SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter3 魔妖精

11:情報

「お待たせー」
にこやかに部屋に入ってきたペリドットの服装は、いつもの見慣れたものに戻っていた。
サーカスに助けられたとき着ていた服を捨てずに取っておいてもらったらしい。
「だってほら。その時のあたしにしてみたら、記憶の手がかりだったから」
「なるほどね」
説明するペリドットに納得した様子でタイムが頷く。
「にしても、タイムちゃん大丈夫?あんなに風邪で休んでたのに」
「大丈夫。そもそもあんたたちが連れてかれたあの日、寝坊して遅刻したけど、あたしも学校行くはずだったんだから」
きっぱりと答えると、「ふーん」と興味なさそうな返事が返ってきた。
「あたしの方が聞きたいよ。何でサーカスにいたか、ってのはわかるけど、1週間で空中ブランコなんてできるもんなの?」
タイムにとってはそれが一番の疑問らしい。
「できたんだよねぇー。ほら、あたしよくオーブで空飛んでいるし、鉄棒だけはレミアより成績よかったじゃん」
「そういえば……」
「ね?だからできるんだよ」
そういう問題なのだろうかとツッコミを入れようかと思ったが、話が進まなくなりそうなのでやめておく。
「じゃあ本題に入るけど」
「あれ?今のが本題じゃなかったんだ?」
「当たり前でしょうが」
きょとんとして聞くペリドットに、タイムは呆れたように言葉を返した。
それからすぐに真剣な表情になり、じっと目の前の友を見つめる。

「敵の本拠地で、一体何があったの?」

その問いにペリドットの表情が変わった。
先ほどまでのひょうきんなものから、滅多に見ることのない真剣なものへ。
「……誰に、何処まで聞いたか聞いていい?」
「もうレミアとベリーに会ったよ」
滅多に聞かない真剣な口調で尋ねたペリドットの問いかけに、タイムは小さく頷いて答えた。
「一緒じゃないよね?」
「うん。もしものことを考えて、妖精神の神殿の警護を頼んだから」
「へー。警備員、かっこいい~」
いつもの口調に戻ってペリドットが感心したように言った。
しかし、その言葉にタイムが反応を示すことはなくて、小さくため息をつくとすぐに緩みかけた表情を元に戻す。
「……で?」
「それで、レミアには大体話を聞いた。ベリーには、レミアに聞いたからって言って、聞いてない」
「ふむ。賢明な判断だね」
偉そうに言うと、ペリドットは腕を組んで「うんうん」と頷く。
「ベリーちゃんが連れて行かれたの、レミアの着後だったから。聞いてもほとんど収穫ないし」
「2番目って……、あんたは?」
「あたし?あたしは5番目」
自分を指差して、ペリドットはあっさりと言った。
「っていうか、もしかすると最後なんじゃないかなぁ」
「最後って?」
聞き返すと、「うん」と軽い返事が返ってくる。
「レミアちゃんが連れて行かれてからあたしが連れて行かれるまで、1日くらい時間があったんだけど、その間にルビーが一度も起きなかったから」
その言葉に一瞬タイムはぎくりとした。
ルビーが今も目覚めていないとすれば、ただ1人で敵の本拠地に残っているということもありえない話ではない。
「あくまで可能性だから、本当のところはわかんないけどね」
ペリドットがそう言ったとき、とんとんと扉を叩く音が聞こえた。
「お茶もらってきたよ~」
扉の向こうから顔を出したのは、人間と同じ大きさになり、ティーセットを両手で抱えたティーチャーだった。
「ああ、置いといて」
「入れてからね~」
扉を閉めてひょこひょことした動作でテーブルの方に移動すると、手慣れた手つきでお茶を入れ始める。
「……あたしの推測なんだけど」
ティーチャーの行動を気にせずに、ペリドットが話を戻そうと口を開いた。
「あの女の使ったの、多分スリープだと思うんだよね」
「スリープって、あんたが時々使うあれ?」
「そうそう。相手を眠らせる魔法」
時折ペリドットが理事長室を抜け出そうとするとき、ミスリルにかけていく魔法だ。
眠ってしまえば追いかけてくることもできない。
そういう考えで使い始めたらしい。
「ちなみにスリープミストはその上級魔法ね」
「んな判りきった説明はいいから」
ぱんっと手を打ち合わせていったペリドットに、呆れたようにタイムがツッコミを入れる。
「あの魔封じの文様が描かれた魔法陣、別の文字も書かれてたみたいなんだよね。あれは多分、対象者を指定した魔力増幅の文様だと思うんだけど」
すぐに真顔になって続けるペリドットに、タイムは内心感心した。
同じ状況でレミアが手に入れられなかった情報を彼女は手にしていた。
その理由はおそらく魔道士と剣士の知識の違いなのだろうが、それでも感心してしまう。
「ただ肝心の対象者の名前が古代語でさ。わかんなかったんだよねぇ」
「ああ、それなら」
テーブルの上に紅茶のカップを並べていたティーチャーが唐突に口を開いて、タイムは反射的に彼女に視線を向けた。
タイムの視線に気づいた彼女は、頷くと部屋に置かれていたメモ用の紙とペンを取り出して、そこにさらさらと何かを書き綴る。
「それ、こういう文字じゃなかったですか?」
破かれて差し出されたメモ帳の切れ端を見て、ペリドットは頷いた。
「そう!暗かったからうる覚えだけど、こんなのだった」
言ってから、はたと気づいてティーチャーを見る。
「すごいね、ティーチャーって。古代語読み書きできるんだ!」
「一応。今はほとんど連絡取ってませんけど、妖精界の魔法言語は未だにこの文字なので」
「そうだったの?」
知らなかったらしく、驚いた様子で尋ねたタイムに、ティーチャーはこくりと頷いてみせた。
「で、それなんて読むの?」
「ロニーと読みます」
「ふーん。それがあの女の名前なんだ」
まじまじとメモ帳の切れ端を見ながら、ペリドットは目を細めて小さくそう呟いた。
「ところで、その増幅の文様。今回と何の関係があるの?」
「ああ……、うん」
タイムの問いかけに思い出したように顔を上げると、メモをテーブルの上に置く。
代わりに出されたばかりの紅茶の入ったカップを手に取って、考え込むかのように視線を伏せたままペリドットは吐き出すように言葉を発した。
「あたしとセレスってみんなより魔力耐性強いじゃん。だからあれがなければ、スリープ効かなかったんじゃないかなぁって」
効かなければもっと内部を探れたのにと悔しそうに彼女は言う。
あの術がスリープという魔法であることもその魔法陣の意味も、あくまで推測に過ぎないのだけれど。
本当だったとしたら。
そう考えると悔しくて仕方がない。
「まあ、あたしの持ってる情報たって、そんなもんだよ」
「そう……」
カップを置いてソファに背を預けたペリドットに、タイムは小さくそう返した。

