SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter5 伝説のゴーレム

18:古代の魔導士

「お久しぶりです、ミスリル様」
階段を下りた途端、耳に入った懐かしい声に視線を動かす。
先ほど3人で食事をしたソファに赤に近い桃色の髪を持つ見知った少女が座っていた。
「リーナ!」
その顔を認めると、ミスリルは珍しく声を上げて彼女に近寄る。
「久しぶり。ずいぶん時間かかったけど、無事連絡が取れてたようでよかったわ」
無意識にむっとしたような表情を向けると、リーナは少し驚いたような表情になる。
それを不思議に思い、ミスリルが眉を寄せると、彼女はすぐに不満そうに表情を浮かべた。
「そんなことより、酷いですわミスリル様!」
突然発せられた怒鳴り声に別に意味で眉を寄せ、「何が?」と聞き返す。
途端に頬を膨らませると、リーナは勢いよくソファから立ち上がった。
「今回の件ですわ!わたくしが一緒に探してくださいと頼んだ時は即断られたのに、結局探していらっしゃるではありませんかっ!?」
「ああ、あれね……」
リーナの言葉に、今思い出したかのように呟きながら頷いた。
「あの時とは状況も何もかもが違うからね。それに旅の最初に伝説の確証も見つけたし……」
「確証……?」
そう言われてから、リーナは目の前の少女がその言葉に酷く拘っていたことを思い出す。
確証のない伝説は興味ないと言っていた彼女。
それなのに、ティーチャーと会ったときに伝えられた彼女が伝説のゴーレムを探しているという事実。
その考えの変化に疑問を持ちながらここまでやって来たが、今の言葉が真実ならば納得がいく。
「……その確証というのは何ですの?」
興奮している感情を無理矢理押さえ込んで尋ねた。
堅物というイメージのあるこの友人の考えを変えたものが何なのか、純粋に知りたいと思った。
リーナの問いにすぐには答えず、ミスリルは訪問者と向かい合うようにソファに座っていたリーフへ視線を送る。
彼は突然目が合ったことに驚いて僅かに目を見開いたが、すぐにその意図を察してわかっていると頷いた。
「イールには悪いけど出かけてもらった。暫く帰ってこないと思う」
「そう。わかった」
頷くと、ミスリルは目の前にあった1人用のソファに腰を下ろした。
それを見てリーナも先ほど自分が座っていたソファに戻る。
リーナが座ったのを確認すると、ミスリルは真っ直ぐに彼女を見て口を開いた。
「例の伝説のゴーレム。あれが地の精霊神法らしいの」
「精霊神法……っ!?」
思いがけない言葉に思わず声を上げる。
それを咎めるように睨まれて、リーナは慌てて口を閉じた。
「マリエス様が仰っていたから間違いないわ」
きっぱりと言われた言葉に息を呑んだ。
「そう、だったのですか……」
呆然と言葉を返しながら、そういえば、とどこか冷静な頭で考える。
魔道士や魔法剣士ならばどこかで一度は耳にした覚えのある呪文。
今まで彼女たちが手にした精霊神法は、どちらもそんな伝説の呪文ではなかったか。
「でも、それならば今まで誰も見つけられなかったというのも納得できますわね」
精霊神法が記された呪文書が置いてあるのは、エスクールの地下に点在する七大精霊の神殿だ。
あの場所は洞窟の奥で結界によって守られており、神殿の中に踏み込めるのは勇者ミルザの血を引く者だけ。
それもその時々の本家の当主――魔法の水晶を扱える者だけなのだ。
いくらゴーレムの封印場所が発見されても、呼び出す方法がわからなければ、それはただ物語に従って作られただけの場所と化す。
だから誰にも見つけることはできなかったし、発見できたとしても手に入れるとなどできはしない。
「まあ、これに限ってはただ単に場所がわからないってだけかもしれないけどね」
ため息と共に小さく吐かれた言葉に、リーナはぱんっと手を叩いた。
