SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter1 帝国ダークマジック

3:魔燐学園祭

「まさか、あなたがあの人だとは思わなかった」
呪文を使い、校舎内にいる生徒の目を晦ませてルビーを校舎裏へ連れて来たセレスは、振り返るなり腰に手を当て、少し怒った様子で言った。
「髪の色が違っちゃ、普通は『似てるな』程度だろうしね~」
血で真っ赤に染まった左腕の傷を抑えたままルビーが妙にあっさりと言う。
「あなたは……姉さんは私が誰だって、わかってるんでしょ?」
「当たり前。あたしの方が先に覚醒してたし。それに、両親が両方ともそうだったんなら、それしか考えられないと思わない?紀美」
その名前で呼ばれ、微かにセレスは微笑んだ。

あの時ルビーを追って校庭に出た紀美子は校舎の影に隠れていた。
何も出来ず、ただ戦いを見ているだけだった彼女の力が目覚めたのは、あの瞬間。
ルビーが自由を奪われて命の危機に陥った瞬間だった。

「それもそうよね」
納得したようにそう呟くと、すっとセレスが右手を差し出す。
「傷見せて。早くしないとまずそうだから」
言われて差し出した左腕からはまだ血が流れ続けていた。
「血管はやられてないみたいだけど、酷い傷……」
「治せる?」
「一応ね。まだ覚醒したばっかりだから。完全には無理だけど」
そう前もって告げてから右手を傷の上にかざす。
「癒しの精霊よ。我が手を通し、この者に慈悲の光を与えたまえ」
ぼうっとセレスの手から光が溢れてくる。
「ヒーリング」
強くなった光が姉の腕を包んだ。
あれほど酷かった傷は、光の中で見る見るうちに塞がって、あまり時間がかからないうちに大きな傷跡を残すのみというところまで回復する。
「跡にはなるかぁ……」
左腕に走った傷跡を撫でながら、ため息をついてルビーが呟いた。
彼女の服はノースリーブだ。
これでは嫌でも傷が目立ってしまう。
「そのうち消えるわよ。今はこれしか出来ないけど」
不満そうな姉の顔を見て、呆れたようにセレスが言った。
「回復呪文は細胞の再生を促進させるだけだから。慣れないうちに完治させようとすると大変なことになりかねないし」
「わかってる」
左腕を回しながら、真剣な声でルビーは答える。
「まあ、日常生活には困らなそうだしね。ありがと、セレス」
「どういたしまして。ただし、喧嘩は禁止よ?」
「う……。わ、わかってるよ」
向けられた笑顔に何だか徒ならぬ気配を感じ取って、ルビーは無意識のうちに数歩後退っていた。



青い空に白い雲浮かんでいる、それは天気のいい日だった。
魔燐学園はその日、いつにない活気に包まれていた。
それぞれの校舎への正門には『平成10年度・第40回魔燐祭』と書かれた看板が立っており、一般客の多く通る校庭のメインストリートで各クラスまたは部活の生徒がそれぞれの店のチラシを配っている。
その周りには各クラス必ずひとつは出すことが義務付けられた模擬店が並んでいた。
その中で一か所だけ、他の何処の場所よりも燃えている店があった。
「3年A組のたこ焼きっ!理事長お墨付きのたこ焼きあるよーっ!!」
何処よりも大きな声を出し、客を呼び込もうとしているのは3年A組のたこ焼き屋。
赤美が売り子をしている店である。
「赤美」
不意に背後から声をかけられ、彼女は客寄せを中断して振り返った。
「持ってきたわよ、タコ」
「サンキュー百合~♪」
クーラーボックスを受け取って中身を確かめる。
それからはたと気づいて顔を上げた。
「ねぇ、美青と沙織は?」
「さっき用事があるって言って、校舎の方に言ったけど?」
ええっと赤美が声を上げる。
どうやら客寄せに夢中で気づいていなかったらしい。
「私もこれから職員会議だから、あとよろしくね」
「ええっ!?そんなっ!?」
思い切り赤美が声を上げるが、そんなことを気にする百合ではない。
軽く手を振ると、さっさと校舎の方へ向かって歩いていってしまった。
「ひ、酷い……。あたし1人で紀美のクラスに勝てっての?」
無理に決まっていると自覚してしまっていることが空しい。
毎年――と言っても正確には去年からだが――赤美は紀美子のクラスと文化祭の『売上賞』を競い合っていた。
それは模擬店で最も良い売上成績を出したところに与えられる賞である。
昨年は紀美子のいた1年D組が1位で、赤美のいた2年B組が2位だった。
姉としては、絶対に今年は勝ちたい心境なのである。
「くそぉ……。絶対勝ってやるんだから~っ!」
真正面のクレープ屋で店を開く用意をしていた紀美子がそれに気づいてため息をついたことに、そのときの赤美は気がついていなかった。



