SEVEN MAGIG GIRLS

Last Chapter 古の真実

27:亀裂

「なに、やってんの……?あんた……」
震える声で口を開いたのは、レミアだった。
「なんで、こんなことしてるわけ?」
彼女も、リーフ同様、剣を合わせたときのその太刀筋から感じていた。
その太刀筋を、知っている。
短剣は1本だけだけれど、その刃が描く軌道を、よく知っている。
それでも、そんなはずはないと、必死に否定して。
仲間を、街を守るために、剣を向けたというのに。
「あんた、何やってんのよ、ルビー!!」
尋ねる声が、だんだん怒りに染まっていくのが、自分でもわかった。
頭の中がぐちゃぐちゃで、理解が追いつかない。
しかし、目の前にいるのは、確かに自分たちのリーダーであるはずの友人で。
その彼女が、先ほどからずっと魔物を操り、自分たちに剣を向けていたことは、紛れもない事実なのだ。
「何とか言いなさいよ!!」
「なんとか」
ぼそりと呟かれた言葉は、まるで馬鹿にされているようで。
「ふざけないで!!」
「別に、ふざけてなんかない」
思わず怒鳴り返した途端に返ってきたのは、とてもとても無機質な言葉。
ルビーの目が、ゆっくりとこちらへ向けられる。
その瞳を目にした途端、背中にぞくりと悪寒が走った。
何の感情も宿っていないような、冷たい、石のような瞳。
そんな目をしたルビーを、レミアは知らない。
「退いて、レミア。みんなに用はないの」
真っ直ぐに射抜かれたまま吐き出された言葉にも、何の感情も感じられない。
「用があるのは、リーフだけだから」
冷たく言い放つその姿は、確かによく知るルビーのはずなのに、そうではないような感覚を覚える。
「だから、退いて」
かちゃりと音がして、ルビーが短剣を握り直したことに気づく。
「退かないわ」
その気迫に飲まれかけていると、不意に後ろから凛とした声が聞こえた。
「セレス!」
リーフの驚く声が聞こえる。
振り返ると、セレスが両腕を広げ、リーフを庇うようにして立ちこちらーーレミアの向こう側にいるルビーを睨みつけていた。
「姉さん、一体どうしちゃったの?どうして、こんなこと……」
自分たちの知っている彼女らしくない発言をするルビーを説得しようと、セレスが口を開く。
それを聞いたルビーは、変わらない表情でセレスに視線を移した。
「……あんたたちも気づいてるんでしょ」
変わらない口調のまま、静かに問いが投げかけられる。
その問いに、セレスが思い切り眉を寄せた。
「なんのこと?」
「この国を襲ってる魔物たちは、リーフを狙ってるんだって」
びくんとセレスの体が震える。
彼女だけではない。
レミアもミューズも、その予想を共有していた誰もが息を呑んだ。
「なんだって……?」
「魔物の狙いが、殿下?」
周囲で魔物と戦っていた兵士や冒険者たちが、ざわざわと囁き出す。
それに何を思ったのか、ルビーはふっと自嘲のような笑みを零した。
「そのとおりだよ。この魔物たちは最初っからリーフだけを探して、リーフだけを狙ってる。リーフさえいなければ、魔物たちが街を襲うこともない」
ごくりと息を呑んだのは、無意識だった。
誰もがそれを予想していた。
けれど、それは推測の域を出てはいなくて。
魔物の狙いがリーフであることが、真実でなければよいと願っていた。
けれど、目の前の、自分たちのリーダーであるはずの彼女は、それを肯定する。
それが、真実なのだ。
「だから、そいつを殺す」
「姉さん!?」
右手で短剣を構えたルビーを見て、セレスが声を上げる。
その声にも、ルビーは冷たい視線を返すだけで、何も言わない。
「何言ってるの!らしくない!いつもの姉さんなら……」
「セレス」
畳みかけようとしていたセレスの肩に、温かい手が乗る。
はっと振り返れば、リーフが自分を見つめていた。
「リーフさん……」
見下ろす濃緑色の瞳が、静かに伏せられ、首を軽く横に振る。
一瞬見えた優しい表情に、セレスは言葉を飲み込んだ。
ぎゅっと拳を握るセレスをほんの少しだけ見つめてから、リーフは彼女の前に出る。
