SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter7 吸血鬼

37:1人と仲間と

城壁の下から下を見下ろす。
ウィズダムがだいぶ吸血鬼たちを退治したらしい。
城壁を襲う敵の数は、だいぶ減っていた。
「すごいですわ……」
「だが、まずい」
呆然と呟いたリーナの耳に、アールの呟きが届く。
「何がですの?」
「あっちだ」
そう言って彼女が示したのは、城壁の下ではなく少し先。
ベリーが敵の親玉と戦っている場所だった。
「あれからだいぶ時間が経っている。蝙蝠の数の減った様子もない」
ダークネスの力で防御力は上がっているらしいが、攻撃の方がラウドに届いていない。
「あのままでは、ベリーの方が先に限界が来るかもしれん」
その言葉に、リーナは拳を胸の前でぎゅっと握りしめた。
「やはりわたくしたちが……」
『ラル』
リーナが言いかけた瞬間、ウィズダムの声が耳に届いた。
その声にリーナははっと顔を上げる。
城壁に、青白い手がかかっていた。
「っ!?バーニングっ!!」
反射的に呪文を唱え、魔力をぶつける。
吸血鬼の手で燃え上がった炎は、そのまま全身を焼き、断末魔の悲鳴を上げて下へと落ちていく。
「こういう洩れがある以上、私たちがここを離れるわけにはいかないだろう」
「そうですけれど……、それでもわたくしだけなら……」
アールの言葉に、リーナが反論しようとしたその瞬間。
ぶるりと空気が揺れた。
「え?」
「何?」
それはよく知る感覚。
まさかと、2人同時に思ったその瞬間、その振動は一瞬にして大きくなった。





息が上がっている。
拳が思うように敵に当たらない。
最初は焦った様子だったラウドの表情に余裕が戻ってきていた。
逆にベリーの方に焦りが募り始めている。
『落ち着け。焦ると攻撃の精度が落ちる』
頭の中でダークネスの声が響く。
そんなことはわかっている。
わかっているけれど。
襲いかかってくる蝙蝠を一気に拳で薙ぎ払う。
一瞬息を吐き出した、その瞬間だった。
「理解はできても、実行はできないものですよね」
背後からの声に、息を呑む。
『ベリーっ!?』
ダークネスの声が聞こえる。
わかっている。
気配も感じている。
けれど、身体の方が追いつかない。
振り返った視界には、手を振り上げているラウドの姿があった。
その顔がにやりと笑う。
ダークネスのシールドも、彼の攻撃を防ぐことはできない。
本気で死を覚悟した、その瞬間だった。
目の前で、振り上げられたラウドの腕が、消失した。
「え……」
何が起こったのかわからないうちに、何か水のようなものが周りに落ちるような音が耳に入った。
目の前に赤黒い色が飛び散る。
一瞬遅れて、目の前の男の口から絶叫が発せられた。
ベリーに向かって振り下ろされようとしていた腕は消失し、そこから飛び散ったものと同じ赤黒いものが溢れている。
「ベリー!」
状況を理解するより先に名前を呼ばれ、思わず振り返った。
そして、視界に入ったものに目を見開く。
「セレ、ス……?」
そこにいたのは、見知った黄色い髪と瞳を持つ少女。
開かなくなってしまったはずの扉の向こうにいる友人だった。
「ぼーっとしてるんじゃないわよ」
すぐ側から聞こえた別の声に、はっとそちらを見る。
いつの間にか自分とラウドの間に、誰かが立っていた。
深緑色の髪をツインテールに結い上げ、緑色の刀身の剣を持つその人物も、ベリーのよく知る、ここにいるはずのない人物だった。
「レミア……?」
「他の誰に見えるって?」
肩越しに睨まれて、ベリーは思わずふるふると首を振る。
呆然としたままレミアを見つめていると、不意に手を取られた。
「結構怪我してるじゃない」
「セレス」
「見せて。早く」
ぐいっと手を引かれ、傷のうちにもう片方の手を翳される。
その手のひらから溢れた淡い光が、ベリーの傷を包み込んで癒やしていく。
「二人とも、どうして……?ゲートは開かなかったのに」
「わからない。でも突然開くようになったの」
「だからみんなで様子を見に来たってわけ」
ラウドを睨みつけたままのレミアが、はっきりと答える。
