Chapter5 伝説のゴーレム
10:人形師ギルド
町の中央を走る大通りから大して離れていない場所に、それは建っていた。
ぱっと見たところ、街で城の次に大きいのではないかと思われるその建物は、他の職種や他国のギルドは違ってかなり大きめに造られている。
窓だけを判断材料とするなら、インシングでは宿以外では滅多に見ることはできない5階建てといったところか。
その上に高い屋根があったから、実際は屋根裏部屋と称した最上階があるのかもしれない。
「ここが人形師ギルドなのか?」
「そう。ゴルキド本部にして世界中の人形師たちの総本山」
建物を見上げたまま問いかけるリーフに、同じように顔を建物へ向けたミスリルが答える。
「思ってたよりでかいな……」
エスクール王都にある職業ギルドも確かに立派だったけれど、さすがにここまで大きな建物を本部にしているものは見たことがない。
「元々この国自体、マジック共和国の王立人形師ギルドが本国から独立して建てた国だもの。優遇されていたって驚くことじゃないわ」
むしろギルドが城の一部じゃないことの方が不思議。
そう付け足して、ミスリルは目の前の扉に手をかけた。
扉を押して中へと入る。
その途端、建物の外にも負けない喧騒が2人を包んだ。
「うわ……、うるせぇ」
思わず呟いてしまってから慌てて口を閉じる。
そんなリーフを一瞥して、ミスリルは室内を見回した。
どうやらここは定職についていない人形師たちの仕事を斡旋するフロアらしい。
部屋の奥、壁に沿う形で長いカウンターが置かれており、そのこちらと向こう側で話をする人形師が目に入る。
「ちょっとすみません」
たまたま自分たちの側にいた男に声をかける。
「何だい?」
男は急に声をかけてきた見慣れぬ少女に驚いたようだったが、すぐに表情を緩めて尋ねた。
「このギルドには資料室みたいな部屋ってありますか?」
「ああ、あるにはあるが……」
まじまじと男がミスリルを見る。
その瞳に浮かんだ疑問を読み取って、彼女は笑みを浮かべて見せた。
それは自分がいつも学園の校長会に対して使っている営業用のもの。
「私たち冒険者なんです。人形師の本国には昨日着いたばかりで」
本当は入国したのはつい先ほどだが、そんなことを口走ろうものなら2人はあっという間に人に囲まれてしまうだろう。
マジック共和国の高官用の船が冒険者を運んできたという話は、既に街中に広がっていたから。
「ああ、だからか」
納得したように男が呟く。
おそらくここを訪れる人間がこの建物の構造を知らないことを不思議に思ったのだろう。
「資料室はあそこの階段を上ってすぐの部屋だ」
「ありがとう。行くよ」
男に礼を言ってからリーフに声をかけた。
入口の側で壁に背を預けるようにして立っていた彼は、ミスリルの言葉に頷くとこちらへ歩いてくる。
「おい、ちょっと待って!」
背中から声をかけられ、2人は足を止めた。
ミスリルだけがそのまま顔だけをそちらを向ける。
「その上は……」
「ご心配なく」
男の言いたいことに気づいて、ミスリルは先ほどと同じ笑みを浮かべた。
ぱちんと軽く指を鳴らす。
その途端床から何か小さなものが起き上がった。
「ギルドに登録はしていないけど、私も人形師ですから」
足元に現れた小さな土人形を手の上に乗せる。
それを見て、男は安心したように表情を緩めた。
「そうか。邪魔して悪かったな」
「いいえ」
先ほどより笑みを深くして言葉を返す。
ぴょんっと手から小さな土人形が飛び降りた。
そのまま解けるように床の下へと消えていく。
それを確認してリーフの方へ視線を向けると、2人は言葉を交わさずに階段を上り始めた。
「……慎重なんだな」
階段を上りきり、下の階が見えなくなったことを確認すると、ぽつりとリーフが呟いた。
「総本山だからね。他の職種に見せられない極秘資料とかも保管してあるんでしょう」
目の前の扉を躊躇いもなく開きながらミスリルが答える。
「……俺、入っていいのか?」
「私1人に資料探しさせる気?」
振り返って睨んでやる。
「いや、そんなつもりは……。ごめん」
びくっと肩が揺れたかと思うと、リーフは縮こまって謝った。
そんな彼を見てため息をつくと、ミスリルはそのまま部屋の中へと入っていく。
「謝ってる暇があったらさっさと手伝って。今日中に終わらせるのよ」
「あ、ああ!」
思わず拳を握って意気込んで、リーフは部屋へと足を踏み入れた。
その瞬間、先ほどの自分の返事を思い切り後悔する。
目の前に広がったのは、エスクール城内の図書館まではいかないが、相当広いと思われる部屋にびっしりと並んだ本棚で。
「……これ、全部調べるんすか?」
「当然でしょう。早くしなさい」
きっぱりと帰ってきた答えに、リーフは盛大にため息をついた。
あれから3時間ほどかけて一般開放されていた資料を調べたけれど、結局目当ての資料は見つからなかった。
あの伝説に関する資料はどれも噂として流れた部分のものばかりで、所在もこの国のどこかとまでしか書かれていなかったのだ。
「後は極秘資料の閲覧許可を取るしかないだろ?」
階段を下りながら疲れた顔でリーフが言った。
