SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter6 鍵を握る悪魔

13:どこへ行っても

「うぇぇ……」
「大丈夫ですか?ペリートさん」
「だいじょぶじゃないぃ~」
馬車の座席の片方に寝転んで、唸り続けるペリドットに、ミューズが恐る恐る声をかけた途端、返ってきた返事はそれだった。
ペリドットは乗り物には強い方だ。
バスで寄ったことはないし、遊園地に行けば、絶叫マシンだって大好きで。
まさか、インシングにやってきて、馬車の揺れで酔うとは思わなかった。
こちらの道路は舗装取れていないどころか、草が狩ってあるだけとか、ただ単に踏み荒らされた結果、草が生えなくなっただけだというところが多くて、きちんと道路が整備された世界で育った身には、かなりきつかったらしい。
「今日はもう降りますか?もうすぐ次の街に着きますし」
「うぅ……。でもぉ……」
本格的にまずい状態になる前に、休んだ方がいいのはわかっている。
けれど、ミスリルの様態を考えると、一刻の猶予もないような気がしてしまって。
ルビーが、安全を考えて妖精神の神殿に移すと言っていたから、あれ以上何かがあったとは思っていないけれど、やっぱり心配は心配で。
「気持ちはわかりますけど、だからってあなたが倒れたら、元も子もないでしょう?」
そう考えて決断を渋っていたら、とっくにお見通しだったらしいミューズに釘を刺されてしまった。
「それはそうなんだけどぉ……」
「一晩ゆっくり休んで、少しずつ慣れていった方がいいです。皆さんが暮らしている国には、『急がば回れ』ということわざがあるんでしょう?」
「……なんで知ってるのぉ~?」
「兄様がぼやいてました」
一体何の話をどんな風にしたら、そんな言葉が飛び出してくるのか。
リーフの思考に疑問を持ちながらも、それ以上の反論はやめた。
多分、反対したってミューズは聞いてくれないだろうし、そもそも抵抗する気力だって、もうほとんどなかったのだ。
「すみません。連れの体調が悪いので、今日は次の街で泊まってください」
「わかりましたー」
ミューズが自分の席の後ろにある小窓を空け、御者に声をかける。
それに引っ掛かりを感じて、ペリドットは閉じていた目を開けた。
「今日はって?」
「王都までの契約ですから。到着するまでは、ずっと同じ馬車で行けますよ」
「へぇー。そうなんだぁ~」
このときのペリドットは、それがインシングでの基本システムなんだと信じて疑わなかった。
後々、リーフやフェリアから、それは実は物凄くお金のかかるプランだったのだと聞いて真っ青になるのだけれど、体調不良で真っ青になっている今の彼女に、そんなことは関係なかったのだ。



それきり会話する元気もなく、それを察したミューズも何も話さなかったから、ペリドットは座席に寝転んだまま眠っていた。
一度うとうとしてしまえば、この激しい揺れも不思議と心地よくなったようで、そのまま次の街に着くまで眠っているはずだったのだけれど。
「う、わぁっ!?」
突然馬の悲鳴のような鳴き声が耳に突き刺さったと思った途端、車が一層激しく揺れて、座席から転がり落ちてしまった。
「ペリートさんっ!?」
「い……たた……。何?どしたの?」
「馬車が囲まれてしまったようです」
ペリドットに怪我がないことを確認し、安心したのか、安堵のような息をついたミューズが、途端に真剣な表情になって現状を告げる。
「囲まれたって、何人に?」
「わかりません。弓で狙われただけで、姿は見せていないみたいです」
御者台と会話をするための小窓から外に盗み見るようにして、ミューズが状況を説明する。
まだ少し気持ち悪いけれど、そんなことを言っていられそうにない。
そう判断すると、ペリドットも扉に近づいて、小窓に下がっていた小さなカーテンの隙間から、外を伺った。
ちょうど向こうも仕事を始めようとしたところらしく、街道の周囲の木立の影から、いかにも賊ですと言わんばかりの格好をした男たちが、続々と姿を見せている。
ぐるりと馬車を囲んでいるだろうそれを見て、ペリドットはミューズを振り返った。
「そういえば、馬車って専属の護衛がいるんじゃなかったっけ?」
「ええ。まあ、乗り合いならばともかく、契約の場合は別ということもあります」
「……それって……」
話が違うと言いかけて、言葉を飲み込む。
多分、ミューズはミューズなりに費用を抑えようとしたのだろう。
まあ、普段の自分たちなら、こんな状況はピンチでも何でもないはずだ。
「おう、にいさん!いい馬車乗ってんじゃないか!」
賊のリーダーらしき男が、御者に話しかけ始めたらしい。
そういえば、この馬車の御者はまだ若い青年だったななどと思いながら、ペリドットは小声でオーブを呼び出した。
「乗っているはお貴族様かい~?ん~?」
「い、いえ!そのっ!」
「アニキ!こいつ、港町の辻馬車みたいですぜ!」
「へえ?じゃあ、やっぱり乗ってるのは金持ちか」
いやらしい笑いと共に、男たちの視線が、まるでいい獲物を見つけたとばかりに車へと向く。
「そんなにいい馬車なの?これ」
「……確かに、私の家専用の馬車並ですよ、外観は」
要するに、中は違ったということなのか。
とにかく、エスクール王家の馬車と同じような外観を持つのならば、乗っているのが金持ちだと思っても仕方ないかもしれない。
「どれどれ。中にはどんな奴が乗ってるのかなぁ?」
「あ、や、止めてください!お客さんは……」
「うっせぇっ!ちょっと黙ってろっ!!」
「ひぃっ!!」
武器でも突きつけられたのか、御者の青年が悲鳴を上げる。
「ペリートさん、大丈夫ですか?」
「うん、ヘーキヘーキ。やっちゃう?」
くるりと振り返ってにやりと笑って見せれば、ミューズは一瞬目を丸くした後、仕方ないといわんばかりに微笑んだ。
「そうですね。やっちゃいましょう」
相手が誰だか知らないけれど、自分たちを敵に回したのが運のつきだ。
「じゃあ、いっちょ派手に暴れますから、フォローの方よろしくね★」
にぱっと笑ってそう頼み込むと、ペリドットは車の扉に手をかける。
薄い板を挟んだすぐ向こうに感じる人の気配。
握った扉のノブに、重みがかかったと思ったその瞬間。
「えーいっ!!」
わざと大声を開けて勢いよく扉を押し開け、外へと飛び出した。
「うわっ!?」
体全体でぶつかるように扉を開けたものだから、向こう側にいた男が驚き、地面へ転がり落ちる。
その男のすぐ脇に手をついて、反動で跳躍すると、ペリドットの体は綺麗な弧を描いて賊の壁を飛び越えた。
「何だっ!?」
「何だはないでしょー!何だは!ご要望に応えて、せっかく出てきてあげたのにぃ!」
ぷんっと子供のような仕種をして見せると、盗賊たちは唖然とした顔になった。
まさか、こんなのが乗っているとは思っていなかったのだろう。
「へ、へへっ。わざわざそっちから出てきてくれるたぁな!光栄だぜ、お嬢ちゃん」
扉に弾き飛ばされて思い切り地面に落ちた男が、にやにやと笑いながら起き上がる。
その男の言葉に渇でも入れられるかのように、他の賊も我に返ったように目を瞠り、次いでいやらしい笑顔を浮かべる。
「ええー?そんなにペリートちゃんに会いたかったんですかぁ?」
「ああ。それはもうなぁ」
「わあ。嬉しいなぁ」
男たちのにやにや笑いが、さらにいやらしいものに変貌していく。
大方、何も知らない子供を捕まえたとでも思っているのだろう。
「じゃあ、お近づきの印に、いいもの見せてあげるぅ」
馬鹿っぽくにこにこ笑って、背中に手を伸ばすふりをして。
男たちが、取り出すものを奪おうと、ぎらりと目を光らせたその一瞬。
「太陽よ。その灼熱の光を持って、汝の恵みを拒みし者へ裁きを与えん」
突然変わった声音に、男たちが驚いたその瞬間、背中に隠したオーブを空へと飛ばした。

