Chapter3 魔妖精
9:図書館の町
「よし、着いた」
村の入口で呟いて、タイムは馬から飛び降りた。
荷物の中に入って到着を待っていたティーチャーもその言葉に顔を覗かせる。
「本当に早かったね」
「ちょっと無理させたから、1日は休ませないとだろうけどね」
肩に移動したティーチャーの言葉に、タイムが馬を撫でながら返した。
この馬はアールが通行許可をもらった際に一緒に城から貰ってきてくれたものだ。
普通は徒歩で4日かかる隣町に譲ってもらった馬に呪文でドーピングをして、彼女たちは1日でここまでたどり着いた。
ダークマジックと戦っていた頃にルビーが思いついた邪道とも言える方法だったが、今回のような急ぎの旅では都合がよい方法だということはわかりきっていて、タイムは戸惑うことなくティーチャーに馬の強化を頼んだのだ。
「で、ここが話に聞いた大きな図書館のある町なんだね」
「たぶんね。あの大きな建物がそうだと思うけど」
答えながら、タイムは町の奥にある一際高い建物を指で示す。
エスクール城内にある図書館より小さいという印象を受けたのは、城と一般の施設という建物の違いがあるからだろうか。
「魔妖精……たぶん人間の文献ではエルフになってるだろうけど、それに関わる文献を調べれば、奴らが妖精神の力を欲しがっている理由がわかるかもしれない」
図書館を見つめたまま呟かれたタイムの言葉に、ティーチャーはこくんと頷く。
「まずは宿を取って馬を預かってもらうとして、ティーチャー」
馬から荷物を下ろしながら、肩から浮き上がった彼女に声をかける。
「アールから貰った服があったでしょ?」
「うん」
服といっても旅をする聖職者が着る簡素な上着だけなのだけれど。
「大きくなってそれ着て」
「えっ!?」
突然の、予想もしなかった提案に驚いて、ティーチャーは思わず声を上げた。
「これから先、姿を消してるんじゃ不便だから、人と同じ大きさになる呪文を使うって言ったのはあんだだよ」
そう言われて、返す言葉に詰まった。
確かにここに来るまでにそんな発言はしたけれど、人と同じ大きさになるための呪文は妖精魔法の中でも特に難しいものだ。
覚えたてで、しかも一度しか使ったことのない自分が、どのくらいの時間その効果を伸ばし続けていられるか。
いくら彼女が妖精だと言っても、そんな不安は当然持っているわけで。
「消えてるんじゃあ、駄目かな?」
「駄目」
無理に作った笑顔で聞くと、あっさりと却下されてしまった。
「で、でも、初めてなんだよっ!!」
「自分は妖精神の娘なんだから大丈夫!とか言い張ったの、どこのどいつだっけ?」
「う゛……」
この提案をしたとき、自分は確かにそう言ってしまった。
それを指摘されてしまっては、もう引き下がれない。
「わかったわよ!でも途中で効果切れた時の後処理はタイムがやってよ!」
「はいはい」
興味がなさそうな口調でしか答えないタイムに不満を抱きつつ、ティーチャーは物陰へと飛ぶ。
それを確認してから、タイムは荷物から取り出した地図を広げた。
この地図も馬同様アールが手に入れて渡してくれたものだ。
「ここで今日は潰すとして、明日の朝に発つとすると、ドーピングして次の町まで……」
「あんまりやりすぎると馬、途中で潰れちゃうよ」
すっかり聞き慣れた声がいつもより大きく聞こえた気がして、タイムは地図から目を話し、顔を上げた。
目の前には、先ほど物陰に飛んでいったはずのティーチャーが立っていた。
顔を上げるとティーチャーが目の前にいるというのは、ここ数日の間にすっかりお馴染みになってしまった光景で。
ただいつもと違うのは、目の前の彼女が普段は決して届くことのない地面にしっかりと足を着けて、同じくらいの高さで自分と目線を合わせているということ。
タイムよりは背が低いのか、微妙に上目遣いになっていたけれど。
「人間の平均的な13歳ってこのくらいだと思うけど、どう?」
2つしか離れていないのというに、その仕種がずいぶん幼く感じられたのは、ひとつ下のセレスとベリーが本来年上であるはずの仲間たちよりずっと大人っぽい雰囲気を持っていたためだろうか。
