SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter2 法国ジュエル

9:役割

ふと、感じた気配に足を止め、空を見上げる。
自分の前を歩き、精霊神から貰った地図と頭脳の格闘を続けている2人は、その気配には気づいていないらしい。
王都エスクールから5分ほど歩いた街道の真ん中で、時折通りかかる旅人たちはそんな3人を不思議そうに見つめていた。

しばらくして、ルビーが空を見ていることに気づいたペリドットが、不思議そうに彼女の視線を追い、空を見上げる。
「ルビーちゃん?何か見つけた?」
その言葉に、セレスは初めて姉の表情が城を出たときの和らいだものではなく、厳しい顔つきになっていることに気づいた。
そしてすぐに気づく。
辺りに潜む嫌な気配に。
「まさか……」
「ルビーっ!!」
言いかけた言葉は、完全に紡がれる前にペリドットによって塞がれる。
真剣になった彼女の声は、セレスの言おうとした言葉を肯定しているのに違いない。
そして、真剣な表情で空を見つめたまま言葉を返そうとしない姉の行動も、また然り。

「行きなさい」

空を見上げたまま言ったから、初めは何を言われたのかわからなかった。
「……え?」
「あんたたち2人はこのまま光の洞窟を目指せって言ってるの」
漸くこちらを見た姉は、幻やイセリヤと――強敵と言われる者たちと戦ったときのような真剣な表情をしていた。
「姉さんっ!?」
「ルビー!本気?」
普段はルビーのことを『ちゃん』付けで呼んでいるペリドットまでが、彼女のことを呼び捨てる。
おそらくそれは、今の自分に余裕がないことの表れ。
「今のあたしたちじゃ奴には勝てない。それはわかってるでしょ?」
「わかってるけど……」
わかっているけれど、だから何だというのだ。
誰か1人残って、囮になっている隙に逃げろとでも言うのだろうか。
誰か1人――ルビーが残って、囮になっている間に。
「ペリート。セレス、絶対に精霊のところに連れて行きなよ」
その言葉は、今自分たちが心で投げかけた疑問をしっかりと肯定していた。
「だって、それじゃ姉さん……っ!?」
もう誰も犠牲にはしたくないのに。
あの男のところに、仲間を置いていきたくはないのに。
姉は今、自ら犠牲になろうとしている。
「なんて声出してんのよ。それでもあたしたちの中で最強の魔道士?」
呆れたようにルビーが言う。
確かに呪文を使っての攻撃で1番優れているのは自分、もしくはペリドットだけれど、それとこれとは話が別。
「そんなの、関係ないっ!」
精一杯セレスが叫ぶ。
それでもルビーが考えを変えることはなかった。
その代わりといわんばかりに妹の顔を見ると、大きなため息をついて問いかける。
「セレス。あんたあたしを誰だと思ってるわけ?」
問いの意味がわからず、セレスはきょとんと姉の顔を見た。
「天下無敵のルビー様だよ?そう簡単には捕まったりしないって。絶対に追いつくから」

……嘘だ。
確かに追いつくと言ってはいるけれど、瞳がそれを否定している。
瞳に宿った光は決意と、ほんの少しの諦め。

おそらく、ペリドットにはそんな微かな変化はわからないだろう。
付き合いが長いから、何より姉妹だから、セレスはルビーの瞳に宿る感情を読み取ることができた。
読み取って、しまった。
「でも……」
再び言いかけたセレスの肩を、無言のままルビーが掴んだ。
そして笑顔で、それでも瞳だけは真剣なままで彼女の目を見る。
「あんただけが頼りなの、わかってる?あんたが呪文を継承できるかどうかで、勝負が決まる。だけど、あんたがここであいつに捕まったら、呪文の継承ができるできない以前にあたしたちの負けが決まる」
姉の言葉に、無意識のうちにセレスはごくりと息を呑んだ。

「今回は、セレス。全部あんた次第なんだよ」

心臓が高鳴っていくのがわかる。
感じているのは、たぶんプレッシャー。
全ての責任が自分に圧し掛かっているという事実に対する僅かばかりの恐怖。

「ま、あの時あたしを1人で行かせた罰だと思って、がんばんな」
ぽんっと肩を叩いて、ルビーがわざと笑って言った。
あの時というのは、おそらく帝国での最終決戦。
城下で襲ってきたイセリヤの部下を自分たちが引き受けて、彼女をたった1人でイセリヤの元へと行かせた仕返しだとでも言いたいのだろう。
あの時はともかく、今回は追いついてこられるという保障など、何処にもないというのに。

