SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter3 魔妖精

14:攫われた令嬢

「はい、これ。頼まれた薬」
宿の裏でミスリルは手に持っていた紙袋を差し出した。
「ありがと」
礼を言ってタイムがそれを受け取る。
中身は彼女の言葉どおり、昨晩頼んだ風邪薬が数回分、紙に包まれて入っていた。
「1日1袋ね。寝る前の方が支障がなくっていいと思うわ」
おそらく眠気を促進させる薬草でも混ぜてあるのだろう。
強い口調でミスリルがそう説明する。
「うん。本当にありがとう」
笑顔で礼を言うタイムに、何を思ったのかミスリルは一瞬顔を顰めた。
けれどそれには何も言わずに表情を戻すと、自分が決めたことを告げるために再び口を開いた。
「昨日も言ったけど、私はテヌワンに行ったら一度アースに帰ってみる。向こうじゃもう半月近く時間が流れてるわけだし、私たち以外に被害が出てないか心配だしね」
「うん。あたしたちもあの後すぐにこっちに来たから、校内の詳しい被害はわからないし」
あの時は仲間の無事の確認と敵の目的を知ることだけで精一杯だったから。
理事長室以外の場所をきちんと確認した記憶がない。
「ルビーとセレスの方、頼んだわよ」
ミスリルの言葉に、タイムはしっかりと頷いた。



そうして彼女と別れてから、まだ2日も経っていない。
「タイム!もうこの子、限界だよ!」
辿り着いた街のはずれで、ティーチャーがタイムを睨みながら言った。
その表情も口調も明らかに怒っているのだけれど、タイムはただため息をつくだけで、何も言おうとしない。
散々ドーピングをして働かせてきた馬の体は、とうとう限界に達してしまった。
きちんと休ませなければすぐに潰れてしまうだろう。
休まずに持ってあと1回というところだ。
「タイム!」
もう一度怒鳴られて、さすがに答えずいられないと思ったのか、タイムは漸く口を開いた。
「わかってる。とりあえず宿を探しに行ってくるから、ここで待ってて」
宿には大体馬小屋があるから、そこに預けて休ませればいい。
けれどそのために歩き回らせたのでは逆効果だとわかっているから、ティーチャーを側に残して1人で街の中へと歩いていく。
この街は王都を除けば国で1番大きな街らしい。
その言葉を立証するかのごとく、今までの町ではあまり見られなかった大きな家が立ち並んでいる。
ミスリルのいた町とは正反対な雰囲気を持つ街の中を、辺りを見回しながらタイムは歩いた。
探しているのはもちろん宿の看板だけど、視線は別の場所にも向けられる。
武装した鎧の剣士らしき者が多いのは魔妖精に対する警備のためだろう。
今までの町や村でも自警団やハンターたちが一応警備に立っていた。
ここほど厳重ではなかったけれど。
「すみません」
見回りだろう、この街に入ってから何人も見かける鎧の剣士の1人に声をかけた。
「馬小屋のある宿を探してるんですけど、近くにありませんか?」
「ああ、それなら広場の方にひとつ……」
言いかけて、剣士が広場へ続く道の先を示したとき。

「盗賊だっ!!人攫いだっ!!」

突然剣士の示した方角から、そんな言葉と共に悲鳴が聞こえてきた。
「何だとっ!!」
叫ぶと同時に剣士は広場の方へと走っていく。
「盗賊……?」
タイムは驚きの表情で剣士の走っていった方向を見つめていた。

盗賊。
それは探している2人のうち1人が就いている職種のことだけれど、彼女は人攫いなどするはずがない。
けれど、ここにいるとすれば今は記憶を失っているはずだ。
いつもどおりの彼女だとは、言い切れない。

