SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter5 伝説のゴーレム

11:虐殺の双子

ゴルキド王都のはずれにある宿。
そこに用意された2人部屋に彼女たちは集まっていた。
同じベッドに腰を下ろすミスリルとリーフの前に座るのは、先ほどギルドで出会った明るい茶色の髪を持つ女性。
手入れをすれば綺麗だろう腰までの長い髪はぼさぼさだった。
真っ直ぐな髪がところどころ縮れているのは痛んでいるためだろうか。
「私はイール。イール=レムーロと申します」
暫くの沈黙の後、漸く女性が口を開いた。
それでふと、まだ自己紹介をしていなかったことを思い出す。
「ミスリル=レインです」
「リーフ……、えっと、リーフ=フェイト」
一瞬だけ視線を彷徨わせてリーフが続ける。
おそらくどう名乗るか迷ったのだろう。
フルネームは言えない。彼の身分を明かすことになってしまうから。
けれど『フェイト』の名まで出していいのか。
そこで迷って、結局言った。
「改めてお聞きします。あなたは“竜”の封印されている場所をご存知なのですか?」
先ほどのギルドでの勢いは何処へやったのか、落ち着いた口調でミスリルが尋ねる。
「……ええ、知ってます」
イールと名乗った女性がしっかりと頷く。
「それはどこ……」
「ちょっと待ったミスリル!」
思わず腰を上げて問いただそうとしたミスリルをリーフが止める。
そんな彼の行動に、ミスリルは怒りの視線を向けた。
普段は滅多に見せることのない色を宿した瞳に、普通の人間ならば怯えるかもしれない。
しかし、そんな彼女の視線にすっかり慣れてしまっているリーフには全く効果がなかった。
それどころか、頭の隅にも残っていなかった問題を突きつけられ、逆に彼女自身が黙り込んでしまうことになった。
「お前さっきっから焦りすぎだ。だいたい俺たちの言う“竜”とこの人の言う“竜”、同じものって証拠はないだろ?」
深緑色の瞳が真っ直ぐ自分に向けられている。
反論しようとしたのに、できなかった。
リーフの言うことは正論だ。
自分たちが噛り付いたこの情報が、自分たちにとっての真実だという証拠はない。
「だけど……」
真実だったら、自分たちの捜し求めていたものだったらどうする。
そう問いかけようとした言葉は、声にならずに飲み込まれた。
リーフの纏った雰囲気が、変わっていたから。
あの時、エスクールで父王と謁見したときのような雰囲気に。
「ちょっと気になっていたんですが」
ミスリルが黙り込んだのを確認すると、リーフは呆然と2人のやり取りを見ていたイールへ視線を向けた。
「何でしょう?」
「先ほどギルドであなたが……というよりミスリルが“竜”という言葉を口にした時、あの場所にいた人形師たちが逃げるように帰って行きましたが、何故です?」
突然の質問。
最初にミスリルが質問しようとしたものとも、先ほどのミスリルとリーフの会話とも関係ないと思える問い。
それに一瞬きょとんとして、すぐに何を聞かれたのか気づいたらしい。
はっと顔を挙げ、真っ直ぐに彼の方を見た。
「それは、その……」
「答えてください。私たちはそれに関わっているかもしれないんです」
真剣な瞳でイールを覗き込む。
そんな彼の動作に思わずイールは頬を染めた。
元々は美形の類に入るリーフだ。
女性ならば、真剣な表情で見つめられて照れてしまっても仕方がないかもしれない。
しかし、そんな彼女の反応にリーフは不思議そうに眉を寄せた。
普段自分の周りにいる女性たちの性格が性格なだけに、何故こんな表情をされるのかがわからないのだ。
異世界に行く以前にもこんな反応を返されたことはあったが、それは自分の身分のためだと思っている。
だから身分を隠している今、どうしてこの女性が自分にこんな反応を示すのか。
それを聞きたい気持ちに駆られたけれど、それで質問を変えてしまっては仕方がないと我慢する。
「イールさん」
もう一度声をかけると、イールははっと我に帰った。
「あ……、すみません」
目を逸らして小さく謝る。
暫くそのまま視線を彷徨わせていたけれど、やがて意を決したのか顔を挙げ、それでも視線だけは自分の足に落として言った。
「今この国では、“竜”という言葉はタブーなんです」
「何故?」
間髪入れずに聞き返したのはリーフでなく、黙り込んでいたミスリルだった。
「『虐殺の双子』……」
「え?」
ぽつりと呟かれた言葉に、リーフは先ほどとは違う意味で眉を寄せる。
「今、この国で指名手配されている双子の人形師です。“竜”と呼ばれる宝物に関することを、ほんの少しでも知っている人形師を、皆殺しにしている子たち」
「それで『虐殺の双子』か……」
ほとんど無意識に呟かれたリーフの言葉にこくりと頷く。
「あの場でもし私が“竜”の場所を口にしたら、あの場にいた人全員が双子の標的になります。だから……」
「だから、ギルドの職員まで逃げ出したと」
確認するようなミスリルの問いに顔を俯け、頷いた。
「何でまた、その、『虐殺の双子』はそこまで“竜”に執着を?」
こんなことをこの女性に聞いても仕方がないのかもしれない。
そう思いつつもリーフは感じた疑問を口にした。
ほんの少しだけ、確信めいた予感を覚えて。
「……あの子たちは、“竜”を狙っているんです」
「“竜”を?」
鸚鵡返しに尋ねれば、イールは静かに頷き、続ける。
「“竜”とは……人形師の間に伝えられている伝説です」
ぴくりとミスリルが反応する。
「大昔にはこの世界にもいたと呼ばれる聖竜族の1人、土竜の化身と呼ばれているゴーレムで、その力を手にした者は世界で一番強くなれるという伝説。あの子たちはそれを信じて、その力を欲しがっているんです」
そこまで言い切ると、ぎゅっと両手を握り締める。
かたかたと小刻みに震え出した彼女に驚き、声をかけようとリーフが座っていたベッドから腰を浮かせたときだった。
「リーフ」
不意に隣からかかった声に顔を向ける。
視界に入ったミスリルの顔には、ほら見ろと言わんばかりの表情が浮かんでいた。
そんな彼女を一瞬睨んでから、俯いたままのイールに声をかける。
「あの……、もしかしてその双子、あなたのお知り合いなんですか?」
その問いにイールがばっと顔を上げた。
見開かれた金の瞳が、驚きを露にして自分を見ている。
「いや、さっきからその双子のことをあの子って呼んでいたから、そうじゃないかと」
知り合いでなければ、そしておそらく同い年か年下でなければ、この女性は既に悪名高き『虐殺の双子』を『あの子たち』などと呼んだりはしないだろう。
そして、知り合いでなければギルドに『止めてくれ』などと依頼に来ることはなかったはずだ。
普通は『倒してくれ』だろう。
そもそも、そういう依頼は本来人形師ギルドではなくハンターズギルドに依頼すべきものなのだから。
「ええ……、そうです」
小さく搾り出すような声で再び俯いたイールが口を開いた。