「ん~……。まあ、いいと思うけど」
「よかったぁ~。あ、言っておくけど、夜には元に戻るからね!」
「はいはい」
びしっと指を突きつけていうティーチャーに、タイムは苦笑する。
「で、話を元に戻すけど」
そう前置きして、ティーチャーは馬に載せたままの荷物から上着を引き出した。
無理に荷物に押し込んでいたから皺がついてしまったけれど、その程度のことを気にする冒険者などいない。
「あんまり馬にドーピングすると潰れるのが早くなっちゃうよ。能力を無理矢理限界まで引き出し続けてるってことなんだから」
「それは、わかってるけど……」
「焦ってるのはわかるけど、無理しちゃ駄目だよ」
タイムの言葉を遮って、強い口調でティーチャーが言う。
羽織った上着を両手で掴んでぴんっと伸ばすと、黙り込んでしまったタイムを静かに見上げた。
「船の上のあれだって、船酔いなんかじゃないでしょう?」
「……!?」
思いも寄らない言葉に、思わず目を見開いて彼女を見る。
「悪化したって何?もしかしてタイム、どこか怪我してるか病気して……」
「そんなことより!」
大声を上げてティーチャーの言葉を遮る。
突然の怒鳴り声に彼女は一瞬怯んだけれど、そのまま引き下がろうとはしなかった。
「そんなこと、じゃないでしょう!もしそうだったら……」
「風邪」
「……え?」
突然言われた言葉に、ティーチャーはきょとんとする。
「あたしのはただの風邪。だから気にしなくていいの」
目にかかった前髪を掻き上げながら小さなため息をつくと、タイムは手早く地図を閉じた。
それを荷物の中へ押し込んで、馬の背にあった手綱を手に取る。
「それより宿を探すよ。さっさと図書館行きたいんだから」
無理矢理話を終わらせて、馬を引いて町へと足を踏み入れる。
そんな彼女の、何となくいつもより頼りない感じのする後ろ姿を見つめて、ティーチャーは小さくため息をついた。
宿に馬を預けて図書館に向かった数時間後。
大きなため息をついて、タイムはとぼとぼと図書館を後にしていた。
その後ろを困ったような顔でティーチャーが着いていく。
「結局、目新しい情報は何もなかった……」
「まあ、人間の文献だし、仕方がないといえば仕方がないよ」
まともに落ち込むタイムを苦笑しながら慰める。
この図書館にあるエルフと妖精に関する全ての資料を手分けして調べたけれど、結局ティーチャーから聞いた以上の情報はなかった。
そもそも妖精族に関する文献自体が少なくて、それ以上調べようもなかったのである。
「妖精に関する文献、重要なものは王家が回収したって言ってたね」
係員の言っていた言葉を思い出し、ティーチャーが呟く。
「あの王様、そんな本ばっかり集めてどうする気だってのよ」
「さあ……?」
「……とにかく王都まで戻ってる時間はない。このまま北上して行くしかないね」
「そうだね」
ため息をつきながら発せられたタイムの言葉に、ティーチャーは苦笑しながら頷いた。
ふと、耳に飛び込んだ騒ぎに足を止める。
「タイム」
「ん?」
呼ばれて彼女の視線の先を見れば、広場だろう場所に人集りができている。
「何だろう?あの騒ぎ」
「どうせ冒険者同士の喧嘩でしょう。アースでも不良同士で喧嘩するなんてこと、よくあるし」
冒険者と呼ばれる旅人が全て善良な人間であるわけはなく、当然ゴロツキと呼ばれる部類の人間も存在する。
そういう奴らが時々騒ぎを起こすのもインシングでは日常茶飯事だと、以前フェリアが言っていた。
特にハンターや盗賊のギルドがある町では。
「関わったってこっちの得になるわけじゃないし。行くよティーチャー」
軽くそう言って、宿へ向かおうと歩き出したときだった。
「タイムっ!!」
「何?」
突然上がった叫び声を聞いて、タイムは面倒そうにティーチャーを振り返る。
人集りを見つめる彼女の目は思ったより真剣で、何があったのかと一瞬顔を顰めた。
「……やっぱりっ!」
「何が?」