「あの時の怪我が完治してないのに、本当に1人でやる気かしら?」
1人で向かいのたこ焼き屋にいる姉を見て、紀美子は無意識のうちに呟いた。
「え?金剛先輩、怪我してるの?」
偶然にもそれを耳にしてしまった友人が、不思議そうに訪ねてくる。
「え?あ……、この前ドジって寮の階段から落ちたのよ。慌てるなって言ってるのに」
まさか聞かれているとは思わなくて、慌ててそう説明した。
もちろん今言ったことは嘘だ。
実際に赤美は寮の階段から何度か落ちたことはあるが、そんなに酷い怪我をしたことはない。
元々受身の取り方が出来ていたのか、それとも身のこなしが軽かったのかはわからないが、とにかくその程度では怪我らしい怪我をしたことはないのである。
紀美子の言う彼女の怪我とは、この間の戦闘で負った腕の傷。
あの日、アールの呪文の呪文によって負わされた大きな傷跡が、彼女の腕には走っているのだ。
幸いなことに、もう10月に入っていて衣替えは済んでいたから体育の授業さえ気をつけていれば学校に気づかれることはないだろう。
しかし、あんない酷かった怪我だ。
心配になってしまうのは仕方がない。
ふと、あの時の会話を思い出して、思わず紀美子は笑ってしまった。
「……?紀美ちゃん」
「あ、ごめんごめん。そろそろ始めよっか?」
笑ってそう尋ねる彼女の言葉に、少女は素直に頷いた。



昼近くになって、赤美のイライラは極限まで高められていた。
彼女が売り子をやっているたこ焼き屋に、ほぼ全く客が来ないのだ。
理由はわかっている。
不本意についた自分の二つ名、魔燐学園の『組織潰し』。
不良と喧嘩をして、相手を半殺しにまで追い詰めることができるという噂のある自分が、たった1人で運営しているたこ焼き屋に近づきたがる生徒がいるだろうか。
いや、いない。
認めるのはすごく悲しいものがあるが、事実は事実だ。
事実なのだが、二つ名の由来が気に入らない。
確かに不良の2、3人病院送りにすることはわけはないが、半殺しになんてしたことはない。
そもそも自分は毎回2、3人程度、しかも相手が吹っ掛けてきた場合以外は喧嘩をすることなどないというのに、いつのまに『組織潰し』などというありがたくもない二つ名がついてしまったのだろうか。
そりゃあ、確かに今の自分なら、不良グループを潰すくらい簡単に出来るけれど。

……って、違う違う。

逸れてしまった自分の思考を、頭を振ることで元に戻す。
この店に客が全く寄り付かないのは仕方がない。自分のせいだ。
納得がいかないのは向かいの模擬店。
普段は決して見せないような笑顔を振りまいて、クレープを売りさばく妹。
メニューに『スマイル』とまで書いてある。

あいつ……。あたし1人じゃ売れないのを知ってるくせにぃ……。

ふと、こちらを見た紀美子と目が合った。
妹だからと言って容赦はしないと言う意味で睨んでやる。
すると紀美子は勝ち誇った表情を浮かべてにこっと笑った。
「な……っ!?」

ム、ムカツクっ!!