「……嫌な、予感がする」
呟いて、タイムは顔を上げた。
一瞬ティーチャーのところへ戻ろうかと躊躇したけれど、時間がないと判断してすぐに広場の方へと走り出す。
集まり始めた人集りを抜けてたどり着いたその場所には、先ほどの剣士と同じ格好をした男たちが集まっていた。
その中心に中年の夫婦がいる。
普段は穏やかな顔をしているのだろう夫婦は、緊迫した表情で広場の北側にある建物を見上げていた。
その建物――せいぜい3階建てくらいの高さだが、見たところ時計塔らしい――の上に誰かが立っている。
顔と体格から見て、おそらく女だ。
長い髪は風に吹かれて揺れている。
一瞬赤に見えたその髪は、よく見ると夕暮れ時のような鮮やかなオレンジ色をしていた。
「……違う」
呟いて、思わず安堵の息をつく。
髪の長さも同じくらいで額にしているバンダナも同じ色だったけれど、明らかに髪の色が違う。
盗賊だと叫ばれたあの女は、自分の捜している親友ではない。
けれど安心したのも束の間、女が抱えている人物を見てタイムは目を見開いた。
遠すぎて顔はわからないけれど、肩の辺りで揃えられているのだろう髪の色は紛れもなく黄色。
一見しただけでは気づきにくいが、あの色は一般的な金ではない。
今では彼女しか持っていないはずの色。

「聞けっ!町長っ!!」

聞こえた声に意識が引き戻されて、タイムは視線を女に移した。
「我が名はルーシア!精霊の認められし勇者の血を引くマジックシーフっ!」
「精霊の勇者!?」
「あれが帝国を倒したって言うミルザの子孫だってのか?」
辺りがざわめいて、時折そんな会話が聞こえてくる。
「そうよ。私はミルザの子孫!」
はっきりと言葉を発する女にタイムは顔を顰めた。

何処の世界にも有名人の偽物って現れるものみたいだし。
いつかあたしたちの偽物も出たりして~。

いつかペリドットが冗談で言っていた言葉を思い出す。
この『世界』というのは、ルビーが似たような話をするとき同様テレビゲームの世界のことだけれど。
「あたしたちのって言うか……」
呟いて、タイムはため息をついた。
ルーシアは先代のマジックシーフ、ルビーとセレスの母親だ。
20年も前の勇者の偽物が、どうして今頃になって出てくるのだろう。
「しかもどうして信じるよ……」
集まった見物人は、信じられないという言葉を口にしながらも女の言葉を信じている。
「何故勇者が、娘を抱いてそんなところにいるっ!!」
剣士たちの中心にいた夫婦の片方――夫の方が叫んだ。
「決まってるじゃない。私は元々悪党よ。勇者って祭り上げられていいことするのに疲れちゃったの」
きっぱりという女に再び辺りがざわめく。
「だ・か・ら、そろそろ本業に戻ろうと思ってね」
そう言って笑うと、腕の中にいる少女の髪を撫でるように手を動かした。
「娘を返して欲しければ1千万ソール用意して、ここに持ってきな」
夫婦の足元に向かって紙を刺したナイフを投げる。
地面に突き刺さったナイフに、一瞬見物人の視線が集まった。
「あばよ!」
そう言い捨てると、呪文でも唱えていたのか、女は少女を抱えたまま一瞬のうちに時計塔から姿を消した。
「ライヤっ!!」
攫われた少女の母親らしい女の悲痛な声が響く。
夫婦の泣き声と剣士たちの叫ぶ声を聞きながら、タイムは暫くその場に立ち尽くしていた。



「何だ?お前は」
街で一番大きな建物の前でタイムは立ち止まった。
門の前に2人、先ほど集まっていた剣士たちと同じ鎧を身につけた男がいる。
その片方に呼び止められたのだ。
「町長さんに会わせてもらいたいのだけど」
「駄目だ」
男が間髪を入れずにきっぱりとした口調で答える。
「今町長は会議をしている。部外者を入れるわけにはいかん」
「あの盗賊について、知ってることがあると言っても?」
その言葉に男たちの表情が変わった。
「あの盗賊を?」
「本当か?」
言葉は発せずに、静かに頷くことでタイムは答えた。
男たちは顔を見合わせると暫く何かを話していたが、やがて片方の男が門を開け、屋敷の中へ入っていく。
「確認を取ってくる。しばし待たれよ」
残った方の男の言葉に、僅かに表情を変えてタイムは頷いた。
「タイムーっ!」
それとほぼ同時に聞こえた声に、表情は変えずに後ろを振り返った。
「ティーチャー」
「お待たせ!」
名前を呼ばれて答えたのは、馬を任せておいたティーチャーだった。
にっこりと笑顔を向ける彼女は、上がった息が抑えられないのか、肩で息をしていた。
普段は背仲の羽を使って空中を行くことが当たり前の彼女だから、この距離を足で走ったのはおそらく初めてだろう。
「宿に馬、預けてきたよ」
「……部屋は取ってこなかったんだ?」
「すぐに行くと思ったから」
彼女が手に持ったままの荷物を見て尋ねると、ティーチャーは息を整えながらはっきりと答えた。
確かにそのつもりだったけれど、まさか必要ない荷物まで持ってくるとは思っていなかったタイムは、彼女の手にある袋を見て軽くため息をついた。
「お待たせした」
後ろから声をかけられて、もう一度屋敷の方を振り返る。
「町長が話を聞きたいそうだ。入られよ」
「はい」
男の言葉にタイムはしっかりと頷く。
訳がわからずきょとんとしているティーチャーを手招いて、彼女は屋敷の門を潜った。



