Chapter1 帝国ダークマジック
22:解放への反乱
地下道に少数の足音が響く。
作戦決行まであと数十分というところだろうか。
街の東の路地に出るため、彼女たちは地下道を駆け抜けていた。
「にしてもダークマジックといいエスクールといい、地下にこんなところがあるなんてね」
「インシングの代表的な王族の避難路って話を聞いたことあるぜ。まあ、世界中で同じもん造ってちゃあ意味ねぇと思うんだけど」
「同感」
走りながら交わされる盗賊2人の会話に、後ろを走る数人が感心する。
「ねぇ、ジャミルって言ったけ?」
前の2人に追いついたタイムが、ジャミルに声をかける。
「そうだけど、何か用?」
「反乱チームの方に勝算はあるの?あたしたち、必ず勝つとは限らないよ?」
「タイムっ!?」
咎めるようにルビーが名を呼ぶ。
始めから負ける気でいたら勝てる戦いも甲斐なくなるなんてことは、ルビーもタイムも当然承知している。
だがこのままでは、もし自分たちが負けた場合、街の住人はどうなるのか。
それが気がかりなのだ。
「……ない」
「ないって……」
「だって一応信じてるんでさ。強いって評判のエスクールの勇者様だし」
「……先代は負けてるけど?」
冷たい口調でタイムがさらに問いかける。
「しつこいなぁ」
「こいつの親友やってるとね。どうしてもしつこくなっちゃうの」
「酷っ!?」
聞こえたらしくルビーが叫んだが、こんなことタイムは気にしない。
「ここがあるんだし、カスキットとプリテス、ブレイズにティアがいる。何とかなる、ってよりは何とかできる、何とかするって思ってる」
きっぱりと言うカスキットに、タイムは面食らったような表情をする。
「何とかできる、ねぇ」
「いいじゃん。あたしそういうの好きだけどな」
「ルビー」
走りながら笑う親友を見て、タイムは意外そうにその名を呼ぶ。
「こういうときの諦め口調って嫌いなんだよね。逆にそういう前向きって言うか、そういう方が決意固まる気がして好きだな」
「……だろ?」
にっとジャミルが笑った。
「能天気な」
「同意してるくせに」
「悪かったね」
反射的に言い返したタイムにルビーは苦笑した。
「……!?全員ストップっ!!」
突然表情を変え、足を止めてルビーが叫んだ。
「え?何で……」
「……!?ジャミルっ!!」
立ち止まり、同時にまだ進もうとしていたジャミルの手をタイムが思い切り引っ張る。
「うわっ!?」
突然のことにジャミルはよろけた。
その瞬間だった。
どんという音がして、目の前がオレンジ色に染まった。
「な……っ!?」
慌てて進行方向に向き直る。
そして大きく目を見開いた。
この高い天井に届くほどの高さの火柱が彼らの行く手を阻んでいた。
「何だよ、これ……」
「残念でした。隠れてないで出てくれば」
火柱に向かい、冷たい口調でルビーが言い放つ。
それに反応したのか、最初は小さな、けれどすぐに大きくなった笑い声が辺りに響いた。
「さすが勇者の血筋と言うべきか」
「よく気づいたものね」
火柱の向こうから2つの声が聞こえてきた。
同時に火柱が拡散し、火の粉を辺りに撒き散らしながら消える。
光がほぼなくなった地下道に、はっきりと見える黒い影が2つ立っていた。
自分たちとは違う見覚えのない影が。
「どうやら警戒だけはしていたようね」
「じゃなきゃいるはずないもんねぇ。こんなところにさ」
後ろの方でベリーとペリドットの呟く声が聞こえる。
ごくりとジャミルは息を呑んだ。
「姿をちゃーんと見せたら?どうせイセリヤの手下でしょ?」
素早く鞘に収めた短剣を手に取ると、ルビーが暗闇に向かって呼びかけた。
それに答えるように影が動いた。
出てきたのは顔も姿も似た2人の男女。
