SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter4 ダークハンター

5:不安

先ほどから響き続ける小さな音に、紀美子は顔を顰めて顔を上げた。
向けた視線の先には、目の前に資料を広げたまま指でテーブルを叩き続けている姉の姿があった。
「姉さん」
声をかけると、彼女ははっとした様子で顔を上げる。
「何?」
そのままの――明らかに機嫌が悪いといった――表情で聞き返す赤美に、紀美子はため息をついた。
「何度言ったらわかるの?気が散るからやめて」
「何を?」
「その指」
言われて驚いたように自分の右手を見る。
どうやら無意識の行動だったようだが、その事実に紀美子はもう一度ため息をついた。
「ねぇー、セキちゃんってさ~。何そんなにイライラしてんの~?」
「別にイライラなんてしてないよ」
「嘘だー!イライラしてなきゃテーブル叩いたりしないじゃん!」
不機嫌を露に指摘する実沙を睨み返すと、赤美はすぐに視線を逸らした。
「んなこと言ったら今全員不機嫌でしょう、あたしらは」
きっぱりと言われた赤美の言葉にいつもは納得してしまう実沙だけれど、今日はそうはいかないらしく、きっぱり違うと宣言する。
「あたしは機嫌悪くなんかない!悪いのは赤美じゃ……」
「やめろ実沙!正しいぞ、赤美の言ってること」
喧嘩を始めそうな2人の雰囲気を感じ取ったのか、陽一が口を挟んだ。
彼女たちには悪いけれど、今の彼には断言できる。
この場で一番冷静で、心が落ち着いているのは自分だと。
「陽……」
ぎろりと実沙が陽一を睨む。
いつもはここで引いてしまうのだけど、今はそういうわけにはいかなかった。
「お前ら、水晶が盗られて気が立ってるのは分かるけど、ちょっとは落ち着けよ。昨日だってクラスの連中、かなりびびってたぞ」
呆れたように言ってやると、一瞬実沙が――その隣に座っていた鈴美も――驚いたように顔を強張らせた。

確かにびびってたよねぇ。特にうちのクラスなんて、可哀想に……。

相変わらずパソコンを起動させてタイピングを続けながら、美青は頭の隅でどこか他人事のように呟いた。
この世界の時間で昨日の早朝、レミアとフェリアが旅立ってからのこの部の雰囲気は、確かに悪い。
それは自分たちの不機嫌に原因がある。
まあ、自分たちの一族に代々伝わる秘法を奪われるという大失態を犯したのだ。
それは仕方のないことだけれど。

あいつの機嫌の悪さって、明らかに理由が違うと思うんだけど。

タイピングをする手は止めずに、美青は視線だけで親友を盗み見た。
赤美は相変わらず目の前に資料を広げたまま、作業を続けようとはしなかった。
ただ先ほどまでテーブルを叩いていたその指は、今は膝の上に乗せられていたけれど。
美青は不意に手を止めて、マウスを動かすとワードソフトの保存ボタンを押した。
電源は入れたままパタンとノートパソコンを閉じると、両肘をテーブルについてその手の上に顎を乗せる。
そうしてから、とても静かな声で尋ねた。

「ねぇ赤美。あんた、一体何でそんなに焦ってるの?」

がばっと赤美の俯きかけていた頭が上がった。
そのまま驚愕の表情でこちらを見る。
周りがそんな彼女の様子に驚く中、美青は心のどこかで思っていた。
やっぱり、と。
他の誰もが気づかなかった――いや、むしろ自分のことしか考える余裕がなかった中、美青だけは気づいていた。
赤美の不機嫌は、何かに対する焦りから来るものだということに。
もしかしたら、この時の彼女は陽一よりもずっと冷静だったのかもしれない。
「別に焦ってなんかいないけど」
突っ撥ねるように言う赤美に、美青はため息をつく。
「ただ……」
不意に表情を崩して、赤美は続けた。
「相方にフェリアを推薦したの、失敗だったような気がしてね」
「相方って、レミアさんのですか?」
鈴美の問いかけに、赤美は黙って頷いた。
「どうして?あの2人の仲の良さも連携の良さも、あんただって知ってるでしょう?いい人選だったと思うけど?」
それに、ついていくと言い出したのはフェリア本人だった。
そう付け加えて、百合は不思議そうに首を傾げた。
「そう、なんだけどね……」
呟くように言って、赤美は僅かに顔を俯けた。
「もしかしたら、陽一がついてった方がよかったんじゃないかって思うと、ね」
「どうして?」
手にしていたペンを置いて紀美子が尋ねた。
「どうしてそう思うの?姉さん」
「別に理由はないんだけど、ただ……」
何を思ったのか言葉を切って、赤美は少しの間視線を宙に彷徨わせた。
「レミア、フェリア、それからあいつ……エルザだっけ?この組み合わせに、何て言うか、こう……」
手で何かを包むような形を作って、思い切ったように続けた。
それはほとんど呟きに近い口調だった。

