SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter2 法国ジュエル

5:策

だんっと壁を強く叩く音がする。
視線を向けると、幼馴染みであり、姉の親友である少女がテレビを睨みつけたまま拳を壁に叩きつけている姿が目に入る。
その拳には微かに血が滲んでいた。
気持ちが理解できることから、何も言わずに、ただ視線を逸らすことしか出来なかった。
これで4人。
残っているのは自分たちと、行方の知れない姉ただ1人。
纏まっていなければ全滅は防げると実沙は言っていたけれど、どちらにしても、このままでは全滅だって避けられないだろう。

このままばらばらでいたりすれば、きっと自分たちだって……。

そこまで考えて、紀美子は慌てて首を振った。
何を考えているのだろう、自分は。
ここで自分や姉の親友まで弱気になってはいけないというのに。
本当に全てが終わってしまうかもしれないというのに。
「私、ちょっと出てきますね」
そう言って、紀美子は静かに立ち上がる。
その言葉に、ずっとテレビを睨んでいた美青は驚いて彼女を見た。
「出るって……」
「廊下から出れるテラスで風に当たってきます。すぐ戻りますから」
にこっと笑って告げると、美青が言葉を返すより早く紀美子は部屋から姿を消す。
止めようとは思ったが、結局追わずに再び美青はテレビに向き直った。
伝えられているのは、昨日北海道で起こったばかりの怪奇事件。
とある街の、人のあまり通らない通りに出現した謎の怪物の死体と数々の大岩。
目撃者の話では、その場には緑色の髪をした女と茶髪の女、そして空に浮かぶおかしな男がいたらしいが、その3人は騒ぎが収まるのとほぼ同時に姿を消してしまったという。
おそらく、その空に浮かんでいた男が法国の法王ルーズ。
髪の色からして、2人の女は間違いなくレミアとミスリルのはずだ。
テレビに映った死体は、紛れもなくインシングに生息する魔物――トロルのものだった。
トロルの巨体から考えれば、散らばっている岩はミスリルの召喚したゴーレムだろう。
ここまで推測できるのに、その結果には少しもたどり着くことはできない。
彼女たちがどうなったのか、相手が一体何をしたのか、全く予測がつかなかった。
それが余計に悔しさを引き立てた。
自分が無力だと、思い知らされたような気がした。
「約束したのに……」
5日後、必ず赤美を見つけて落ち合うと、昨日誓ったばかりだというのに。
こちらがそれを果たす前に、向こうが姿を消してしまった。
絶対に連れて行くと、そう伝えたのは自分だったというのに。
「一体どこにいるの、あの馬鹿……」
「美青先輩!」
突然勢いよく扉が開いて、紀美子が部屋に戻ってくる。
振り返ってみた彼女は、どこか慌てた様子だった。
とりあえず左手を見ると、彼女しか持っていないはずの指輪がきちんと嵌っていたので安心する。
偽物だったならすぐに気づく。
あの指輪と自分の腕輪は、同じ波動を放っているのだから。
「どうしたの?」
出て行ったときとは逆の、妙に真剣な表情で戻ってきた紀美子に、美青は不思議そうに尋ねた。
テラスから走って戻ってきたらしく、少しだけ荒くなった息を落ち着かせてから、紀美子はしっかりと目の前の美青を見た。

「誘き寄せましょう」

「……は?」
突然言われた言葉の意味がわからず、ぽかんとした表情で聞き返す。
「敵を私たちの方に誘き寄せましょう」
はっきりと言われた言葉に、今度こそ意味を理解して驚きに目を見開いた。
「誘き寄せるって、それは……」
「2人でいる私たちの方が、1人でいる姉さんより安全なはずですっ!」
確かに、今まで消えた仲間は2組とも2人でいた。
なのに、結果はこれ。
1人でいる赤美の危険が、自分たちより上なのは痛いほどに理解している。
だから早く合流したい。
そう思っているのだから。
「……確かに、そうだけど」
小さく深呼吸してから、美青はゆっくりと口を開いた。
「今までは2人でいて、この結果よ?いくらあたしたちが2人だからって、勝てるとは……」
「策があります」
その言葉に驚き、美青は紀美子を見る。
「策……?」
「はい。だから、やりましょう!」
じっとみた紀美子の瞳には、強い光が宿っていた。
何かを秘めたような強い光。
そして、付き合いが長いせいか雰囲気でわかる。

この子は何かを隠している。

「……わかった」
唐突に返した言葉に、紀美子は驚いたような表情をする。
まさかこんなにあっさり了承してもらえるなどとは思っていなかったのだろう。
「こっちは合流するしか手がないのにあいつは見つからないし、他に手がないからね。乗ってあげる。やろう」
「はいっ!」
美青の言葉に、紀美子は嬉しそうに頷いた。

