑みを深くして尋ねると、アールは真っ赤になって答えた。
「だから別に。それくらいやってくんなきゃ、張り合いなくってつまんないし」
「今は張り合いありすぎて困ってるでしょうが」
ミスリルに痛いところを突かれ、思わずうっと小さく呻く。
「うっさいな!それよりみんなはどうだったのさ!?」
拗ねたような顔をして、怒鳴りつけるかのように問いかけた。
「大体あたしだって敵が……」
「タイムの姿をしてなければ、油断なんかしなかった?」
言い切る前に言わんとしていたことを言い当てられ、ルビーは絶句してレミアを見た。
「ごめん!ルビーちゃん!」
呆然として彼女を見つめていると、ぱんっと手を合わせる音と共にペリドットの声が耳に飛び込んできた。
「あたしが全部話しちゃった。本当、ごめん!」
顔の前で両手を合わせ、姿勢を少しだけ低くしてペリドットが謝罪する。
そんな彼女を見て一瞬唖然としてしまったルビーだったが、すぐに気を取り直して小さくため息をついた。
「別に、隠すほどのことじゃないけど」
「それに私たちだって、同じようなものだったしね」
静かに告げられたベリーの言葉に、驚いて仲間たちを見回す。
「どうやら、それぞれ反属性の仲間の幻と戦ってたみたいよ」
ルビーが聞き返すより先に、タイムが小さくため息をついて答えた。
「それって……」
「あたしは、ミスリル」
「私はレミア」
「私たちはお互い」
目を合わせることもなくレミアとミスリルが、お互いに目を合わせてセレスとベリーが、それぞれ敵対した相手の名を告げる。
「それから、あたしはルビー、あんただった」
はっきりと言うと、タイムは僅かに視線をそらした。
「……っんとにムカツクね、あの女」
今まで浮かべていた表情から一変、怒りを隠すことなく露にしてルビーは呟く。
お互いに仲間を疑わせて、同士討ちをさせるという戦法。
そんな戦法が、ルビーは一番嫌いだった。
ふと、自分の手元に視線を落とした。
手に持っているのは、まだ湯気を立てている口をつけていない薬湯。
そのカップに口を当て、一気に飲み干す。
体の中が温かくなった。
それだけではない。
何だか自分を襲っていた眩暈が一気にしなくなったような、そんな感覚に包まれた。
「本当はそれ飲んだ後に眠るといいんだけどね」
その様子を見ていたミスリルがため息をつきながら呟いた。
「できればそうしたいなぁ。ってか、これ苦い」
「我慢しなさい」
ぼそっと呟いた文句をあっさりと切り捨てられ、ルビーはしぶしぶ「はーい」と子供のような返事を返す。
「一応失った分の血を補えるっていうか、その代わりができる特殊な薬草を使ったけど、後で輸血した方がいいかもね」
「輸血~っ!?」
「そうですね。私が覚醒したときの傷より酷かったし、血もかなり流れてしまったみたいですから」
思いも寄らぬ言葉に声を上げたルビーの横で、同意するようにセレスが言った。
「あたし、ああいうの嫌いなのに」
「だったらもっと怪我しないようにしなさいよ」
2人から思い切り視線を逸らして呟いたルビーに向かって、レミアが呆れたように言う。
「はいはい。私が悪うございました」
毒を吐くような口調で言って、タイムに寄りかかっていた体を起こした。
「ありがと、タイム」
「どういたしまして。……無理すんじゃないよ?」
「わかってるって」
心配そうに眉を寄せる彼女ににこっと笑顔を浮かべて見せると、手にしていたカップを近くにあったテーブルに置く。
「さて、行きますか。ペリートがいれば大丈夫なんだよね?」
先ほどまで重症を負っていたことが嘘のように軽い足取りでくるりと振り返ると、レミアとベリーを見て尋ねた。
「たぶんね」
視線だけを動かして背後の扉を見つめたままベリーが短くそう答える。
「よーし!まっかせて!オーブマスターの名は伊達じゃないんだから!」
意気込んでそう言うと、ペリドットはベリーの背後にある扉に手をかけた。
「待て」
突然静かに響いたその声に、ノブを回そうとしていたペリドットの動きが止まった。
扉の方へ進もうとしていた全員が足を止め、振り返る。
視線が集中した先にいたのは、この部屋の主であるアールだった。
「……何?」
聞き返したのは、やはりと言うべきか、ルビーだ。
「忠告しておく。マジックシーフが目覚める前に言わなかったことだ」
