SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter7 吸血鬼

39:精霊の目的

ばたばたと走り回る音がする。
廊下を兵士が行き交っているのだ。
吸血鬼によるエスクール王都襲撃は一応の終結を見たものの、このまま帰りますとは行かない状況だった。
「各地区の状況はどうなっている?民への被害は?」
「早期のうちに各ギルドと連携、避難誘導をしておりまして、比較的軽微です。建物の損壊や怪我人はいますが、死者の報告は今のところありません」
扉の向こうから聞こえるのは、リーフが直接指揮を執る自由兵団所属の兵士の声だ。
「他の街の様子はわかっているのか?」
「申し訳ありません。未だ様子を見に行かせた者が戻っておらず……」
「ここと同じ状況かもしれない。エルトを呼べ。小隊を編成して巡回させる。吸血鬼の被害にあった者には、王家が充分な補償をすると公表しろ」
「しかし、殿下!王都もまだ……」
「民の優先順位は変わらない。幸いにもアマスル殿下とニール殿の助力で王都の被害は少なく済んだ。被害の多かった街を優先に救護と復興の手配をしろ」
その会話を聞いていると、唐突にルビーがため息を吐き出した。
「こっちに帰ってくると、リーフもちゃんと王族なんだねぇ」
「姉さん……」
「ごめんごめん」
セレスにぎろりと睨まれ、ルビーはわざとらしいほどあっさりとした口調で謝る。
それを見ていたミューズが苦笑した。
「向こうで兄がどう暮らしているかは存じませんが、こちらでは頼れる方なんですよ」
「さっすが次期国王様だよねー」
信じているのかいないのか、ペリドットがけたけたと笑う。
それを見て、セレスが盛大なため息をついた。
それが合図だったと言わんばかりに、彼女は少し前からミューズの腕に翳していた手を下ろした。
「はい、これで大丈夫です」
「ありがとうございます」
ミューズが捲っていた右腕の袖を元に戻し、礼を言う。
作戦行動中に不意打ちを受け、怪我をしていたのだ。
掠り傷だったので、そのまま事後処理を行っていたところ、ベリーを連れて城へやってきたルビーに気づかれ、セレスの応急処置を受けることになったのだ。
そのとき、タイミングよく隣の扉が開き、リーフが顔を覗かせる。
「ミューズ。治療は終わったか?」
「はい、兄上」
「じゃあ、悪いが来てくれ」
リーフの言葉に、ミューズは頷いて立ち上がる。
妹のその姿を見て、そのまま出て行こうとするリーフに、ルビーが声をかけた。
「何かするの?」
「文官や他の兵団長も集めて会議だよ。どうも一筋縄じゃ片付かなそうでな」
足を止めたリーフが、こちらを振り返って答える。
「すまない。私たちがもう少し力になれれば……」
「いいや。アールとリーナには充分世話になっているさ」
本当に申し訳なさそうなアールの言葉に、リーフは首を横に振った。
ベリーが戦っている間、魔力を使い続けていた彼女は、疲労が酷いのか、今は複数人が腰を下ろせるソファに横になっていた。
城のベッドは意識のない怪我人を優先に割り当てられていたので、怪我のないアールはこの場所で休んでいるのだ。
それを看病する形で、リーナがすぐ側に椅子を置いて座っていた。
「今回のこの騒動はうちだけじゃ終わらなそうだし、あんまり迷惑もかけらんないだろ」
ベリーとアールの、あのエイヴァラルという吸血鬼をスターシアで見たという話が本当ならば、あの吸血鬼はあの国でも住民を襲っていたことになる。
となれば、被害はエスクールだけでは済まないだろう。
もしかしたら、世界規模で被害が出ているのかもしれない。
アールとリーナが報告を受けていないだけで、マジック共和国では起こっていないとは限らないのだ。
「それでも、できることがあればできるだけ助力いたします。いつでも仰ってください」
リーナの、強い意志が宿った目に見つめられ、リーフは一瞬驚いたように目を丸くする。
「ありがとう。リーナ」