発せられた声にも心なしか疲れが滲んでいる。
入国してそのまま資料漁りを始めたのだ。
疲れてないと言えば嘘になる。
「取れるかどうか、微妙なところね。私はギルド未登録の人形師だから」
登録していたとしても、自分はこの国の人形師ではない。
極秘の資料を見せて貰えるのかどうか。
その答えは、おそらく否だ。
「じゃあどうするんだ?諦めてあのカースって村に行くか?」
言外に「無理だろう」と言っていることに気づいたらしい。
先ほど街外れで見た地図を思い出し、尋ねる。
「それしか、ないんでしょうね……」
だけど、もしそこもはずれだったら。
自分たちの手の届くところにある手掛かりが完全に失われてしまうことになるのだろう。
「……ここまで面倒なのは初めてだな」
扉を閉め、階段へと足を向けたままリーフが呟く。
その通りだ、と思った。
ダークマジックの時は行くべき場所がわかっていた。
わかっていて自分たちが揃うまで、力をつけ、時が来るのを待っていた。
セレスやタイム――法国や魔妖精のときも同じようなものだっただろう。
レミアのときには、自身が動こうとするその瞬間にたまたま情報が彼女のもとへ入ってきた。
実際それにはフェリアの働きとリーフを使ったルビーの手回しがあったのだけれど。
今の自分には行くべき場所がわかっているという幸運も、情報をくれる後ろ盾も、何もない。
「……許可、貰えるといいな」
再び聞こえた呟きに、ミスリルはため息をつく。
「……そうね」
視線をまっすぐに階段へ向け、それだけ返した。
それきり言葉を発しようとはせずに考え込む。
けれど結局堂々巡り。
何度今後のことや解決策を考えてみても行き着く場所は同じで、漸く動いたかと思えば、最悪の事態を思い描いてしまう。
最悪の事態。精霊神法があの男たちの手に渡り、そして。
そんなことにはならないと、頭を振って否定する。
精霊神の言うとおり、伝説の“竜”を呼び出す呪文が精霊神法だというのならば、そう簡単には使用できる人間など見つからないはずだ。
だから大丈夫。
そう自分に言い聞かせて落ち着こうとした。
そうでなければ、思考はどんどんそちらの方へ流れていってしまう気がしたから。
「どうしてですかっ!!」
突然聞こえた大声に思考が現実に戻されたのは、まさにその時。
いつのまにか降りきっていた階段の側から1階を見回す。
室内にいるほぼ全ての人間の視線が、カウンターの一角に向けられていた。
「どうして引き受けて下さらないんですかっ!?」
先ほどと同じ女の声が人ごみの向こうから聞こえてきた。
「……って言ってもねぇ」
続いて聞こえたのは、ため息交じりの男の声。
「あんたも噂は知ってるだろう?こっちもこれ以上犠牲は出したくないんでね」
「そんな……っ!?」
ほとんど悲鳴に近い声を上げて女の声が途切れる。
その声に混じっている感情に気づいて、ミスリルは眉を寄せた。
「……何?」
「何か揉めてるみたいだな」
「それはわかるわよ。何で揉めてるかを聞いてるの」
背伸びをして人ごみの向こうを覗こうしているリーフを睨む。
「今の会話でそこまでわかるわけないだろ」
そんなこともわからないのか、と言う意味を込めて睨み返す。
「……わかってるわよ」
ついっと視線を逸らして言葉を返した。
そんな彼女をらくしないと思いながら、リーフはもう一度背伸びをしようとカウンターの方へ視線を向けた。
その瞬間、聞こえた言葉に大きく目を見開いた。
「お願いします!“竜”の封印場所を報酬に、『虐殺の双子』を止めてくださいっ!」
あなたたちの言う犠牲をこれ以上出さないためにも。
そう続けられた女の言葉は、もはやミスリルの耳には入ってこなかった。
「ミスリルっ!?」
リーフが気づき、名を呼んだときには遅かった。
ミスリルはほぼ反射的に人ごみの中に飛び込んでいた。
そのままの勢いでそれを抜け、最前列に出るなりカウンターに向かっていた女の方を掴む。
ギルドの職員だろう男の方に集中していた女は、その突然の介入に驚き、思わず身を竦ませた。
「教えて!!」
女が口を開くより早くミスリルが叫んだ。
「え……?」
「“竜”の封印場所、知っているのなら教えて下さい!」
女が大きく目を見開く。
一瞬ギルド内にざわめきが起こった。
その瞬間、誰かが必要以上に大きな声でわざとらしい欠伸をする。
「お、俺そろそろ帰るわ。じゃあなー」
近くにいる知り合いにそう告げると、男はそそくさとギルドを出て行った。
「あ、俺も」
「私のそろそろ行かねば」
その男の後を追うような形で、逃げるように人形師たちがギルドを去っていく。
突然の妙な光景にリーフの頭が慣れる頃には、ギルド内にはリーフとミスリル、そして名も知らない女性以外誰もいなくなっていた。
まだ営業時間のはずだというのに、カウンターの職員の姿さえない。
「……一体何なんだ?」
周りのあまりにも不審なその行動に、リーフは思わず顔を顰める。
そのまま最後に出て行った人形師がしっかりと閉めた扉を、訝しげな視線でじっと見つめていた。
ミスリルに肩を捉まれたままの女が言葉を発するまで、ずっと。