Chapter1 帝国ダークマジック
8:闇の格闘家
「くそっ!どきなさいよっ!!」
廊下に立ちふさがる生徒にルビーが思い切り蹴りを入れる。
「ああっ!しつこーいっ!!」
オーブが廊下を飛び回り、生徒を薙ぎ倒していく。
それでも、ほとんど意識がないと言っていい生徒は、何度も起き上がって攻撃を続けてくる。
正確には首を狙って噛み付いてくるのだ。
「前から後ろから!きりがないよぉ~」
「しかたない……」
前を見ていたミスリルが、ため息をついて振り返った。
そのまま素早く口の中で言葉を紡ぐ。
「グランドウォールっ!」
言葉と同時に岩が床から突き出てきた。
それはそのまま天井まで届き、通路を塞ぐ壁となる。
「これで後ろは塞いだわよ!」
「イコール、退路なしってことだけどね」
向かってくる生徒を棍で薙ぎ倒しながら、タイムはため息をついた。
「後ろはともかく、前の奴らは何とかならないのっ!?」
同じように生徒を蹴り飛ばしながらレミアが叫ぶように聞いた。
ルビーの武器は短剣、レミアは剣だ。
ともに刃物であるため、今この場では使うことなどできない。
いくら今は敵だと言っても、この学園の生徒である彼らを殺してしまうわけにはいかないから。
「あー!もう!あたしやるっ!」
ばっとオーブをかざしてペリドットが叫んだ。
「スリープミストっ!!」
ほとんど叫びに近い言葉と同時に、オーブから桃色の霧が噴き出した。
それは瞬く間に辺りを包んでいく。
桃色に染まった視界の中で、次々と何かが倒れていく音が聞こえた。
少し時間が経つと、霧は自然に晴れていく。
その頃には学園中の生徒が床に倒れ、静かな寝息を立てていた。
「ふわ~、疲れた……」
情けない声を上げて、ペたんとペリドットが床に座り込む。
「とにかくこれで邪魔な奴ら、全員寝ちゃってるよ」
「ご苦労様」
疲れた顔で仲間を見上げると、タイムの労わるような言葉が返ってくる。
「ってか最初からこうすればよかったのに」
いつのまに用意したのか、腰のベルトに取り付けた鞘に剣を収めながらレミアがため息をついた。
「しかたないじゃん。こんな大きな建物全体って疲れるんだからね!」
「はいはい。悪かったわよ」
食って掛かるペリドットをあっさり流し、レミアは窓から外を見た。
「……どう思う?」
「どう思うも何も、この状態じゃひとつしか考えられないでしょう」
窓枠に手をかけたまま誰にでもなく問いかけると、鞭を纏めていたミスリルがあっさりと答えた。
「吸血鬼、ね。アールの義妹じゃないとしたら」
両手で握っていた棍を右手に持ち替えて、顔にかかった前髪を掻き上げながらタイムが言った。
「今は原因なんか問題じゃないっ!」
ばんっと壁を叩いてルビーが叫んだ。
無意識のうちに4人の視線が彼女に移る。
「この前の今日だってのに、セレスは何処に行ったのさっ!」
異変に気づいて教室を飛び出し、彼女たちが紀美子――セレスのクラスに辿り着いたときには、もう彼女の姿はそこにはなかった。
あったのは投げられたのだと予想される椅子と、視力がはっきりしないのか、動きが鈍い生徒の姿のみ。
「合流しなかった。もしくはできなかった理由があったってところだろうけど」
「この状態じゃ、この前の二の舞いになりかねないね」
何気なく言ったタイムの言葉に、ルビーは無意識に目を見開いていた。
「……冗談じゃない」
「ルビー?」
微かに俯いた顔をばっとあげる。
「そんなの冗談じゃない!」
叫んだかと思った途端に塞がれていない方向に向かって走り出す。
「ちょっと!ルビー!セレスが何処いるのかわかってるのっ!?」
「わかんないから虱潰しに探すのっ!!」
返ってきた返事に、4人は一瞬唖然とする。
「……まったく、こういうときばっかりアホなんだから」
ため息をついてミスリルがそう呟いたのとそれが起こったのは、ほぼ同時だった。
どんっという爆発音と共に校舎が大きく揺れた。
「ふわあっ!?」
立ち上がりかけていたペリドットが思わずバランスを崩して倒れる。
「この音……!?」