けれど、すぐに柔らかい笑みを浮かべると、素直に礼を告げた。
その目が、そのままミューズに向けせられると、彼女も力強く頷いた。
「はい。反共和国派の文官を納得させて見せます」
にっこりと笑う彼女を見て、リーフがにやりと笑みを浮かべる。
その兄妹の様子に、アールが驚いたような表情を浮かべた。
彼女だけではなく、会話を着ていただけのルビーたちも目を丸くする。
「なんか、ミューズ王女も前に会ったときより強かになってない?」
「ペリートさんにいろいろと学ばせていただきましたので」
「へ?」
レミアの問いに、ミューズはにっこりと笑って答える。
それを聞いたペリドットが、何とも間抜けな声を上げた。
「あんた何やらかしたの」
「酷いミスリルちゃん!あたしが悪いことしたって決めつけてるじゃんそれ!!」
ミスリルにぎろりと睨みつけられ、ペリドットは盛大に抗議の声を上げた。
弁解しようとミューズを見るけれど、彼女はくすくすと笑うだけで、ペリドットの味方をしてくれそうにない。
それでも必死に弁解しようとペリドットが立ち上がったそのとき、不意に何かを叩く音が聞こえた。
「ん?」
真っ先にその音に気づいたルビーが、音のした窓の方を見る。
そこには、いつの間にか小さいものが張り付いていた。
「タイムー。みなさーん。開ーけーてー」
「ティーチャー?」
とんとんと窓を叩いていたのは、ミューズの部屋で眠るベリーについていたはずのティーチャーだ。
窓の側にいたタイムが、それを少しだけ開くと、彼女はそこから室内に飛び込んできた。
「あんた、なんでそんなところから」
「だって廊下は人が多かったんだもん」
不思議に思って尋ねれば、彼女はきっぱりとそう告げる。
王子と王女の友人に、王都の西にある精霊の森に住む妖精がいるのは、城の中では周知の事実だ。
けれど、今日は普段は城の上層までやってこない王都の住人も、怪我をした者でなれば分け隔てることなく運び込まれている。
だからティーチャーは、人目につくことは避けようと判断したらしい。
外から部屋を探すのは疲れたとため息を吐き出す彼女に、セレスは心配そうに声をかけた。
「ティーチャーさん、ベリーは?」
「起きました。それで……」
ティーチャーの視線が、部屋の中を一巡りして、止まる。
その視線の先にいたルビーは、驚いたように自分を指した。
「あたし?」
「はい。ベリーさんが、ルビーさんを呼んでるんです」
ルビーの問いに、ティーチャーは頷く。
その言葉に、ルビーは首を傾げた。
「何だろう?ちょっと行ってくるわ」
座っていたソファから立ち上がる。
「姉さん!ベリーに無理させないでよ!」
「はいはい。わーてるわよ」
心配性な妹に面倒くさそうにそう返すと、ルビーは部屋を後にした。





こんこんと扉を叩く音がする。
「どうぞ」
ベッドの上で、枕を背もたれにして起き上がっていたベリーは、扉に向かって声をかけた。
「入るよ」
入ってきたのは予想通りの、自分が呼んだ友人だった。
「具合はどう?」
「それなりに」
「あ、そう」
入ってくるなりかけられた声にあっさりと返せば、ルビーもあっさりと言葉を返す。
その赤い瞳が、周囲を見回した。
一通り部屋の者を見ていたのか、巡っていた視線は、暫くするとベリーの元に戻ってくる。
「それで?何であたしだけ呼んだわけ?」
素っ気ない態度でいきなり本題に入るルビーに、少し戸惑う。
「何?」
表情に出てしまっていたのか、ルビーが不機嫌そうな声で問いかけてきた。
少し迷って、それでも彼女を呼んだのは自分だからと思い、顔を上げると、ベリーは恐る恐る口を開いた。
「今回の旅で、いろいろ見たものがあるから、話しておいた方がいいかと思って」
そう告げた途端、ルビーの表情がほんの少しだけ動いた。
ベリーも、いや、彼女だけではなく、他の仲間たちも知っている。
ルビーが、レミアとエルザの戦い以来ずっと感じている感覚の答えを探すことを、今も諦めていないことを。
ルビーは無言で部屋の反対側にある机から椅子を運んでくる。