通されたのは長いテーブルの置かれた広い部屋だった。
ここが普段街のことを決めるために使っている会議室らしい。
門番が言っていたとおり先ほどまで会議が行われていたようで、テーブルにはまだ誰かがいた痕跡が残っている。
人払いをしたのか、2人が部屋に入ったとき、その部屋にいたのは町長夫婦だけだった。
「あなたですか?あの盗賊を知っているというのは」
そう尋ねてきた町長夫人は、先ほど広場で泣き叫んでいたあの女に間違いがなかった。
「ええ、まあ」
曖昧な返事を返すタイムをティーチャーが不安そうに見上げる。
「冒険者なら知っているだろう。あの女は彼のダークマジック帝国を倒した勇者として有名なのだから!」
「あなた!」
怒りを露にした夫を夫人が叱咤する。
「ごめんなさいね。この人も私も、娘が攫われて苛立っているもので」
笑みを浮かべて夫人が謝る。
その顔には、明らかに悲しみが浮かんでいた。
「そのご令嬢のことについて、先にお聞きしたいことがあります」
「娘について……?」
目を細めて、町長が聞き返す。
「はい」
「何だね?」
心配そうに自分を見ているティーチャーに笑みを返してから、タイムは真っ直ぐに町長を見た。

「単刀直入にお聞きします。ライヤ様は、あなた方の実の娘ではありませんね?」

その言葉に夫婦の表情が変わった。
「……ええ。その通りです」
目を伏せて夫人が答える。
「街の者に聞いたのですか?」
そう聞き返す夫人に、タイムはゆっくりと首を振った。
「では、何故そうだと?」
「それは……」
続けようとして、戸惑った。
今この状況で彼女と自分の素性を告げれば、追い出されることは明白だ。

それなら……。

「私はエスクール王国第一王子、リーフ=フェイト殿下の勅命でこの国に来ました」
突然の言葉に、ティーチャーが驚いたようにこちらを見る。
それには構わず、タイムは続けた。
「王子の勅命?」
「はい。2週間ほど前に行方不明になった婚約者を探し出して欲しいと」
嘘ではない。
探し出して必ず連れて帰ると、そう約束した。
「その方の髪の色とご令嬢の髪の色が同じなのです」
「別に、髪の色が同じ人間なんて世界中に……」
「いないんです」
そう口を挟んだのはタイムではなく、その隣に立つティーチャーだった。
「あの人の髪の色はあの人の一族特有のもの。今では世界中でただ1人、あの人しか持っていない色なんです」
だから間違えるはずがない。
間違えようがない。
「教えてください。あなた方はいつ、あの人を娘にされたのですか?」
戸惑ったように夫人が夫を見る。
けれど、彼は俯いただけで何も語ろうとはしなかった。
「……私たちがライヤを拾ったのは、今から1週間と少し前のことです」
仕方なくため息をつくと、夫人は静かに語り出した。

1週間前の夜、この町の警備隊の隊員が町外れに人が倒れているという報告をしたらしい。
確認したいから連れてこいと言うと、その兵士は気を失った少女を連れてきた。
だいぶ衰弱していたその少女を家の中へ運び入れて介護をしていると、彼女はその日のうちに意識を取り戻したという。
少女がきちんと辺りを認識し始めた頃合を見計らって何処から来たのかと尋ねてみたが、彼女はわからないと答えるだけだった。
質問を変えてみても、何も答えられない。
彼女は、町の外で発見される以前の記憶を全て失っていたのである。

