Chapter4 ダークハンター
11:酒場
さすがトランストン共和国の玄関口だけあって、地図はあっさりと手に入った。
その地図を元に、今度は情報を集めようと街の中に戻る。
この国の何処かでは、剣の封印場所などわかるはずがない。
だから何か、彼の勇者がこの国を訪れた痕跡がないかを調べることになったのである。
「やっぱり情報を集めるとなると、酒場が一番かもしれませんわ」
2人の少し前を歩きながらリーナが言った。
その言葉に明らかにフェリアが顔色を変える。
「酒場に、行くのか?」
「ええ。一般の冒険者にとって、そこが一番の情報源ですから」
にこっ笑ってリーナが言った。
その言葉にフェリアはますます顔色を悪くする。
「そ、その前にギルドに行かないか?こっちも結構情報手に入るぞ」
「そんなにすごいんですの?ハンターさんの情報網って」
桃色のポニーテールを揺らして、リーナは右側を歩くレミアを振り返った。
当のレミアは両手を頭の後ろに回して興味ないといった顔でついてきている。
その姿には地図を買うまでの熱意が全く感じられない。
「んー?たまーに手に入らない情報もあるけどね。んで、大体そういう情報は酒場に転がっていたりする」
「……ということですわよ?」
くるっと左側を振り返って、勝ち誇った表情で尋ねる。
「……レミア、お前どっちの味方だ」
「っていうか、別に酒場に行ったってデメリットはないし」
「……っ!」
思わず飛び出しかけた叫びを押さえて、代わりに強く拳を握る。
あるんだ。それもかなりのデメリットが。
そう叫んでやりたかったけれど、叫んでもおそらく理由を聞き返されるだけだ。
その理由を告げれば、レミアは訳が分からないという顔をして首を傾げるだけだろう。
それが分かっているからこそ、叫ぶことが出来なかった。
「聞いた話ですけど、ここからじゃギルドより酒場の方が近いそうですわ。行くにしても、酒場を先に回った方が効率いいですわよ」
「賛成。いらない時間かけたくないし」
妙にあっさり同意するレミアに、思わず握り拳に力を込めた。
殴ってやりたい衝動に駆られたが、何とかそれを押さえ込んで、代わりに大きなため息をつく。
「というわけで決定ですわ。よろしいですね?フェリア様」
にっこりと、太陽のような笑顔でリーナが笑いかけてくる。
尤も、今のフェリアにはそれも悪魔の微笑みにしか見えなかったけれど。
10分も歩かないうちにこの街で一番大きいという酒場を見つけた。
意気揚々と中へ入っていく2人に比べ、フェリアの足取りはずいぶんと重い。
「マスター!イディアン・サマーくださいな」
入るなりカウンター席に着いたリーナが、いきなりカクテルを注文する。
「おい!昼間から飲む気か!? 」
「あら。情報収集に来たからって、ただでお店に居座ったら失礼ですわ」
「だが……」
「大丈夫。わたくし、飲み比べてお姉様にだって負けたこと、ありませんから」
フェリアの心配も余所に、リーナはにっこりと笑って出されたカクテルを受け取った。
幸せそうにそれを口にするリーナにため息をついて、フェリアは店内を見回す。
リーナと共に店に入ったレミアは、既に情報収集に入っていた。
「ミルザに関係する場所?」
ずいぶん大柄な男の前に立って、静かに頷く。
「どんな些細なことでもいいの。何かこの国に伝わっている場所ってない?」
先ほどまでのだるそうな表情は何処へ行ったのか、その顔に浮かんだ表情は真剣そのものだ。
「んなこと言ってもなぁ」
「あの勇者様がこの国を旅したこと自体記録に残ってねぇし」
「でも世界中を放浪したって記録はあるんだろ?」
「だからって、この国に来てるとは限らねぇよ」
男と同じテーブルについている男たちが口々に口を開く。
「少なくとも俺たちは知らねぇな」
「……そう。ありがとう」
出された結論に礼を言うと、ため息をついて別のテーブルに移動した。
そんな彼女の様子にやっぱりため息をついて、フェリアも聞き込みを始める。
けれど、店中を回っても帰ってくる答えは同じだった。
「ミルザに関連する場所ねぇ……」
「悪い。わかんないわ」
誰もが知らない。わからない。
手掛かりがまったく掴めないまま、時間だけが過ぎていく。
2人がテーブルを移動してはため息をついている中、突然リーナが声を上げた。
「本当ですの!?」
よく響いた声に振り返れば、彼女はいつの間にかカウンター席を離れ、酒場の一番奥、日のあまり当たらない隅のテーブルの前に立っていた。
「ああ。俺はこの国でミルザに関連するっていう唯一の場所を知ってるぜ」
「え……っ!?」
「その話、間違いないか?」
彼女の側に駆け寄ったフェリアが、テーブルに肘を乗せ、頬杖を突いている男に聞く。
一見若者に見えたこの男は、よく見れば自分たちより遥かに年齢を重ねていた。
もうすぐ30といったところだろうか。
「俺は元この国の首長警備隊の兵士でね。国家機密になっていること、結構知ってんだ」
「国家機密?」
男の言葉にレミアが眉を寄せる。
「何で勇者の訪れが国家機密になっているんですの?」
首を傾げてリーナが尋ねた。
「さあね。聞いた話じゃ、その場所には何かすっげぇ宝が隠されたって話だけど」
「すごい宝っ!?」
男の言葉に3人は顔を見合わせた。
リーナには自分たちが何を探しているのか既に説明済みだ。
宝という言葉を聞いてレミアとフェリアが何を想像したのか、彼女も理解していた。