アールは腕組みをしたままこちらを見つめ、真剣な口調で言った。
「忠告?」
「そうだ」
「何を?」
「この空間の特性だ」
きっぱりと言われた言葉に、ルビーは微かに表情を変える。
「特性?」
「ああ、この空間は幻様が作り出したもの。言わば、ここは幻様の意志の世界だ」
そこまで告げて、言葉を切った。
そのまま視線だけをルビーに向けて、じっと彼女を見つめる。
向けられたその強い視線は、言外にここまで言えば分かるだろうと伝えていた。
「つまり、幻が死ねばこの空間は崩壊するってこと?」
「そうだ」
慎重に聞き返した言葉が、きっぱりと肯定される。
その言葉に最後尾に位置するペリドットが一瞬、ほんの僅かに表情を変えたことにアールは気づいた。
気づいたけれど、すぐにその表情は消えてしまったから、アールは目を細めただけで何も言わなかった。
「でも、それならやっつけると同時にゲートでポーンって」
「問題はそこだ」
こちらのそんな表情の変化に気づいたのか、妙に明るい口調で発せられたペリドットの言葉をアールはあっさりと遮った。
「侵入者を防ぐためか、いざとなったらあの方をここへ閉じ込めるためかわからないが、この空間では塔の外、それも入り口の側にある魔法陣の上でしかゲートは開けない。さらに、ここでは転移呪文は使えない」
その言葉に、今度はルビー以外の全員が表情を変えた。
「それって、つまり……」
「幻が死ぬ前に、入り口に戻らなきゃならないってこと?」
ぴたっと固まってしまったペリドットの言葉を引き継いで尋ねたレミアの問いに、アールは頷くことで答えた。
「さらに言えば、最上階は10階。ここより5階分上にある部屋だ」
「10階……!?」
「いくらお前たちでも、その状態で無事に帰れると思うか?」
表情は変えずにアールは静かに尋ねた。
誰も、何も答えないまま、室内を沈黙が包んだ。
できるはずがない。
いくら自分たちでも――精霊の勇者の血を引き、人より魔力の高い自分たちでも――10階建ての建物から一気に入り口に戻るなど、できるはずがなかった。
「それだけ?」
唐突に沈黙を破った声に、全員の視線が一か所に集中する。
その先にいたのは、1人落ち着いた表情をしたルビーだった。
「それだけって……、わかっているのか?幻様が死ねば、お前たちだって……」
「悪いけど、死ぬなんて限んないじゃない」
きっぱりとルビーが言い返す。
「策なんていくらでも立てられるよ。少なくとも、あたしは10階くらいなら一気に降りられる自信がある。それくらいできなきゃ、盗賊なんて務まらないしね」
そう言って、にこっと笑った。
あまりに自信のあるその表情に、アールは呆気に取られ、暫くの間言葉を失った。
「お、お前1人ができたとしても……」
「1人でもできれば、全員を生かす方法なんていくらでも考えられるよ」
漸く我に返って発した言葉は、別の声にあっさりと遮られた。
告げられた言葉に驚いて、アールは反射的に視線を動かす。
その先には、困ったような笑みを浮かべたタイムが立っていた。
「でしょ?リーダー」
「わかってるじゃん」
笑みを浮かべたまま声をかけるタイムに、ルビーも満足そうな笑みを返す。
「そういうわけだから、心配無用。あんたはあんた自身の心配した方がいいと思うけど?」
にやっと笑ってそう告げるルビーに言葉を返せなくなり、アールは黙り込んだ。
その表情は、何処となく悔しそうだった。
「じゃね、せいぜい生き延びなさいよ」
表情を変えずにそれだけ言って、ルビーは彼女に背を向けた。
「……それはこっちのセリフだ」
吐き捨てるように発せられた言葉に、見えないことは承知で視線だけをそちらに向けた。
「私の知らないところで死んだりしたら、承知しないからな」
「肝に免じといてあげるわよ」
振り返らずにそう返すと、ルビーは扉の方に向かって歩いていく。
扉の前に立つペリドットの側まで行くと、顔を上げて彼女を見た。
突然のやり取りに呆然としていたペリドットは、ルビーと目が合うと弾かれたように扉の方へ体を向ける。
顔だけ振り向けて頷くと、今度こそ扉を開け放った。
その途端、廊下につけられた窓から、風が流れ込んでくる。
扉の真正面にはその窓を取り付けた壁があり、左右には階段が広がっていた。
右へ行くと下の階へ。左に行くと上の階へ。
おそらく、塔の外周を螺旋状に登っていくように造られているのだろう。