2人とも同じような格好をして、両手には剣と盾を握っている。
「その服、城の親衛隊っ!?」
「いかにも」
驚いたようなジャミルの言葉に、くくっと笑って男が返す。
男というより、青年と言った方が正しいかも知れない。
「我らはイセリヤ閣下親衛隊の長を務める者」
「我らが主イセリヤ様の命により、貴様らの命貰い受ける!」
「やれるもんならやってみれば」
「待ちなさい」
構えたルビーの背に声がかかる。
「……ベリー?」
名を呼びながら振り向いて、不思議そうに声をかけた。
最後尾にいたはずのベリーは、いつのまには彼女のすぐ後ろに移動していた。
「全員で戦う必要なんてないわ。こんな奴ら、私だけで十分よ」
「何!?」
「ちょっと、それどういう意味?」
ルビーが表情を変えて問いかける。
自分の考えが当たっているとするなら、彼女がしようとしている行動はただひとつ。
「先に行きなさい。ここは私が引き受ける」
きっぱりと言われた言葉に、予想はしていたけれど驚かずにいられなかった。
「ベリーっ!?」
ルビーよりも先にセレスが声を上げ、彼女の名を呼ぶ。
「無茶よっ!いくらあなたでも、1人なんて……」
「私たちに」
セレスの言葉を遮って、ベリーが口を開いた。
「私たちに無駄にできる時間がある?」
「え?」
答えられず、セレスは思わず口籠った。
「城の奴らがこの辺りの異変に気づく前に地上に出なければいけないはずよ。なのに、こんなところで全員残って時間がかかってしまったら、それこそレジスタンスの努力は水の泡になる」
「そうだけど……」
「もう!心配性だなぁ、セレちゃんも」
ぽんと頭に手を乗せられて、セレスは反射的に振り返った。
「ペリートさん」
「1人でそんなに心配ならさ」
にこっと笑ってベリーの隣に立つ。
「あたしも残る」
「ペリートっ!?」
突然の発言にベリーまでもが声を上げた。
「1人で心配なら2人だよ♪それに、あたしなら低空飛行でも何でもして簡単に勝っちゃうもんね」
軽い口調で言うペリドットを、ベリーは呆れたように見た。
向けられたその視線は咎めるようなものでも何でもなく、好きにすればいいと言っているようだった。
「いいよね?ベリーちゃん」
「……勝手にすれば」
案の定、ベリーはあっさりとそう返した。
「……わかった」
「姉さんっ!?」
「ルビーっ!?」
目を伏せて言ったルビーを驚いたようにセレスが、そしてミスリルが見る。
「その代わり約束。絶対追いついてくること」
「何言ってんのさルビー」
「当然でしょう、そんなこと」
簡単に言う2人に、思わずルビーは笑みを零す。
「……頼んだよ」
「りょーかい♪」
ぴっと敬礼をするように片手を額に当ててペリドットが答えた。
「姉さんっ!!」
まだ納得できないらしく、セレスがルビーの肩を掴んだ。
「行くよ。こっちは時間なんかないんだから」
「でも……」
「セレス」
後ろから声をかけられ、セレスは振り向いた。
その視線の先にはベリーが立っている。
「追いつくまで、任せるから」
そう言って、笑った。
ベリーの時には滅多に見せない、どこか優しさを含んだ笑顔で。
「……うん」
静かにセレスが頷いた。
「別れの挨拶は済んだのか?」
青年の声が地下道に響いた。
「さぁて?それはどうだろうねぇ」
くるくると指でオーブを回しながら笑顔でペリドットが答える。
その笑顔はいつものものとは違う、どこか恐ろしさを秘めた笑みだったけれど。
「それをするのはあんたたちの方なんじゃん?」
「何だと……」
「ディープミストっ!!」
翳されたオーブから霧が噴き出した。
その大量の霧が一瞬にして辺りを包み、相手の視界を奪う。
「何っ!?」
「ライトオーブ!」
続いてペリドットが唱えたのは、オーブ自身を発光させる呪文。