彼女の視線の先にいるラウドは、未だに失った腕の痛みに悶えているようだった。
「そしたら案の定、心配性のルビーの予感が大当たりってね」
「ルビー……って、他の皆は?」
「あっちよ」
セレスが示した方向を見る。
そこは王都の門だった。
先ほどまでアールとリーナの義姉妹が2人だけで防衛をしていたそこに、いつの間にか他の仲間たちが加わり、ゾンビのような吸血鬼たちと戦っている姿が目に入る。
「どうしてあなたたち、こっちに……」
「ベリーを助けに来たのよ」
セレスの黄色の瞳が、真っ直ぐにベリーの紫の瞳を射貫く。
「あなた回復呪文は使えないでしょう?それにレミアさんは、本気になれば姉さんよりも足早いもの」
自分たち7人のうち、前衛向きなのはベリー自身とレミア、そしてルビーとタイムだ。
4人とも力よりも素早さを生かした戦い方をするタイプだけれど、中でもレミアとルビーの素早さというか身のこなしは飛び抜けている。
レミアはおそらく、生まれ持った風という属性の魔力を操り、実際よりもさらに早く動くことができるのだろう。
「無駄話はそろそろ終わりみたいよ」
レミアの言葉に、ベリーははっと彼女の視線の先を見る。
そこには、真っ青な顔をしたラウドが、片腕の傷口を押さえたまま立ち上がっていた。
その表情からは先ほどまでの余裕などすっかり消え去り、怒りだけが浮かんでいる。
「まさか……割り込みがあるとは思いませんでしたよ……」
息が上がっているのは、気のせいではないだろう。
「こっちもまさか腕落とせるとは思わなかったわ」
「姉さんの読み、大当たりでしたね」
「ルビーの?」
セレスの呟きに、ベリーは思わず彼女を見る。
視線が合うと、彼女は苦笑のような表情を浮かべ、頷いた。
「魔力で防御をしているとしても、本気でベリーを殺すつもりなら、そのときだけは攻撃に魔力を集中させるはずだって」
その言葉が図星だったのか、ラウドの眉間に皺が寄る。
「とりあえず、もうそっちの一方的な攻撃とは行かないよ」
「防御と回復は任せてください」
レミアが手にした剣をラウドに向かって突きつけ、ベリーの怪我の応急処置を終えたセレスが、杖を持って前に出る。
「ちょっと、2人とも!」
「大丈夫。わかってるから」
以前ラウドと戦ったときのことを思い出し、思わず口を開こうとしたベリーの言葉に、セレスは振り返らずに答える。
「私の呪文はラウドには効かない。だから私は2人のサポートに徹するから」
「あたしはあいつの周りにいる蝙蝠を全部引き受けてあげるわ」
剣を構えたまま、はっきりとレミアが告げる。
再びラウドの周りに集まり始めた蝙蝠たちの数は、先ほどよりも増えているような気がした。
だが、確かにレミアなら、風の力を持つ彼女なら、あれだけの数でも相手にできるのかもしれない。
「だから、ベリーはラウドに集中して」
杖を構えたセレスが、はっきりと言う。
「セレス……、レミア……」
『せっかくだ。お言葉に甘えておけ』
呆然としたまま2人の名を呼ぶと、不意に頭の中に声が聞こえた。
「ダークネス様」
『腕斬られたのがダメージになってる今がチャンスだろ。躊躇するな』
今までよりも少しだけ低い声が、頭の中に響く。
『やるべきことを、間違えるなよ』
ベリーの逡巡に気づいたのか、はっきりと聞こえたその声は、先ほどまでよりもずっと静かなものだった。
その中に隠された感情に、気づかないはずもない。
ぐっと拳を握ると、
「……わかりました」
今更何を迷うことがあるのか。
迷うなんて、それこそ無意味だ。
わかっている。
わかっているのだから。
「全身全霊を込めます。ですから」
『任せとけ。力、搾り出してやるよ』
ダークネスの声に頷き、一度精神集中をしようとしたそのときだった。
『待てっ!後ろだっ!!』
突然頭に響いたその声に、ベリーははっと振り返る。
その瞬間、目の前に黒い影が現れたかと思うと、その影が勢いよく吹っ飛んだ。
呻き声を上げて転がったのは、他の吸血鬼たちと一緒に正門を攻めていたはずの銀色の、エイヴァラルと呼ばれた吸血鬼。
その側の宙を、勢いよく何かが駆け抜けていく。
光を弾きながら門の方へ戻っていくそれに、見覚えがあった。
「オーブ!?」
「ごっめーん!!1匹逃がしたああああああああ!!」
