SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter7 吸血鬼

28:最後の鍵

体を包んだ浮遊感が消える。
その瞬間急に重力を感じて、はっと目を開けた。
視界に入ったのは、地についていない自分の足。
体勢を立て直そうとするより、体が床に激突する方が早かった。
「いっつ……」
尻から床に落ち、予想外の痛みに小さく声を漏らす。
滲み出る涙を必死に堪えていると、ふと自分の上に影がかかった。
顔を上げると、そこには心配そうに自分を見下ろすアールがいた。
「大丈夫か?」
「何とかね……」
小さく息を吐き出して、彼女の手を借りて立ち上がる。
まだ痛む尻を摩りながらベリーは当たりを見回した。
この、薄い紫色の石の壁。
以前来た時より明るくなっているような気がしたけれど、間違いない。
「ここは……」
「闇の精霊の神殿よ」
困惑した表情で当たりを見回すアールの問いに、ベリーは確信を持って答えた。
「本当に入れるなんて、びっくりしたわ……」
思わずため息混じりに呟くと、アールが不思議そうにこちらを見た。
「どういう意味だ?」
「ここには結界が貼ってあって、妖精神かミルザの血筋……それも本家の人間しか入れないはずなの」
ウィンソウの分家の人間であるはずのフェリアですら中には入ることができず、入り口で待たされたのだと聞く。
だから本当にアールも一緒に中に入れるとは思わなかった。
「なら何故弾かれなかったんだ?」
『緊急事態みたいだったからな』
突然空間に声が響いた。
はっと声のした方向を見ると、そこに薄っすらとした光が集まっている。
紫色のそれが人の形を取ったかと思うと、その中から1人の青年が姿を現した。
『一時的に俺がここの結界を解いたんだ』
にやりと笑ったその青年の髪と瞳は、夜の闇に変化する直前の夕暮れを思わせる紫。
人のようで、それでも明らかに人ではないとわかるその存在を見て、ベリーは思わず目を細めた。
「ダークネス様」
その存在の名を呟いた途端、隣にいたアールがごくりと息を呑んだ。
「闇の、精霊……!?」
『よう。マジック共和国の皇女、だったか』
アールがその存在を示す言葉を呟いた途端、ダークネスは彼女を見てにやりと笑った。
『運がいいな、お前。ミルザの一族以外の人間には姿を見せない精霊を拝めるなんてよ』
楽しそうなその言葉に、アールは目を丸くする。
それを見たベリーは、ため息をつくとダークネスを睨みつけた。
『っと、悪い悪い。人間は俺らを神聖視してるんだったか』
「ダークネス様」
『睨むなよ。わかってるって』
へらへらと笑いながらベリーを宥めようとするその姿には、精霊の威厳も何も感じられない。
それを言っても何も変わらないという確信があったから、ベリーはため息を吐き出すだけでそれ以上何も言わなかった。
それにダークネスがほっと胸を撫で下ろす姿が目に入る。
もう一度ため息をつこうとしたそのとき、ダークネスの表情と声音が一変した。
『まずは何が知りたい?』
顔には笑みが浮かんでいたけれど、先ほどまでのようなふざけたそれではなかった。
声も重みが増したように感じる。
彼のその態度に、ベリーも思考を切り替え、宙に浮いたままの彼を見上げた。
「今この国に起こっていることをご存知ですか?」
『ああ』
ベリーの問いに、ダークネスは当たり前だと言わんばかりに答える。
『あの吸血鬼の一味、どうやら何かを狙ってるらしいな』
「何かとは?」
『そこまではな。だが、魔族がこの国を攻めるとしたら、それは俺たち狙いじゃないか?』
「精霊を?」
『ああ』
思わぬ言葉に思わず聞き返せば、ダークネスはあっさりと頷いた。
『イセリヤとルーズがこの国を危険視していたのも、俺たちがここに存在していたかららしいしな』
「イセリヤとルーズが?」
ずいぶん久し振りに聞いた、思わぬ名前に反応したのはアールだった。
そういえば彼女は、マジック共和国がまだ帝国だった頃、このエスクールを侵略したときにその部隊にいたと言っていた気がする。
そのときはおそらく、狙いはミルザの一族だと思っていたのだろう。
きっと、それも間違いではないとは思う。
それだけではなかった、というだけの話で。
『あいつらは何かを狙っていた。それを狙うには、こいつらと俺たちが邪魔だった。そう考えてたんだろう?なんでそんなことを考えてたのかは知らねぇけど』
ベリーの考えを肯定するかのようにダークネスが告げる。
もしかしたら理由も、と思ったが、先に否定をされてしまって、ベリーは口に仕掛けた言葉を呑み込んだ。
代わりにずっと気になっていた別の問いかけをする。