突然何かを確信したようにティーチャーが言葉を発した。
そんな彼女に眉を寄せながら、タイムは訝しげに聞き返す。
「あの喧嘩の中心!あそこにいる人!」
「……は?」
ティーチャーの指した方向に視線を向けて、じっと様子を伺う。
野次馬のせいでここからではよく見えないが、時々人の間から喧嘩をしている本人たちだろう動く人影が見えてくる。
その中に紫色の長い髪が混じっているのを見て、タイムは反射的にティーチャーを見た。
その紫の下に見える服は黄色い胴着。
『彼女』がいつも着ているもの。
「ティーチャー、ここで待っててっ!」
「タイムっ!?」
何処からともなく棍を取り出してしっかりと握ると、タイムはティーチャーの言葉も聞かずに人集りの中へと飛び込んでいく。
けれどそのまま中に入ることはせず、人集りを抜けるか抜けないか寸前のところで足を止めた。
「このガキっ!!もう許さねぇっ!!」
怒鳴りながら斧を振り上げ、突進してきた男をあっさりと交わす少女。
間違いない。先ほどみた紫の髪はこの少女のものだ。
頭の下の方で2つに分けられた長い髪が、動くたびにその動きに合わせて揺れる。
少し汚れた黄色い胴着が相手の攻撃を受け止め、薙ぎ払う。
戦い方は完全に我流で、何処の流派でも見ない動きをしている。
そして、時々動きを止めるときに見えるだけの、あの顔。
「間違いない……」
呟いて、タイムは棍を握る右手に力を込めた。
「こいつっ!下手に出てりゃいい気になりやがってっ!」
少女を囲むゴロツキの1人が叫んだ。
「これが下手?嫌がる女を力ずくで連れて行こうとすることの、どこが下手なの?」
服についた泥を払いながら、男たちを睨みつけて少女が言った。
見れば、少女より少し離れたところ――ちょうど人集りの向こう側にある噴水の側に1人の女が座り込んでいた。
おそらく少女はゴロツキに無理矢理連れて行かれそうになった彼女を助けたのだろう。
そして、今の状態というわけだ。
「このガキっ!!」
言い返す言葉が思いつかないのか、ゴロツキの1人が少女に襲い掛かる。
それをやはりあっさりと避けて、少女はゴロツキの背に一撃入れた。
「突っ込むしか能のない馬鹿しかいないのね」
「何だとっ!!」
嘲るように言った言葉がゴロツキたちに火をつける。
「キレてるあの子って、結構恐いんだ……」
少女の普段は見ることのない饒舌ぶりに、タイムは呆然と呟いた。
おそらく少女は怒っているのだ。
そうでなければ、普段から口数の少ない彼女が戦闘中にあそこまで挑発することなどないはずだ。
本気で怒ったところを見たことなかったからと呟いて、タイムは辺りを見回した。
ふと視線を向けた先、噴水の側で座り込んでいる女にゴロツキの1人が忍び寄ろうとしていることに気づく。
そのゴロツキの手が、気づかれないように女に伸びた。
「きゃああっ!?」
「動くなっ!!」
「……っ!?」
悲鳴と怒鳴り声。
それでようやく女の側のゴロツキの存在に気づいた少女が動きを止める。
「動けばてめぇの助けたこの女、どうなるかわかんねぇぞ」
女の喉には短剣が突きつけられていた。
「あんた……っ!!」
「脳ある鷹は爪を隠すって言うだろう。さあ、大人しくしてもらお……ぐぁっ!!」
突然呻き声が聞こえたかと思うと、女の腕を掴んでいた男の力が一瞬緩んだ。
その隙に女は男を突き飛ばし、一目散にその場から逃げ出す。
突然の出来事に男は完全にバランスを崩し、そのままひっくり返って水飛沫を立てて噴水の中に落ちた。
「大勢で女1人をボコろうなんて、最低ね」
男の仲間を含め、呆然とその出来事を見つめていた全員が声のした方へ視線を向ける。
その先に立っていたのは青い髪を持った1人の少女――先ほどまで傍観を決め込んでいたタイムだった。
その側には右手で握っていたはずの白い棍が落ちている。
「何だ、てめぇは!?」
「通りすがりの冒険者、いや……」
一瞬後ろを振り返ってから、にっと唇の端を持ち上げて、笑った。
「妖精使いというべきかしら?」
その言葉が発せられたのとゴロツキの足元に異変が生じたのはほぼ同時。
