Chapter5 伝説のゴーレム
1:確証のない伝説
世界には多くの伝説、伝承がある。
その逸話を信じて探す者、調べようとする者が後を絶たないのは世の常。
その伝承の中の何が史実の中に実在する出来事で、何が作り話かは全くわからない。
もしかしたら、ほとんどは単なる作り話なのかもしれない。
それでもそれを探す者、調べようとする者は後を絶たない。
トレジャーハンターと呼ばれる者たちは今日も遺跡や洞窟を巡る。
それは彼女たちのよく知る少女も変わらないらしい。
「……というわけで、ミスリル様に協力していただきたいんですの」
にっこりと笑って言ったリーナに、ミスリルは大きなため息をつく。
「そのために私をここまで呼び出したの?」
ここはマジック共和国の王城。その中にあるリーナの私室だ。
一介の宮廷魔道士でしかない彼女が城内に私室を与えられているのは、アール、シルラと義兄弟であるからだろう。
「もちろんですわ」
にっこりと笑うリーナにミスリルは再びため息をついた。
「あのねぇリーナ」
「はい?」
呼びかければ、きょとんとした様子で返事を返す。
「私たちね、今ずっとアースにいるのって私とセレスとベリーくらいなものなのよ」
「存じておりますわ」
数か月前、レミアが精霊剣を取得したあの出来事の後、彼女の怪我の回復を待ってルビーがある提案を持ちかけた。
その提案のために比較的情報収集を得意とする、またはいろいろな情報が入ってくる場所に身をおける者たちは授業が終わってしまえばインシングへ出かけてしまうようになり、アースには自分と後輩2人しか残らなくなった。
そのため当然今まで9人、少なくても7人でやってきた作業を3人で片付けるはめになり、理事部は今まで以上の忙しさに追われている。
「それがわかってて1秒も時間を無駄にしたくないと思っている私に、伝説の中にいるゴーレムを探すのを手伝えって言うの?」
「そうですわ」
にっこりとリーナが笑った。
悪気もなくきっぱりと言葉を返す彼女に、思わず拳を振り上げようとして何とか耐える。
リーナの話はこうだ。
とある冒険者がゴルキドという国を訪れた際に、その国に伝わる伝説を聞いた。
伝説の中にだけ存在する聖竜と呼ばれる種族。
精霊のように別世界に暮らす彼らの1人、土竜の化身とも言えるゴーレムがその国の何処かに眠っているという。
それを休暇の間に探したいから、ゴーレムに詳しいミスリルに付き合ってほしいということだった。
「丁重にお断りするわ」
もう一度深いため息をついてからきっぱりと告げた。
「ええっ!?どうしてですの!?」
「言ったでしょう?今忙しくて1秒だって時間を無駄にしたくないのよ」
インシングは年が明けたばかりであるが、アースでは今は10月。
理事部では9月末に終わったばかりの文化祭の最終決算報告などの書類が多く届く時期だ。
ただでさえ人数の足りない今、これ以上余計なことをしている暇はない。
「それにその伝説、本当だって裏付けできるものは何もないんでしょう?」
「ええ、まあ。口伝えの伝説という話ですから」
「だったら余計お断り。確証のない伝説なんて興味はないわ」
噂だけで動くのは失敗の元。
裏付けできない伝説は所詮ただの物語に過ぎない。
そんな考えを持っているから、興味など持てるはずもなかった。
「でも!確証がないからと言って本当に存在しないなんて言い切れませんわ!」
トレジャーハントを趣味としているリーナには、そんなミスリルの考えを受け入れるつもりはないらしい。
2人の間に置かれたテーブルを勢いよく叩いて叫ぶように言った。
「……そもそもその元の伝説自体にだって確証がないのよ。可能性はかなり低いわ」
伝説の中に存在するゴーレムの本体――即ち聖竜族は、伝説の中の種族だ。
竜の姿をした魔物ならともかく、『精霊と同じく人のような意思を持った存在』とされている彼らの姿を見た者はいない。
残されている文献にも、彼らがインシングに現れたのは人間の誕生よりずっと以前、精霊が生まれていたかいないかという時代だったという記述がある。
そんな時代に存在した種族の存在などインシングでは立証できるはずもない。
「でも!その伝説のゴーレムがゴルキドにあれば、それで聖竜族の存在だって立証できるはずですわ!」
ぴくりとミスリルの眉が動いた。
そのままゆっくりとリーナの方へ視線を向ける。
その妙に冷え切った茶色い瞳に気づいた瞬間、リーナは驚き思わず言葉を飲み込んだ。
「ど、どうかしました?」
「言い方が気に食わない」
「……え?」
きっぱりと言われた言葉の意味がわからない。
「……『ある』って、何?」
「え?だって、ゴーレムは土にん……」
「リーナちゃんストッープっ!!」
ばんっ、と音を立てて扉が開いた。
同時に聞こえた耳に馴染んだ声に、2人の視線が自然とそちらへ動く。
扉の向こう側に現れたのは見知った若草色の髪を持つ少女。
「ペリート!」
予想もしなかった人物の登場に驚き、ミスリルが珍しく声を上げる。
「まあ、いらっしゃいませペリート様」
リーナの方は大して驚いていないようで、礼儀正しくお辞儀をする。
いつもはマントの裾を摘んだりもするのだが、私室にいるためか、今日はそれを着ていなかった。
