SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter4 ダークハンター

12:酒乱

外に出ると、もうそこは戦場と化していた。
ここは比較的街の出入口に近い場所だったから、あっという間に敵に囲まれてしまったらしい。
「どうして!?リザードマンがこんなに街の中に入ってくるんですの!?」
辺りを見回しながら、誰に尋ねるわけでもなくリーナが呟く。
それはほとんど叫びに近かったかもしれない。
「この近くに奴らの巣があるらしいんだ」
近くにいた剣士らしき男の1人が口を開いた。
「巣?」
「何か月か前、どっかの馬鹿がそこを刺激したらしくて、それから何日かに一度、こうやって襲ってくるようになったんだ」
あのリザードマンという魔物は、滅多に見られない人型の魔物だった。
この世界に生息する人型の魔物というのは、大抵ある程度の知能を持っている。
少なくとも、普通の魔物よりはずっと高かったはずだ。
「たぶん、犯人を見つけて殺すまで続けるつもりですのね」
呟いてから、リーナはあることに気づき、辺りを見回した。

そういえば、先に外に出た2人は何処にいるのだろうか。
自分よりずいぶん先に出て行ったのだ。
もう戦闘に参加していてもおかしくはないけれど。

不意に視界に見覚えのある服装を認めて、視線を動かした。
魔物が徐々に集まってくる場所に、レミアが1人で立ち尽くしていた。
彼女を引っ張り出したはずのフェリアの姿は、何処にもない。
「レミア様っ!!」
声をかけるけれど、レミアは一向に動こうとはしない。
小刻みに肩を揺らして、ただそこに立ち尽くしている。
そんな無防備な彼女を標的と定めたらしい。
数体のリザードマンが一気にそこに飛び掛った。
「いけないっ!」
慌てて手にした杖を突き出して、言葉を紡ごうと口を開く。
その瞬間起こった出来事に、リーナは大きく目を見開いた。
何かを打つような鈍い音が聞こえたかと思うと、レミアに飛び掛った魔物の体が勢いよく遠くへ投げ出された。
一瞬何が起こったのかわからず、リーナは杖を構えたまま呆然とその場に立ち尽くした。
剣を扱うはずのレミアの手には、何も握られていなかった。
ただ右手だけが、真っ直ぐに突き出された形で止まっている。
「ふ……」
唐突に口元が歪んで笑いが漏れた。
かと思うと、その笑いはすぐに辺り一体に響くほど大きなものになる。
突然のことに魔物だけではなく、その場にいた人間たちでさえ一瞬怯んだ。
ばっとレミアが両手を広げた。
ぶわっと辺りの空気が大きく揺れる。
「全員伏せろっ!!」
少し離れた場所から、けれどもはっきりと聞こえたその声に、リーナは反射的に地に伏せていた。
次の瞬間、耳を劈くほどの雷鳴が辺りに響いた。
その雷鳴にリーナ自身も含めた何人かが悲鳴を上げたのだか、あまりにも音が凄く、耳には誰の声も届かなかった。
しっかりと閉じた瞼に光が届かなくなった事に気づいて、リーナは恐る恐る目を開けた。
さっきの轟音に耳がやられたのか、周りの音は何も聞こえない。
それでも現状を確かめようと必死に辺りを見回して、絶句した。
先ほどの雷にやられたのだろう、無数にいた魔物は黒焦げになっていて。
その中心に肩を揺らして立ち尽くしているレミアがいた。
本当は笑っていたのだが、一時的にとはいえ聴力を奪われているリーナにその声は聞こえない。
「す、すごい……」
たった一撃であれだけいた魔物を一掃してしまった。
その魔力の強さに、驚いた。

「それを正気でやってるんなら、まだ良かったのだがな」

不意に聞こえないはずの耳に、いや、頭に直接声が響いて、目の前を誰かが通り過ぎた。
もうすっかり見慣れた茶色のポニーテールを持ったその影は、何処から持ってきたのか、手に太い木の棒を持っていた。
「レミアっ!」
口が動いて、フェリアが叫んだ。
今度は聞こえなかったが、顎の動きと状況からして、立ち尽くす仲間の名を呼んだのだろう。
ゆっくりとレミアがこちらに体を向ける。
それと同時にフェリアが手に持った棒を彼女の横に向けて放り投げた。
がんっと音を立てて木の棒が舗装された地面に跳ねる。
それに反応してレミアが動いた。
今度は足で、音のした場所を強く蹴る。
彼女の視線が自分から外されたその一瞬を、フェリアは見逃さなかった。
レミアの視線が戻らないうちに彼女に駆け寄ると、先ほどまで棒を握っていた右手で腕を強く掴む。
そのまま左腕に握っていた何かを彼女の口へ押し込んだ。
ごくっと何かを飲み込むように喉が動いて、がくんとレミアの体が崩れる。
それを何とか受け止めて、フェリアはそのままその場に座り込んだ。
「……助かった」
はあっと回りに響くほどのため息をついてから、レミアの顔を覗き込む。
腕の中に身を沈めた相棒は、すうすうと静かな寝息を立てていた。
「フェリア様」
背後からかれられた声に、フェリアは疲れた表情で振り返った。
漸く聴力が戻ってきたものの、まだ調子が悪いらしい。
耳の近くを手で押さえたリーナがそこに立っていた。
「一体何をなさったんですの?」
突然フェリアが飛び掛ったかと思えば、今度はレミアが崩れ落ち、覗き込んでみれば彼女はただ眠っている。
目の前で繰り広げられた出来事の意味が、全く分からない。
「睡眠薬を飲ませた。とりあえず、それだけだ」
リーナの聴力を考慮したのか、少し大きめな声で言うと、フェリアはもう一度、今度は小さくため息をついた。