「まだ成人していない年にも見えましたし、私たちには子供がいませんでした」
だから少女に提案した。
自分たちの娘になって、ここで暮らさないかと。
「ようやく私たちに慣れてきてくれて、母と呼んでくれるようになったのに」
安心した矢先の誘拐事件。
そして、少女を捜しに来た王族の使者。
生まれたばかりの幸せは一瞬にして壊れてしまった。
夫婦にとってはそういうことになるのだろう。
「タイム……」
困惑した顔でティーチャーがタイムを見上げる。
小さく頷いて、タイムはもう一度夫婦を見た。
「相手が指定した場所は何処なのですか?」
「何処って、この町の近くにある山の洞窟だか?」
不思議そうに町長が答える。
そうしてから、すぐに言葉の意味に気づいたのか、タイムに向けた目を大きく見開いた。
「まさか、君が行くというのか!?」
「ええ」
「無謀だっ!あの女はあの帝国を倒した勇者だぞっ!!」
「偽者ですけどね」
「……何?」
きっぱりと発せられた言葉に驚いたのだろう、先ほどまでの勢いを消して町長が問う。
夫人も驚いたように顔を上げた。
「にせ……もの?」
「そうです」
しっかりとティーチャーが頷く。
「何故、それがわかるのです?証拠は?」
「証拠は私たちです」
「あなたたち……?」
「はい」
呆然と呟く夫人に視線を向け、タイムは静かに答えた。
「君たちが証拠は、どういうことかね?」
テーブルに肘をついて身を乗り出し、町長が尋ねる。

大事なことは全部聞いた。
もう、ここにいる必要はない。

「……私はミルザの血を引く者。あの女が仲間じゃないなんてこと、一目でわかります」
「何っ!?」
「え……っ!?」
がたっと音を立てて町長が立ち上がる。
その隣で夫人が絶句する。
彼らにとって見れば、『ミルザの子孫』は娘を攫った『敵』だ。
それを知っているから誤魔化した。
攫われた少女は彼らの実の娘ではない。
その事実を知っていた理由を。

「……失礼します」

短くそう告げて、タイムは夫婦に背を向ける。
早足で扉へ向かう彼女を気にしながらも、ティーチャーは心配そうな目で夫婦を見た。
驚きとショックで思考が働かないのか、夫婦はその場から動こうとしない。
そんな彼らに申し訳なさそうに頭を下げると、ティーチャーは早足に部屋を出た。



「タイムっ!」
門番の声を無視して早足に屋敷から離れていくタイムを、後ろから追いかけてきたティーチャーが呼び止めた。
「よかったの?言っちゃって」
「必要なことは全部聞いたしね」
「でも、この街にいられなくなるなるかもしれないのに」
そうなれば、攫われた少女を助けることは困難になるかもしれない。
第一、自分たちの馬はもう限界に近いのだ。
逃げることになっても、そう簡単に走らせることなどできない。
せめて一晩でも休ませなければ。
「そうなる前に、あの子を助ければいいんでしょう」
「え……?」
それってどういうこと?
そう聞き返すより先に、タイムは広場へ向かって歩き出す。
「ちょっと!タイム!」
慌てたティーチャーがそれを追いかけた。
「待って!もしかして……」
言いかけのその問いに、タイムは笑みを浮かべてしっかりと頷く。

「今からあの子を助けに行く」

きっぱりと言われた言葉に、ティーチャーは目を見開いた。
けれどそれは一瞬で、すぐに表情を戻すと大きくため息をつく。
「場所、わかってるの?」
首を傾げながら尋ねる。
反対はしない。
しても無駄だと、わかっているから。
「あの家に行く前にこの辺の大体の地理を聞いといたからね」
広場で立ち止まって地図を広げる。
覗き込めば、この街の印のすぐ側にまだ新しいインクで書かれた印がつけられていた。
「この時計塔が北にあるから……」
地図を回して手を止めた。
暫くの間時計塔と地図を見比べる。
やがて顔を上げると、今度は視線を巡らせて辺りを見回した。

「あの山の中腹に、あの偽物が指示した洞窟がある」

そう言ってタイムが示したのは、時計塔の向こう側。
北にある小さな山の中腹だった。

remake 2003.10.11