その椅子をベッドの横に置くと、その上にどっかりと座った。
「……長くなるかもしれないわよ?」
「かまわないよ。全部話して」
腕組みをした彼女は、赤い瞳でじっとこちらを見る。
真っ直ぐにそれを見て頷き返すと、ベリーはゆっくりと口を開いた。





光のない、真っ暗な空間。
その空間に、ぼんやりとした光が現れた。
紫色に光るそれは、人の姿を成したダークネスだった。
「申し訳ありません。取り逃がしました」
暗闇の中に声をかけると、また別の光がぼんやりと浮かび上がる。
「あれこそ逃がしてはならなかっただろうに。詰めが甘いぞ、ダークネス」
「サラマンダー……」
浮かび上がった赤い光の中には、炎のような真っ赤な髪を持つ青年がいた。
「そうそう怒るものじゃないと思うわ」
また別の光が、暗闇の中に浮かび上がる。
青い光の中に、海のような深い青色の髪を持った女性が現れた。
水を思わせる衣を纏った彼女は、水を司る精霊、ウンディーネその人だ。
「ダークネスの最初の目的は果たされた。それでいいのではないかしら?」
「……精霊拳は、確かに闇の娘に?」
「そういう呼び方するなよな。確かにベリーは継承したぜ」
サラマンダーの問いに、ダークネスは先ほどまでの態度を脱ぎ捨てて答える。
「ではこれで、現存する全ての精霊神法は、彼女たちの手に渡ったということね」
また別の光が現れる。
緑色の光の中に現れたのは、緑色の髪を持つ女性。
「ああ、シルフの言うとおりだな」
その隣に、今度は茶色い光を纏う男性が現れる。
「ノーム」
「我々の一応の目的は達せられたということになる」
「彼女たちに精霊神法を引き継いで貰うことが、私たちの目的でしたものね」
その言葉とともに表れたのは、薄く黄色の光を纏った女性。
「予想外のハプニングも起こったけど、これで準備は整ったよね。まあ、あっち側も整っちゃったみたいだけど」
その後ろから、白い光を纏った、髪の短い女性が現れた。
「とりあえずは、間に合ったってとこかな?」
「間に合ったって言えるのかよ、あれ」
白い光を纏う女性――ノアの言葉に、ダークネスはため息をつく。
「まあ、間に合ったと言っていいと思いますよ」
不意に、彼らではない声が会話に割り込んだ。
ダークネスがはっとして振り返る。
いつの間にか、彼の後ろに黒髪で黒い旅装束を身につけた、魔道士風の男が立っていた。
「いらしていたんですか」
「ええ、まあ」
そう言って悪びれた様子もなく笑う男の姿を見て、ダークネスは思わず眉を寄せる。
基本的に、彼はこの男が苦手なのだ。
男の方もそれを知っている。
知っていてちょっかいを出すこともあるけれど、さすがに今日はそれをする気はないようだった。
「既に準備してある呪文の伝授が間に合ったのならば上出来でしょう。あとは、サラマンダーとウンディーネの仕事が残っているようですが」
男の視線が2人へと向けられる。
それを受け、サラマンダーは深いため息をついた。
「我々の方も、本来はことが起こる前に何とかしたかったのですが」
「まあ、それは無理な話でしょうね」
あっさりと言い切った男が気にくわなかったらしい。
サラマンダーが男をぎろりと睨みつけるが、男は何食わぬ顔で笑みを浮かべる。
「だってそうでしょう?ねえ、マリエス」
男が誰もいない場所へ声をかける。
「ええ、そうですね」
驚くことに、その場所から返事が返ってきた。
ふわりと光が浮き上がる。
浮き上がったそれは人の形を成し、その形のままの女性をその場に出現させると、そのまま消えていった。
空間に現れた長い髪の女性――精霊神マリエスが、ゆっくりと目を開く。
「あと、私たちができることと言えば、ひとつだけです」
彼女は告げる。
男の目を見てはっきりと。
「事が起こったとに、なるべく被害を出さずに物事を進められるか、それだけですわ」
その言葉に、男は驚いたように目を丸くする。
「ふうん」
暫くして、ふいに感心したような呟きを残すと、彼は身を翻す。
