SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter6 鍵を握る悪魔

12:成り立ち

「着いたぁ~」
船から降りるなり、子供っぽい声を上げたペリドットに、後ろからついてきたミューズがくすくすと笑う。
こういう性格だから、そんなことはもちろん、呆れられるのだっていつものことで、気にせずに後ろを振り返った。
「ここがスターシアなんだねぇ」
「何だか物足りなさそうな言い方ですね」
「だってほら。魔法王国っていうから、アールちゃんとこみたいな国想像してたし」
答えながら、辺りを見回す。
この港町は確かに大きいようだったけれど、それだけだ。
建物はほとんど民間標準の2階建てで、それ以上の高さを持つ物はほとんど見当たらない。
何処を見たって見えるはずの城の姿もなくて、何となく違和感を感じる。
「まあ、この国はいろいろ特殊ですから」
「そうなの?」
「ええ。兄様たちから聞いてませんか?インシングの歴史」
「全然」
「マジック共和国で資料を調べていたときに読んだとかは?」
「うーん。そういう部分は流し読みだったからなぁ」
頭を掻きながら答えると、ミューズは困ったように笑った。
その笑顔に、何だか居た堪れなくなって、しゅんと背中を丸める。
「すみません……」
「あ、いえ!ペリートさんが悪いわけじゃないです!アースで育ったわけですし、仕方ないですよ」
思わず謝れば、今度はミューズが慌ててフォローを入れてくれる。
その後で、「こちらこそ、すみませんでした」と謝ると、彼女は漸く落ち着いた表情に戻った。
「かい摘んで説明しますと、この世界のほとんど国は、もともとマジック共和国の領土だったんです。だから、物資のやり取りはもちろん、領主への連絡をしやすくするために、港町が王都になったんです。」
「この国だけって……、じゃあエスクールも?」
「うちは、もともと先住民がいなくて、マジック共和国からの移住者が一から開拓した国ですから。開拓物資を受け取っていた場所が、そのまま国の中心になったというのが正解ですね」
少しずつ歩を進めながら、ミューズは簡単に、それでも丁寧に歴史を説明する。
「マジック共和国から独立という形で国ができましたから、現在の街構成になったわけなんですが、スターシアは違ったんです」
「違ったっていうと、マジック共和国の領土じゃなかったってこと?」
「ええ。この国は建国時から、帝国時代の侵略を除けば、一切マジック共和国に政治的介入を受けていません。生まれたときからの独立国家なんて、こっちじゃこの国と和国と呼ばれている国くらいしかなくて、本当に珍しいんです」
ミューズの声には、ほんの少しだけ高揚が感じられて、簡単にと言いながら力説しているのがわかる。
そんな彼女に微笑ましさを感じながら、説明してくれたことを頭の中で整理してみた。
他の国は、みんなマジック共和国の一部で、スターシアはそうじゃなかった。
ならば、スターシアの町の構成が他の違う理由は、多分これしかない。
「……ってことは、他の国と連絡を取る必要性が強くなかったから、港が王都じゃないってことなんだね?」
「ええ、そういうことらしいです」
それは何だかとても寂しいことのような気がした。