それでも私に行けと言うの?姉さんは。

そこまで考えて、気づいた。
嫌な気配が先ほどよりも近づいている。
どんどん近くなっていく。
「セレちゃん、行こう」
左手を取られたのと同時に耳に入った言葉に、セレスははっと振り返る。
「行くって……」
「大丈夫。ここはルビーに任せて、行こう」
「でもっ!?」
「セレスっ!」
突然大声で名前を呼ばれ、開きかけた口を思わず閉じる。
目の前のペリドットは、普段はほとんど見せることのない真剣な表情をしていた。

無駄だということはわかっている。
ルビー1人で、完全に食い止められるわけがないこともわかっている。
それでも彼女を残していくのは、他に手がないから。
それが、痛いほど良くわかってしまっているから。

「ペリート」
耳に入った声に、ペリドットは視線を動かす。
「あたしらの希望。しっかり目的地まで連れてってよね」
そう言って笑うルビーの顔には、笑みが浮かんでいた。
「当然!そっちこそ、あたしの好意を無駄にするようなこと、しないでよね」
「極力努力してみます」
いつのまにか短剣を手に取って、彼女は笑顔のまま言葉を返す。
「待って下さい!私は……」
言いかけた言葉は、最後まで付けられることはなく途中で途切れた。
ペリドットの手刀がセレスの首を打ったのだ。
意識を失い、崩れたセレスの体を受け止めると、ペリドットは彼女を落とさないように抱え、変形させたオーブに飛び乗る。
「これ、頼むわ」
短剣を水晶に戻して、ペリドットに手渡す。
自分は予備の短剣を持っているから心配はないと付け足すのも忘れない。
「本当に、無理しちゃ駄目だよ。リーダー」
受け取った水晶を他の仲間の水晶を入れた皮袋にしまうと、既に背を向けてしまったルビーに声をかけた。
「わかってる。たぶんね」
返ってきたのはふざけた口調の言葉だったけれど、それとは裏腹に真剣な表情をしているということをペリドットは知っていた。
「そっちこそ。ヘマやらないでよね」
「わかってる。まかして。絶対に、助けに行くからね」
いつものような軽い口調。
それはわざとだと、彼女を知る者ならばすぐにわかってしまうほど弱々しい。

「後は、任せた」

小さく、それでもはっきりと告げられた言葉。
振り返らずに頷くと、ペリドットは何も答えずにオーブを浮かせる。
そして、そこから馬をも越える物凄いスピードで飛び去った。
決して振り返ることなく、目的地を目指してまっすぐに。



2人の姿が見えなくなって暫くしてから、ルビーは彼女たちが飛んで言ったのとは別の方向に歩き始める。
歩いているうちに街道を外れて森へと入ってしまったが、そんなことは気にしない。
気にしている場合ではないということなど、当の昔にわかっていた。

「出てくれば?あの2人を追ったって、七大精霊があんたを拒むだけだと思うよ?」

誰もいない森の中に嘲笑が響く。
それに続くかのように、目の前に白いローブを来た男が現れた。
「ずいぶん潔いものだな、マジックシーフ」
「あんたこそ。素直にあたしの方を追ってくるなんて、どういう風の吹き回しかな?」
嘲笑うかのように、ルビーがルーズを睨む。
「マジックマスターを手に入れるためには、貴様の存在も必要だろうと思ったのでな」
その言い方に、ぴくっとルビーは眉を動かす。
明らかに何かが引っかかる口調。
しかし、それを気にしていれられるほどの余裕があるはずがない。
「ごちゃごちゃ言ってないで、とっとと終わりにさせてもらうよ。仲間があたしを待ってるからね!」
「心配するな。すぐにそんな約束などどうでもいいと思わせてやろう」
例によって例のごとく、ルーズはペンダントから透明な水晶を取り外した。
よく見れば、今や透明なままの水晶は3つだけ。
残りの4つは青、緑、茶色、紫と色づいて、それぞれ薄っすらと光を放っている。
その数が、色が示しているものに気づいて、ルビーは大きく目を見開いた。
「そっか、だからあの時……」
その事実に気づいて、理解した。
仲間たちが何処に捕らえられているのかを。
あの時タイムが突然目の前に現れて、消えてしまった理由も。
全てを理解した。
逃がした2人に伝えられない、この状況で。
「だったら……っ!!」
自分にできることはただひとつ。
あの2人がこれ以上、苦しむことのないようにするまで。