そんなもの、と彼女は言ったけれど、この町に来るよりずいぶん情報が増えた気がする。
まず残りの仲間の安否の手がかり。
最後に残されたルビーはともかく他の2人――セレスとミスリル――はペリドットたちのように記憶を消されて放り出されたという可能性があること。
今までの町にはいなかったから、おそらくこの先、魔妖精の本拠地までのどこかにいるだろうと予想する。
そしてもう1つ。
相手は何か特別の力を持っているわけではないということ。

頭の中で情報を整理して、纏める。
そうしてから、タイムは顔を上げ、ソファでうとうととまどろんでいるペリドットへ目を向けた。
「ペリート」
名を呼ぶと彼女はすぐに、けれどだるそうに体を起こしてこちらを見る。
「ありがとう。おかげで新しいものが見えた気がする」
「あんなので?」
「こっちが元々持ってる情報もあるからね」
意外そうに言ったペリドットに、タイムは苦笑してそう返した。
「今のも含めて、とりあえずあたしたちの状況を説明するね」
そう告げると、ペリドットは表情を変え、ソファに座り直した。
「まず、あたしたちの敵の種族は魔妖精。みんなの前に現れた女は、たぶんその長のロニーだと思う」
「魔妖精?」
聞き慣れない単語を耳にして、ペリドットは首を傾げる。
予想どおりの質問に、タイムはお茶の支度を終え、テーブルについたティーチャーを見た。
「人間にエルフと呼ばれている種族です。魔族として生まれた妖精って言えば、わかりやすいでしょうか」
「あー、うんうん。じゃあエルフってみんな魔族なの?」
「インシングにいる奴はね。純粋なエルフは妖精界からこっちに移住してないそうだよ」
簡単にそう説明すると、ペリドットは「なるほどね」と納得したように何度も頷いた。
「次。奴らの目的は妖精神ユーシスを見つけ出すこと」
「妖精神を?」
僅かに表情を変えて聞き返せば、タイムとティーチャーは黙ったまま頷いた。
「じゃあ、それで何であいつら、タイムを探してたの?」
アースで魔妖精の言っていた言葉を思い出し、ペリドットは尋ねた。
「ミルザとユーシスの関係は?」
「へ?」
質問に質問を返されてペリドットはきょとんとする。
だがそれは本当に一瞬で、すぐにタイムとその隣に立つティーチャーを見て、何か思いついたように手を打った。
「ユーシスってミルザのサポートフェアリーだったって話!」
「そう。で、その妖精との契約を受け継いでいるのはあたしの家系」
だから奴らはあの時自分を捜していた。
そして今、本拠地から出たという噂を全く聞かないのは……。
「眠りっぱなしのルビーさん、タイムと間違えられている可能性もあるよね」
ぽつりと呟かれた言葉に、一瞬ティーチャーに視線を向ける。
僅かな間真剣な表情で足元のテーブルに視線を落とした彼女を見つめると、何も言わずに視線を戻して続けた。
「マリエス様の話から察するに、魔妖精が求めているのはユーシスが持っていた妖精神としての『力』。けど、ユーシスは伝承どおり、ミルザの旅に同行して亡くなっているらしいの」
時折ティーチャーの顔を横目で見ながら途切れ途切れに告げる。
視界に入った彼女の顔が曇ったのが見えたが、ここで話をやめるわけにはいかない。
「だから契約者を探してる。契約者さえ見つかれば、奴らにとっての解決策が見つかるかもしれないから」
ペリドットの問いかけのような言葉に、タイムは頷いた。
「加えてあたしは妖精神の娘と契約してる。ユーシスの詳細を聞き出すにはもってこいってところでしょうね」
「妖精神の娘と契約……?」
聞き慣れない単語を耳にして、ペリドットは思わず聞き返した。
「え?タイムと契約してるのって、ティーチャーでしょ?」
こくりと、戸惑い表情を浮かべながらティーチャーが頷く。
「ごめん、ティーチャー。でも、みんなにまで隠して置けることじゃないでしょ?」
「うん。わかってる」
「……え?もしかして?」
目をぱちぱちさせながら2人を見比べるペリドットに、2人は同時に頷いた。