「そうでしたわ。わたくし、今日はその場所の手掛かりになる古文書があると聞いてこちらに伺ったんですのよ」
「ああ、ちょっと待って。リーフ」
答えてから、ミスリルは立ち上がろうともせずにリーフに声をかけた。
彼の方が古文書がしまわれている本棚に近い場所に座っている。
わざわざ自分が立つよりも頼んだ方が早いのだ。
「はいはい」
盛大にため息をついて立ち上がったリーフは、機嫌が悪そうに返事を返すと本棚へ向かった。
その一番上の段に横に寝かせる形で置かれていた分厚い本を手に取ると、中身を落とさないように慎重に運ぶ。
「これだ」
ゆっくりとそれをテーブルの上に置いてから向きを変えると、リーナの方へ静かに押した。
「中身もだいぶぼろぼろだから気をつけろよ」
以前自分たちがイールから言われた言葉を告げて、リーフは静かに本から手を話した。
「まあ、本当。だいぶ痛んでますわね」
「この国のギルドが保管している書物じゃ一番古いそうよ。そのうえ古代語で書かれているから、私たちには読めないの。頼めるかしら?」
「もちろんですわ。少しお待ちくださいね」
頷くと、リーナはにこりと笑顔を向けた。
その顔をすぐに下に向け、テーブルの上に置かれた古文書を持ち上げることもなく静かに開く。
自然と室内を沈黙が包んだ。
響いているのは3人の微かな息遣いと、古文書のページが捲れる音だけ。
そうしてどれくらいの時間が流れただろうか。
不意にページを捲るリーナの手が止まった。
紙の端に触れていたその手が文章をなぞるように動きを変える。
その変化が気になって覗いたページにあったのは、この国のものらしき地図。
「わかりましたわ」
「本当か!?」
耳に届いたやり取りにはっと視線を戻した。
見れば、先ほどまで本の上を滑らかに動いていたリーナの指が文章の一点を指したまま止まっている。
「ええ。とりあえず重要だと判断できる部分だけ読みますわ。よろしいですわね?」
ミスリルとリーフの目を見てそう問いかける。
2人が頷いたのを確認すると、リーナは視線を本へ戻した。
「人形師ギルドの存在する島の中央、呪いの名を持つ塔の南」
音にされた言葉をリーフが手元に用意したメモに素早く書き綴っていく。
「不思議な力に包まれた、入ったものが奥まで辿り着くこと叶わずに吐き出される謎の森。その森の奥地、古の種族が眠りし地へ向かう扉あり」
言葉を止め、ふうとリーナが息をついた。
少しだけ顔を上げ、真剣な表情でじっと自分を見ていたミスリルを見る。
「ここから先は少しインクの色が違いますわ。どうやら後から書き足されたもののようです」
でも重要そうですからと付け加え、再び視線を本へと戻す。
「琥珀と金の色を持つ者、その扉の前に立ち、珠を捧げん。珠は古の種族を飲み込み、命を宿さん。宿った命、消え去った扉と共に眠りにつき、己の主を待たん」
すっとリーナの手が本を離れる。
顔を上げると、こちらを向いた彼女と目が合った。
「竜の伝説について必要そうな情報は以上ですわ」
「え?これだけ?」
きっぱりと言い切ったリーナに、思わずリーフが問いかける。
「あとは物語が綴ってあるだけですわ。全部読んでもよいのですけど、この部分は他の文献にも載っていましたから」
つまりリーナが読み上げたのは、他の文献には一切載っていなかった部分だということだ。
「……『人形師ギルドの存在する島』っていうのはここよね?」
閉じられた本の上に置かれたメモを見つめたままミスリルが問いかける。
「ええ。この国は大昔に我が国の王立人形師ギルドが島ごと独立してできた国ですから」
「じゃあ、この『呪いの名を持つ塔』は?」
視線だけを動かして視界にリーナを入れる。
リーフではなく彼女に聞いたのは、趣味のために長期休暇を貰うたびに旅に出ている彼女の方が他国の地理に詳しいだろうと判断したからだ。
「さあ……?少なくとも今のこの国にそんな名前の塔はなかったと思いますけど」