教室の窓を通して校庭を見たが、何の変化もない。
「まさか中からっ!?」
タイムが叫ぶのと同時に4人が顔を見合わせる。
「……中央管理棟」
突然、少し先で立ち止まっていたルビーがぽつりと呟いた。
「え……?」
「中央管理棟?」
耳に入ったその言葉に、ミスリルがはっと顔を強張らせた。
「まさか、理事長室?」
その呟きを耳にして、全員が驚いたように彼女を見る。
「……セレスっ!?」
「あ!ルビーっ!!」
自分の名を呼ぶタイムの声も聞かずに、ルビーは階段の方へ駆け出していた。
結界の中で言葉を発せぬまま、鈴美はがたがたと震えていた。
結界のすぐ脇に、先端に黄色い玉のついた杖が転がっている。
柄の部分を、所々赤く汚して。
「どうです?呪文が使えないのは辛いでしょう?」
耳に届くラウドと名乗った男の声。
しかし、鈴美はその男など見てはいなかった。
「うる……さい……」
その場所から力のない、それでもしっかりした声が響く。
本来若草である服や黄色いはずのマントの大部分がその色を赤黒く変えている。
それでも立ち上がろうとするその姿に、ほんの僅かだが恐怖も感じていた。
けれど、それ以上に心配だった。
「まだ強がりますか?呪文を封じられて何もできないというのに」
ふんっと鼻を鳴らして男が言う。
「いつまでもちますかね?その強がりも」
男がセレスの方に手を向ける。
どんっと言う音とともに黒い何かが放たれた。
それは動きが鈍くなっているセレスの左腕を容赦なく貫く。
「――っ!!」
声にならない叫びを挙げて、顔を歪めたままセレスは床に膝をついた。
「おやおや。狙いが外れましたね」
にやりとラウドが笑った。
いたぶっているのだ、この男は。
何の抵抗もできないこの少女を。
「今度こそその腕、頂きましょうか」
再びラウドが彼女の方へ向かって手を伸ばした。
再び打たれた黒い何かを、セレスは何とか身を捩ってかわした。
それでも完全に避けることはできなくて、再び視界に赤が広がる。
それは全てセレスの体から吹き出たモノ。
今も、流れ出ているモノ。
「紀美……ちゃん……」
呟く名前も完全な音にはならず、ただ掠れたような声が出るだけだった。
それでも届いたのか、驚いたような顔でこちらを振り向いたセレスは、笑った。
いつも自分に見せていたあの笑顔を作って。
「……笑っていられる余裕はあるようですね」
その笑顔を見て、目を細めたラウドの言葉が冷たく響く。
「人間、笑えなくなったらおしまいだと思いませんか?」
「さあ?私は魔族ですから、そんなものわかりませんね」
「そう……」
一度静かに目を伏せてから、セレスは顔を上げた。
そうしてラウドに向けた顔には、悲しみを含んだ笑みを浮かべて。
「寂しい人ね、あなたは」
ラウドに向けて、はっきりと言った。
「……何?」
「誰かがいるから笑っていられるの」
転がっていた杖を何とか手元に手繰り寄せ、それを使って立ち上がる。
そのために力を入れただけでも、服に広がっていた赤はさらに広がっていった。
「支えてくれる家族がいるから。一緒にいられる仲間がいるから」
一瞬、ほんの一瞬だけ、セレスが笑った。
こちらを、鈴美のいる方を見て。
「守りたい友達がいるから……」
金属同士が擦れるような軽い音を立てて杖が投げ捨てられた。
いや、投げ捨てられたのは杖ではなかった。
床に転がったのは杖の柄の部分。
先端の玉は、ない。
不思議に思ってセレスの手を見ると、そこからまっすぐに冷たい刃が伸びているのが見えた。
「仕込み杖、ですか」
「私の父は元々剣士を目指していた。魔道士の道を選ぶことになっても、それは捨てられなかった」
ふと、セレスの表情が緩む。
剣を見つめたまま、まるで何かを懐かしむように。
「だから、これはその名残」
「……ですがあなたは根っからの魔道士。そんなもので何ができると?」
「『やってみなければわからない』」
きっぱりと言葉を返すセレスの瞳には、強い光が宿っている。
「これ、姉さんの口癖なんです」
にこりと向けられたその笑みは、言外に自信があるということをラウドに伝えていた。