そして、静かに仲間であるはずの襲撃者を睨みつけた。
「……本気で言ってるのか、ルビー」
「そうだね」
感情を抑えて尋ねる。
すると、ルビーは瞳に冷たい光を湛えたまま、こてんと首を傾げて、言った。
「死んでくれる?リーフ殿下?」
ぞわりと背中を悪寒が駆け抜ける。
感情のない声。
それなのに、そこから放たれる強い殺意に、体が震え上がりそうになる。
それでも、圧し負けるわけにはいかない。
ここで彼女の希望を叶えても、世界の状況は、きっと変わらない。
だから、真っ直ぐにその冷たい瞳を見つめ返して、口を開いた。
「断る」
その瞬間、ぶわりと殺意が膨れ上がったような気がした。
一瞬、変わらないはずの彼女の表情に、呑まれそうになる。
ぎゅっと左手の拳を握り締めて、後退りしたくなる気持ちを押し留めて、リーフはルビーを睨みつける。
「……そう」
その冷たい瞳が、ゆっくりと閉じられる。
ゆらりと、その短剣を持つ手が、揺れた気がした。
「でも、そんなことは世界にも、あたしにも関係ない」
そう呟いたと思った次の瞬間、ルビーが突然動いた。
マントを脱ぎ捨て、大地を蹴り、こちらに向かって突っ込んでくる。
息を呑んで剣を構えそうとしたけれど、間に合わない。
致命傷だけは避けなければと、動こうとしたそのときだった。
目の前に若草色が飛び込んできた。
がきんと刃物がぶつかる音が響いて、ルビーの動きが止まる。
「ペリート!?」
その名前を叫んだのは、誰だっただろうか。
リーフの前に飛び込んできたのは、ペリドットだった。
剣の形状に変化させたオーブの刃で、リーフに向けられたルビーの刃を受け止めたのだ。
一瞬だけ目を見開いたルビーが、ぎろりと彼女を睨みつける。
「ペリート」
「ほんっと、いつものルビーちゃんらしくない、よっ!!」
力任せに剣を押し返し、弾き飛ばす。
体勢を崩しかけたルビーが後ろに飛ぶ。
その彼女を追うことなく、ペリドットは手にしていた剣を、勢いに任せるままに手放した。
「いつものルビーちゃんなら、その魔物の方を何とかしようとするでしょうがっ!!」
空中で剣の形状が変化する。
水晶球の姿に戻ったそれは、ペリドットの手の動きに答えるように加速し、そのままルビーめがけて突っ込んでいく。
「何で突然、リーフくんを殺すなんて結論になってん、のっ!!」
ぎりぎりのところでそれを避けたルビーに向かい、魔力を練り上げたペリドットが氷の刃を放つ。
ルビーはそれを炎を吹き上げて打ち消すと、ぎろりとペリドットを睨みつけた。
「あんたには、関係ない」
「関係大アリだよふざけんなっ!!」
腹の底から吐き出されたペリドットの怒声に、ルビーの動きがぴたりと止まる。
それを見たペリドットは、オーブを退いた。
代わりに体の奥底から想いをぶつけるように叫ぶ。
「仲間が仲間殺すとか言い出して、黙って見てられるはずないじゃん!!」
ペリドットの叫びが、周囲に響く。
ルビーは、何を思ったのか、先ほどから動かない。
俯いてしまったその表情を窺うことはできなかった。
その姿を見て、漸く気づく。
ルビーの服装が、普段と違っていた。
白を基調にしていたはずの服装は、今は黒いノースリーブのジャケットとスカートになっている。
何より、二刀短剣という戦闘スタイルのはずの彼女が、右手でしか戦っていない。
その左腕には、肩から手首にかけて、包帯が巻かれていた。
「だいたい、いつだって一番みんなのこと考えてたのルビーちゃんじゃん!なのに、どうしてこんなことしてんの!!」
何があったのかと尋ねるよりも先に、ペリドットがルビーに向かって怒鳴りつけるように叫ぶ。
彼女だって、感情的になってはいけないのだと、きっとわかっていた。
でも、あまりにも信じられないことばかりが起こっていて、気持ちの制御ができない。
ただ、沸き上がってくる想いを、ぶつけることしかできなくて。
「ペリート」
そうして、声を上げ続けていたペリドットの腕を、不意に誰かが掴んだ。