口元に手を当て、考え込むようにして答える。
降りてくるときに部屋から持ってきた地図を開いてみるが、中央どころかこの大陸の何処にも塔らしき印はなかった。
「封印場所があるのは本当にこの国で間違いないのよね?」
「たぶん。『人形師ギルドの存在する島の中央、呪いの名を持つ塔の南』と書かれていましたから」
昔学んだ歴史が間違っていない限り、古代語で書物が書かれるような時代に存在した人形師ギルドはひとつ。
当時から魔法学が発展していたマジック共和国の王立人形師ギルドのみ。
「……そういえば」
不意に呟かれた言葉に、ミスリルとリーナは地図に向けていた顔を上げた。
言葉を発したリーフは、そんな2人にも気づかない様子で地図を見つめ続けている。
「この村も『呪い』って名前なんだな」
続けられた言葉に目を見開いて、視線を地図に戻した。
地図の真ん中に記された村の印。
そのすぐ下に書き込まれた名は『カース』。
「そう……、そうですわ!」
当然リーナが声を上げて立ち上がった。
「ああ!わたくしは何をしていたのでしょう!これではトレジャーハンターの名折れですわ!」
両手を頬に当てて真っ青な顔で叫ぶ。
「お、おい、リーナ」
「何?一体どうしたの?」
リーフが辺りを見回しながら慌てて、ミスリルが突然の彼女の行動に眉を寄せて声をかける。
「わたくしすっかり忘れていたんです。そう、そうなんですわ!」
「わかったから!とりあえず座って落ち着いてくれよ!ここは俺らの家みたく防音が完璧ってわけじゃないんだから」
何のためにこの家の主人に出かけてもらったのかわからないじゃないかと呟きながら、リーフが無理矢理リーナを座らせる。
「そうでしたわね、ごめんなさい」
素直に謝罪を口にして、リーナは抵抗もせずに腰を下ろした。
「それで?一体何を忘れてたの?」
呆れたようにため息をついて、ミスリルが続きを促す。
「……残っている可能性はかなり低いんですの」
「何が?」
呟かれた言葉の意味がわからず、思わず聞き返した。
「ですから、古代語が使われていた時代のものが今現在も残っている可能性はかなり低いんですの」
先ほどよりもはっきりと告げられた言葉に、一瞬2人は言葉を失う。
「……つまり?」
少し顔色を青くしたリーフが続きを促す。
「この『呪いの塔』が形を変えて『村』になってしまったとしても、不思議はないんですわ」
何を『塔』に拘っていたのでしょうと呟いて、リーナは頭を抱えた。
こんな古文書と現在の地図を照らし合わせるなどという作業もできなくて、どこがトレジャーハンターだというのか。
自分のその肩書きは仕事ではなく趣味だけれど、それでも悔しいものは悔しい。
そんなリーナを尻目に、リーフは小さく安堵の息を吐いた。
彼女の言葉を聞いた瞬間、彼の頭に浮かんだのはこの古文書の内容は当てにならないという最悪の結論だったから。
それでも一度浮かんでしまった悪い考えは消えなくて、不安そうに眉を寄せた。
「でもこの村に昔塔が建ってたなんて話は……」
「あら、あるわよ」
突然響いた声に驚いて扉の方を振り返る。
3人が揃って視線を向けた先に立っていたのは、先ほどリーフが頼み込んで出かけてもらったはずのこの家の主。
「イール!?」
「お前、今日はもっと時間かかるはずじゃあ……」
「買い物してたら叫び声が聞こえたもんだから、荷物抱えてすっ飛んできちゃいました」
にこっと笑って発せられた言葉に、3人は思わず彼女の足元を見る。
そこにあるのは荷物がぎっしりと詰まった茶色い紙袋。
「……何処から聞いてたの?」
「お客様の『不思議はないんですわ』からかな」
「そう……」
帰ってきた答えに安堵して、思わずため息をつく。
一番聞かれたくない精霊神法についての話をしていたのは始めだけだったから、そこさえ聞かれていなければかまわない。
「ところで、イール様、でしたわね?」
「イールでいいですよ。えっと……」