霧の中でさえも見える光を放って、オーブが彼女の手を離れた。
「あれ追って霧抜けてっ!!」
後ろにいるはずの仲間たちに呼びかけて、ペリドットはオーブを前へと飛ばした。
同時に霧の中に足音が響いた。
数人の、側を駆け抜けていく音が。
「ま、待てっ!?」
「あんたたちの相手はこっちよっ!」
耳に飛び込んだ声に、青年ははっと視線を戻す。
白く閉ざされた視界の中、目の前に現れたのは、いつの間にか霧の中を抜けてきたベリーだった。
「ちっ!?」
向けられた拳を持っていた盾で弾く。
自らの盾で一瞬視界を塞いだうちに、ベリーは再び霧の中へと身を隠した。
「ちょっと!これ戦いにくいわよ」
数歩下がって、霞んではいたが姿の見えたペリドットに文句を言うと、再び飛び掛れるように構え直す。
「オーブが戻ってこないと解けないから、それまで許して~」
「はいはい。……次からは残る方の身にもなって呪文選んでよ」
「了解了解♪」
あははと笑ってペリドットが答える。
本当に理解しているのかわからない笑顔で。
「くそっ!何処にいるっ!!」
霧の向こうから相手の声が聞こえる。
「オーブなくても少しは呪文使えるんでしょう?援護してよね」
「わかってるって」
地下道に満ちる霧の中、お互いの顔を見て笑い合う。
次の瞬間、2つの影が動いた。
まるでこんなに視界の悪い場所でも、全てが見えているかのように。
地下道から出た6人は、街の東側にある路地を駆け抜けていた。
西の方の戦闘が嘘のように思えるそこにも、遠く武器がぶつかり合う音や、人の叫びや悲鳴が聞こえてくる。
それが確かに今この街で戦闘が起こっているのだと告げていて、本当に自分たちは最大の戦いに挑もうとしているのだと改めて実感させられた。
「この路地がまっすぐ城の裏の方まで繋がってるんだ」
走りながらジャミルが説明する。
「ただ、途中で抜けないと、ぐるっと回って西の方まで行っちまうけど」
「抜けるポイント、把握してるんでしょ?」
「当然だろ?故郷なんだから。それくらいできなきゃ盗賊の恥だぜ」
きっぱりと言ってから、ジャミルは何かを言いたそうにルビーを見た。
「どういう意味かなぁ……」
「喧嘩してる場合じゃないの、わかってるわよね?」
後ろからミスリルの冷たい言葉がかかる。
そんなことは、当然理解している。
ちっと舌打ちして、ルビーは口を噤んだ。
不意に、最後尾を走っていたレミアが足を止めた。
「……レミアさん?」
それに気づいてセレスが立ち止まり、振り返った。
その声に前を走っていた者たちが次々と足を止める。
「地下道出てから感じてたけど、気のせいじゃないみたい」
振り返らずに通ってきた道のある一角を睨みつけながら、呟くようにレミアは言った。
その手は鞘に収めた腰の剣にかけられている。
「……何だ。あたしだけじゃなかったんだ」
息を吐くような口調で言って、ルビーは短剣を握った。
「後ろからだから、気のせいかと思ってたけどね」
いつのまにか棍を握って、タイムもレミアと同じ場所を睨むように見た。
「へ?あの、一体どうし……」
「そういうわけで、ばれてるんだから出てきたら?」
1人訳のわからないという顔をしているジャミルを無視し、ミスリルがその一角に向かって声をかけた。
その言葉に従うように現れたのは、やはり2つの影。
今度は体格の違う2人の男女。
大剣を持った大柄な男と、小柄で短めの剣を握った髪の短い赤毛の女。
「私たちの存在に気づくとはな」
くくっと小さく赤毛の女が笑った。
「んで、あんたたち何なの?また親衛隊とか言う奴?」
「へっ!あんな城しか守らねぇ奴らと一緒にされたかねぇなぁ」
鞘に入ったままの大剣を肩に背負い、男が言った。
「城下を守る帝国警備隊!その隊長とは俺様のことよっ!」