驚いて振り返れば、いつの間にか側にやってきたミスリルがそこにいた。
「ごめん。ちょっと待って」
「ミスリルちゃん?」
「ねえ、ルビー」
ペリドットが感情のままに飛び出していくのを止めようとするかのように、その腕を掴んだまま、ミスリルが一歩前に出る。
その目が、真っ直ぐにルビーを見つめる。
開かれたその唇が、震えているような気がした。
「タイムは、どうしたの?」
びくんと、ルビーの肩が跳ねた気がしたのは、気のせいだろうか。
「あなたたち、一緒じゃなかったの?」
ミスリルが、静かに尋ねる。
ルビーは答えない。
俯いたまま、ぽつりと呟いた。
「……そう。『こっち』では、タイムは『もういない』の」
「え?」
もういない。
それは、いったいどういうことなのか。
それを尋ねるよりも早く、ルビーが顔を上げた。
「なら、余計関係ない」
ぞくりと背中を悪寒が駆け抜ける。
こちらに向けられた、ルビーの目。
ガラス玉のようだったそれに、黒い感情が宿っていた。
それが何か、きっと誰もが知っていた。
けれど、誰もが理解することができなくて、ただ息を呑むことしかできない。
「邪魔するなら、怪我じゃすまさないよ」
「姉さんっ!!」
ルビーが左腕を振り上げる。
それまで静まっていた獣の唸り声が、再び辺りを包み始めた。
「魔物たちが!?」
「リーナ!手を貸せ!!」
それまで静観していたアールが動いた。
宙に描いた魔法陣から飛び出した巨大な獣が、襲いかかろうとした魔物たちに飛びかかり、薙ぎ倒し始める。
「アール姉様!?」
ルビーの方へ飛び出そうとしていたリーナは、驚いて義姉を振り返った。
「魔物たちはこちらで食い止める!」
「ですが……!」
「あれに割って入れるのか?お前は」
リーナはもう一度、ルビーたちの方を振り返る。
あちらも、もう戦闘が再開されていた。
ペリドットが、ミスリルが声を上げる。
セレスの悲痛な叫びが、周囲に響いている。
大切な人たちが、大切な人と戦う光景。
何度か見てきたそれを、こんな形で再び見ることになるとは思わなかった。
今すぐにでも助けに入りたいけれども、聞こえてくる叫びを耳にしていると、それはしてはいけないような気持ちになる。
「……わかり、ました」
想いを押し殺して答えると、アールは静かに頷いた。
「このままではこちらが不利だ。リーフを逃がすために道を開くぞ」
「え?」
リーナが驚いたようにアールを見る。
魔物を睨みつけていたはずのその目が、ちらりとこちらを見た。
「どんな理由があれ、あいつに、リーフを殺させるなんて、させたいはずがないだろう」
「……!はい!」
リーナが、安堵と喜びが混じり合ったような笑顔を浮かべる。
ぱんっと両手で頬を打って、気持ちを切り替える。
手にしていた杖を握り直すと、そのままアールと同じように魔物に向かっていく。
一方、ルビーと対峙していたレミアは、動揺を抑えることができないまま剣を振るっていた。
「目ェ覚ましなさいよ!!この馬鹿!!」
動きを止めようと、足を狙って剣を振るう。
けれど、一瞬早くルビーはその場から飛び退いてしまい、刃は空を切る。
「遅い」
「……っ!?」
後ろに回ったルビーは、リーチの短い短剣を振るう代わりに、左手から炎を放つ。
吹き上がった炎が、レミアの顔面に向かって襲いかかった。
「くぅ……っ!?」
「レミア!!」
炎に飲まれそうになった瞬間、目の前に水柱が現れ、それを防ぐ。
とっさの回避が間に合わなかったレミアを守るために、フェリアが彼女の前に水の壁を呼び出したのだ。
飛沫で髪や服は濡れてしまったか、炎によるダメージを受けることはなかった。
レミアの無事な姿に胸を撫で下ろしたベリーは、怒りを宿した瞳でルビーを睨みつける。
「いい加減にして!ルビー!」
地を蹴って、体勢を立て直そうとしていたルビーに向かい、魔力を宿した拳を叩き込む。
拳を包んだ金属と短剣の刃がぶつかる音が辺りに響く。
ガラスのような赤い瞳が、ぎろりとベリーを睨んだ。
「あんたたちこそ、いい加減にしてよ」
「できるわけないっしょ!!