「そうなることを祈っていますよ」
「ええ、私たちも」
マリエスがにこりと笑ってそう告げる。
それを見て、男もまた口元に笑みを浮かべた。





知っていることを話し終えて、ルビーが複雑な表情で部屋を出ていって暫くすると、再び扉がノックされた。
どうぞと促せば、扉は音を立てないようにしているのか、ゆっくりと開き、そこから見知った黄色が顔を覗かせた。
「ベリー」
「セレス」
ほんの少しだけ驚いて名前を呼び返せば、彼女はほっとしたような表情を浮かべて部屋に入ってくる。
「具合はどう?」
安心しような顔で聞かれたものだから、思わずまじまじと見返した後、くすりと笑みをこぼしてしまった。
それを不思議に思ったのか、彼女はきょとんとした表情で首を傾げる。
「どうしたの?」
「いいえ。別に」
かわいいと思ったなんて、本人に言えるはずがない。
だからそう言って首を振った。
セレスも不思議そうな顔を浮かべてはいたが、それ以上は深追いしようとは思わなかったらしい。
ベリーの様子を観察するような視線で見てから、ほっとしたような息を吐き出した。
「うん。もう大丈夫そうかな。一応お医者様に見てもらった方がいいと思うけど」
「それは帰ってからでも同じだと思うわ」
「あっちの病院でこの怪我を見せたら、別の意味で大変だと思うけど?」
ベリーは、打撲やらひっかき傷やら動物に噛まれた後やら、それはいろいろな怪我を負っていた。
アースに返って向こうの医者に見せたなら、傷害事件に発展してしまうだろう。
冒険者がたくさんいて、魔物もごく普通に存在し、人々が狩りをすることも当たり前。
そんなインシングだからこそ、そういう事件に発展するなんてことを気にすることなく医者にかかることができる。
セレスはそれを指摘している。
「それもそうね。あとでリーフにいい医者を紹介してもらうわ」
観念したようなに溜息を吐き出してそう告げれば、セレスはにっこりと笑った。
その顔を見て、ふと思い出した。
「そうだ。ありがとう」
「え?」
「この石」
胸元に手を入れて、首から下がっていたものを引っ張り出す。
そのチェーンの先には、罅の入った黒い石がつけられていた。
それを見て、セレスがほんの少しだけ目を見開いたような気がした。
「役に立ったわ」
「そう。よかった」
ほんの少しだけど、笑顔を浮かべて伝えれば、彼女は安心したような笑顔を浮かべる。
「でも罅入っちゃったんだね」
「ええ」
スターシアの王城で、一度だけ発動したその石。
それ以降は力が発動しなかったから、結局あのときまま、ずっとベリーの首に下がっていたのだ。
「これじゃあもう使えないかな」
「アールは、砕けるまでは平気みたいなこと言ってたけど?」
「アールさんならそうかもだけど、私じゃまだ初心者なんだから、次使えるかなんてわからないじゃない」
「そういうものかしら?」
「そういうものなの」
むっとした表情でセレスが言った。
ベリーが、その子供のような表情に目を瞬かせていると、セレスは突然息を吐き出したかと思うと、にっこりと笑った。
「でも、よかった」
心から安心したようなその顔に、ベリーは思わず目を細める。
ふと、頭の中に言葉が浮かんだ。
考えるより先に、その言葉はすらりと音を持って口から出た。
「ありがとう」
突然のそれに、セレスは思わず目を丸くする。
「もう聞いたよ?」
「そうね。でもいいじゃない」
セレスが不思議そうに首を傾げる。
それにほんの少しだけ不満を感じて、ベリーはふいっと視線を反らした。
「私が言いたかったんだし」
ぼそりと呟けば、セレスはきょとんとした表情を浮かべたまま動きを止める。
一瞬遅れて、それは嬉しそうな笑みに変わった。
「どういたしまして」
本当に嬉しいと言わんばかりのその声に応えるのが恥ずかしくて、ベリーは視線を反らしたままだったけれど、きっとセレスには気づかれていただろう。
ベリー自身にだってわかっていた。
きっと、自分の顔が真っ赤に染まっているだろうと。

2013.08.14