SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter2 法国ジュエル

7:文献

「……さん!姉さんっ!」
誰かが自分を呼ぶ声が聞こえて、ルビーは目を開けた。
何が起こったのかわからないというような表情で辺りを見回す。
そうやっているうちに視界に入った人物の姿を認識した途端、ぼんやりとしていた頭が急激に覚醒した。
「セレスっ!?」
かばって起き上がって、側に立つ人物を凝視する。
一瞬驚いたように瞠目して、すぐに安堵を浮かべたその少女は、間違いなく法王の襲撃で消息を絶ったはずの妹だった。
「よかった、気がついて」
「何で……?っていうか、ここは?」

「ここはエスクール城の客間だ」

混乱したまま問いかけた言葉に答えたのは、目の前の少女ではなかった。
全く予想できなかった人物の声に、ルビーは反射的に顔を向ける。
視線の先、扉の側に立っていたのは、濃緑色の髪を持った青年。
「リーフっ!?」
「よう。久しぶり、リーダーさん」
何となく以前と口調の変わった彼は、軽くそう挨拶するとゆっくりとこちらに近づいてくる。
「気分はどうだ?ペリドットさんが連れてくるなり倒れるから、驚いたんだぞ」
その言葉で混乱気味だった記憶が漸くひとつに繋がった。

あの時、突然現れたゲートの向こうで自分の手を掴んだのは他でもない、自分に連絡をよこした実沙――ペリドットだったのだ。
手を引かれ、反射的に飛び込んだものの、微かにルビーを捉えた水晶の光の影響か、びくんと体が跳ねると、そのまま彼女は倒れこむように意識を失った。

あの水晶が発した何処となくねばねばした、獲物を捕らえるような、そんな感覚を持つあの光。
今思い出しても、ぞっとする。

「それで、セレス。あんたは……」
助かったのはペリドットだけだと思っていたルビーは、ベッドをはさんで反対側に立つセレスに視線を戻すと、不思議そうに尋ねた。
たった1人の肉親が助かっていて、嬉しくないはずはないのだが、タイムと一緒だったはずの彼女がここにいることに疑問を抱いたのだ。
「私は、ペリートさんの提案で、ここにいるの」
ほんの少し表情を歪ませて、言いにくそうに口を開く。
「ペリートさんのことは、たぶん本人から直接聞いていると思うけど、私も連絡もらって、それで……」
セレスは自分とタイムが実行しようとしていた『策』について語った。
ダミードールを、そしてタイムを囮とすることで、ルーズを倒そうとした策のことを。
そしてタイムが捕まったあと、彼女の魔法の水晶を持ってエスクールに逃亡してきたことを。
「ベリーさんは何かを察して、先にペリドットさんに水晶を手渡していたらしい」
一通り離し終わり、口を閉じてしまったセレスの変わりにリーフが告げる。
「レミアさんとミスリルさんのときは、間に合わなかったそうだ。水晶だけは、何とか死守してきたらしいけどな」
そう言って、リーフは視線を動かした。
つられるように、ルビーもそちらの方を見る。
窓辺に4つの水晶球が置かれていた。
紫、緑、茶色、青。
それぞれの光を放つ4つの水晶が。
「ペリートさんが守れたのは、あれだけだったそうです」
他はほんの少しの差で間に合わなかったらしいとセレスは言う。
あと少し、自分が仲間の場所を特定するのが早ければ。
そう悔やんでいたとリーフが言う。
ペリドットを責める余地はないのだと、それが2人の意見であった。

「別に、責めるつもりはないよ」

言葉にされなかった重要な部分を読み取って、ルビーは静かに告げた。
「最初、それも目の前だもんね。ショックが大きいのは誰だって予想できる。なのに水晶を奴に渡すことはしなかった。本当、すごいよ。あいつは」
それに引き換え自分は何なのだろう。
足を引っ張らないようにと別行動を取って、その結果がこれだ。
今朝ニュースを見るまで知りもしなかった。
『怪奇事件』と呼ばれる騒動のことを。

