SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter5 伝説のゴーレム

13:古文書

王都から馬を飛ばして数日。
2人はイールの案内の元、彼女の故郷カース村を訪れていた。
『虐殺の双子』が現れてから何度も王都と故郷を往復したらしい彼女の乗馬の腕は見事なもので、普段から馬に乗りなれているはずのリーフが始終褒めているほどだ。
「こちらです」
村のはずれで馬を下り、イールがこちらを振り返る。
その言葉に頷いてリーフが先に馬を下りた。
しっかりとこちらを振り返ってから、同じ馬に乗っていたミスリルが降りる手伝いをするために手を差し出す。
3人の中で唯一ミスリルだけが乗馬経験がなかったため、彼女はリーフにしがみつく形で同じ馬に乗っていた。
本人にしてみればかなり不本意な行動だったのだけれど、1人で馬に乗って振り落とされるよりはマシだとしぶしぶ納得したのだ。
少し歩いた場所にあった馬小屋に自分たちの馬を入れる。
あまり大きくないこの村には、冒険者に貸し出すための馬小屋はここしかないらしい。
馬にエサを与えてから、2人はイールに促され、村外れの小さな家に足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ」
最後に入ってきたイールがにこりと笑ってそう告げる。
どうやらここが彼女の家らしい。
「お邪魔します」
本来の育ちのよさからか、自然にリーフがそう返す。
そんな彼にくすくすと笑って、イールは2人を奥へと促した。
「適当に座ってて。お茶入れてくるから」
「ありがとう」
お礼を言うとにこりと笑みが帰ってくる。
初めて会ったときの彼女とは別人のような明るさに驚かされたのは、もう何日も前のこと。

一緒に旅をするという都合上、3人は必然的に敬語をやめた。
始めに言葉を崩したのは、ある意味最初から崩していたミスリルで。
それに便乗するようにイールが普通に話すようになったのだ。
リーフだけは最後まで渋っていたが、その丁寧さが身分を見破られる原因になるかもとミスリルに脅され、結局やめることとなった。
以来3人は以前からの友人のように言葉を交わしてきた。
それがある意味でミスリルの重荷になっていることには誰も――本人でさえも気づいてはいなかったけれど。