声が聞こえたかと思うと、ルビーの腹めがけてオーブが飛び込んできた。
気づいたルビーは、力任せにベリーを押し返し、直撃する寸前で後ろに向かって跳躍する。
オーブが空を切る。
小さく舌打ちをすると、着地をするよりも先に、リーフに向けて炎の呪文を放った。
「アースウォール!!」
慌てて練り上げたのか、勢いのある、けれど小さなその火球は、けれど突然現れた岩の壁に阻まれ、四散する。
先ほどから積極的に戦闘に参加することのなかったミスリルが、ルビーの呪文を打ち消したのだ。
ルビーの目が、ミスリルを睨みつける。
それでも、彼女は動じない。
ただ静かにルビーを観察して、リーフに向かう呪文を阻止していた。
それを見ていたリーフが、悔しそうに顔を歪めた。
「くそ……っ」
何もできないことで、こんなにも歯痒い思いをするなんて思わなかった。
けれど、本気のルビーに、自分が太刀打ちできないことも、痛いほどにわかっている。
だから、こうやって守られてることしかできない。
「どうして、姉さん……っ」
ミスリルが越えられてしまった場合の護衛として傍に残ったセレスが、震える声で呟いた。
それを聞いて、ほんの少し胸が締め付けられたような気がした。
たぶん、この状況で一番動揺し、衝撃を受けているのは、ルビーの妹である彼女なのだ。
仲間たちもそれがわかっているから、彼女が前へ出ようとするのを止めようとしている。
胸が苦しい。
何もしてあげることのできない自分が、守られることしかできていない自分が、悔しい。
ルビーのターゲットが自分でなければ、積極的に前に出て、殴ってでも連れ戻したいと思うのに、立場がそれの邪魔をする。
「リーフ兄様、セレスさん」
ぎゅっと手にした剣を握り締めたそのとき、背中に声がかけられた。
はっと我に返って振り返ると、先ほどから周囲の魔物を相手にしていたミューズがそこにいた。
「今のうちに、こちらへ」
「ミューズ?」
「アールさんとリーナさんが道を作ってくださってるの。レミアさんたちがルビーさんを抑えていられるうちに、兄様は城へ逃げてください」
「けど……っ」
王族として、本当はそれが一番いいのはわかっている。
それでも、つい反論しようとしてしまったのは、目の前にいるのが仲間だからだ。
仲間をこのままにしていくなんて、そんなことは、リーフ個人としてはできない。
真っ直ぐリーフを見つめたミューズが、静かに首を振る。
「兄様の言いたいこともわかります。けど、今のこの国は、兄様を失うことはできないんです」
ミューズの言葉に、リーフは口にしかけた想いを飲み込む。
それは、自分が王位継承権を持つ限り、逃れることのできないもの。
背負わなければならないものだ。
「それに、私たちじゃあの人を止められないって、兄様だってわかってるでしょう?」
それを言われてしまえば、もう言葉を返すことなんてできない。
ルビーの方が、自分より強いと言うことは知っていた。
元々の能力が上であることに加え、今の彼女には迷いがない。
本気で自分を殺そうとする彼女と対峙して、殺さず荷動きを封じるという芸当が、果たして自分に可能なのだろうか。
ふと、不意に腕に暖かい何かが触れた。
「……行きましょう、リーフさん」
「セレス?」
それまで黙って話を聞いていたセレスが、弱々しく言った。
俯いてしまって、その表情を見ることはできない。
彼女も悩んで、きっとリーフのためにはそれが一番いいのだと結論を出したのだと思う。
選択としては、それが正しいのだと理解はしていた。
けれど、リーフはどうしても迷いを振り切ることができない。
「本当に、いいのか?」
「……っ」
俯いたまま、セレスが息を呑む。
まさかリーフがそう問い返すとは思っていなかったのかもしれない。
自分だって、普段なら、きっと逃げることを優先したと思う。
でも、今回だけは。
これだけは、どうしても。
「私、は……っ」
セレスが、絞り出すように応えを告げようとした、そのとき。
「レミアっ!!」
フェリアの悲鳴のような声が耳に飛び込んできた。
はっとそちらを振り返る。
レミアの、剥き出しの白い腕に、赤が散っていた。
その彼女を蹴り飛ばし、地面に倒して、ルビーがこちらに向かってくる。
フェリアとペリドットが倒れたレミアに駆け寄り、ペリーがルビーを追いかけようとするけれど、ミスリルともども魔物に阻まれ、足止めさせる。
その全ての光景が、スローモーションのように見えた。
気づいたときには目の前に赤と黒が迫っていて。
咄嗟に胸の前に持ち上げた刃に、衝撃と金属同士がぶつかる音が響いた。
「ぐ……っ」
「へえ。よく受けたじゃない」