「あったーっ!!」
突然扉が勢いよく開いた。
驚き、全員がそちらを見ると同時に、若草色の髪の少女が部屋に走り込んでくる。
「ペリドットさん!それは第一級書物だって、何度言ったら……」
続いて入ってきた茶色い髪の少女は、ルビーの存在に気づくと柔らかい笑顔を浮かべた。
「お久しぶりです、ルビーさん。ご気分の方、いかがですか?」
王族らしい仕種で一礼する。
「ミューズ。例の物、見つけたのか?」
ルビーが口を開くより先に、リーフが彼女に問いを投げかけた。
小さくため息をつくと、少女――ミューズは呆れたようにペリドットを指す。
「あたしが見つけたんだよー!じゃじゃーん♪」
どんっと音を立てて、ペリドットがテーブルの上に分厚い本を置いた。
その置き方を見てミューズがまたペリドットを叱るが、彼女はそんなこと気にもしていない様子で表紙に手をかける。
ペらペらと、妙に手馴れた様子でペジを捲る。
ちょうど本の真ん中辺りか、挿絵の入ったペジで手を止めた。
「これだよ!ミューズちゃんの言ってた伝説の呪文!」
ぱんっと軽く本を叩いて、ペリドットは真剣な表情でセレスとリーフに視線を向ける。
書かれていた言葉は、現在のこの世界で使われている公用語ではなかったけれど、高位の魔道士ならば簡単に読める程度の文字だった。
「これが伝承の?」
一通り目を通したセレスが、真剣な表情でペリドットを見る。
「ペリドットさんが読み上げてくださったのが間違いでなければ、そうです」
淡々としたミューズの言葉に一瞬むっとしながらも、ペリドットは文句を言わずに頷いた。
「あの、ちょっと。何がどうなってるのかなぁ?」
ただ1人、ルビーだけが状況を掴めていない。
「さっき話した通り、相手には真正面から撃ったライトフェニックスが効かなかったの」
本から顔を上げ、髪を掻き上げながらセレスが答える。
「だからもっと威力のある呪文を、それこそ昔、ミルザが生きていた時代に存在していたような強力な呪文を、私たちはずっと探してたの」
「ミルザの使ってた強力な呪文って……」
知っている。先代の残した本の中に、ほんの少しだけ書かれていたこと。
既に一族の者でも使える者はなく、もし再び使えるようにするのならば、特定の条件を満たさねばならない。
そう伝えられている呪文。

「うん。精霊魔法のことだよ」

ペリドットの告げた言葉に、ルビーは息を呑む。
精霊魔法。
それはミルザが意図して名づけた仮の名だと書かれていたが、今更どの記録にも残っていない本当の名を探ろうとする者はいない。
ミルザが精霊に授かった力というのは、多くの場合この伝承の中の呪文を示すということを知っているのは、おそらく彼の一族の者だけ。

「光の精霊魔法ライトエイニマーダー。あいつを確実にしとめるには、セレスがこれを継承するしかないと思う」

しんと室内が静まり返る。
ペリドットもセレスも、それ以上何も言おうとしなかった。
何も言わなかったのは、迷いがあったからかもしれない。
この文の続きを言ってしまっていいのかの、迷いが。

「ただし……」

意を決したように、ペリドットが口を開いた。
「この呪文の負担は半端じゃないよ。扱いを失敗したら、最悪の場合術者の生命力が呪文に奪い取られて、死に至る」
その言葉にルビーが明らかに表情を変えた。
何か言いたそうな目を妹へと向ける。
黙って本に目を落としていたセレスだったが、視線に気づいたのか、顔を上げてしっかりと目の前の人物を見た。
ルビーではなく、自分の前に立つ3人を。

「だからと言って、このまま引き下がるなんて私は嫌です」

きっぱりと言って、再び本に目を落とす。
「セレス……」
「許せないの」
姉の声に、静かにそう告げた。
それが仲間を捕らえられたことに対する怒りか、あのときのルーズの突然の発言に対する怒りかはわからなかったけれど。