「ならば、見せていただきましょうか」
「言われなくてもっ!!」
言葉と同時にセレスが駆け出した。
そのまま使える右手だけで剣を振り上げ、ラウドに切りかかる。
「がら空きですよ、左側」
あっさりその攻撃を避け、嘲るようにラウドが言った。
そのままセレスの左のわき腹に強い蹴りを入れる。
体が壁まで蹴り飛ばされた。
仕込杖が床に転がる。
そのままの体制で、体が強く壁に打ち付けられる。
「う……あ……」
小さく呻く声が聞こえた。
起き上がろうと力を入れている様子が、ここからでもわかる。
しかし、それももう無駄だった。
体がもう、動かない。
さらに赤く染まった服がそれを物語っているのが、知識のない鈴美にもはっきりわかった。
「だから言ったでしょう?そんなもので何ができる、と」
セレスの側まで歩み寄り、彼女を見下ろすような姿勢でラウドが言った。
「さて、これで終わりです」
軽い音を立てて、ラウドが腰に下がっていた剣を抜いた。
「よい眠りを、マジックマスター」
その光景に、言葉に、鈴美の思考が一瞬止まった。
浮かび上がったのは何かの光景。
覚えていない、知らないはずの光景。
炎上する車。
真っ赤に燃える視界。
そして消え去った、命の灯火。
しかも、自分の目の前で。
「駄目ぇっ!!」
気づいたときには飛び出していた。
無我夢中で思い切りラウドに体当たりをする。
突然のことにラウドは剣を取り落とした。
「な……っ!?」
「鈴……ちゃん……?」
消え入りそうな声。
それでも呼ばれたのだと理解して、鈴美はセレスのすぐ側に膝をついた。
「紀美ちゃん、紀美ちゃん!しっかりして!」
泣き叫びそうな声だというのが、自分でもわかる。
「ど・・・して?動かないで、って、言った、のに……」
答えなれなくて、ただ懸命に首を振った。
見ているだけなど嫌だった。
それ以前に自分が許せなかった。
守りたい友達がいるから。
そう言ってくれた友達を。
自分から唯一友達だと思える友人を。
怖がって、見捨ててしまいそうだった自分が、許せなかった。
「ごめん……、ごめんなさい」
「鈴ちゃ……」
不意に、セレスが微かに表情を変え、途中で言葉を切った。
本当はそんな力もなかったのかもしれない。
しかし、鈴美はそれを感じ取っていた。
「やれやれ……。まったく威勢のいいお嬢さんばかりで」
背後からかかった声に、反射的に鈴美は振り向いた。
先ほど突き飛ばしたラウドが、マントの埃を払い落としながらこちらを見つめている。
「どきなさい、お嬢さん」
言葉には優しい響きがあるものの、明らかに瞳は冷たく変化していた。
「私の目的は後ろの女の命のみ。大人しくしていれば、あなたに危害は加えません」
ゆっくりとラウドが近寄ってくる。
「鈴、ちゃん……、逃げ……て……」
後ろからセレスの声が聞こえた。
しかし、鈴美は動けなかった。
いや、動かなかった。
「嫌です」
「鈴……」
「……ほう」
セレスが名を呼ぶよりも先に、興味深いという表情でラウドが呟いた。
「ならば戦いますか?何の手段もないのに?」
そう言って、嘲るように笑う。
「見ていたでしょう?戦う力を持ちながら、それを封じられたために無残に倒れた後ろの女を。それでもあなたは私に向かってくるのですか?」
確かに見ていた。
だけど、見捨てることはできないから。
そんなことはしたくないから、願った。
力が欲しいと。
それが例え、友とは別の力でもいいから。
今このときを、乗り越えられる力を。
ふいに、頭に言葉が浮かんだ。
それは、先ほどセレスが詠唱した呪文。
そして見えた。
目の前に、紫色の水晶球が。
「我、インシングの勇者の血を受け継ぐ者。今ここに、我にかかりし“時の封印”を解かん!」
ぎゅっと目を瞑って口にした言葉。
それと同時に、握った手の中に何かが現れる。
その何かが、強い光を放った。
「何っ!?」
光は一瞬で膨れ上がり、鈴美を包む。
その中で鈴美はゆっくりと立ち上がった。
光が消える。ゆっくりと。