こんな奴だったのか、自分の妹は。
そんなことを思いながら、赤美はじっと紀美子を睨み続けていた。
それがさらに客足を遠のかせていることに気づかずに。

不意に視界に入った少年に、赤美は突然表情を変えた。
そのまま立ち上がると、近くにあった売れ残りのたこ焼きを勢いよく掴み取る。
「しんどぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!!」
「へ……?ぶへはっ!?」
振り向いたとたんに少年――新藤悠司の顔に冷め切ったたこ焼きが見事に直撃する。
「な、何すんだよっ!金剛っ!!」
顔に張り付いたたこ焼を投げ捨てて、新藤がその場で怒鳴った。
「何するじゃないっ!!あんた、何やってんのよっ!」
「学園のアイドルのクレープ食べてみたいと思って何が悪いっ!!」
「悪いわっ!!それでうちのクラスを窮地に立たせる気っ!!」
もうだいぶ負けていると言うのに。
これ以上向こうの売り上げをアップさせるなんて冗談じゃない。
「大げさなんだよっ!お前はいつもっ!!だいたいお前が敵視してるの、妹のクラスだろうがっ!!」
「……は?」
「……え?」
きょとんとして姉妹が声を漏らしたのは、おそらく同時だったであろう。
「あの、新藤先輩……?」
突然声をかけられて――しかも自分の名前を呼ばれて――新藤は驚いて振り返る。
「え?何で俺の名前……」
「私のこと、覚えてません?」
恐る恐るといった様子で紀美子が問いかける。
「覚えてるって……?」
どうやら、もう6年近くも直接会わずにいたため、新藤はすっかり幼馴染みであるはずの紀美子の顔を忘れてしまっていたようだ。
ぱしんと後頭部に何かが当たった。
振り返ると、模擬店を空けたままの赤美が背後に立っていた。
「何だよ」
「見てみな、これ」
そう言って渡されたのは各クラスの模擬店管理者の名簿。
「これが何だよ」
「ここ」
ため息をつきながら赤美が指したのは、2年B組の管理者の名前。
「金剛紀美子……。これが?」
あっさり言ってのける新藤。
そのあまりの鈍感さに怒りを忘れ、赤美は思わずもう一度ため息をついた。
「な、何だよ……?」
「珍しい苗字よね?」
「そうだけど……」
「ここで問題です。あたしのフルネームは何でしょう?」
「は?」
ぽかんと口を開け、新藤が赤美を見る。
「んなのわかりきってるじゃんか。金剛赤美……金剛っ!!!?」
そこでようやく気づいたらしく、突然新藤が大声を上げた。
「え、ええええええええええええええっ!!!!!!!!!?」
周りの気を引くほどの大声。
それを止めたのは赤美の拳だった。
「うっさい!」
思い切り声を上げる新藤の頭を殴る。
「だ、だって、お前らあんまり似てな……」
「悪かったね!あたしは母さん似なの!」
「私、父親似ですから」
新藤を睨んだままで赤美が、困ったような顔をして紀美子が言った。
もう3人は呆然と自分たちを見ている野次馬のことなど考えてもいなかった。
いや、考える余裕がなかったと言った方が正しいであろう。

突然空気にいつもとは違う気配を感じた。
ここ最近はよく感じるようになった、それでもまだ慣れない違和感。
姉妹がその感覚を感じ取ったその直後、爆発音とともにひとつの模擬店が吹き飛んだ。
よりにもよって、赤美の管理していたたこ焼き屋が。

「な……」
突然消滅した模擬店。
それが巻き起こした砂煙の中に浮かぶ影。
確かめるまでもない。
それが誰かなど、既にわかっている。
「ふ、ふ……」

……ふざけんなっ!!!

「うわあぁっ!!」
声に出してしまうわけにもいかず、何とか自己規制をして心で叫ぶと、赤美は新藤を突き飛ばして一目散に校舎の方へと走っていく。
「何すんだっ!!馬鹿金剛っ!!」
「ご、ごめんなさい」
「え?いや、紀美ちゃんじゃ……」
思い出したせいか、無意識のうちに新藤は幼い頃彼女を呼んでいた名前で呼んだ。
「鈴ちゃん!私、姉さん探しにいくから。あとよろしくね」
「え?あ、うん……」
当の紀美子はそんな新藤を気にもせず、友人にそれだけ告げるとさっさと赤美を追って模擬店を出て行ってしまう。
残された2人は、突然の姉妹の走り去った方向をぽかんと見つめていることしか出来なかった。