「スプレッドっ!!」
明らかにタイムのものではない声が響いて、地面に水が湧き出た。
そう思った瞬間、それは空に向かって弾かれたように噴き出し、辺りに散る。
「うわっ!!」
「ふべっ!?」
降ってきた、思ったよりも勢いの強い水を体に直接受けたゴロツキたちは、その重みに耐え切れずに叫び声を上げ、地面に倒れる。
本来ならばこの落下した水もかなりの攻撃力を持った弾となるのだけれど、威力は抑えてあるらしく、それほど深刻な怪我を負ったものはいないようだ。
酷くてもあばらが2、3本折れた程度だろう。
「さあ、どうする?次は容赦しないよ?」
くすくすと笑いながらタイムが尋ねる。
真っ直ぐにゴロツキたちの方へ伸ばした指先を怪しく動かしていたから、相手はまた何か術を使ってくると思ったのだろう。
「くそっ!覚えてやがれっ!!」
定番の捨て台詞を吐き出すと、ゴロツキたちは動けなくなった仲間を引きずりながら慌てた様子で広場を離れていった。
それを見送ってから、腕を下ろして小さくため息をつく。
呆然とする紫の髪の少女には目もくれず、棍を拾おうと噴水の方へ歩き出したときだった。
「ちょっとタイムっ!私が気づかなかったらどうするつもりだったのよっ!」
人集りの中からティーチャーが大声で怒鳴りながら姿を見せた。
先ほどの呪文はタイムが振り返った意味に気づいたティーチャーのものだったのだ。
「自分で唱える気だったけど」
「ああ、そう」
いやにあっさり答えたタイムに、ティーチャーはがっくりと肩を落とした。
それと同時に、いつもと違った行動を取る彼女に向かって思い切りため息をつく。
この町に入ったとき、彼女は『風邪を引いている』と言っていた。
多少とはいえ体調不良のときに、あんな強行軍をしてここまできたのだ。
普段とは違う体の重さに、きっと苛ついているのだろう。
だからあんな行動を取ったのだと勝手に推測する。
「どういうつもり?」
不意に耳に飛び込んできた言葉に、ティーチャーは顔を上げた。
気づけば、紫の髪の少女はタイムを真っ直ぐに見つめている。
いや、睨らんでいると言った方が正しいかもしれない。
「さっき言わなかった?大勢で女1人を襲う奴なんて最低だと思ったの」
「……それだけで私の邪魔をしたの?」
「そう」
きっぱりと言うタイムに、少女は明らかに敵意の篭った瞳を向けた。
レミアさんと、同じだ。
少女も記憶を失っていて、タイムのことを覚えていないのだろう。
そうでなければ、こんな目を彼女に向けるはずがないのだから。
「助けられたのが納得いかない、って顔だね」
目にかかった前髪を払って、タイムがわざとらしい口調で言った。
「当然よ。あいつらは私の相手。横取りされて気分のいい奴なんていないわ」
普段は冷静な彼女が、明らかに言葉に敵意を乗せている。
おそらく苛立ちを感じているのだ。
誰でもない、記憶のない自分自身に。
「じゃあ、手合わせしてみない?」
「え?」
「タイムっ!!」
思いもしなかった突然の提案を聞いてティーチャーが思わず声を上げる。
「レミアのときでわかってるでしょう?」
小声でそう告げると、返す言葉がなかったのか彼女は何も言わずに黙り込んだ。
「……本気?」
「自分より弱い相手に助けられちゃ、あんたのプライドが許さないでしょう?」
普段は通じない言葉も、今の彼女には十分挑発になったらしい。
「いいわ。後悔しても、知らないわよ」
「それはこっちのセリフかもよ?ティーチャー、これ持ってて」
「えっ!?」
返事をするより先に何か細長い物を押し付けられて、ティーチャーは目をぱちくりさせる。
視線を落として、その手に預けられた物が白い棍だと気づいた瞬間、彼女は目を見開いてタイムを見た。
「どういうつもり?」
黙ってその様子を見ていた少女が僅かに表情を変えて尋ねる。
「別に。素手の人相手に間合いの長い武器は卑怯かな、と思っただけ」
「……後悔するわよ?」
「それはどうかしらね」
目を細めて言う少女の言葉に、タイムは小さく笑みを浮かべた。