そして、目を閉じたまま立ち上がったその少女は、姿を変えていた。
「……フルーティア……」
その姿を見たセレスが、表情を変えることもなく小さく呟く。
少女は驚いたような表情を浮かべて肩越しに振り返ると、倒れたままの彼女の瞳を見て微かに笑った。
「フルーティア、だと……?」
「そう。それが私の本当の名」
そう答えた少女は、印象も雰囲気も、先ほどまでとは全てが変わっていた。
怯えた様子は消え、落ち着いた雰囲気を漂わせている。
声も、震えるどころか落ち着いた、微かに冷たさを漂わせたような感じに変化していた。
「私の名はベリー=フルーティア。勇者ミルザの血を引いた、ダークマスターと呼ばれる者」
「ダ、ダークマスターだとっ!?」
少女の家系に与えられた称号を聞いた途端、それまで動揺することのなかったラウドが表情を変えた。
「そう。私は闇属性を持つ格闘家」
冷たい紫の瞳がラウドを捉えた。
それと同時に、2つに分けて結ばれた紫色の長い髪が微かに揺れる。
「確か、あなたの弱点だったわね?」
静かな声でベリーが言った。
びくっとラウドが体を揺らす。
「私の友人を甚振ってくれたお礼、たっぷりしてあげるわ」
冷たく言い放ち、ベリーは右手を横に伸ばした。
黒い霧のようなものが、伸ばされた手の中に集まってくる。
「闇よ、我が声に答えよ。今ここに、我が手に集え。そして、その全てを飲み込む力を、敵を消し去る力とせん」
「それは、まさか……!?」
顔を真っ青にしてラウドが叫ぶ。
その言葉にベリーは答えなかった。
答えようなどとは、思わなかった。
「消え去りなさい!」
黒い光が彼女の手から放たれる。
嵐のように飛び出したそれは、まっすぐにラウドに襲い掛かった。
「そ、そんなっ!ひぃっ!!」
逃げようとしたラウドの足を飲み込んで、小さな嵐はますます広がる。
「い、嫌だ!そんな馬―――」
黒い嵐に飲まれたラウドの言葉は途中で途切れた。
彼を飲み込んだそれは、だんだんと小さくなり、まるで最初からなかったかのように痕跡さえ残さずに消えていく。
「消滅してしまえばいい。永遠に戻ってこられないように」
先ほどまでラウドが立っていた場所を睨んで、ベリーは冷たく言い放った。
二度とラウドに聞こえないことを承知で。
「ベリー……」
耳に入った小さな声。
その声に、ベリーは少し慌てた様子で振り返った。
「セレス」
微かに焦りの表情を浮かべて倒れているセレスに声をかける。
「やっぱり、鈴ちゃん、だったんだ……」
「……知ってたの?」
「気づいては、いたの。拒否反応、感じて」
途切れ途切れの言葉。
そう、気づいていた。
鈴美が闇に属する魔力を持っていることに。
あの時、彼女が肩に触れた瞬間から。
「うれしいな……」
「え?」
「みんな、先輩だった、から。同い年でしょ?私たち……」
言いながら、セレスは微かに微笑んだ。
髪に隠れてしまって、ベリーにその表情は見えなかったけれど。
「セレス……?」
「だから、これから……」
そこまで言って、セレスは咳き込んだ。
「セレス!?」
ベリーの焦った声を聞いて、大丈夫だと言おうとしたけれど、声が出ない。
「セレス!しっかりして!」
頷こうとしても、体が動かなかった。
「……他の5人は何してるのよ!!」
思わずベリーが叫ぶ。
自分たちの中で回復呪文が使えるのはセレスとペリドットだけだ。
ペリドットが来なければ、この事態はどうにもならない。
このままでは、セレスは確実に命を落とす。
そこまで考えて舌打ちした瞬間、ばんっと勢いよく扉を開ける音が耳に入り、ベリーははっと振り返った。
開け放たれた扉の前に、息を切らせた赤いポニーテールの少女が立っている。
彼女はこちらを見て唖然とし、その場に立ち尽くしていた。
「あんたは……?」
「オーサーは何処?」
彼女が言い終わるより先にベリーは口を開いた。
「え……?」
「オーサーは何処と聞いているの!このままじゃセレスが危ないのよ!」
その言葉に、少女は弾かれたように部屋の中に駆け込んだ。