「悪いが貴様らの目的、ここで潰させてもらう」
こちらを睨みつけて言う女の言葉を聞き、思わずルビーはため息をついた。
「ちょっとジャミル。この国って邪天使隊といい魔武道隊といい、いくつ部隊持ってるわけ?」
「は?ええっと、聖騎士団含めて20近くはあったような……」
「我が国の部隊編成などどうでもいい。それよりも、お相手願おう」
剣をこちらに向かって突きつけ、女が言った。
「いいよ。ただし、数は対等でいかせてもらうけどね」
「レミアさんっ!?」
剣を抜き、言い切ったレミアを驚いたようにセレスが見る。
「全員で残ってあの2人が追いついてきたら絶対起こるよ。ベリー怒らせたら怖いの、セレスだってわかってるでしょ?」
顔だけ振り向いて笑うと、悟すようにレミアが言った。
「だけど……」
「数は対等ってことは」
セレスの言葉を遮って、鞭を握ったミスリルが口を開いた。
「私が一緒に残ってもかまわないってことね?」
「どうぞご勝手に」
「ミスリル」
意外そうな顔でタイムがミスリルを見る。
「はっきり言うと、私ああ言う何も考えてなさそうな筋肉質の男って無性に腹が立つの。教育し直してやりたくなるのよね」
「さすが理事長。……たまには気が合うじゃん」
軽い口調で言って、レミアはくすっと笑った。
「あたし、大柄の筋肉質って無条件で大っ嫌いなのよね」
「それを言うなら、あたしだってそうなんだけどねぇ」
ふうと二度目のため息をついて、ルビーが呟いた。
「まあいいわ。任せて行くよ」
「ルビーっ!?」
「姉さんっ!?」
驚いたようにタイムとセレスが彼女を見る。
「言っても無駄なの、ペリートとベリーでよーくわかった。時間を無駄にできないのも確かだしね。ただし……」
「必ず追いついて来い、でしょ?」
「当然の約束じゃない。いちいち口に出すまでもないわ」
笑って言い返す2人に、ルビーも薄っすらと笑みを浮かべる。
「……待ってるからね」
それだけ告げると、ルビーは軽くジャミルの背中を叩く。
はっとこちらを見たジャミルに、口の形だけで「行くよ」と伝えた。
そのまま背を向けると、勢いよく走り出す。
「逃がすかよっ!!」
「逃げたんじゃないわよ」
追いかけようとした男を睨み、きっぱりとレミアが言った。
「数は対等で、って言わなかった?ギャラリーなんていらないでしょ?」
くすっと笑みを漏らしながら、相手を馬鹿にするような口調で問いかける。
「何してんの、早く!」
ルビーの言葉を読み取れなかったのか、呆然としていたジャミルに声をかけ、タイムもあちらに背を向けた。
「あ、ああ」
頷いて、後ろを気にしながらもジャミルも2人の後を追っていく。
それに気づきながらも、セレスはまだその場から動こうとはしなかった。
「レミアさん、ミスリルさん」
既に言ったと思った仲間に呼びかけられて、前に向き直っていた2人は驚き、再びこちらを振り返った。
レミアの方は視線だけだったけれど。
「何してるの?早く行きなさい!」
睨むような視線でミスリルが立ち尽くすセレスを叱咤した。
「でも……」
「そんなことを言ってると……」
小さく笑ってレミアがこちらを見た。
「自分が残るって言い出したとき、ルビーがめちゃくちゃ怒ると思うよ?」
「あ……」
その言葉に、セレスははっとレミアの顔を見る。
「……わかりました」
こくんと頷くと、思い切ったように2人に背を向ける。
「リーダーのこと、頼むわ。信じられないくらい無茶する奴なんだから」
「そんなの、とっくに承知してます」
交わされた言葉はいつも通りの、いつもと変わらない約束。
それだけ誓って、セレスも早足にその場を離れた。
「さぁーてと」
視線を完全に前に戻して、レミアは楽しそうな瞳を目の前の剣士に向けた。