「『虐殺の双子』は……私の実の弟です」

「え……っ!?」
「弟っ!?」
思わぬ真実に絶句する。
その『虐殺の双子』はおそらく、今自分たちが敵とするあの双子だと思っていたから。
「とく……ちょうは……?」
「え?」
突然呟かれたミスリルの問いかけに、聞き取れなかったのかイールは不思議そうな視線を向けた。
「その双子の、特徴は?」
声が震えているのは、きっと気のせいではないであろう。
「私と同じ茶色い髪で、1人が赤いローブを、もう1人が青いローブを身につけています」
告げられた言葉に目を見開く。
「ローブは自分の目の色に揃えたんだと言っていました。それで、年は……そう、ちょうどリーフさんくらいです」
「17前後?」
「17……です」
思わず聞き返すと、イールは表情を歪めて俯いた。
「……間違いない、わね」
ぽつりと呟かれた言葉に、視線だけをミスリルへ戻す。
「ああ……」
複雑そうな表情でリーフが頷く。
「もしかしたら、と思ってたけど、まさか本気で同じ奴らなんてな」
「同……じ……?」
小さく呟かれた言葉。
それでも近くにいたイールにはしっかり聞こえてしまっていた。
「同じって、何が、ですか?」
震えながら発せられた問いに、リーフはミスリルへ視線を向ける。
言うべきか、言ってしまっていいのかわからない、そんな視線。
投げかけられた問いの答えを、そして自分たちがここに来た目的を話せば、目の前の女性が傷つくのはわかりきっている。
けれど、この問いをはぐらかして、はたして自分たちの知りたい情報は手に入るだろうか。
答えはおそらく、否。
双子のターゲットとなる条件をわざわざ他人に与える発言など、この女性はしないはずだ。
弟たちを止めたいと願っているのだから。
その『止める』という仕事を引き受けるのなら話は別だろうが。
同じ事を考えているだろうミスリルの瞳は、困惑気味に揺れていた。
暫くして小さくため息をつくと、一瞬だけその茶色い瞳がこちらに向けられる。
それに反応を返す前にミスリルは静かに口を開いた。
「私たちは故郷と呼べる場所で『虐殺の双子』に襲われたの」
告げられた言葉にイールが目を見開く。
それに気づかないふりをして、続けた。
「私たち2人は無事だったけど、連れ……そいつの恋人とその友達が奴らに石にされた」
「人が、石に……?」
信じられないという表情で聞き返す。
実際信じられないのだろう。自分の弟たちが禁呪を使うことができるなど。
ちらりと視線をリーフの方へ向ける。
彼は顔を僅かに俯けて、それでも視線だけはしっかりとこちらに向けていた。
何処まで話すか、判断は任せる。
そんな意思を瞳に乗せて。
小さく頷くと再び視線をイールへと戻す。
そしてゆっくりと、先ほどより少しだけ大きな声で言葉を紡いだ。

