After Story
魔法の使い方
「俺も魔法が使ってみたい!」
「え?無理」
思い切ったと言わんばかりにそう告げた青年に、ルビーははっきりと言い切った。
まさかそんな答えが返ってくると思ってもいなかったのか、青年はあんぐりと口を開ける。
「何でだよ!ちょっとくらいいいじゃん!」
青年がだだを捏ねる子供のように叫ぶが、彼はこれでも20歳だ。
「ちょっとくらいも何も、無理なもんは無理」
「いや、ちょっと待てルビー」
ずばっと言う彼女を止めたのは、リーフだった。
ここはエスクール城の一室。
王族の私室のあるエリアの、応接間のような部屋。
学園の高等部を卒業し、リーフの婚約者として正式に王室入りをしたセレスの誕生日を祝うという名目で、国内各所に散っていた仲間たちが、久しぶりに王城に集まっていた。
「ユージはこっちの魔法事情知らないだろう?そこから説明してやらないとじゃないか?」
リーフのその言葉に、ルビーは思い切り顔を顰める。
そう。実は彼女たちの目の前にいる黒髪の青年は、ルビー、セレス姉妹の幼馴染み。
名を新藤悠司。
セレスとベリーが学園を卒業し、ルビー、ミスリルを含めたアースに残っていた4人が、いよいよインシングへ移住するとなったときに、彼女たちと一緒に移住すると言い出し、この世界へやってきた異世界人だ。
二度と異世界であるアースに戻ることはできないかもしれない。
家族とは今生の別れになる。
そう伝えたのに、何度も何度も彼女たちに頼み込み、ついにインシングへの移住を果たしてしまった彼は、あまりにもこの世界について無知だった。
移住当初はインシングの言葉が全く理解できず、ルビーやタイムが通訳と指導をみっちりと続け、漸く日常会話と簡単な読み書きができるようになった。
「なんで陽い……リーフやフェリアは勉強してなさそうだったのに、日本語喋ったり読んだりできたんだよ!」
「何でって、精霊の加護によるチート能力?」
「俺もそれ欲しい!」
「いや、無理」
ルビーたち……正確には彼女たちの親が世界を渡っても言葉に困らなかったのは、元々精霊が『その血筋を守るための緊急避難措置として異世界に飛ばした』という事情だったから、精霊が辿り着いたその土地での言葉が扱えるように加護を与えたのだ。
異世界で生まれ育ったルビーたちが、インシングの地に渡った際にすぐに言葉がわかったのも、その加護を受け継いでいたから。
同じ血筋であるフェリアが、とある人物を探して世界を渡ったときも、本人が知らないうちにゲートを潜った際に精霊が同じ加護を与えていた。
リーフに至っては、精霊神と接触を果たしていたセレスとペリドットが、直接頼み込んで彼ら加護を与えてもらっていたらしい。
精霊神がそれを拒絶しなかったのは、おそらくはリーフ自身が知らずに背負っていたある宿命ゆえだったのだろう。
アールとリーナは、イセリヤから授けられた魔道具の力だった。
その魔道具も、イセリヤを倒した後に力を失ってしまい、彼女たちはもうあちらの言葉はわからないらしい。
2人の場合は、アースへ渡っても、魔燐学園の理事長室にしか現れなかったので、困ることは無かったが。
「つまり、あたしたちのは、勇者に特別に与えられたチート能力だったってこと。わかった?」
「うううう……」
納得がいかないという顔で、ユージが頭を抱えて唸る。
「じゃあ、俺に魔法を使わせてくれないのも、異世界人だから、勉強から始めないと、みたいな理由か?」
「うーん。ちょっと違うなぁ」
恨めしそうな目でルビーを睨み付ける彼に、答えたのはペリドットだった。
「そもそもねぇ、ユージくん。ルビーちゃん、『使わせない』じゃなくって『無理』って言ったんだよ」
「……へ?」
ペリドットの言葉に、ユージはきょとんとした顔で彼女を見上げた。
その反応を見たペリドットは、困ったように視線を動かす。
その先にはセレスがいて、彼女も困ったように微笑んでから、口を開いた。
「えっとですね……。ユージさん、今、何にもせずにいて、体の中を何かが流れているような感覚って、わかりますか?」
「体の中を何かが流れている?」
ユージが首を傾げて、自分の体をしげしげと眺める。
「いや、全く……」
「あー……」
彼が首を振ると同時に、リーフが小さく呟いた。
「そうか。これか。確かに俺も昔はわからなかった」
「え?え?どういうことだよ?」
「えーっとな……」
どうやって説明をしようかと、リーフが頭を抱える。
それに苦笑を浮かべたセレスが答えかけ、説明を引き取った。
「この世界において、魔力というものは、空気と同じものなんです」
「空気?」
「はい。えーと、窒素や酸素みたいな呼び方をすると魔素、みたいな感じですかね?」
セレスが少しだけ首を捻る。