「そろそろ始めましょっか」
数秒後、遠くで鳴り響いていたはずの金属音がその場に響き渡った。
「……二度あることは三度あるって言うけど」
「ここまでしつこいと、さすがに呆れるわ」
ため息をつくルビーとタイム。
その隣で何とか追いついたセレスが苦笑している。
追いついたと言うより、少し先で待っていてくれたと表現した方が正しいかもしれない。
「うるさい!何と言われようと、魔法兵団長の名にかけてお前たちをここより先に通しはしない!」
杖をこちらに突きつけてびしっとポーズを決めるが、もはや三度目。
「で、そっちの奴はそいつの副官か何かか?」
待ち伏せの出現に別段驚くことも緊張することもせず、ジャミルまでがそんなことを聞く始末。
「いいえ。私はイセリヤ閣下に雇われた召喚術師に過ぎません」
薄く笑みを浮かべて、魔道士の隣に立つ女が正直に言う。
「傭兵ってわけ」
「役職なんてもうこの際どうでもいいよ」
呆れた様子でルビーが言った。
「それもそうですね」
それに同意するように召喚術師がくすっと笑った。
「それに、せっかくお会いしましたけど……」
すっと魔道士が目を閉じ、杖を掲げる。
その口元が言葉を紡ぐ形に動いていることにセレスは気づいた。
「あなた方とは、もうお別れですもの」
言葉と同時にぶんという音が辺りに響いた。
その音に、ルビーとタイムがはっと召喚術師の足元を見る。
彼女のすぐ側に浮かび上がっていたのは、今まで見たことのない形式の魔法陣。
「呑まれてしまうがいい」
ゆっくりと魔道士が目を開いた。
「復魔法、白竜陣っ!!」
魔法陣から何かが勢いをつけて飛び出す。
「な、何あれっ!?」
現れたのは巨大で赤い目を持った真っ白な竜。
その目がぎろりとこちらを睨んだ。
そして、その口がゆっくりと開かれる。
「……っ!?まず……っ!!」
「結界陣っ!!」
ルビーとタイムの足元が、セレスを中心に発光した。
一瞬にして彼女たちの周囲に光の壁が現れる。
直後に白竜の口から真っ赤な炎が吐き出された。
けれど、その炎はこちらに届く前に、周囲に出現した光の壁によって弾かれる。
「何っ!?」
炎が防がれたことに気づき、思わず魔道士は表情を歪めた。
「さすが、子孫とはいえ精霊国の勇者。一撃で、と言うわけにはいかないようですね」
楽しそうに召喚術師が笑った。
「そっちこそ」
炎が収まり、白竜が姿を消したことを確認すると、セレスは素早く結界を解いた。
そして、静かに魔道士を睨む。
「まさか、この呪文の使い手がいるなんて思いませんでした」
「それはそうでしょう?この呪文は水晶術以上に手にするのが難しい。あのミルザだってできなかったことなのですから」
表情を崩さずに召喚術師が言い返した。
どうやらこの2人、実力では魔道士、口では召喚術師が上らしい。
「ちょっとセレス。どういうこと?」
「あたしたち、こんな呪文知らないんだけど」
「当然です。これは父が私にだけ残したあの本に書かれていたものなんですから」
姉とその親友の問いにきっぱりと答える。
「父さんが?何でセレスにだけ?」
「それは、あの呪文が限りなく禁呪に近いものだから」
復魔の名のつく呪文。
それは、本来ならばセレスもよく使う陣の法に反する属性。
“陣の法”――正式には封魔呪文と呼ばれるそれは、魔法陣の中に封じられた魔物の力を借りて発動させる呪文のことだ。
呪縛陣や結界陣のように補助呪文に当たる力もあり、補助を得意としない魔道士にはよく重宝される。
術者の力量にもよるが、呪文威力自体はたいしたことはない。
対する復魔呪文は“活の法”と呼ばれている。
封印されている魔物を解放し、その魔物を使役して発動させる呪文だ。
しかし、その強力で巨大すぎる力は、誰にでも扱えるものではない。