それが、ここに戻ってきた目的のひとつでもあった。
「では、最近何か空間に異常が起きたと言う話はありませんでしたか?」
『空間に?何でだ?』
ダークネスが不思議そうな顔で問い返す。
一瞬、どう説明しようか言葉に詰まった。
けれど、適当な言葉が思いつかず、結局そのまま事実だけを伝える。
「ゲートが……、異世界への扉が開けなくなりました」
その言葉に、ダークネスの表情が僅かに動いたような気がした。
「その場所が影響しての一時的にものという仮説も立てましたが、我が国の領土でも開くことができませんでした。何人かの魔道士に試してもらいましたが、結果は変わりません」
ベリーの心境を察してれたのだろうアールが、助け船を出してくれる。
それに心の中で感謝をし、ベリーはもう一度尋ねる。
「あとは空間に何かが起こったとしか考えられません。何かご存じではありませんか?」
『……さあ、そんな話は聞かねぇけど』
ダークネスが考え込むような仕草をする。
暫くして、ふと何かを思い出したように顔を上げた。
『もしかしたら、あれのせいか?』
「何かご存知なのですか?」
間髪入れずに問い返せば、彼はちらりとこちらを見た。
それから、何かを思い出そうとするかのように天井に視線を向けて、口を開く。
『あの吸血鬼殿が活動を本格化する前に、次元の扉が開いた気配はしたな。どうやらそこから何かがこの世界に入り込んだらしいが、詳しいことはわからない。俺はずっとここにいたしな』
「何かが、この世界に……」
「ゲートが開かないのは、その『何か』のせいだと?」
『たぶん、な』
アールの問いに、ダークネスはあっさりと答える。
この世界に入り込んだ『何か』。
何故だろう。
その『何か』がひっかかった。
ひっかかる『何か』を、ごく最近見たような気がする。
その『何か』を考えた瞬間、体に戦慄が走った。
『どうかしたか?』
「……いいえ、何も」
『そうか』
目に見えて震えたのがわかってしまったのか、首を傾げたダークネスに、首を横に振って答える。
幸いそれで納得してくれたらしく、彼はそれ以上何も言っては来なかった。
アールは気づいてもいなかったのだろう。
ダークネスの言葉を聞き、不思議そうな表情でこちらを見ていたけれど、それだけだった。
『聞きたいことはそれだけか?なら、今度は俺の番だな?』
俺の番という言葉に、ベリーは不思議そうにダークネスを見る。
その顔を見たダークネスは、呆れたようにため息をついた。
『この国に帰ってきたってことは、鍵は集まったのか?』
その言葉に、ベリーははっと目を瞠る。
そうだ。
突然感じた悪寒に意識を持って行かれてしまっていて、ここに来たもうひとつの目的を忘れるところだった。
「はい」
ここに来る際も手放すことのなかった道具袋を取り出す。
この中に、ここに戻ってくるまでの間に集めた鍵の全てが収まっていた。
「ただ、足りないかもしれません」
『っていうと?』
「2か国ほど、まだ行っていない国があります」
行ける国には全て行った。
だから、そこにあった鍵は全部集められたと思う。
「そのうちひとつは法国ルージュ。あの国は、ミルザがこの鍵を隠す旅をする前に異空間に封印されたと聞きましたので、ないと判断して立ち寄りませんでした」
『ふむ……。で?』
ダークネスは頷きもせずに先を促す。
その態度に不安を覚えながら、ベリーは続きを口にした。
「もうひとつは、シルヴァン帝国です」
ミルザの時代にはあった国。
今は、その土地ごと無くなったしまった国。
「あの国はまだマジック共和国がダークマジックだった頃に沈没しました。現在では浅瀬に囲まれ、この世界の技術では近づくこともできないと聞きます。だから、確かめにも行っていません」
近づいたとしても、海に沈んでいる以上探し回ることはできなかっただろう。
だから諦めた。
もう、探す手段がなかったから。
「ですから……」
『合格』
言葉を遮るようにそう言われたから、一瞬その意味が理解できなかった。
「え?」
驚いてダークネスを見れば、彼は楽しそうに笑っていた。
「合格、ということは……」
『ああ。鍵はこれで全部だ』
これで全部ということは、やはりジュエルのあった土地には、鍵は封印されていなかった。
これは予想通りだ。
だから、いい。
「でも、ミルザは全ての国に鍵を隠したのでは……」
『マジック共和国の皇女』
何故シルヴァン帝国には鍵がなかったのか。
それを尋ねようとしたベリーの言葉を遮るように、ダークネスはアールを呼んだ。
突然の呼びかけに、アールの体が微かにびくりと震えた。