「すごく、嫌な予感がする……」



洞窟の中は、かつてセレスが歩いた光の洞窟と同じ、長い一本道だった。
話に聞いていたとおりだと思いながら先へ進む。
入口から差し込む光はもはや見えなくなって、暗闇が辺りを包んでいた。
ただ時折感じる魔力とすぐ側を歩いている相棒の息遣いだけが、この暗い空間を満たしている。
やがて前方に微かに光が見えてきた。
相棒がいるだろう方向に向けると、相手がしっかりと頷く気配を感じた。
自分も頷き返すと、光に向かう足を速める。
だんだんと明るい場所がはっきりと見えてくる。
視界に入ったのは薄く、白を混ぜたような緑に色づいた石の壁だった。
それはただの石の壁ではなく、明らかに人の手によって作られた建物の外壁に見えた。
「ここが神殿?」
壁の前に辿り着いて、フェリアは僅かに眉を顰めた。
確かにこの壁は神殿を思わせる造りをしていたけれど、入口は何処にもない。
道を間違えたのかとも思ったが、洞窟内は一本道だったはずだ。
「聞いた話じゃ、この辺に……」
腰の剣を鞘ごと手に取って、レミアは壁を調べ始めた。
そして、ちょうど露出している壁の中央に妙な文様を見つけて目を瞠る。
顔を上げて視線を動かして、見つけた。
同じ文様――おそらく空間を捻じ曲げる呪文を記したもの――が洞窟の壁にも刻まれていた。
少しだけ後ろを振り返って、フェリアに視線を送った。
気づいたフェリアが僅かに首を傾げる。
そんな彼女に笑みを浮かべて見せて、レミアは剣を神殿の壁に刻まれた呪文に翳した。
刃の根元に埋まっている石が微かに光った。
とたんに空間が揺らいで、そう思った瞬間捩れた。
驚きにフェリアが目を見開く。
今まで壁があったはずのその場所に、一瞬のうちに入口が出来ていた。
「よし。ここまでは聞いてた通り」
剣をベルトに戻し、真っ直ぐに入口を見る。
よく見てみれば、それは対して大きくはなかったけれど、立派な神殿の入口だった。
セレスはいろいろ観察していたそこを気にも留めず、レミアは中へと一歩を踏み出す。
ぽっかりと開いた闇の中に姿を消していく彼女を追って、フェリアも一歩を踏み出した。
けれど、すぐに彼女はその足を止めた。
いや、止めるしかなかった。
2人が神殿内に入ったのと同時に、暗闇の中に眠っていた神殿は目を覚ますかのように明かりを灯した。
セレスやタイムから聞いていたとおり、勝手に。
ただ、彼女たちの言葉どおりだったのはそこまでだった。
突然レミアとフェリアの間に風が吹いた。
かと思った瞬間、僅かに緑色をした透明な壁が床から突き上がってきたのだ。
床から天井まで伸びたそれは、外界と神殿内を隔てるように廊下いっぱいに広がっていた。
それも、ちょうど間隔の開いていた2人の間に。
気づいたレミアが驚いて振り返る。
その時にはもう、フェリアは透明な壁の向こう側にいた。
「フェリアっ!?」
思わず彼女に駆け寄ろうとするも、壁が邪魔をして近づくことが出来ない。
「何で?こんなの聞いてないのに……」

『それはあの2人が、資格を持たない者を連れずに神殿を訪れたからです』

突然響いた言葉に、思わず振り返って腰の剣に手をかけた。
その声はフェリアにも届いていたらしく、一瞬顔を強張らせるとそのまま身構える。
ふわっと優しい風が吹いた。
その風は次第に集まって、薄っすらと人の形を形成する。
一瞬だけ風が強まったかと思うと、次の瞬間には1人の女性が目の前に現れた。
その姿は――セレスとタイムが話していたとおり――妖精と同じくらいか、少し大きい程度の小さいものだったけれど。