「私は絶対、あの男を許さない」

心の奥で叫んでいる。
あの男を許すなと。
許してはいけないと。
自分の本能が、そう告げている。

「でもこれ……」
同じように本に目を落としていたペリドットが何かに気づいたように呟いた。
「詠唱が書いてない」
その言葉にセレスが微かに表情を変え、残りの3人は驚いたように2人を見る。
「ええ。呪文の威力や属性、経歴は書かれているのに、詠唱文だけが何処にも書かれていません」
「それじゃあ、使えないってことですか?」
ぎゅっと胸の前で拳を握って、ミューズが不安そうな顔をセレスに向ける。
暫くは返事をせず、じっと本を眺めていたセレスだったが、何を思い立ったのか、ふと表情を変えて顔を上げた。
「姉さん!ペリートさん!確か、一族の精霊魔法の取得の条件は……」
そこまで言われて、ペリドットもはっと顔を上げた。
「そうだ!詠唱、きっとその条件を満たさないとわからないようにしてあるんだ!」
「条件?」

「精霊神マリエスに会うこと」

不思議そうに問いかけたリーフに答えを返したのは、セレスでもペリドットでもなく、ベッドに腰を下ろしたままのルビーだった。
「光のだけに限らず、ミルザだけが使えたって言う精霊魔法を子孫であるあたしたちが使うには、精霊神に会わなければいけない」
しかし、それこそ伝承上の人物だ。
今のこの世界で会えるかどうかなどわからない。
そもそも、その精霊神が何処にいるのかさえわからないのだから。
ふと、フェイト兄妹が困ったようにお互いの顔を見合わせていることにルビーは気づいた。
「何か心当たりでも?」
わざと先ほどよりも大きな声で声をかけると、反射的にセレスとペリドットも2人の方へと視線を向ける。
ルビーの言葉が自分たちに向けられたものと気づいたらしい。
困ったような顔をして、リーフが恐る恐る口を開いた。
「今も来るのかはわからない。けど、伝承でミルザが精霊神と接触したと言われている場所は、この城の地下だ」
戸惑いがちに告げられたその言葉に、今度は3人の方が顔を見合わせる。
「本当ですかっ!?」
身を乗り出してセレスが尋ねれば、「ああ」と素直な返事が返ってくる。
「ただ、あの部屋は王族にしか伝わらない重要機密。親父に許可を取らないと入ることは……」