「お願い!その場所を教えてっ!」
ばんっとテーブルに手をついて、レミアがほとんど叫びに近い声で頼み込む。
「おいおい。言ったろ?国家機密なんだ。そう簡単に一般人には言えねぇよ」
「それでも!あたしたち、どうしてもそこに行かなきゃいけないの!」
テーブルに両手をついたまま深く頭を下げる。
「お願いします!その場所を、教えて……」
本人は気づいていないかもしれない。
レミアの声は既に、ほとんど涙声に近いものになっていた。
素っ気なさそうに見えても別の問題に悩んでも、心の底には常に最初の問題――エルザに仲間の水晶を奪われたこと――だけがあった。
手掛かりを掴んだことで、それが一気に外へと溢れ出したのかもしれない。
そんな彼女の声を聞いて、リーナとテーブルに座る男が目を見開いていた。
2人だけではない。
店中の客が何事だと視線を送り、近くにいた客など突然の目の前で起こった出来事にレミアをじっと見つめていた。
ただ、フェリアだけが動じず、黙って男の言葉を待っていた。
「……わかったよ」
暫くして、さすがに居心地が悪くなったのか、ため息をつきながら男が言った。
「本当っ!?」
ばっとレミアが顔を上げ、フェリアとリーナが表情を変えて男を見る。
「ああ。ただし、条件がある」
「条件?」
レミアが眉を寄せたのを見て、男は口元に笑みを浮かべた。
そのまま右手を高々と上げ、カウンターにいる店主に向かって呼びかけた。
「マスター。大至急、大ジョッキひとつ頼む!」
すぐに気持ちのいい返事が聞こえ、数分もしないうちにテーブルにビールが並々と注がれた大きなジョッキが置かれる。
そのジョッキが、唐突にレミアの前に差し出された。
「こいつを一気に飲み干せたら、ミルザと関係ある場所を教えてやる」
「え……」
「な……っ!!」
途端にフェリアの顔が真っ青になった。
「ちょ、ちょっと待てっ!!」
ばんっと勢いよくテーブルに手をついて、2人の間に割って入る。
「私がやる!いや、私にやらせてくれ!」
「駄目だ」
きっぱりと男が言った。
「頼み込んできたのはこのねえさんだ。こいつがやらなきゃ認めねぇ」
鋭い瞳で言われた言葉に思わず怯んだ。
「でもこいつ、酒は弱いんだ。この量を一気飲みなんて、できるはずがない!」
「弱かろうが強かろうが関係ない。これはこのねえさんにやってもらう」
「だが……」
「いいよ、フェリア」
妙に響いた静かな声に、フェリアは反射的に視線を動かした。
先ほどからビールを見つめたまま黙っていたレミアが、静かに自分を見つめていた。
「あたしが、やる」
「けど……」
「大丈夫。絶対飲み干すから」
「いや、そういう問題じゃなくって」
「手、出さないでね」
僅かな笑みを浮かべて言うと、レミアはテーブルに置かれたジョッキを掴んだ。
「ちょ……、レミアっ!!」
フェリアが何も言わないうちに勢いよく中に入った液体を呷る。
信じられない勢いで減っているビールを見て、フェリアの顔色がますます青くなった。
そんな彼女の心情とは裏腹に、周りからは歓喜の声が聞こえる。
それに答えるように、レミアはすぐにジョッキを空にし、テーブルに叩きつけるように置いた。
「すごいですわ!レミア様!」
「おお!やるじゃねぇか!」
思わずリーナと男が声を上げる。
けれど、フェリアは素直に彼女を褒める気にはなれなかった。
今すぐここから立ち去りたいと思っていた。
それでも、何も知らない彼らを残して、自分が逃げ出してしまうわけには行かなくて。
「レミア……?」
恐る恐る声をかけた。
けれど、ジョッキを置いた格好のまま、レミアは動こうとはしなかった。
それでさすがに他の者たちも彼女の変化に気づいたらしい。
「……レミア様?」
「ねえさん?」
一向に動こうとはしないレミアを不思議に思い、2人が声をかけた。
ぴくっと肩が動いて、レミアが顔を上げた。
その目を見た途端びくっと男の肩が跳ねた。
髪と同じ緑色をしたその目は完全に据わっていた。
口元には、明らかに先ほどとは違う笑みが浮かんでいる。
「お、おいおい。ねえさん、大丈夫か?」
男が、今度は恐る恐る問いかける。
それでもレミアは何も答えようとはしなかった。
その肩が、だんだん小刻みに揺れ始める。
「ま、まずい……っ!?」
フェリアが思わずそう口に出したときだった。
「大変だっ!!街に、街に魔物がっ!!」
酒場に駆け込んできた男が、店中に響くほどの大声で叫んだ。
「魔物だとっ!?」
目の前の少女のことは一瞬で頭から消え去ったらしい。
勢いよく立ち上がって、男が叫ぶように聞き返す。
「あ、ああ。剣持って、鎧着た爬虫類の大群が……」
「それって……」
「リザードマン!また来たのか!」
声を上げて、男は脇に立てかけてあった剣を手に取った。
そのまま肩を震わせているレミアを放って、外へと駆け出していく。
「リザードマン……」
店の出入り口を見つめて、フェリアはぽつりと呟いた。
その途端何かに気づいて、未だ立ち尽くすレミアを振り返った。
「大変ですわ!わたくしたちも行かないと……」
「来いっ!レミアっ!!」
リーナが言うより早くフェリアはレミアの腕を掴んでいた。
そのまま店の外へと駆け出していく。
「ま、待ってください!フェリア様!!」
突然の出来事に呆然としていたリーナだったが、暫くして我に返ると、慌てて2人を追いかけた。