その次の瞬間、何の前触れもなく少女が地を蹴る。
「ティーチャーっ!下がれっ!」
振り返らずにそう叫ぶと、顔の前で腕を交差させて少女の拳を受け止める。
「……ちっ!」
小さく舌打ちが聞こえたかと思うと、すぐに蹴りが飛んできた。
左腕でそれを受け、今度はタイムが右足を振り上げる。
当たるかと思われたそれは、素早く身を反らした少女に躱された。
少女がほっと息を吐き、ほんの少しだけ気を抜いた瞬間、突然空を切ったはずの右足が力強く地面についた。
「え……っ!?」
「はあぁっ!!」
かなり無理な体勢でタイムは左足を振り上げる。
振り上げられた足は、それ以上後ろへ下がることができなかった少女が反射的に顔の前で交差させた腕に直撃した。
「……っ!!」
予想以上の衝撃を全身で受けて少女はバランスを崩した。
タイムも、自分で乗せた勢いが強すぎて踏み止まることが出来ずに、そのまま転がるように地面に倒れる。
「……棍がないの、忘れてた」
普段は棍でバランスを取っているから倒れずにできるその技も、なければ隙のできる危険な技になる。
案の定、先に態勢を立て直した少女が攻撃を仕掛けてきた。
その拳を起き上がって防ぐと、後ろに跳んで何とか態勢を立て直す。
「……つぅ。さすがってところか」
攻撃を受けた腕がずきずきと痛む。
力も素早さも普段よりは落ちているけれど、レミアほどではない気がした。
長引けば、武器を手放した自分が不利になるだろう。
次で決めて印を見せる。それしかないか……。
一瞬目を伏せてそう決めると、しっかりと目を開いて少女を見た。
「来ないつもりなら、こちらから行くよっ!」
そう叫んで、少女がこちらに向かって走り出す。
あの子の軸足は左。だったら、たぶん。
狙ってくるのは左側。
そう読んで攻撃を防ごうと左手を上げた、その瞬間。
「な……っ!?」
少女は攻撃をせずにタイムの左側を走り抜けた。
背後から右側に飛び出して、左足を振り上げる。
「もらったっ!!」
「……っ!!」
蹴りを防ごうとタイムが右腕を上げる。
その左足と右腕が触れた瞬間だった。
「えっ!?」
「何……ああっ!?」
少女の左足とタイムの右腕――肩に近い部分が触れた瞬間、紫と青、2色の光が噴き出した。
同時に衝撃を受け、少女が噴水の方へ弾き飛ばされる。
「な、何っ!?」
突然起こった見たこともない現象に、顔を腕で覆いながらティーチャーが叫ぶ。
光が収まったとき、タイムは右肩を押さえてその場に膝をついていた。
「タイムっ!!」
棍を落とさないうに抱え直して、ティーチャーは彼女に駆け寄った。
「大丈夫?」
顔を覗きこんで尋ねたけれど、返事がない。
「タイムっ!」
「え……?」
強く名前を呼ぶと、タイムは漸く顔を上げた。
ぼんやりとしていたその表情は、ティーチャーを瞳に映した途端我に返ったように引き締まる。
「ああ、うん。あたしは平気。それより……」
立ち上がって視線を向けると、弾き飛ばされた少女も既に立ち上がっていた。
タイムと同じように光った場所――左足を押さえ、呆然と立ち尽くしている。
あれは、一体何だったんだろう……?
この場所が光ったとき、一瞬だけ何かが見えた気がした。
見覚えのある、何かが……。
「タイム!」
先ほどと同じ強い調子で名前を呼ばれ、思考の海に沈みそうになっていたタイムは急激に現実に引き戻された。
「しっかりして!」
「……ごめん。大丈夫」
大丈夫だからと付け足して、タイムは少女の方へ歩いていく。
「大丈夫?」
声をかけると、少女は勢いよくこちらを見た。
「言っておくけど、あたしは何もやってないからね。あたしにだって、何がなんだか……」
「わかってる」
きっぱりと言う少女の顔を驚いて見る。
「あんたがあんな攻撃できないの、私は知ってる」
「……もしかして」
「ええ。記憶、戻ったわ」
足から手を離して、顔にかかった髪を払った。
そうして、ゆっくりとタイムに目を向ける。
「久しぶり、タイム」
そう言った少女――ベリーの顔には、いつもの笑みが浮かんでいた。