視界に服を真っ赤に染めたセレスを入れて、一瞬動きを止める。
「セレスっ!!?」
駆け寄って呼びかけるが、すでにセレスの反応はない。
「あんたが、あんたがやったの!?」
少女がその赤い瞳を血走らせて隣にいるベリーを睨む。
「ならどうして治療できる人を探すの?それに、もし私が彼女をこんなにしたのなら、あなたがきた時点でとどめを差して立ち去ってるわ」
きっぱりと言うベリーに、少女は面食らったような顔をした。
「でも……」
「ルビーっ!!」
少女が反論しようと口を開いたのと同時に、扉の方から彼女を呼ぶ声が聞こえた。
「みんな……っ!?」
反射的に少女が振り返る。
しかし、駆け込んできた4人の視線は彼女ではなく、別の方へ向いていた。
「あんた、誰?」
「説明は後よ」
タイムの問いに、ベリーはきっぱりと返した。
「それよりオーサー」
「な、何であたしの名前……」
「後だと言ったでしょう?それより回復呪文を。このままだとセレスは助からないわ」
その言葉に、彼女たちは初めて2人の向こう側で横たわっているセレスに気づく。
「セレちゃんっ!?なん……」
「後よ!何度も言わないでっ!!」
ベリーの言葉に、ペリドットは一瞬驚いたような顔をした。
しかし、すぐに頷いてセレスの下に駆け寄る。
「酷い……。何これ」
呟いて、側に膝をつく。
セレスに向かってオーブをかざし、静かに目を閉じた。
「癒しの精霊よ。我が手を、我が水晶を通し、この者に慈悲の光を与えたまえ」
ぼうっとオーブが光を放ち始める。
ゆっくりと目を開き、それを確認して続けた。
「ヒーリング」
オーブから淡い光が発せられた。
溢れた光は吸い込まれるようにセレスの元へ落ちて、そのまま彼女の体を包み込む。
光は徐々に傷の周りに集まっていくけれど、反属性である闇の呪文によって負わされたそれはなかなか塞がらなかった。
「ペリート!」
焦った様子でルビーが術者である友人の名を呼ぶ。
「声かけないで!あたし専門じゃないんだから、集中できないっしょ!」
セレスから視線を逸らさずにペリドットが叱咤する。
「大丈夫。絶対助けるから」
そう言いきって、ペリドットは口を閉じた。
ペリドットが治療に専念する間、残りの5人は廊下に出て待つことになった。
「それで?あなたは誰?」
静まりかえる中で、漸くその問いを口にしたのはミスリルだった。
「ベリー、ベリー=フルーティア」
「フルーティアっ!?じゃあ仲間ってこと?」
驚くルビーに、ベリーは静かに頷いた。
「言っておくけど、私、あなたたちと会ったことあるわよ」
「え……?」
きっぱりと言われた言葉に、明らかにルビーが動揺する。
「……一体、あんた誰?少なくとも、あたしの知り合いにはあんたみたいな雰囲気持つ奴はいないはずだよ」
鋭い視線でこちらを睨みながら、レミアがきっぱりとそう言った。
「荒谷鈴美」
そんな彼女の言葉にため息をつきながら、静かにベリーは告げた。
「それがアースでの私の名」
「荒谷って、セレスの友達の……?」
「そうよ」
驚く4人を尻目に、ベリーはあっさりと言い切った。
「だって、あの子は……」
「オーサーもそうだったんでしょう?」
静かに視線を動かしてベリーが尋ねる。
問うといういうよりは、確認に近い口調で。
ペリドットのことは――『実沙』としての話だが――セレスから聞いていた。
姉のクラスにいる、今まで目立たなかった性格の生徒が、急に明るい性格になって理事部に入ったという話を。
「じゃあ、あれは演技だったわけ?」
「いいえ。あれも地よ」
訝しげに問われた言葉に、きっぱりと答えた。
「たぶん、戻ればまたあの性格だと思うわ。しみついてるようだから」
あっさりと答える彼女に、思わずミスリルを除いた3人は感心してしまう。
そこまで自分のことが分かっているのも凄いのではないかと思ったのだ。
「そういう感じで納得できた?ルビー」
視線だけでルビーを見て、ミスリルが静かに尋ねる。
何も答えずに、ルビーは2人から視線を逸らした。
完全には納得できない。
そんな気持ちを表情に出したまま。