「う……、つつつ……」
金剛姉妹が校舎の方へ走り去ってしまった直後、そんな呻き声が煙の中から聞こえた。
呆然と校舎へ視線を向けていた生徒たちの視線が、無意識のうちに煙へと集まる。
会場中の注目の的となったその煙の中から、ゆっくりと何かが姿を現した。
その姿を確認した途端に辺りにいる生徒たちから悲鳴が上がる。
当然だろう。中から出てきたのは、この学園に何度も現れた『敵』――アール=ニール=MKだったのだから。
「くそ……、いつもは何もないというのに、一体何だ?」
辺りに所狭しと建てられた模擬店を見て小さく呟く。
ぐるりと辺りを見回して、最後に先ほど自分が落ちてきた場所にある倒壊した模擬店に目を止めた。
「……これはどうしたんだ?」
何故そこだけ壊れているのかわからず、首を傾げて疑問を口にした。
その瞬間、何か悪寒のような感覚が背中を走り抜けて、無意識のうちに体が震え上がった。
「へぇ~、わかんない?見てわかんないんだ?」
その感覚が何かを突き止める前に振ってきた声に、目を見開いてばっと振り返る。
「だったら教えてあげましょうか?その身をもって」
体を振り返った先には、いつの間に現れたのか、あの赤いポニーテールの少女――ルビーが立っていて。
いつもは真剣な表情でこちらと対峙している少女の顔には、今日は何故かこれでもかというほど爽やかな笑みを浮かべていて。
その笑みに反して、赤い瞳は全く笑っていなかった。
「こ、今回は出てくるが早かったな!」
向けられた気配の異様な冷たさに一瞬怯んだが、そこは一部隊を任されている隊長、何とか足を踏ん張って威勢良く言葉を返す。
「そりゃあもう。こちとら恨み満タンですから」
「な、何?」
「ああ、わかってない?そう、わかってないんだぁ……」
にっこりとルビーが笑う。
しかし、その瞳はやっぱり笑ってなどいなくて。
それどころか、彼女が先ほどまではなかったはずの黒いオーラまで背負ってしまったものだから、余計に怖くてたまらない。
「だったら、わかってもらわないとねぇ?」
すっと右手をアールの方へ向ける。
その顔には笑みを浮かべたまま、彼女はゆっくりと言葉を紡ぎ出した。
「我、火の精霊の名において命ず。炎の力よ。今こそ我に集い、愚かなる者を焼きつくさん」
「そ、その呪文は……っ!!?」
「ディメンションフレ……」
「やめなさいっ!!」
がこんという、ある意味気持ちのいい音が辺りに響いた。
「~~~っ!!?セレスっ!!」
頭を抱えてしゃがみこんだルビーが、涙目で突然後ろから殴りかかっていたセレスを睨みつける。
彼女の背後には、いつのまにか両手で杖を握ったセレスが立っていた。
そう、彼女は殴ったのだ。
手に持った杖で、ルビーの後頭を思い切り。
「何すんのよっ!!」
「何するじゃないでしょう!!」
自分に向かって怒鳴るルビーに対して、セレスも負けじと怒鳴り返した。
「そんな最強呪文、こんなところで使ってどうするのっ!!この辺りを焼け野原にするつもりっ!?」
「そう簡単にはならないよっ!!」
「なるわよっ!ここはインシングじゃないのよっ!大気中に魔力がひとっかけらもないの、わかってるでしょっ!!」

魔力――インシングと呼ばれる世界において、それは空気中に存在するもの。
魔法が主流である異世界ではこれは当たり前のことであって、それを感じ取れる者は少ない。
彼女たち姉妹が魔力を空気中に感じることができるのは、こちらの世界に住んでいたため、魔力に触れる機会がなかったからだ。
魔力が存在する世界では魔法的な攻撃に対して命を持たない物はある程度守られるという性質があるが、この世界ではそうはいかない。
ここにあるのは“魔法の水晶”が持ち主のために生み出すものと、異世界から開いた扉によって流れ込んでくる少量の魔力だけだ。
彼女たちがいる場所から半径1キロメートルも離れれば魔力は存在しない。