けれど、そんな気持ちは、ミューズが次に放った言葉で一瞬吹き飛ぶ。
「そのせいかどうかは知りませんが、この国ってダークマジックに続く歴代悪名ナンバー2なんですよ」
「……へっ!?」
「暗黒史の方で何度も名前が出てくるんです。その回数はダークマジックより多いくらいなんですよ。まあ、表であの国があれだけ大暴れしてくれちゃってますから、それで霞んでますけど」
暗黒史なんてものがあったんだ、などという感想を抱く前に、次々とミューズの口から飛び出す言葉に思わず固まる。
もしかしたら、自分はとんでもない国に来てしまったのではないだろうか。
そんな思いが、ペリドットの胸の中にふつふつと沸き出し始めてしまった。
「ちょ、ちょっとミューズちゃん~。脅すのはなしだよぁ~」
「すみません。まあ、暗黒史の話はともかく、この国にいる間は気をつけなければならないのは本当です」
「え……?」
ミューズの口から出たとんでもない言葉に、思わずぎくりと体を強張らせる。
「あ、いえ。王家が危ないという意味じゃないんです」
そんなペリドットの反応に気づいたのか、ミューズは慌てて訂正した。
「実はこの国、数か月前から治安が悪いらしくって」
「や、やっぱり暗黒……」
「いえ、原因は政治関連ではなくて、盗賊です」
「盗賊ぅ~?」
予想なんて全くしなかった言葉に思わず声を上げる。
盗賊という職業についている者のほとんどが、『悪人』と呼ばれるようなことをしているのだと、知識だけでは知っていたけれど、自分の周りにいる盗賊は、皆『義賊』と呼ばれる、『悪を倒して弱きを助ける』主義の者たちだ。
すぐに治安の悪化に繋げろという方が難しい。
「ええ。この国、王都から少し東へ行ったところに森があるんです。その森の中に大きな湖があって、そこを根城にした盗賊団が、近隣の町を荒らしているらしいんです」
「うわぁ。それは面倒そうなぁ……」
「ちなみに、本人たちは自分たちを、湖を拠点にする盗賊という意味で『湖賊』と呼んでいるそうです」
他の盗賊たちと一緒にいるなということなのだろう。
悪さをしている時点で、他の奴らと何処が違うのかと思わないでもないが、そこは本人達なりの拘りがあるのだろうから、放っておく。
「……にしても、なーんか嫌ぁあな予感がするなぁ」
「何でです?」
「いや。何か……。そいつらと強制的に戦わなきゃならなくなりそうで……」
「大丈夫ですよ。湖の側に行かなければ遭遇はしないそうですし、王都までは警備つきの馬車が出ているそうですから、それに乗ってしまえば特に気にすることもありません」
ミューズは笑ってそう言うが、どうにも心に生まれた嫌な予感は拭えない。
けれど、彼女のそんな態度は、きっと精神的に疲弊していると思っている自分への気遣いだと笑っているから、余計なことをいうのは止めた。
超現実主義なミスリルやベリーとは違い、自分は相手の気遣いを無碍にできるような性格ではないのだ。
「そうだね。ま、いざとなったって、あたしとミューズちゃんだもん。馬車襲われたくらいじゃ痒くもいなもんね!」
「痛くも痒くも、じゃなくてですか?」
「痛いことは痛いかもしれないじゃん。馬車壊されちゃう確率、ないわけじゃないだろうし」
からからと笑いながら指摘した事実に、ミューズの表情が固まる。
その表情を見て思った。