「どうぞ」
3人分のカップをテーブルに並べて席につく。
礼を言ってカップを口に運んで、ミスリルは小さくため息をついた。
「おいしくない?」
不安げにイールが覗き込んでくる。
そんな彼女にそうじゃないと返して、ミスリルはカップをテーブルに戻した。
「……いきなりで悪いけど、本題に入らせてもらいたいの」
その言葉に穏やかだったイールの表情が曇る。
しかし、それは一瞬で、すぐに彼女は席を立ち、部屋の隅にある本棚から1冊の本を取り出した。
分厚いそれはかなり古いものらしく、表紙の端がぼろぼろになっていた。
「これは以前、弟たちが人形師ギルドから盗んできた古文書よ」
「ギルドからっ!?」
思わぬ言葉にミスリルは思わず声を上げた。
「ミスリル!」
名を呼ばれ、慌てて口を閉じる。
暫く話をせずに外の様子を窺った。
物音と気配がしないことから、誰かが回りにいることはないだろうと判断して続きを促す。
「あの子たちはあんなことを始める前、ここに住んでいたから。ちょうど1年前かしら?突然あの子たち、強い力に執着するようになったの」
それまでは自分たちの力を自衛のために使っても、誰かを襲うことなんてなかったのに。
そう続けられた言葉に、2人は眉を顰めた。
「その始めのころに王都に行って、帰ってきたと思ったらこの本を持ち込んで。問いただしたらギルドから持ってきたって言っていたから、多分本当の話なんだと思うわ」
イールが膝の上でぎゅっと拳を握ったのが、こちらからでもよく見えた。
「ギルドの貯蔵品では一番古い本らしくって、中身もぼろぼろだから気をつけて」
テーブルの上に置いた本を2人の方へ押し出す。
一瞬リーフの方へ視線をやってから、ミスリルは恐る恐るその本に触れた。
感触から持ち上げるのはやめた方がいいと判断し、そのまま開く。
開いた瞬間、現れた文字に困惑した。
「古代語……」
呟かれた言葉にリーフが本を覗き込む。
書かれた文字を確認した瞬間、ちっと小さく舌打ちした。
「これじゃあ俺たちには何が書いてあるかなんて全然……」
「あんたの弟たちは本当にこれを読んで……?」
「ええ。すらすらと何の問題もなく読んでたわ」
きっぱりと告げられた答えに、2人は顔を見合わせる。
古代語とは、一般的には既に失われた言葉。
一部の魔道士が未だに魔法言語として使用しているけれど、それでも読める者はごく小数で。
呪文に関する知識が極端に少ないリーフはもちろん、勇者の血を引く自分たちにだって読める者はいないのだ。
「これをすらすら読めるなんて……」
ゲート以外の禁呪を使える時点で読めること自体は予想はしていたけれど、一体彼らは何処でそんな知識を身につけたというのだろう。
イールの話を聞く限り、魔道士の専門機関に所属していた様子はないというのに。
「解読するには、やっぱりあいつを呼ぶしかないか……?」
本を見つめたまま考え込んでいたリーフが戸惑いがちに問いかける。
あいつ――自分たちの中で唯一古代語を魔法言語として操るマジック共和国の宮廷魔道士。
「もしくは……、載ってる地図なんかで大体のページに見当をつけて、書き写して送るしかないでしょうね」
だが、この提案は無謀すぎる。
この分厚い本の何処に知りたい情報が載っているかなど、今の自分たちでは見当がつかない。
もし移したところが全て見当違いの場所であれば、それこそ無駄に時間が過ぎてしまうことになる。
「……呼ぶしかないか」
せっかく彼女に会わないように、アールに無理を言ってこの国に寄ってもらったというのに。
「呼ぶにしたってどうやってだ?ここから手紙を出したって、マジック共和国に届くまでずいぶん時間がかかるぜ?」
そもそもこの国の現状が現状だ。
出した手紙が無事に届くかどうかもわからない。
「……イールは古代語読めたり、しないわよね?」
「……ごめんなさい」
表情を暗くして俯いてしまったイールに、ミスリルは首を振る。
気にしないでと小さく告げて、考え込んだ。
手紙だと時間がかかるうえ、無事に届く保証はない。
直接連れてこようにも自分は転移呪文を使えない。
ならば、確実にリーナをここに連れてくるために残った手はあとひとつ。
「タイムを通してティーチャーに頼むが一番、ってとこかしらね?」
突然飛び出した名前にリーフは驚いてミスリルを見、イールは訳がわからず首を傾げる。
「一度向こうに戻る気か!?」
確かに一番確実な手ではあるが、ルール違反ではないだろうか。
異世界を通して別の場所にいる人間と連絡を取るなど、ごく一部の人間しかできない。
そんなずるいと言える手を使ってしまって、本当によいのか。
いつもならばミスリル自身が口にしそうな問いを頭の中で考える。
「今の私たちに無駄できる時間はないわ」
きっぱりと言われた言葉に、リーフは一瞬反論する言葉を失う。
時間がない――それはもちろん、こちらよりずっと早く時間が流れるアースにおいて、学校側をそう長い間誤魔化してはいられないということだけれど。
今回はそれとは別にもうひとつ理由があった。
「禁じられ、封じられた石化呪文。その恐ろしさがわからない」
小さく続けられた言葉にイールが俯く。
そんな彼女に気遣うような視線を向けてから、続けた。
「長時間石化していたら元に戻せなくなるなんて効果がある可能性を考えれば、私たちはのんびりしてはいられない」
もちろんこれは過去の文献からの推測に過ぎなくて、実際はどうなのかさっぱりわからないのだけれど。
「だから少ない時間で確実に先へ進める方法を選ばなくてはいけない」
「ぞうだけど、でも……」
「何度も言わせないで。時間がないの」
茶色の瞳が真っ直ぐにリーフへ向けられる。
そこに宿った色に気づいて、喉から出かかった言葉を飲み込む。
気づかれないように小さく舌打ちをすると、呟きに近い声でわかったと告げ、視線を逸らした。

自覚したんじゃなかったのかよ。

王都を出る前夜に消えたと思っていた焦りがミスリルの中に戻ってきている。
あの余裕のない瞳がそれを伝えていた。
「……ということだから、その方法で連絡つけてくるわ。少し家の外に行ってくるわね」
前半はリーフ、後半はイールに告げると、ミスリルはそのまま家を出て行こうとする。
扉に手をかけた瞬間、突如外から聞こえてきた声に思わずびくっと体を揺らして動きを止めた。
聞こえてきた叫び声。これは明らかに、悲鳴。
「……またっ!?」
声を上げてイールが立ち上がる。
彼女が座っていたのはソファであったから椅子が倒れることはなかったけれど、代わりにテーブルに置いてあったお茶が立ち上がった拍子に膝をぶつけたために零れた。
「お、おいイールっ!?」
膝にお茶がかかってしまったにも関わらず、そのまま飛び出そうとした彼女にリーフが声をかける。
一瞬こちらを振り向いたものの、イールは早口に謝罪の言葉を告げると家の外に飛び出した。
「一体どうしたんだよ、あいつ!」
「わからないけど、放っておくわけにはいかないわね」
リーフの方に視線を向けずに言うと、ミスリルはそのままイールを追って駆け出して行く。
「ってぇ、おい!置いてくなっ!!」
腰から外し、壁に立てかけていた剣を慌てて掴んでリーフ自身も家を飛び出す。

何か、つい最近同じセリフを言った気がする。

前を走る2人のあとを追いかけながらも、リーフは頭の隅でそんなことを考えていた。

remake 2004.08.03