「私は妖精神ユーシスの娘だそうです」

きっぱりと言ったティーチャーに、ペリドットは思わず声を上げる。
「うそっ!?」
「マリエス様から聞いた話だから、間違いないよ」
きっぱりと言うと、ペリドットは「うそー」と大げさなリアクションでソファを離れる。
驚きを表現したのだろうけれど、今のタイムがそれにいちいちツッコミを入れるはずがない。
「最後。妖精神の力を狙う奴らはエスクールの妖精の村、テヌワンにある妖精神の神殿を襲う可能性がある」
以上、とそこで初めてタイムは言葉を切った。
未だティーチャーの真実が信じられないのだろう。
ペリドットはまだソファから離れ、驚きのポーズらしい格好のまま固まっている。
この分だと最後の部分を聞いていたかどうかわからない。
「……それで、ペリート」
しばらくして、再びタイムが口を開いた。
その声に我に返ったかのように表情を変えたかと思うと、ペリドットは漸く驚きのポーズを止めてソファに戻ってくる。
「何?」
タイムの声に乗せられた緊張を感じ取ったのか、いつもの楽しそうな口調ではなく、しっかりとした口調で先を促した。
「あんたにも、妖精神殿の警護を頼みたいの」
思ってもいなかった仲間の頼みに、ペリドットは驚いたように目を見開く。
「でも、タイムちゃん。1人じゃ……」
「私がいるんですけど」
忘れられたと思い、不満を感じたのだろう。
頬を膨らませてティーチャーがペリドットを睨んだ。
彼女のこういう仕種は妖精の13歳とは思えないほど幼く思える。
忘れてたわけじゃないけどと苦笑して、ペリドットは彼女に謝った。
「大丈夫。レミアやベリーとも約束した。絶対残りのみんな見つけて帰るって。それに……」
不意に言葉を切って、ちらっとティーチャーを見る。
その視線の意味に気づいたのか、彼女は小さく頷いた。
「もし神殿に魔妖精が襲ってきたと仮定する。いくらレミアやベリー、それにリーフとフェリアもだけど、4人いるからって大群に苦戦しないと言い切れる?」
「妖精族は、私たちも魔妖精も魔法を得意とします。そうなった場合、術師が1人もいないのはかなり不利なんです」
確かにレミアもベリーもフェリアも呪文が使えるとはいえ、基本は肉弾戦だ。
リーフは生まれつき魔力を持っていない分、魔法耐性が低いはず。
術師が大群で襲ってきた場合、勝ち目はほとんどないだろう。
ただの戦闘ならば問題はないが、神殿を丸まるひとつ守るのだ。
4人では人数が少ない。
「……目の前の敵に夢中になって、守るべきもの守れなくっても仕方ないしね」
小さくため息をついて、ペリドットは口を開いた。
「いいよ、行く」
きっぱりとそう言って、顔を上げる。
「ペリートさん!」
「……ありがとう」
「いいのいいの。適材適所……ってのとは違うかもしれないけど、そんな感じ。ね?」
「……そうだね」
すっかりいつもの口調に戻ったペリドットに、タイムも安心したように顔を綻ばせた。



2人の少女が騒ぎ始める中、ティーチャーだけが心配そうに見つめていた。
話を始めてから、一度も椅子から体を起こそうとしないタイムを。

remake 2003.10.11