驚いて思わずその名を口にした途端、耳に馴染んだ声が聞こえた。
「馬鹿ペリートっ!!もっと周り見て戦いなさいよっ!!」
それを聞いたレミアが、怒りの籠もった声で叫ぶ。
「この程度おっ!!」
起き上がったエイヴァラルが、その手に持った短刀を振り上げて飛びかかってくる。
その前にレミアが飛び込んできた。
振り下ろされる短刀を、緑色の刀身で受け止める。
「邪魔をするなああああっ!!」
「それはこっちの台詞だってのよっ!!」
伸びた爪で反撃しようとしたが、レミアは素早く短刀を弾き、剣でそれを受け止める。
そのまま均衡を保つのかと思われたそのとき、突然強い風が吹いた。
驚いた様子のエイヴァラルがその場を飛び退く。
その肌に細かい傷がいくつも走っていた。
間髪入れずに間合いを詰めたレミアが、再び短刀を振り上げたエイヴァラルに向かって斬りかかっていく。
『あいつはウィンソウに任せて良さそうだな』
ダークネスの、どこかほっとしたような声が頭に響いた。
その声に頷き、ラウドに向き直る。
「セレス」
「わかってる。気をつけて」
小声で呪文の詠唱をしていたセレスに声をかけると、彼女は薄く微笑んでそう答えた。
その彼女に、ベリーもほんの少しだけ微笑んでみせる。
そのまま振り返ることなく息を吸い込むと、気を引き締め、目の前の敵を睨みつけた。
「行きます」
『ああ、行け!』
ダークネスの声が合図となったように、ベリーは駆け出す。
向かってくる蝙蝠は、既にセレスが後ろから撃ち落としてくれている。
先ほどまでよりも引き攣った表情のラウドが、残った片腕の爪を伸ばし、駆けていくベリーに刺さるよう腕を振り上げる。
それを見たのとほぼ同時に、体が軽くなったような感覚がベリーを包んだ。
地面につく足に軽く力を入れ、踏み込む。
そのまま跳躍し、ラウドを軽々と飛び越え、後ろへ回り込んだ。
「な……っ!?」
先ほどまでならあり得ないその動きに、ラウドが驚愕の表情を浮かべたのが着地の直前に見えた。
着地と同時に体制を変え、拳を繰り出す。
振り向ききっていなかったラウドの脇腹に、それは見事に直撃した。
拳に乗せた魔力の威力も加わり、その体が勢いよく吹き飛ぶ。
「当たった……!」
『ひゅう。想定以上の威力だな』
ダークネスの感心する声が聞こえる。
たぶんそれは、ラウドの攻撃が当たる直前にセレスがかけてくれた、身体能力強化の呪文の影響もあるだろうけれど。
『気ィ抜くなよ!』
「わかっています」
ぱんっと両の拳同士をぶつけ合わせ、気合いを入れ直す。
よろよろと立ち上がるラウドに向かい、ベリーは再び地を蹴った。
赤い色の混じった咳をしているラウドに向かい、再び拳を振り下ろす。
今度は反応したラウドの腕が、ベリーの拳を受け止める。
それと同時に、みしっというとても嫌な音が耳に届いた。
「ぐう……っ」
ラウドの表情が歪む。
そのまま飛び退く彼の腕は、正常な方向に曲がっていなかった。
もはや完全に形勢は逆転していた。
助けに入ろうとするエイヴァラルは、レミアに追い込まれている。
蝙蝠たちはセレスの呪文で一掃され、さらに彼女は2人のサポートに入っている。
ひとつのことに集中できる。
これがこんなにも心強く、戦いやすいなんてすっかり忘れていた。
『おい。いつまで遊んでる』
ダークネスの声が頭に響く。
『そろそろ終わりにしないと、お前だってきついだろう』
ほんの少しだけ労りを含んだ声。
『全力を貸してやるから、本気で言け』
今までが本気でなかったようなその言い方が気になったけれど、それを口には出さずに、ベリーは頷いた。
「お願いします、ダークネス様」
呟きのような小さな声でも、ダークネスにはしっかりと届いたらしい。
笑ったような気配を感じたかと思うと、拳に感じる魔力が強くなった。
その紫の光に、イメージを乗せる。
そのイメージが、光の形を変化させる。
それが紫の刃のような形になったそのとき、ベリーは力一杯地を蹴っていた。
「これで……っ!!」
もはや防御すら容易にできない吸血鬼に向かって、全力で突っ込んでいく。
よろよろと立ち上がった吸血鬼は、そのベリーの姿を見て目を見開いた。

2013.08.03