妹を悲しませてまでここに残った自分が、言えたことではないけれど。

「我が纏うは、紅蓮の炎。炎よ。地獄に燃える熱き火よ!今ここに我が身に集い、愚者を焼き尽くす力とならんっ!!」
紡ぐのは炎の言葉。
からくりに気づいた自分が、逃がした仲間にできる精一杯のこと。

「インフェルフレイムっ!!」

噴き出した炎がルーズに襲い掛かり、視界を遮る。
呪文の威力自体はどうということはなかったけれど、視界を塞がれては狙いを定める事などできない。
「く……っ!大気に溶け込みし、無限の水よ」
「遅いっ!!」
背後から聞こえた言葉に、ルーズははっと振り返った。
炎はただの目眩ましだ。
最初から勝てるつもりもなければ、攻撃として放ったつもりもない。
ルーズの視界が炎で遮られた隙に、ルビーは彼の背後に回りこんでいた。
目を見開いている彼の手を掠め、炎の中に飛び込むように横を通り過ぎていく。
思わぬことに、反射的にルーズは身を引いた。
しかし、その体には短剣の傷跡どころか、かすり傷さえついていない。

「もらったよ!」

何が起こったのかわからないという顔をしているルーズの耳に、勝ち誇ったルビーの声が飛び込んできた。
頭の上に挙げられたその手には、しっかりと透明な水晶が握られている。
それは紛れもなく、先ほどまでルーズの掌にあった物でだった。
「いつの間にっ!?」
叫んでしまってから、先ほどすれ違ったときに盗られたのだと気づいたらしい。
表情を変えて、ルーズは彼女を睨んだ。
「悪いけど、これをこのままあんたに持たせておくわけにはいかないからね!」
叫ぶように言うと、ルビーは水晶を左手に持ち帰る。
素早く腰のベルトに指していた短剣を抜くと、勢いよく左手に乗る水晶に突き立てた。
ぱあんという軽い音がして、水晶が砕ける。
砕けた水晶は破片を撒き散らし、空気に溶け込むように消えていく。
「貴様っ!?」
これにはさすがに頭に来たらしい。
表情を大きく変えて、ルーズはルビーを睨みつけた。
途端に寒気が襲った。
動きが封じ込められるほどの威圧感を感じて、体が震え出す。
「貴様は許さぬっ!1000年かけて作った我が傑作を、よくも!」
「人を捕らえる牢獄の何処が傑作だって言うわけっ!」
怒ってペンダントから新たな水晶を外したルーズに、負けじとルビーは言い返す。
「人の力を自分の物にするったって、所詮はまがい物じゃないっ!まがい物の力なんかを自慢して王様やってる奴なんかに、許してもらうつもりはないよっ!」
ぎりっとルーズが唇を噛み切りそうなほど強く噛む。
実際に噛み切ってしまってはいないものの、その唇からは微かに血が滲んでいた。
「私とて、奴と精霊、お前たちさえいなければ!こんな惨めなことをする必要などなかったっ!!」
それはもう、何処に向けられているのかわからない怒り。
「これはその罰だ。私から、全てを奪った者たちに与える制裁だっ!逃れることなど許さぬっ!」
叫びと同時に、水晶が強く輝いた。
突然湧き出た水晶の光から逃れる術もなく、ルビーはその光に飲み込まれる。
その瞬間、信じられないことに彼女は微かな笑みを零した。

「ならあたしが、あたしたちが与えてやる。あたしたちを道具にしようとしたあんたに、精霊の制裁をね」

それが最後。
その言葉を最後に、ルビーの姿は消え去った。
光が水晶へと戻っていく。
それと同時に、透明だった水晶は徐々にその色を変えていく。
透き通っていた水晶が、炎のような赤へと染まっていく。

「私に制裁だと」
空間に響いた低い声。
「力のない貴様らに、それができるというのなら、楽しみにしておいてやってもいいだろう」
小さく笑って水晶をペンダントに戻すと、彼はそのまま姿を消した。



ペンダントに戻されても尚、色と共に水晶に宿った炎はいつまでも燃え続けていた。
まるでルビーの意志を強調するかのように。

remake 2003.04.18