「私たちは仲間の石化を解くために、あの双子を殺すためにこの国に来たの」

一瞬リーフが驚いたように表情を変えた。
実際に驚いたのだろうが、ミスリルにそれを気にしている余裕はなかった。
一気に自分たちの目的を口にしてしまったのだから、もう全てを説明しなければならない。
自分たちがここに来た経緯を、自分の素性をうまく隠して。
話してしまった方が早いと思ったのだけれど、何故か頭がそれを禁じたのだ。
勇者の子孫であることは話さずにおいた方が良い。
自分の中に眠る何かが、そう訴えているような気がした。



「……そう、ですか」
大体の説明が終わって口を閉じると、イールと名乗った少女がぽつりと呟いた。
「あの子たち、エスクールにまで……」
耳に届いた言葉にリーフが顔を顰める。
本当は違うのだと呟きそうになって、何とか声にはせずに言葉を飲み込んだ。
襲われた場所が異世界などと口にしたら、それだけでミスリルが持つ名の正体がわかってしまうかもしれない。
それを危惧して、襲われたのはエスクールと嘘をついた。
「それで、その、お仲間は……?」
控えめにイールが問いかける。
その問いの意味がわからずミスリルは眉を寄せたが、彼女が口を開くより先に察したリーフが口を開いた。
「石になった2人なら、側に居合わせた別の仲間が一緒にいます。他に別行動している奴らも何人かいるから、今頃そっちと合流してるはずです」
「そうですか……。よかった……」
ほっとイールが胸を撫で下ろす。
「よかったって……?」
表情を変えずにミスリルが聞き返す。
その問いに、今度はイールが苦しそうに眉を寄せた。
「石化呪文をかけられて、その石像が壊されてしまった場合、その人の命が戻ることはないそうですから」
告げられた言葉にぎょっとする。
そう。いくら体に命が宿ったままとはいえ、壊されてしまったらおしまいなのだ。
その状態で元に戻ったりすれば、体がどんな状態になるかなんて容易に想像してしまえるもので。
「人形師も、何人かその方法で殺された方がいるそうです」
続けられた言葉に今度こそ愕然とした。
どうしてそれに気づかなかったのだろう。
少し考えれば思いつくはずの戦術なのに。
何故自分はあの時――ペリドット説得されたあの時――自分は石化されることはないと、ただ普通の攻撃をしてくるだけだと言い切ることができたのだろう。
普通に襲い掛かってくるよりは、その戦法の方がずっと効率的だとわかりきっているのに。
「ミスリル?」
かけられた声にはっと我に帰る。
視線を動かせば、リーフが怪訝そうな顔で自分を覗き込んでいた。
「あ……、ごめん。何でもない」
言葉を返しながら動いていなかった自分の思考に驚いた。
自分はそこまで余裕がなかったのかと。
「それで、最初の質問に戻りますが……」
深呼吸をして、心を落ち着かせてから言葉を紡ぐ。
今更ながら初対面の相手に対して失礼な口調で話していたことに気づいて、慌てて直した。
「あなたは“竜”の封印されている場所をご存知だと仰いましたね?」
「……ええ」
イールが静かに頷く。
最初に問いかけたときと同じ動作。
それを見た途端に湧き上がってきた焦りも興奮も、今はない。
「私たちは双子を止めるための力として“竜”の力を求めています」
唐突に掏りかえられた言葉に気づいたリーフがミスリルを見る。
そんな彼には反応を示さず、続けた。
「だからもし、本当に“竜”の場所をご存知なら、教えていただきたいんです」
きっぱりと告げた言葉は、先ほどよりずっと落ち着いているように思えた。

remake 2004.07.29