『ようこそ、風の力を受け継ぐ者。そしてその血を分けし“証の子”』

にこりと笑った目の前の女性の髪は、レミアと同じ緑色。
ただ2人はそれには驚かず、その口に紡がれた言葉に驚いた。
あの――もう半年前になるだろうか――初めてフェリアがアースに来たときの騒動以来、すっかり忘れていた言葉を目の前の人物は口にした。
自分たちの家系しか知らない、そして今はアースにいる仲間たちしか知らない、その言葉を。
まあ、その呼び名は精霊神が与えたものだったのだから、彼女が知っていても何の不思議もないのだけれど。
2人の同様を余所に、女性は笑みを絶やさず続ける。

『私の名はシルフ。この神殿を守る者。人々は風の精霊と、そう呼びます』

「風の精霊……」
その言葉を聞いてフェリアは安堵の息を漏らした。
けれどレミアは、剣から手を離しはしたけれど、相手を睨むことをやめなかった。
「精霊がどうして、こんな侵入者防止装置みたいなトラップ、発動させたの?」
目を細めて尋ねるレミアに、シルフは苦笑する。
『それは、ここがミルザの血を引き、その証を持つ7人のみが踏み入れることを許された場所だからです』
「血を引く証?」
『今あなたの腰にあるもの。魔法の水晶のことです』
返された言葉に、レミアは思わず腰の剣へと目をやった。
『あなたはここに何があるか、それを精霊神から聞いてここを訪れたのでしょう?』
両手を広げてシルフが問いかける。
その表情は何処までも穏やかなものだった。
「それを貰いに来ましたから」
そう答えると、やはり彼女は困ったように笑った。
『私たちの管理しているあの呪文も、そしてこの神殿の存在自体も、本来ならば外部に漏れてはいけないものなのです』
それが何故かまでは、彼女は語らなかった。
『だからこうして資格なき者が立ち入らないようにする。私たち、七大精霊の間で決められた制約です』
だから、ごめんなさい。
最後に付け加えられたその言葉は、壁の向こうのフェリアだけに告げられたものだった。
「ティーチャー……サポートフェアリーは?」
目を細め、レミアは静かに聞き返した。
その瞳は依然精霊を睨みつけている。
「ミュークの者は、彼女が神殿の中に入れなかったとは一言も言っていなかったと思うんですけど」
『彼女は妖精神の血と意思を継ぐ者。この世界の誰よりも私たち七大精霊に近く、ミルザに近い存在。それに……』
言いかけて、シルフは小さく首を振った。
『いえ……。だから彼女は迎え入れることが許されています。かつて精霊神がユーシスを向かえ入れたように』
静かに微笑んで、シルフは言葉を切った。

なるほど……。
要するに、ティーチャーには立派な資格があるというわけね。

そう考えて、レミアは下唇を噛んだ。
フェリアだって、ミルザの血を引いているというのに。
「……わかりました」
暫くして、ため息をつくような口調でそう返すと、レミアは漸く視線を外した。
そのまま後ろのフェリアを振り返り、困ったように笑ってみせる。
「ここで待ってて」
自分のその言葉に一瞬フェリアが動揺したような気がしたが、レミアは特に気にしなかった。
彼女が中に入れないと分かった今、一刻も早く得るものを得て戻ってこようと思っていたから。
『では奥へ。そこで詳しい話をしましょう』
笑顔のままでそう言ったかと思うと、先ほどのように風が吹いて、精霊はその姿を消した。
ぎゅっと拳を握って、レミアは奥へと足を踏み出した。
後ろでフェリアが壁を叩く音がしたが、それに気づかないふりをして。

振り返らずに奥の部屋へと消えた相棒の姿を見て、フェリアは無意識に一際を大きく壁を叩いた。
叩くというより、殴ったのかもしれない。
何度も叩きつけた衝撃で手がじんと痛んだが、皮が擦り切れたりすることはなかった。
納得できる理由のはずなのに、何故だかとても悔しかった。
「これが本家と分家の違いか……」
思わずぽつりと呟く。
改めて突きつけられた現実に、正直苛立ちを感じていた。
それでも、多分曽祖父や祖父が感じたほどの苛立ちは感じていないのだろう。
彼らほどの苛立ちを感じるほど、親戚としての自分たちは近い位置にはいなかったから。
それよりも、ずっと気になることがあった。

絶対あいつから目を離さないで。
今の精神状態じゃ、何やるかわからないから。

出発前に言われた言葉が頭に響いた。
その時は首を傾げた言葉が、何故か今は耳に張り付いて離れなかった。
無意識のうちにフェリアは拳を強く握り締めていた。

remake 2004.01.26