「リーナ=ニールと申しますわ。様付けはわたくしの癖みたいなものですから、気にしないで下さいませ」
「うーん。ちょっと恥ずかしいけど、わかりました」
にこっと笑うリーナにイールも笑顔で答える。
その笑顔を崩さないまま、リーナは先ほどから気になっていたことを問いかけた。
「先ほどこの村に塔が建っていたことがあると仰っていたようですけど……?」
「ええ、ありますよ」
「本当!?」
「う、うん」
身を乗り出したミスリルの気迫に押され、思わず数歩後ろに下がる。
そんな彼女を見て「あらあら」と呟くと、リーナは苦笑してミスリルを見た。
「ミスリル様。そんなに睨むとせっかくのお友達に恐がられますわよ」
「なっ!?私は睨んでなんか……」
「わかったからお前は少し黙ってろ」
振り返ったミスリルの顔を見てリーフが呆れたように言った。
ミスリルの暴走にはもうすっかり慣れてしまっていて、今更それ以上に何か言う気は起こらない。
「……で、その話は本当なのか?」
ミスリルが黙り込んだのを確認して小さくため息をつくと、リーフは自分の向かい、リーナの隣に腰を下ろしたイールに問いかけた。
「ええ。塔と言っても、そんなに高いものじゃなかったらしいけど」
「今はありませんわよね?どうしてですの?」
「昔の人形師ギルドの本部として使われていたものでしたから、移転のときに取り壊されたそうです。老朽化がかなり進んでいて、残しておくと危ないからって」
「その頃、この村は?」
ミスリルの様子を窺いつつリーフが尋ねる。
今の自分たちにとってはどうでもいい疑問だということはわかっているけれど、どうしても気になったのだ。
「あったわよ。この村は元々人形師ギルドで働く人たちが住むために作られた村だから」
だから塔の名前がそのまま村の名前になったのだとイールは続けた。
「じゃああの妙に広い広場は元々……」
「塔が建ってたの。まあ、ギルドの移転は私たちが生まれるずっと前で、私はこの話を両親から聞いただけなんだけどね」
この村の子供は全員、幼い頃にこの話を聞かされたのだと告げて、イールは席を立った。
3人の前に置かれていた紅茶のカップを集めてキッチンへと向かう。
すっかり冷めてしまったそれを淹れ直してくれるつもりらしい。
火打石を打つ音が彼女の向こうから聞こえてきた。
「……とりあえずこれで『呪いの塔』が何なのかわかったな」
声を潜めてリーフが言った。
「ええ。次の問題は『不思議な力に包まれた、入ったものが奥まで辿り着くこと叶わずに吐き出される謎の森』ですわ」
「入ったものが奥まで辿り着くこと叶わずに吐き出される謎の森、ね……」
じっとメモを見つめたままミスリルが呟く。
「これ、何のことかわかってるかもしれないわ」
唐突に言われたその言葉に、2人は驚いてミスリルを見た。
「本当ですの!?」
「一体何なんだ?」
『呪いの塔』が既に塔ではなかったから、この『謎の森』が今でも森だという保証はない。
それでもわかっているかもしれないと告げたミスリルに、2人の声は自然と大きくなった。
そんな2人には言葉を返さず、ミスリルはキッチンの方を振り返る。
既に竈に火をつける作業を終えたイールは、側に置かれた椅子に座って本を読んでいた。
「イール」
「んー?なーに?」
呼びかけると、彼女は読んでいた本を閉じ、顔を上げる。
「もうひとつ聞いてもいい?」
「私が答えられることなら何でもどうぞー」
返事と共に笑顔を向けられ、ミスリルは戸惑いがちに笑みを返した。
ほんの少しだけ間を空けて、ゆっくりと口を開く。
本当は迷ったのだ。こんな質問をしてしまっていいのかと。
それでも聞かなければ確信が持てない。
確信を持つことができなければ、先に進むこともできない。

「この近くに妖精の森ってないかしら?」

意を決して言葉を口にした途端、後ろで2人が息を呑むのがわかった。

remake 2004.08.16