「だったらあとで直せばいいでしょうがっ!!」
「姉さん馬鹿?テレビでやってるアニメじゃないのよっ!魔法でポンっなんて出来ないのわかってるでしょうっ!!」
その通りだ。
そもそも魔法で全てが解決すれば何の苦労もない。
「だったらほっとけばいいでしょうがっ!!」
「それ以前にやめなさいって言ってるのっ!!」
「お前らいい加減に……うわぁっ!!」
突然何かがどこかに激突したときのような音が聞こえた。
同時に今までそこにあったアールの姿が消える。
「……え?」
突然の出来事に、今まで言い争っていたはずの2人も喧嘩を中断してそちらを見た。
微かに上る砂煙。
その中から覗く、見慣れない2人の人影。
「つぅ……、いたたた……」
先に起き上がったのは深緑色の髪を持つ少女だった。
「レミア……早くどいて……」
「ああ、ごめん」
レミアと呼ばれた少女が慌ててその場から離れる。
下敷きになっていたのだろう。
今まで彼女が彼女がいた場所で、青い髪の少女がむくりと起き上がった。
「あ~……、頭痛い……。最悪」
「あと一瞬風起こすの遅れたら死んでたわ。……ったく、これだから別属性の呪文は嫌いなのよ」
膝を地面に突いたまましきりに頭を振っている青い髪の少女の横で、レミアと呼ばれた深緑色の髪の少女が空を見上げたまま呟く。
少女を追って視線を空へ向けてみると、そこにはぽっかりと黒い穴が開いていた。
あれはいつも帝国兵が使う異世界への扉だ。
状況からして、突然空から落ちてきたこの2人が開けたと見て間違いないだろう。
「……お前、いい加減にどけぇっ!!」
うつ伏せに倒れたまま、力いっぱいアールが怒鳴った。
よく見ると、彼女は青い髪の少女の下敷きになり、起き上がろうにも起き上がれない状態になっている。
「ああ、ごめんなさい」
素直に謝罪をすると、青い髪の少女が彼女の上から降りた。
「くそっ!お前ら、何者だっ!?」
ばっと飛び起きて、アールが叫ぶように問う。
先ほどまでの状況を考えると全然格好がつかないのだが、それは考えないようにしているらしい。
「見てわかんないの?」
呆れたような視線をアールに向け、レミアと呼ばれた少女が聞き返す。
「だから聞いているんだろうっ!?」
「……バーカ」
レミアの一言が、爆発直前だった彼女の導火線に火をつけた。
「ふ、ふざけるなっ!!来いっ!邪天使よっ!」
ばっと右手を空へと伸ばし、声を限りに叫んだ。
一瞬の後、その声に導かれるかのように少しずつ、無数の邪天使が学園の頭上に出現する。
「こ、こんなに何処にっ!?」
「今まで気配も感じなかったのに……」
突然現れた敵の大群に、ルビーもセレスも喧嘩していたことを忘れて武器を構える。
「……数いりゃ勝てるってもんじゃないけどねぇ」
「いいんじゃないの?教えてやれば」
そんな2人の様子を気にしつつも空中に現れた邪天使を見て呆れたようにレミアが、どうでもいいといった調子で青い髪の少女が言った。
「それもそうか」
しゃっと軽い音を立ててレミアが剣を抜く。
「緑の髪の、剣士……!?」
「風よ、我が剣に宿り、我にその力を貸さんっ!」
言葉が終わるのと同時に彼女が手にした剣が敵を薙ぎ払うように横へ振られる。
その剣が薙いだ場所から、突如強い風が発生した。
彼女から放たれる形で解き放たれたそれは、ぶわっと音を立てて広がると空に広がった無数の邪天使の体を一瞬のうちに切り裂いた。
「な……っ!?」
「魔法剣っ!?」
たったの一振りで、あれだけ数の多かった邪天使が次々と大地に落ちていく。
「言ったでしょう。『数いりゃ勝てるってもんじゃない』って」
剣を降ろしてレミアがあっさり言いのける。
「帰りなさい。実力者1対4。どう考えてもあんたの方が不利でしょう?」
何処に持っていたのか、白い棍を取り出して青い髪の少女が言った。
「姉さん、もしかしてあの人たち……」
「仲間……?」
不安げに自分を見上げる妹の顔を見ることなく、目の前の少女たちを見つめたままルビーは小さく呟いた。
突然現れた2人の少女。
言動から考えれば、彼女たちが帝国の敵であることには間違いないだろう。
しかし、本当に自分たちの仲間であるのかどうかはわからない。
「……わかった」
あっさりとアールが答える。
「珍しくあっさりしてるじゃない」
「引き際が肝心と言うだろう。今のこの状態で私に勝利がないのは目に見えていることだ」
きっぱりとそう言うと、アールは空に向かって手を伸ばした。
それに合わせて辛うじて無事だった邪天使が撤退を始める。
「……次こそはこうは行かない。覚悟しておけっ!」