訂正。自分も結構現実主義かもしれない。



港町の正門だという場所で、ペリドットはぼうっと空を見上げた。
ミューズは馬車乗り場を探してくると言ってここを離れているから、今は1人だ。
本当ならば手伝うべきなのだろうけれど、どうしたらわからないのだから仕方ない。
素直に指定された場所で彼女の帰りを待ちながら、物思いにふけることにしたのだった。
「まあ、そうは言っても、考えることなんてひとつなんだけどねぇ」
少し退屈だったので声に出してみたのだが、何だか虚しさを感じて、ふうっと息を吐く。
そのまま軽く手首を回すように右手を軽く振って、オーブを呼び出した。
人差し指の上に乗せたそれを器用にくるくると回しながら、もう一度晴れ渡った空を見上げる。
いい感じに白い雲が浮かぶ晴れ渡った空は、まさに観光日和と言わんばかりに蒼い。
このまま本当に観光でもできればよかったのだけど、生憎、自分たちの目的はそうではない。
この国に来た目的はただひとつ。
スターシア王家から、ミルザがエスクールに預けたはずの呪文書を穏便に取り返すこと。
果たしてこちらの礼儀をあまり知らない自分に、そんなことができるのだろうかと不安になる。
けれど、こればかりはミューズ任せにしてしまうわけにもいかない。
そもそも、50年も前に献上された呪文書が、まだこの国にあるなどという保証はない。
50年の間に、別の国に渡ってしまっている可能性だってあるのだ。
「……そうだったら、楽そうなんだけどなぁ」
過去50年間に、こんな大きな国を屈服させた国があるとしたら、それはマジック共和国に他ならない。
あそこはアールとシルラの国だから、頼めばすぐに呪文書を探してくれるはずだ。
「……うーん。だったらいいなとか思い始めてきたぞ」
「何がですか?」
「わあっ!?」
突然かけられた声に、思わず大声を上げてしまったのはこれで何度目か。
驚いて声のした方を見れば、ミューズがその茶色の瞳をまん丸にして自分を見つめていた。
「ミューズちゃんかぁ。びっくりしたぁ……」
「それはこっちのセリフです!」
「ごめんごめん。自分の世界に入っちゃってたもんだから」
何だか怪しい言い方のような気がするが、事実なのだから仕方ない。
無理矢理笑って誤魔化せば、ミューズは呆れたようにため息をついた。
「まったく……。しっかりして下さい。それじゃあ、この間のミスリルさんと変わりませんよ」
「うう……。あそこまでは重傷じゃないもん」
ミスリルがネヴィルの刃――と言っていいのかどうか疑問だけれど――に倒れたことを、そのとき側にいたというのに、何もできなかったことを、後悔していないはずはない。
けれど、それで落ち込んでも、何も解決しないと知っているから、自分なりに振り切って、最優先するべきことをするためにここにいるはずだ。
なのに、ミューズにまでそう言われるなんて、どうやら自分は思ったよりいつもの調子が出ていないらしい。
はあっと大きく息を吐くと、ペリドットは両手で思いっきり頬を叩いた。
ぱんっという突然の小気味よい音に、ミューズが驚いて目を瞠る。
「な、何してるんですか?」
「気合入れ!これが一番聞くんだよねぇ~」
あははと笑いながら答えて、もう一度両手で頬を叩く。
それだけで、何だか目が覚めたような気がして、しっかりと顔を上げた。
「よし!んで、戻ってきたってことは、もしかして馬車捕まえたの?」
「ああ、そうでした!」
ペリドットの突然の行動に呆然としていたミューズは、その一言で漸く用件を思い出したようだった。
「向こうで辻馬車を見つけたんです。乗り合いよりは割高でしたけど、お願いしてきました」
「割高って……」
「長距離ですから。500ソールは違ったと思います」
「……ごめん。相場わかんないや」
既に一度インシングを旅したことのある仲間たちはともかく、自分はこちらの世界の物価に疎い。
たぶん元の値段を言われても、高いのか安いのかなんてさっぱり判断がつかないだろう。
「でも500ソールって、結構高いんじゃないの?」
「ええ、まあ。この国はもともと物価が高いですから」
「いいの?乗り合いの方がよくない?」
「乗り合いだと迂回して他の街にも寄るんです。私たちの旅は急ぎでしょう?」
「うーん、まあそうなんだけどね……」
ペリドットが気にしているのは、払う金額よりも、それを支払うのがミューズだという点だ。
ただでさえ無理を言ってついてきてもらったと言って正解のような状況で、勝手がわからないだろうペリドットの代わりに、馬車も宿も全て手配してくれると彼女は言った。
その代金も全て彼女が払うということを前提に話していたということに気づいたのは、エスクールからの出発直前にリーフに指摘されたからだ。
ミューズがいくら王女とはいえ、今回の旅は城から資金を貰ってのものではない。
即ち、彼女が出す金は、全て彼女のプライベートマネーということで。
自分なんかのためにそれを使わせてしまうことが気になってしまって仕方ないのだ。
「お金のことなら気にしないでください。こういうことでもなければ、私も兄様もお給料使いませんから」
エスクール王族には、騎士団の団長をやっている間だけ、きっちりと給料が支払われているらしい。
普段自ら買い物をする必要のない彼らは、そのお金は全て金庫に入れてしまって、使わないらしいのだ。
「それに、今優先すべきは、事態の早期決着、でしょう?」
声を潜め、周囲に聞こえない程度の声でミューズが囁く。
そう言われてしまえば、ペリドットに反論する余地は、もう見つけられなかった。
「うーん、わかった。その馬車で行こう!」
「はい!じゃあ呼んできますね」
嬉しそうに微笑むと、ミューズは再び喧騒の中へと走っていく。
その後姿を見送ると、頬を叩いたときに空へ飛ばせてしまったオーブを呼び寄せ、そっと戻した。

2006.07.19