「つまり空気と一緒にその辺にふわふわと漂っているものなんですが、魔法というものは、これを深呼吸するみたいに自分の体に取り込んで、イメージどおりに練り上げて、体の外に放つという形で発現させる術なんです」
例えば炎を出したいのであれば、炎をイメージして取り込んだ魔力を練り上げる。
そしてそれを、手の上に現れるようイメージをするのだ。
「そうするとこんな風に火の玉が出せるんだよ」
ペリドットが実演してみせると、ユージは感嘆の声を上げた。
「ちなみに、魔法を使うときに唱える呪文は、どの魔法を使うかイメージしやすくするための補助ツールみたいなものだね。イメージや練り上げがうまくできるなら、呪文の詠唱は必要ないよ」
ぽぽぽっと指先に炎の玉を増産しながら、ペリドットは捕捉をする。
実際に、魔力の練り上げが上手い者たちは、高位の魔道士と呼ばれ、無詠唱で魔力を操ることが可能だ。
「じゃあ、その魔力の練り上げ?を覚えれば魔法が使える!」
意気込むユージに、リーフが首を振った。
「いや、お前は無理だ」
「え!?何でだよ!」
親友であるはずのリーフの言葉に、ユージが思わず声を上げる。
少し苛立ちを含んだその声に、リーフは困ったような顔でセレスを見た。
視線を受けて、セレスは困ったような顔で頷いた。
「さっさもお話ししたとおり、この世界の魔法は、空気中に漂う魔力を体に取り込んで、それを練り上げて、それを体外に放つという形で使います。これを行うためには、行う本人に『魔力がある』状態でないと駄目です」
「ん?」
ユージが首を傾げる。
それはそうだ。
先ほど『魔力は空気のようなもの』と説明したのに、『魔力がある人』という言い方は意味がわからないのだろう。
「この世界における『魔力の有無』というのは、『魔力を操る力の有無』を指します。この力は、この世界に生まれる人は当たり前のように持って生まれる先天的な能力です」
当たり前のように持って生まれる能力だから、基本的にこの世界の人間は誰でも魔法が使える。
「『魔力を操る力』を持っている人は、深呼吸をすると肺に空気が入ってくるのがわかるみたいに、体の中に魔力が流れているのがわかるんです」
『魔力を操る力』を持っている人間には、呼吸をするのと同じようにその魔力を取り込む感覚も、それが体を巡る感覚も、自然とできる。
けれど、アースでも、普通の人なら当たり前の能力を持たずに――例えば生まれつき目が見えないだったり、耳が聞こえないといった状態生まれてくる子供がいるように――ごくまれに『魔力を操る力』を持たずに生まれてくる子供がいる。
その力を持たずに生まれてしまった子供は、魔力を取り込む感覚も、それが体を巡る感覚もわからないのだという。
「もしもユージさんにその能力があるのだとしたら、この世界に来た瞬間に、魔力が体内を巡る感覚がわかったはずなんです」
「あれ、最初に感じたときは、ぞわぞわってしたものね。血管が一気に流れたみたいだった」
ずっと話を聞いているだけだったベリーが、ぽつりと呟く。
同じように話に入っていなかったタイム、レミア、ミスリルの3人が、うんうんと頷いた。
ルビー、セレス、ペリドット、ベリーを含めた7人は、アースで育ったため、勇者の子孫として覚醒するまでは『魔力を操る力』が封印されていた。
覚醒した瞬間、解放されたその力が全身を駆け巡ったため、そのときの感覚を思い出しているのだろう。
「わかる。あれは本当に世界が変わった」
リーフもうんうんと頷いている。
彼も同じ体験をしたのだ。
『魔力を操る力』は先天的な能力であり、もしもその力を持たずに生まれてしまった場合、後天的に発現することはないのだという。
この世界の医学はそこまで進んでいるわけではないから、はっきりとはわからないが、おそらくはインシング人の体には魔力を操るための器官があり、それが何らかの原因で育たないまま生まれてしまったのではないか、というのはミスリルの推測だ。
「なので、ユージさんがあのときも、そして今も魔力が体を巡る感覚を感じていないということは、『魔力を操る力』がない……つまり、魔法か使えないってことなんです」
「そ、そんな……」
はっきりとセレスに断言され、ユージは床に両手をつき、がっくりと項垂れる。
しかし、ふとあることに気づいて、顔を上げた。
「あれ?でもリーフも、最初は魔法が使えなかったんじゃ……?」
「こいつは特例中の特例」
その問いを切り捨てるように、ずばっとした口調で答えたのはルビーだった。
その傍でペリドットが首を傾げる。
「普通はあり得ないはずなんだけど、リーフくんち、どっかであたしたちの血筋が混ざってるっぽいし」