和国が発祥の地と伝えられる2つの呪文。
その魔法陣に封じられているのは、魔界でも魔王に近いとまで言われるほどの高位の魔物。
それを一時的とはいえ解放する活の法では、召喚に失敗したときのリスクが陣の法の比ではない。
過去に報告されている事例によると、かつて活の法に失敗した術者はその命を落としてしまったという。
最悪の場合、町がひとつ丸ごと消滅したという報告もあった。
「だから各国の王が集まって禁呪にするという協定を結ぶ会議が開かれていた。イセリヤがダークマジックを占領する前までは」
「若いのに、よくご存知ですね」
感心したという口調で召喚術師が言った。
「これでも魔道士ですから」
それだけ言って冷たく笑うと、セレスは一歩前に出た。
「姉さん、先に行って」
「セレスっ!?」
妹の突然の申し出に、ルビーは驚き、その名を呼ぶ。
もう全員で残るものだと思っていた。
ルビーには、これ以上戦力を分断する気などまったくなかったから。
「何言ってんのっ!?あんた1人で残っても……」
「血が騒ぐの」
「……え?」
意外な妹の言葉に、思わずルビーは言葉を止めた。
「私の中に流れる血が騒ぐの。世界中探しても、もういないと言われた活の陣を操る魔道士と手合わせしたいと思ってる」
「セレス……」
「やれやれ。変なところ姉妹でそっくりなんだから」
呆れたような口調でため息をつき、タイムがセレスの隣に立った。
「タイム?」
「タイムさん?」
不思議そうにセレスがタイムの顔を見上げた。
「強力な呪文を使うんなら、詠唱時間を稼ぐ奴が必要でしょ?」
にこっとタイムが笑った。
「でも……」
「それにさ。個人的に嫌いなんだよね」
棍を握り、表情を変えて視線を動かす。
その先には、先ほどから杖を構えたままの魔道士がいた。
「ああいう、全ては我が主のためにって目をした奴」
彼女を睨んで、珍しく低い声で吐き捨てるように言った。
「何だとっ!!?」
「自分の上司のために自分の人生決めて従うだけの奴。それに自分の信念があれば話は別だけどね。ただ単に後をついて歩いているような奴って腹が立つのよ」
「タイムさん……」
「ってわけだから、付き合ってもいいでしょ?」
先ほどまでの怒りの表情が嘘のように笑って問いかけるタイムに、セレスの表情が綻ぶ。
「ええ。もちろん」
「……ってちょっと待ったっ!!」
セレスの答えに慌ててルビーが口を挟んだ。
「それって、もしかしてあたし1人で先に行けって言ってるわけ?」
「他にどう聞こえるのよ」
呆れたように言うタイムに、思い切りルビーが脱力する。
「あんたたち……」
「大丈夫よ。姉さん、何やっても死にそうにないもの」
「……ひでぇ言われよう」
ますます脱力するルビーを見て、思わずジャミルが呟いた。
「あんたら……あたしを何だと思ってるわけ?」
「何を今さら」
「そんなの決まってるじゃない」
くすっと笑って2人がこちらを見た。
「大切な姉に」
「ほっとけない親友に」
「信頼してるリーダー」
驚きの表情でこちらを見たルビーに、セレスとタイムは可笑しそうに笑う。
「だから、あたしたちが行くまでそっちは任せるから」
「代わりにここは任せて。ね?姉さん」
「……わかったよ」
答えて、ルビーは大きなため息をつく。
「その代わり……」
「わかってるわ。大丈夫」
「あんたこそ、あたしたちが追いつくまで負けないでよ」
「当然」
小さく笑ってルビーは2人に背を向ける。
「お、おい……」
「ジャミル」
ルビーに声をかけようとして逆に名を呼ばれ、ジャミルは慌ててタイムの方を見た。
「リーダーのこと、よろしくね」
「……ああ」
しっかりと頷いて、ジャミルはもう立ち去ってしまったルビーを慌てて追いかけていった。