「酒乱っ!?」
先ほどの酒場の中、レミアに酒を飲ませた張本人の声が響く。
「そうだ。それも極度に酒に弱い」
相変わらずの疲れた顔でフェリアが頷く。
あの後、彼女はすぐに近くの宿に部屋を取ると、すっかり眠り込んでしまったレミアをリーナに任せ、1人でここに戻ってきた。
事情を説明するとリーナは真っ青になって嫌がったのだが、一度眠ってしまえば酔いが冷めるまで起きないからと説得して、置いてきた。
何より、その睡眠薬はミスリルが調合した特別なものだ。
少しくらいのことでは効果が切れることはない。
「一口で理性を飛ばすから見境がなくなる。本能だけで動くから、普通は無意識にしてしまう力の制御も全くなし。ついでに、本人には酔っぱらう直前からの記憶がない」
淡々とした、それでも心なしか強い口調で続けた。
「あいつはそこらの魔道士よりずっと強い魔力の持ち主だ。あの程度の被害で済んだのは奇跡だな」
ため息をつきながらも妙にあっさり告げられた言葉に、男の顔から血の気が引く。
レミアの放った雷撃は、魔物だけでなく周辺の家の屋根も破壊していた。
「じゃあ、あんたが必死に一気飲みを止めたのは……」
「ああなることがわかっていたからだ。これであいつらが来なかったら、少なくともこの店は吹き飛んでたぞ」
きっぱりと言ったフェリアの言葉に、今度は店中の客の顔から血の気が引く。
ここにいた者たちは店の中から外の様子を見ていたから、彼女の指す言葉の意味が分かっていた。
タイミングよく魔物が襲ってこなければ、自分たちがあのような身元不明死体になっていただろう。
「で、でも、一度やったならもうやらないだろう」
「……あんた、私の話を聞いていなかったのか?」
すうっと目を細めて、フェリアは男を睨んだ。
「あいつは酔っ払う直前、即ち、酒を飲んだという記憶も飛ばすんだ。覚えていないことを学ぶと思うか?」
その声には明らかに怒りが混じっていた。
「わ、悪かった!謝る!俺に出来ること何でもするから!」
あまりの剣幕に慌てて男が頭を下げる。
そんな男の姿を見て小さくため息をつくと、フェリアは体をテーブルから少し離して続けた。
「なら、教えてもらおう。この国にあるというミルザに関係する地。それは何処だ?」
漸く話が元に戻ったのを聞いて店中がほっとする。
男もこれ以上睨まれるのはごめんだと思ったのか、素直に頷いて口を開いた。
「この国にファーソの洞窟って呼ばれる場所がある。元々その側にあったらしい村から付けられた名前なんだが、その村は今はない。かなり古い廃墟だけが残ってる」
「滅んだのか?」
「ああ。ダークマジックに滅ぼされたって言われてる。ただし、この20年間にじゃなくミルザの時代にだ」
「ミルザの時代に滅んだ村……」
記録によれば、その頃の帝国の動きは1年前までの20年間よりもずっと酷かったらしい。
帝国に逆らって滅んでしまった村があったとしても、全く不思議はない。
「何故そんな村がミルザに関係してるんだ?」
浮かんだ疑問を自然と口にする。
「そこまでは知らねぇよ。ただ、その村の洞窟に昔のお偉いさんたちがつけた別名が“ミルザの聖窟”っていうんだ」
「ミルザの聖窟……」
偶然か、それとも何か意図があってつけたのかはわからない。
名前だけでは、そこが本当に祖先に関係した土地であるのかどうか断定することはできない。
「本当に、そこがあの勇者ミルザに関係する土地なのか」
「それは間違いない」
きっぱりと男は頷いた。
「ミルザがファーソの跡地を何度か訪ねたっていう記録なら残ってる。そいつが偽者じゃなかったのなら、間違いなくそこがあんたたちの目的地だ」
じっと、フェリアは男の目を見つめた。
真っ直ぐで、真剣な瞳。
とても嘘をついているようには思えない。
「……わかった。貴重な情報、感謝する」
小さく息をついてそれだけ言うと、フェリアは男に背を向けた。
「これからは十分気をつけてくれ」
首だけを振り向けて、呆れ口調でそう告げた。
一瞬意味が分からなかったらしい。
少し間を置いてから、男は「ああ」と呟いて頷いた。
「わかってるよ。これからはもう初対面の人間に酒勧めたりしねぇ」
その言葉に、フェリアがこの店に入って初めて笑みを浮かべた。
その笑みは、近くにいなければほとんど分からない程度の微かなものだったけれど。

remake 2004.02.01