『シルヴァンとかいう国の成立はいつの話だ?イセリヤに仕えていたお前なら学んでいるだろう?』
突然のその問いに、アールの表情が一瞬だけ曇る。
「あの国が国として独立したのは……、っ!?」
けれど、それはすぐに驚きの表情へと変わった。
息を呑んだ彼女を見たダークネスは満足そうに笑う。
『まあ、そういうことだ?』
「どういうことですか?」
そういうことと言われても、ベリーにはわからない。
だから問いかけたのだけれど、ダークネスは楽しそうに笑うだけで答えてはくれなかった。
「アール?」
これでは埒があかないと、隣にいたアールを見る。
アールは驚きの表情のままこちらを見ると、ぽつりと呟いた。
「ないんだ……」
「え?」
それだけ言われても、意味がわからない。
だからもう一度聞き返せば、アールは漸く我に返ったようにこちらを見た。
小さく息を吐き出すと、何かを思い出そうとするような仕草で説明を始める。
「シルヴァン帝国は元々ダークマジックの領土だった。独立したのは1716年。つまり、ミルザの時代にあの国は存在していないんだ」
『そう。当時のあの国は、まだダークマジックの一部だったからな』
ベリーが驚きに声を発する間もなく、ダークネスが口を開いた。
『つまり、あの国にミルザは鍵を隠していないってわけだ』
楽しそうなその声に、ほんの少しだけ腹が立つ。
知っていたなら最初から教えてくれればよかったのにと思ったが、今ここでそんな文句を言っても始まらない。
自分を落ち着かせるために息を吐き出して、ベリーはもう一度彼を見上げた。
「それじゃあ……」
『ああ』
ダークネスがその手を広げる。
彼の胸の前に光が集まったかと思うと、そこから一冊の本が現れた。
それはベリーが持っているはずの、精霊神法の呪文書だった。
突然それが現れたことに驚きはしない。
彼は精霊で、あの呪文書を預かっている存在だ。
ならば、きっと呼び出すことも可能だろうと思った。
『ここに、呪文書の封印を解く鍵は全て揃った』
揃ったという言葉に、疑問を覚える。
確かに、世界中を旅をして、他国に隠された鍵は手に入れた。
けれど、まだ最後の鍵を――エスクールに隠された鍵を手に入れていない。
「揃った……ということは、エスクールの鍵もここに?」
だから尋ねた。
その問いに、ダークネスは楽しそうな笑みを浮かべる。
『それだよ』
「え?」
ダークネスの示した場所を見る。
そこには先ほどの戦闘からずっと武器形態のままになっている『魔法の水晶』があった。
『お前が持っている“魔法の水晶”。それがこの国の“鍵”だ』
「これが……っ!?」
『別に驚かなくてもいいだろ。自分が持っているものを、あいつは封印の鍵とした。ただそれだけの話なんだぜ』
ダークネスが肩を竦めながらそう告げる。
まさかこれが『鍵』だなんて思っていなかったから、驚くのは仕方がないだろう。
けれど、同時に納得する。
『鍵』であったから、この水晶は他の『鍵』に反応をしたのだ。
「ということは、今までのものは全て……」
『元はミルザの私物に手を加えて鍵としたものだ』
ふとアールが口にした言葉に、ダークネスは楽しそうな笑顔を崩さずに答える。
「ミルザの私物に?」
確かにアクセサリーのようなものもあったけれど、それがミルザの物とは思わず、ベリーは驚いて尋ね返した。
けれど、ダークネスはそれには答えなかった。
『驚いている場合じゃないぜ』
ダークネスが指先を何かを持ち上げるかのように動かす。
その途端、ベリーの手にしていた道具袋が開いた。
今まで手に入れた『鍵』が勝手に浮き上がり、中から出て行く。
6つのそれは、ベリーを囲むように空中で制止した。
『鍵は全て揃った。なら、お前が次にすることは何だ?』
ダークネスの言葉に、ベリーは表情を引き締める。
空中に向かって両手を伸ばせば、宙に浮いていた呪文書がゆっくりとその手の中に降りてくる。
それをしっかりと掴むと、本を包んでいた光は溶けるように消えていった。
「これで、この本が開けるんですね」
『ああ』
はっきりした肯定が帰ってくる。
その言葉に、ベリーは手にしていた本を握り締めた。

これで、消える。
今まで漠然と感じていた不安と焦りが、無くなる。

「ダークネス様」
顔を上げ、真っ直ぐにダークネスを見る。
彼は変わらずそこにいて、先ほどまでと変わらない表情でこちらを見ていた。
「私に、精霊神法をください」
はっきりとそう告げた途端、彼は満足したように笑った。
その手がゆっくりとこちらに向かって伸ばされる。

『開くがいい。これはお前のものだ』

彼がそう告げた瞬間、手にしていた呪文書が光を放った。

2012.04.01