「何であんたがここにいるの?」
てっきりルビーやタイムと行動を共にしていると思っていた仲間の出現に、驚きの表情のまま問いかける。
「情報集めでルビーが盗賊ギルド方面、タイムが妖精関連、ハンターコンビがギルドでリーフがエスクールの文献ときたらあたしはここしかないっしょ!」
「……という理由で最近アール姉様の許可をもらって、ずっと王立図書館の最深部に籠ってらっしゃるのですわ」
困ったように笑ってリーナが付け加えるように説明した。
「ま、それはそれとして。リーナちゃん、悪いんだけどあたしたち、今は本当に自分たち以外の用事に時間割いてる暇ないんだ。諦めてくれないかなぁ?」
ぱんっと両手を顔の前で合わせて拝むように頼み込む。
そんな彼女を見てリーナは小さくため息をついた。
「わかりましたわ。今日のところは諦めます」
「ありがと~!お礼に、時間ができたらあたしが宝探し付き合うよ」
「約束ですわよ、ペリート様」
ぐっと拳を握ってリーナが念を押すようにペリドットを見る。
もちろんと親指を立てて答えてみせてから、ペリドットは呆然と自分たちを見ているミスリルに顔を向けた。
「ミスリルちゃん、もう帰るよね?あたしも今日はもう戻ろうと思ってたから、一緒に帰ろ~」
「え?ちょ、ちょっとペリートっ!」
ミスリルが返事をするより早く、ペリドットはその腕を掴んでいた。
「じゃあね~、リーナちゃん。また明日~」
にこにこ笑いながらリーナに声をかけると、そのまますたすたと廊下へ歩いていく。
「ええ、また明日……」
目を丸くして手を振るリーナに大きく手を振って返すと、そのまま扉を静かに閉める。
完全にそれが閉まったことを確認して、ペリドットはミスリルの腕をぱっと放した。
「ちょっと!何なのよ突然……」
「だってミスリルちゃん、機嫌悪そうなんだもん」
くるりと振り返ってきっぱりと言う。
その言葉にむっしてミスリルは顔を背けた。
「機嫌悪くなんかないわ」
「嘘だ。明らかに怒ってるもん」
腰に手を当ててミスリルの顔を覗きこむよう前に乗り出す。
ペリドットのあまり見せることのない真剣な表情に、そっぽを向いていたミスリルは思わず大きなため息をついた。
「そもそもゴーレムの元は古代にいたと言われる古代の異種族なの」
廊下を歩きながらミスリルが口を開いた。
「彼らを元にして創られ、命を吹き込んだ土人形。それが最初のゴーレムと言われているわ」
命を吹き込む。
それは人形師と呼ばれる者たちに伝わる、ゴーレムの心臓となる核石に魔力を吹き込む作業だ。
今ではかなりの高位の人形師にのみ伝わっている技術で、ミスリルも知識としては知っているけれど、実際に新たなゴーレムを生み出すことはできない。
また核石自体も特別な石材で作られているらしく、魔力を吹き込むとそこに意思が芽生えると言われている。
意思、即ち人間でいう心。
低位の人形師ほどその事実を知らずゴーレムを物として扱っているが、強い力、高い知識を持つ物ほどゴーレムを物と認識する人形師は少ないのだ。
「もっとも、今は核石を作れるほどの人形師自体が少なくて、そのことを知る奴だって少ないけど」
静かに告げると、ミスリルは目の前にあるガラスの張られた扉を開いた。
ふわっと風が吹き込んでくる。
城の中庭を見下ろすことのできるバルコニー。
ここがアールの指定した、この城の中でゲートを開くことができる場所だ。
ここに繋がる廊下や扉は本来城に仕える者以外は立ち入りを禁じている場所で、一般人に目撃されることはまずないと、彼女は言っていた。
城の者にならば始めからある程度説明してあるが、外部の者には説明は難しいと考えたのだろう。
「んで、ミスリルちゃんもゴーレムを生き物だと思ってる1人ってことだ」
「当然でしょう」
きっぱりと言い返す友人に、ペリドットはおかしそうに笑う。
笑いながら懐にしまっていたオーブを取り出した。
「本当、ミスリルちゃんってゴーレムのことについては珍しく感動的だよね~」
「そうかしら?」
「だって他ではあんなに怒ってるミスリルちゃんって見られないし。あ、ルビーちゃんが馬鹿やった時は別だけど」
くすくすと笑いながらオーブを動かす。
「まあ、あたしもいろいろ助けてもらってるアスゴを物とは思ってないけどね。えい!」
掛け声と共に指でオーブを軽く弾いた。
同時に空気が揺れて、2人の目の前にぽっかりと黒い穴が開く。
「リーナちゃんはアスゴと会ったことないもん。仕方ないんじゃないかな」
「まあ、そうよね……」
答えてから、もう何度目になるかわからないため気をつく。
そんなミスリルに苦笑しながら、ペリドットは彼女に向かって手を伸ばした。
「とりあえず今日は帰ろ。まだお仕事いっぱい残ってるんでしょ?」
にこりとペリドットが笑う。
彼女の言葉にミスリルはもう一度ため息をついたのだけれど、ペリドットはその原因に気づかなかったようだ。
「ほらほら~。ため息をつくと幸せ逃げちゃうぞー」
相変わらずの明るい口調で無理矢理自分の手を掴んでくる。
もはや何も言う気にはなれず、ミスリルはそのままペリドットに引っ張られる形でゲートを潜った。