邪天使たちが完全にゲートの向こうへ消えるのを確認してから、4人は学園の裏山までやってきた。
文化祭の間、校舎裏は荷物置き場になっていて、人に見つかる可能性があったために避けたのだ。
山といってもそんなに大きい物ではない。
林のある丘と言った方が正しいかもしれない。
初等部の校舎の正門はこの山の方へ向いているが、児童の興味は中等部の校庭に注がれているはずだ。
「……で」
頂上に着いてから、漸くルビーが口を開いた。
「あんたたち、一応向こうの敵みたいだけど、一体何者?」
ルビーの問いに、青い髪の少女とレミアは顔を見合わせる。
「わからない?あたしたちの装備で」
「確認してるの。答えて」
軽い口調で発せられた問いに、手に短剣を握ったまま強い口調で返す。
そんな彼女を見て小さくため息をつくと、青い髪の少女はどこからともなく白い棍を取り出した。
くるりと一回転されてからその先端の石突を地面につけて、しっかりと顔を上げる。
「あたしはタイム、タイム=ミューク。ミルザの血を引くスピアマスターよ」
「同じくウィンドマスター、レミア=ウィンソウ」
青い髪の少女に続けてレミアと呼ばれた少女が名乗る。
彼女の剣は腰の鞘に収まったまま、抜かれる様子は少しもなかった。
「ウィンソウに、ミュークっ!?」
2人の言葉――特に青い髪の少女の名を聞いて、ルビーは思わず声を上げた。
隣に立つセレスも目を大きく見開いてタイムと名乗った少女を見つめる。
魔法の水晶に残された先代の記憶では、ミュークはこの世界に逃れてくる際に行方不明になったとされている。
そのミュークが――正確にはその娘が――こんなに簡単に見つかるなどとは少しも思っていなかった。
「まあ、驚くのも仕方ないよ。あたしも最初驚いたし」
「それにしても……」
再びくるりと一回転されてから棍を消すと、タイムは目を見開いたまま自分を見つめる姉妹を見る。
「もしかして2人とも、気づいてない?」
「何を、ですか?」
突然の問いかけに驚きつつも、セレスは控え目に聞き返す。
「……だそうだけど?」
腰に手を当てて、少し楽しげな表情でレミアが告げると、タイムは小さくため息をつく。
「昔っから変なところだけ鈍感だからね。赤美も紀美ちゃんも」
「ちょ……!?何であたしたちのこっちの名前を……!!」
あからさまに驚き、問いをぶつけてくるルビーに、タイムは再び、今度は大きなため息をついた。
「わかんないんだ?親友だって言うくせに。ちょっと傷ついたかも」
「え……?」
思いも寄らなかった言葉に一瞬ルビーの動きが止まる。
彼女の頭がその言葉の意味を理解するより先に、タイムとレミアが行動に出た。
再び取り出した白い棍が、鞘から抜かれた剣が、それぞれあの小さな杖に変形する。
タイムのものには青の、レミアのものには緑の水晶球が、それぞれ先端に取り付けられていた。
「“魔法の水晶”よ。今ここに、我らに再び“時の封印”を」
口の中で小さく言葉を紡ぐ。
それに答えるかのように杖の先の水晶球が光を放ち、それがそれぞれの体を包み込んだ。
光の中で姿を変えていく2人の目にしたルビーは、その姿を見て先ほどよりも大きく目を見開いた。

確かに残りの仲間もこの学園にいるはずだと、そう予想したけれど。
まさかそれが形で証明されるなんて、彼女たちがそうだったなんて、考えもしなかった。

光が収まり、姿を見せたのは黒い髪と瞳を持つ2人の少女。
自分たちと同じ制服を着た彼女たちは、姉妹のよく知る人物で。
「み、美青!?沙織!?」
驚愕の表情を浮かべたままルビーが2人の名を叫ぶ。
そんな彼女を見て、瞳を開いたタイム――美青は呆れたようにため息をついた。
「まったく。髪と目はともかく、顔変わってないんだから気づこうよ」
「そういうの気づかないのがお約束なんじゃない」
「ああ、そっか」
こちらの正体には驚くことなく、いつもの調子でいつもの会話をする2人。
そんな彼女たちを見つめたまま、予想外の出来事に完全に思考がストップしてしまった姉妹は、しばらくの間呆然としたままその場に立ち尽くしていた。

remake 2002.10.27