階段の先はカーブしていて、見ることは出来ない。
「ペリート、やって」
「おっまかせ♪」
ベリーが声をかけると、ペリドットは部屋の外へ一歩踏み出した。
何処からともなくオーブを取り出し、天井へ向かって掲げる。
「我、夢を願う者。今ここに、和の国を統べる神に願わん。この時、この場を安らぎに包まんことを」
言葉を紡いでいくと共にオーブが薄っすらと桃色の光を帯び始める。
「夢結界っ!」
両手を広げるようにしてオーブを解放した途端、そこから桃色の霧が噴き出した。
それは塔の階段を駆け巡り、あっという間に全体を包んでいく。
「OKだよ♪」
辺りに薄い桃色の霧が広がりきったのを確認して、ペリドットは振り向いた。
「これで、とりあえず最上階までは何も怖くないってね」
「最上階までは、ね」
明るく言うレミアの横で、ベリーがため息をつきながら呟く。
「じゃあ行こうか。さっさと帰って休みたいし」
「あんたはね」
気になるのか、服の血で汚れた部分をつまみながら言うルビーに、呆れたようにタイムが言った。
左肩の傷はまだ痛みはするが、ほぼ完全に塞がっていた。
意識を失っている間にセレスが治療してくれたのだろうと考え、心の中で感謝する。
言葉にするのは無事に帰ってから。
そう、心で呟いて。
「行こう」
服から手を放して、言った。
「マジックシーフ」
不意に後ろからかけられた声に足を止めた。
仲間が次々と霧の中に姿を消していく中で、ルビーは1人、後ろを振り返る。
「何?まだ何か用?」
呆れたという表情をありありと浮かべて尋ねた。
アールは迷ったように視線を彷徨わせていたが、ルビーの瞳を見て長く引き止めて入られないと悟ったのか、意を決したように口を開いた。
「ひとつ聞きたい。お前は何故そこまで言い切れる?何故、そこまで仲間を信じることができる?」
信じていても裏切られることもある。
幻がイセリヤの地位を奪おうとしているように。
自分がこの空間のことを敵に教えたように。
それを知っているから問いかけた。
アールは口を閉じると、表情を変えることなくこちらを見ている少女をじっと見つめた。
暫くの間沈黙が室内を包む。
やがて口元に微かな笑みを浮かべると、ルビーは静かに口を開いた。
「本能」
「本能?」
「そ。理由はわかんないんだよね。でも思うんだ」
彼女たちなら大丈夫だと。
彼女たちとなら何だってできる気がすると。
「理屈じゃなくってさ。何だろ?わかんないかな?そういうの」
「……わかるか」
「ああ、やっぱり?」
毒づくように言うと、ルビーはくすっと悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「いなそうだもんね、あんた。友達とか」
「な……!?」
「怒った?何?図星」
本当に図星だったらしく、アールの顔が見る見るうちに赤くなる。
それがおかしくて、ルビーは思わず笑ってしまった。
「笑うな!」
「そ、そんなこと言われても……」
アールが怒鳴っても、彼女の笑い声は大きくなるばかり。
「まあ、あんたもそのうちわかる日が来ると思うけど。そういう仲間ができればね」
不意に笑うのを止めたかと思えば、何か含みのある笑みを浮かべて言った。
突然の変化に呆気に取られ、アールは返そうとしていた言葉を見失う。
そんな彼女に笑みを見せたままルビーは身を翻した。
ゆっくりとした足取りで霧へ向かって歩いていく。
「マジックシーフっ!」
足を止めたルビーが顔を僅かにこちらに向ける。
「……必ず帰ってこい。そして、私と戦え」
そんな彼女に向けて、ようやく絞り出した言葉はそれだった。
それを聞いてルビーは一瞬驚いたような表情を見せたけれど、すぐに先ほどと同じ笑みを浮かべる。
「何言ってんの?当然じゃない。あたしたちの自称ライバルはあんただけで十分だしね」
「え?」
あっさりと告げられた言葉に、アールは一瞬思考を止めた。
その間にルビーはさっさと霧の中へ消えていく。
1人残されたアールは、先ほどの言葉の意味を尋ねることも出来ずに呆然と7人の消えた霧を見つめていた。
あいつが、認めた?
私を、ライバルだと……?
自称とは言われたが、それでも認めたことには変わりはない。
そう認識できたのは、ルビーが霧の中に消えてから数分経った頃だった。