「いちいち許可を取りに行ってる暇、ないと思うよ」

きっぱりと言われた言葉に、リーフは反射的にルビーを見る。
視線を集めた本人は、仲間たちを見ようともせずに天井をじっと見つめていた。
「空気が、揺れた」
ぽつりとペリドットが呟く。
その隣で、セレスが厳しい顔つきでルビーと同じ場所を凝視していた。
「どうやら、向こうさんもご帰還か」
ふうとルビーは小さくため息をついた。
「ありゃりゃ。アースにあたしたちがいないこと、気づかれちゃったんだねぇ」
口調は軽く、けらけらと笑ってはいるが、ペリドットの瞳は真剣そのもの。
「仕方ないね。急行突破しちゃおうか♪」
にこっと笑って自分たちを見るペリドットに、リーフとミューズはきょとんと顔を見合わせる。
暫くして言葉の意味に気づいたリーフが、顔色を変えてペリドットを見た。
「転移呪文を使う気か!?」
「あったり前じゃん」
その言葉にミューズも相手の意図を悟ったらしい。
「でも、精霊神の間には結界が張ってあって、入口からしか……」
「だいじょーぶ♪結界破るくらい、あたしたちには朝飯前だもん」
自信たっぷりに言うペリドットに、「そういう意味じゃなくて」と呟きながら、リーフは急いで言葉を捜す。
「大丈夫です、両殿下」
耳に入った言葉に、顔を上げた。
「結界を破るんじゃなくって、少しだけ穴を開けるんです。その程度なら、通り抜けた後に塞げますから」
にっこりと笑って言うセレスも、珍しくというか、どうやら本気のようで。
この人がこの状態ではもはや止めようがないと悟り、リーフは大きなため息をついた。
「わかりました」
「兄様っ!?」
驚いたようにミューズが兄を見る。
「余計な手続きで潰せるほど時間がないってことは、俺にだってよくわかる。それに、今この城下にいるのは民だけじゃない。マジック共和国の王族だってかくまってるんだ」
兄の言葉にミューズははっと目を見開き、口を噤んだ。
「ただし、俺もついていく。それが条件だ」
「交渉成立だね♪」
にぱっと笑ってペリドットが言った。
セレスも満足そうな笑顔を浮かべる。
ただ1人、ルビーだけが、どこか納得のいかないという表情をしていた。
「ちょっとリーフ。それにミューズ王女」
王子とはいえ、男を呼び捨てにしてしまうところはさすがと言ったところか。
その呼び声に、2人は不思議そうに彼女を見る。
「あんたたち、いい加減に敬語使うのやめてくれないかな?」
突然言われた全く趣旨の違う話に、2人はきょとんとする。
「こっちが王族に対してタメ口使ってるのに、そっちが敬語って言うの、何かやりずらいんだよね」
説明するのが嫌なのか、視線を外して続けた。
「だから対等の立場で行かない?あたしたちは帝国相手に戦った仲間。プライベートでは王族も平民もなし。どう?」
4人はそれぞれ顔を見合わせた。
確かに、ルビーとペリドットはフェイト兄妹に対して明らかに敬語を使っていなかったし、逆に兄妹の方は重要な事柄以外で敬語を使うことをやめようとはしなかった。
これでは何かがおかしくて、やりずらい。
「わかりました」
先の答えたのは、それでもやはり敬語のままのミューズ。
「ですが、兄様はともかく、私は皆様より確実に年下です。敬語を使わせていただくこと、お許し下さい」
「セレスとベリーの方があんたより年下のはずだけど?」
そう言われてミューズはセレスに視線を移す。
姉の言葉にセレス自身も顔を動かしていたらしく、はたっと2人の視線が合う。
「遠慮しないで下さい、ミューズさん。私の方が年下なのは事実ですから」
セレスの実年齢は14歳。
本来ならば、まだ働くことはできない子供の年齢。
インシングの成人は、そして働くことが許されるのはほとんどの場合15歳だ。
そしてミューズは、既に十分大人として扱われるその年齢に達している。
くすっと笑って、ミューズはちらっと兄を見る。
それからセレスに視線を戻すと、困ったような笑顔になる。
「考えておきます。ちょっと、思うところがあるもので」
その言葉にセレスはきょとんとし、ルビーは「思うこと?」と聞き返す。
心なしか、リーフは視線を関係ない方へと送り、ペリドットは笑いを堪え、蹲っていた。
おそらくペリドットとリーフにはミューズの言葉の意味がわかるのだろうけれど、今はそこまでツッコミを入れている場合ではない。

「それじゃあ行くとしますか。セレス」
呼ばれて、しっかりと頷く。
壁に立てていた杖を握って、静かに目を閉じた。
「私の周りに集まってください」
その言葉に従い――ミューズももちろん同行するつもりらしい――4人がセレスの周りに集まる。
いつものようにルビーとペリドットが手を繋ぐ。
反対の手でペリドットがミューズの手を取り、彼女に促されたミューズが兄の手を取る。
それを確認すると、ルビーは空いた方の手をセレスの肩に乗せた。
これは転移中、何かの拍子ではぐれたりしないようにするための気休め程度の保険。

「行きます」

静かにセレスの声が室内に響いた。
次の瞬間、空気が一瞬震えたかと思うと、5人の姿は跡形もなく消え去っていた。

remake 2003.04.18