『美青には内緒ね』

先ほど聞いたばかりの、まだ耳に残っている声を自分の中に閉じ込めて。



この辺りはこの県の中心地からだいぶ離れているというのに、まだまだ高いビルやマンションが目立つ地域だった。
その中の、2番目に高いと思われるビルの屋上に、“時の封印”を解いた2人は立つ。
紀美子と美青――セレスとタイムはそれぞれの武器を握り締めて、静かにお互いの顔を見る。
すっとセレスは静かに目を閉じた。
杖をしっかりと握って何かを念じるように自分の胸へと引き寄せる。
それは魔道士だから、そしてここが空気中に魔力のないアースであるからできること。
魔力を放出するための、一種の念。
一か所に魔力が膨大に生まれれば、相手も不審に思ってやってくるはずだ。
2人はそれを狙っていた。

ふと、辺りの変化に気づいて、タイムが顔を上げる。
その動きに気づいたセレスも、念じることをやめて杖を降ろした。
明らかに魔力を含んだ気配が近くを漂っている。
ここではない世界――インシングの者が、近くにいる。
「わざわざこっちから場所を知らせてやったのよ。出てきたら?」
吐き捨てるように言って、タイムは棍を強く握った。
ほぼ同時に、空気が揺れた。
レミアのように風の動きに敏感でなくともわかる。
明らかに、辺りに異変が起こっている。

「自分から位置を知らせるとは、残り少なくなって諦めたのか?ミルザの血を引く者たちよ」

言葉と共に空中に影が現れた。
白いローブを着て、クリスタルの埋め込まれたペンダントを首から下げたその姿は男。
見た目は若いが、発する巨大な魔力を発する存在。

「法王ルーズっ!」

なんの迷いもなくセレスが叫ぶ。
彼女を見てルーズは一瞬表情を変えたが、すぐに元の無表情に戻り、小さな笑みを浮かべた。
「私を知っているのか?……くく、当たり前か。『報道機関』とやらが『怪奇事件』と称して我が復讐を世間に広めているようだからな」
嫌な笑いを浮かべて、ルーズは2人を見下ろした。
「その復讐も、ここで終わりにしてやるっ!」
握っていた棍を手馴れた動きで振り、タイムが構える。
それに反応するかのように数歩下がったセレスは、杖をルーズの方に向け、詠唱を始めた。
「魔法を使わせると思っているのか!」
ルーズは自身の首にかけたままのペンダントを握り、できる限り前に突き出した。
ペンダントに嵌った水晶の1つ、紫の水晶が薄っすらと光り始める。
「邪魔させると思ってるのっ!」
いつの間にかルーズの真下に移動したタイムが、口の中で素早く呪文を詠唱する。
「スプラッシュっ!」
棍ごと腕を振り上げると同時に、足元から大量の水が太い柱のごとく噴き出した。
それはまっすぐに宙に浮かぶルーズへと襲い掛かる。
「……っ!?」
気づいたルーズは、水の柱が自分にぶつかるよりも早く、横へと飛び去る。
その隙に詠唱を完成させたセレスが、杖をルーズの飛んだ方向へと向けた。
「これ以上、あなたの思い通りなんかにさせないっ!」
大きく息を吸い込んでから、きっとルースがいる場所を睨む。

「ライトフェニックスっ!」

叫ぶと同時に現れたのは光の鳥。
体が全て光に包まれた魔力の結晶。
おそらく遠くから見れば、光をまとった美しい鳥が、宙に浮く謎の男に突っ込んでいくように見えただろう。
「……甘いな」
ぽつりと呟くと、体勢を立て直したルーズは再び、今度は向かってくる光の鳥へとペンダントを向ける。

「ダークホークっ!」

言葉と同時に紫水晶が光を放った。
それと共に現れたのは、黒い光をまとった鷹。
鷹の形をした魔力は、現れると同時に向かってくる不死鳥へと飛んでいく。
黒い光が白い光をかき消し、不死鳥の体を突き破った。
「え……っ!?」
「セレスっ!?」
一瞬驚愕に表情を崩したセレスが、タイムの声を無視して直様呪文の詠唱に入る。
しかし、それは間に合わないことが目に見えていた。
セレスが、彼女の立っていた場所周辺が黒い光に包まれる。
その瞬間、物凄い音を立てて爆発が起こった。
「く……っ」
反射的に両手で耳を塞いで、タイムは地に伏せた。
爆風が自分の上を駆け抜けていくのがわかる。
すさまじい威力。
その中心にいたならば、ただでは済まなかっただろう。
そう、その中心にいたのなら。