リーフの剣を突き砕こうとするかのように、ルビーの短剣の切っ先がぶつかっていた。
その体勢のまま、ルビーが空いた左腕を引く。
手の中に炎が生まれたのが見えたけれど、この体勢では避けることなんてできない。
「駄目っ!!」
息を呑んだ瞬間、直ぐ傍から声が聞こえた。
目を見張ったルビーが、後ろへ飛び退く。
突然重さのなくなった腕の直ぐ傍を、黄色い水晶球が勢いよく薙いでいった。
セレスが、ルビーに向かって杖を振り下ろしたのだ。
着地した先で、飛び出したミューズが振り上げた剣を、手にした短剣で受け止める。
「ミューズ!!」
「行って兄様!!」
ミューズが一瞬こちらへ意識を向けた瞬間、ルビーが彼女の剣を弾く。
バランスを崩したその足に足払いをかけ、ミューズはそのまま地面に転がってしまう。
「っあ……っ!?」
「やめて姉さん!!」
そのまま短剣を逆手に持って振り上げようとしたルビーに向かい、セレスが叫んだ。
ぴくりと、ほんの僅かに体を震わせ、ルビーがその動きを止める。
ガラスのような瞳が、彼女を見た。
「セレス……」
その声が、静かに妹の名を呼ぶ。
「どうしちゃったの!!一番最初にリーフさんを助けようとしたの、姉さんだったじゃない!」
そう、最初に気づいたのは、彼女だったはずだ。
気づいて、リーフを庇って、そして行方不明になった。
「それなのに、どうしてこんなことするの!!」
杖を両手で握り締めたまま、セレスは叫ぶ。
どうして仲間を、友人を、妹の大切な存在を奪おうとするのか。
ルビーが、振り上げていたゆっくりと降ろす。
その唇が、何かを紡ぐように動いた。
「……」
「え?」
それはあまりにも小さい声だったから、聞き取ることができなくて、セレスは思わず聞き返していた。
その瞬間、ルビーが動いた。
ぱちんと指輪を弾くと、セレスの前に炎が吹き上がる。
「きゃあっ!!」
突然体を包んだ熱に、セレスが悲鳴を上げ、両腕で顔を庇うようにして、ぎゅっと目を閉じる。
視界が塞がったその一瞬の隙に、ルビーは炎へ向かって駆け出す。
再びセレスが目を開けたそのときには、姉は目の前に迫っていた。
「邪魔するなら、いくらあんたでも」
「やめろっ!!」
その瞬間、すぐ傍から聞こえた声に、セレスはその目を大きく見開いた。
リーフが、飛び込んできたのだ。
ルビーがセレス目がけて地を蹴ったのを目にしたとき、リーフは反射的に走り出していた。
それまで考えていた立場や実力なんて、そんな考えは頭から抜け落ちて。
ただ、ルビーにセレスを傷つけさせるわけにはいかない、セレスを守りたいと、そんな想いに塗りつぶされて、彼女を庇うように飛び出してしまった。
炎を抜けたルビーの、無表情だった口元がにやりと歪む。
それまで斬りかかるような持ち方だった短剣が、彼女の手の中でくるりと向きを変えた。
振り下ろされる刃を受け止めるつもりだったリーフは、その動きに目を見開く。
逆手持ちになった短剣の柄に、ルビーの左手が添えられて。
その切っ先は、がら空きになったリーフの胸に、吸い込まれていった。
「あ……」
「あの子を狙えば、飛び出してくると思った」
くすりと笑う声が聞こえる。
「ばーか」
ルビーが短剣を引き抜く。
とたんに溢れるのは、赤。
短剣が抜かれた場所から、そして、咽の奥から這い上がってきたものが、口から。
ぐらりと、視界が揺れる。
「兄様っ!!」
ミューズの、悲鳴のような声が聞こえた気がした。

傾いたリーフの体を、セレスが受け止める。
ほとんど反射的に体は動いたけれど、頭は動いていなかった。
「リーフ、さん……?」
ぐったりとしたその体を抱えたまま、ずるずると座り込む。
声をかけても、返事がない。
まだ呼吸はしているし、目を開いているけれど、その体からは力が抜けてしまっていた。
「うそ……。いや……、なんで……」
どうしたらいいかわからなくて、そのまま彼を抱き留めた体勢のまま、後ろから抱き締める。
ふと、その上に陰が降りた。
見上げると、目の前に、その黒い服を赤く染めた姉が立っていた。
「姉、さん……?」
姉はただ静かに、こちらを見下ろしていて。
その手に握られた、真っ赤に染まった短剣を、無言のまま振り上げた。
びくりと体が震える。
けれど、動けない。
姉が何をするつもりかわかっているのに、動くことができない。
「やだ……、やめて……っ」
「じゃあね」
ただ縋ることしかできなくなっているのに、姉は応えてはくれない。
短剣を持った右手に、左手を添えて、ただ静かに、そう言った。
「姉さ……っ」
その短剣が、振り下ろされるかと思ったその瞬間。
突然目の前に、炎が吹き上がった。

2018.11.25