「ミルザの血と、私たちと一緒にいるために受けた精霊の加護が、何かしら作用した結果、かもしれないわね」
ミスリルが考え込むように顎に手を当て、口を開いた。
リーフが魔力を発現させたとき、ともに居たのは彼女だった。
あの時は必死で、どうしてリーフに魔力が発現したのか、よく考えることはできなかったけれど、勇者ミルザのルーツも踏まえ、そう考えれば辻褄は合う。
そんな考えを聞きながら、黙ったまま目を見合わせた人物がいた。
「……」
「……」
ルビーとタイムは、ふっと視線を逸らすと、小さくため息を吐く。
リーフの魔力の発現は、実は彼の前世が関係する突然変異と呼ぶべきものなのだが、その真実は2人しか知らない。
精霊神から聞いたその話を、仲間に伝えないと決めたのは自分たちだったから、口を噤むしかなかった。
「じゃあ、俺は一生魔法が使えないのか……」
今度こそがっくりと項垂れたユージは、そのまましくしくと泣き出してしまった。
「ええー?そんなに……?」
ルビーが呆れたような顔でユージを見る。
それを見て、いつの間にか彼女の隣に移動していたタイムが苦笑した。
「まあ、確かにこっちで魔法が使えないと暮らしづらいかもね。特にクラーリアは」
クラーリアというのは、ルビー、セレス姉妹の両親と、タイムの母親の故郷の村だ。
ルビーとタイム、ユージの3人は、今はその村に住んでいる。
自給自足で生活している田舎の村だ。
誰もが生活魔法と呼ばれる簡単な魔法が使えるため、特に生活に不便は感じていないが、アースの日本から移住してきたユージには暮らしにくいだろう。
「狩りもさぁ。他の奴とかは魔法で上手く立ち回ってるんだよ。俺、ただでさえ経験もまだまだだし、魔法が使えればもうちょっと食料確保できるようになるかなって思ったんだけど……」
「むしろユージくんの適応力の高さにびっくりしてるよ、あたし」
大きなため息を吐くユージを見ながら、ペリドットが苦笑する。
アースで自分たちが住んでいたところは、ほどよく田舎でほどよく都会の住みやすい街だった。
自動車やテレビゲームやら、便利な物がたくさんある街から移住するには、彼には辛かっただろう。
「俺も実はびっくりしている」
そんなユージ本人の発言に、ペリドットは目をまん丸にしてから、腹を抱えて笑い出した。
「おい!何だよ!」
「ご、ごめん。それだけ必死だったんだなぁって思って……」
未だけらけらと笑いながら、ふと、ペリドットは仏頂面でユージを睨み付けている人物を見た。
「よかったね、ルビーちゃん」
「……うるさい」
ルビーがぷいっとそっぽを向く。
その顔は、不満そうに歪んでいたけれど、傍に居たタイムは気づいてしまった。
彼女の耳が、ほんの少しだけ赤く染まっていたことに。
「あれ?」
不意に、ユージが何かに気づいたように声を上げた。
「でもお前ら、地球でも魔法使ってなかった?地球も空気中に魔力があるのか?」
「ああ、それはこれです」
セレスが右手に填めた指輪を見せる。
黄色い色の水晶のような石で造られたそれは、言われなければ存在感がないというのに、示された途端にユージの視線を引きつけた。
「指輪?」
「今は指輪になっていますが、これは私たちの一族に伝わる至宝です」
「ルビーちゃんとかレミアちゃんは、普段は腰に提げてるよね」
言われて2人の方を見れば、その腰にはベルトが巻かれ、鞘に収まった武器が下がっている。
ルビーは2本の短剣で、レミアは長剣だ。
「精霊界の物質でできた、特別な水晶なんです。本来は水晶球なんですけど、私たちの意志に呼応して形が変わります」
ミルザの一族には、これはミルザが精霊から授かった、特別な力を持った宝玉だと伝わっていた。
実際には、この石は神界で造られた物で、元々は神界の女神が持っていた武器についていた宝玉を、ミルザに預けたものであるらしい。
武器に変化するのは、元々の持ち主が命を落とした際に、その武器を取り込んだから、なのだそうだが、これは精霊神から直接聞かされたルビーとタイム以外は知らない話だ。
「へー。それで、なんでこれが関係してるんだ?」
意味がわからないと、ユージが首を傾げる。
「これには魔力を生み出す力があるみたいで、これのおかげで、私たちは魔力が使えたんです」
その言葉に、ユージは指輪をまじまじと覗き込む。
見ただけでは、この指輪にそんな力があるだなんてわからない。
「ちなみに最初の頃、アースに襲ってきてた悪い奴らは、自分たちが潜ってきたゲートから流れ込んできた魔力を使ってたみたいだよ」
ペリドットが補足する。
「へー。マジですごいなぁ、この世界」
しげしげと周囲を見回しながら、ユージが何やら感動している。
その感動はいつまで続くのだろうかと思いながら、ルビーは冷めてしまった紅茶に口をつけた。