「ライトフェニックスっ!!」

爆風が収まるよりも早く凛とした声が響いた。
それと同時に起き上がったタイムは、先ほどの爆発の中心地まで急いで戻っていく。
対してルーズは、信じられないという表情でこの場所より高い、隣のビルの屋上を見上げた。
目の前には光を帯びた鳥が迫っている。
そのせいで、その向こうは見えなかった。
いや、今はそれどころではない。
これではもう、相殺する呪文を詠唱しようにも、間に合わない。
「……っ!!?」
何とか体をひねって避けたルーズの左肩を激しい痛みが襲った。
同時に下方で爆発が起こる。
ルーズの方を掠めた魔力が、ビルにぶつかり爆発を起こしたのだ。
激しい爆風の中、ルーズは睨むような視線で隣のビルを見た。
そこには、いつのまにか杖を構えたセレスが立っている。
先ほど黒い爆発の中心にいたはずのセレスが。

「何故だって顔してるね」

ようやく立ち上がったタイムが、棍をしっかりと握ってルーズを睨んだ。
「答えは、これ」
そう言って、手に持っていた何かを地に落とす。
思わずルーズはそれを目で追った。
ぽとんと音を立てて床に落ちたのは、ぼろほろになった小さな人形。
それを見て、ルーズは大きく目を見開いた。
「ダミードールっ!?」
「そう。あんたがさっき相手をしていたのは偽物ってことよ」
ダミードール。
魔力で動かす身代わり人形。
高位の魔道士ならば、離れたところから魔力で操り、本物のように動かすことができるという。
セレスはその手を使って攻撃のチャンスを待っていたのだ。
ダミードールと、そしてタイムの力を借りて。
「手負いじゃ今まで見たいに戦えないでしょう。仲間を返してもらうよ」
ひゅと空気を鳴らして、タイムがルーズに向かって棍を突きつける。
痛みのせいか、いつの間にかビルの屋上に降りていたルーズは微かに俯いた。
そして、そのまま小さく笑みを浮かべる。
歪んだ、勝ち誇った笑みを。
「……っ!?」
それに気づいて、タイムが距離を開けようとする。
しかし、その時にはもう遅かった。
ルーズがペンダントから水晶を1つもぎ取った。
かと思うと、怪我をしているとは信じられないほどの速さで、それをタイムの前に掲げる。
その瞬間、水晶が強い光を放った。
「タイムさんっ!?」
光に包まれて、タイムの姿が消える。
光は吸い込まれるように、水晶の中へと戻っていく。
戻っていくと共に、だんだんと水晶の色が変化していく。
透き通るほどの透明から、海を連想させるような青へ。
からんと音がして視線を向ければ、そこには白い棍が転がっていた。
咄嗟の判断で光の外に投げ出したのだろうタイムの棍が。
それに、水晶をペンダントに戻したルーズがゆっくりと手を伸ばす。
「駄目!?」
目を見開いて絶句していたセレスは、相手のその行動に我に返ると、口の中で素早く呪文を唱え、一瞬で棍とルーズの間に移動した。
驚きのあまりに、思わずルーズが手を引っ込める。
その隙をついて素早く棍を拾うと、セレスはルーズから離れた。

作戦失敗。
タイムの棍を手にした彼女の頭の中にあるのは、その言葉。
そして、もうひとつ。

「それを渡せ」
酷く低い声が辺りに響いた。
怪我をした左腕を力なく下げ、ルーズがゆっくりとこちらに近づいてくる。
その右手には、おそらく他の水晶と同じものだろう、透明な水晶が乗っていた。
「嫌です!誰があなたなんかにっ!」
ぎゅっと棍と杖を握って、セレスは精一杯ルーズを睨んだ。
1人でこの策が成り立たないのはわかっている。
完全に呪文だけで戦う自分にとって、1人では不利だということもわかっていた。
しかし後ろは行き止まり。
すでに逃げ場は、ない。

「それを、渡せ」

再び、今度は静かにルーズの声が響く。
「そうすれば、お前は助けてやってもいい」
「え……?」
思わぬ言葉に、セレスの瞳が動揺に揺れる。
「我が妃にしてやる。魔族の王の妻だ。どうだ?悪い話ではないだろう?」
にやっと笑いながら、ルーズが言った。

一体何を言っているのだろう、この男は。
いや、考えなくても、そんなことはわかっている。
命を助けてやる代わりに裏切れと言っているのだ。
親友を、幼馴染みを、仲間を。
そして、たった1人の姉を。

「……冗談じゃない」
吐き捨てるように言って、セレスは棍と杖を握ったまま柵の上に立った。
それを見て、ルーズが微かに表情を変える。
「あなたなんかの妻になるくらいなら……」
「……待てっ!?」
ルーズの言葉よりも先に、セレスは柵を蹴っていた。
体が宙を舞う。
慌てたように、ルーズは手に持っていたクリスタルを落下していくセレスに向けた。

その瞬間、ルーズは見た。
セレスが笑って、何かの言葉を紡ぐのを。



強い光が辺りを包んだ。
先ほどの水晶の光など比ではない強い光が。

後に残されたのは、屋上付近が破壊された高層ビルと、誰のものなのかわからない血痕だけだった。

remake 2003.04.18