「サンライトフラッシャーっ!!」

太陽に重なったオーブがぎらりと輝いて、増幅された光が降り注ぐ。
見事に馬車を避けて振り注いだ光の刃に、その場にいた男たちが悲鳴を上げ、次々と倒れていく。
「ひ、ひぃっ!?」
「ま、魔道士っ!?」
辛うじて当たらなかった男たちが、悲鳴を上げて逃げ出そうとする。
「逃がしてなんてあげないよっ!!」
ぱちんと指を鳴らせば、今まで光を帯びていたオーブから、ぶわっと風が沸き起こった。

「トルネードっ!!」

オーブを中心に竜巻が巻き起こり、その風によって作られた真空が、逃げようとした男たちの体と衣服を切り刻む。
とは言っても、殺すつもりはないから、せいぜい掠り傷を負わせて、息苦しさで気を失う程度の威力しかないのだけれど。
想定どおり、竜巻の巻き起こす真空に巻き込まれ、酸欠状態に陥った男たちが、悲鳴を上げることもできないまま次々と倒れていく。
あらかた倒したのを確認して、徐々に風を弱め始めた、そのときだった。
視界の隅で何かが動いたような気がして、はっと振り返る。
見れば、扉を開けたときに体当たりした男が立ち上がるところだった。
どうやら、最初の呪文を浴びたふりをして、その場に伏せていただけらしい。
「く、くそっ!覚えてやがれ……っ!?」
「逃がさないと言ったでしょう?」
身を翻して逃げようとした男の目の前に、長剣の刃が突きつけられた。
びくりと震える男の体の向こうに見えたのは、こんな森の中ではよく目立つ、太陽の色のようにも見える薄黄色のマントだった。
「動くな。下手に動けば、首が飛ぶぞ」
「け、剣士……」
「ナイスっ!ミューズちゃんっ!」
ぱちんと指を鳴らせば、ミューズは視線だけでこちらを見た。
鋭い茶色の瞳が一瞬だけ微笑んで、またすぐに元の鋭さを戻して、男に戻る。
「言え。お前たちは何者だ。何故私たちを襲った?」
「あ、あんたたちがこんなに強いとわかっていれば、襲わなかった……!」
「ってことは、弱者狙いの山賊くんかぁ」
大して興味もなさそうに呟いたその言葉は、男の気に触ったらしい。
喉元に剣を突きつけられているにもかかわらず、目の乱暴な光を取り戻すと、彼は苛立ったような口調で言ったのだ。
「山の奴らと一緒にするなっ!俺たちはこの国を取り仕切る湖賊団『クラリア』だ……」
続きを言いたかったのだろう男は、しかしそこで言葉を切らざるを得なかった。
顔のすく横を、刃を生やしたオーブが駆け抜けていったのだ。
「ひっ!」
地面に突き刺さった剣に変形したオーブを見て、遅れて頬に走った痛みに気づいて、男は短い悲鳴を上げる。
怯えたような視線が向けられた先には、いつもとは全く別の笑顔を浮かべたペリドットがいた。
「ちょっとお兄さん。今なーんて言ったのかなぁ?」
「こ、湖賊団クラリア……ひいっ!?」
ペリドットが地面に突き刺さった剣を引き抜き、再び男の顔へ向ける。
目の前に突きつけられた切っ先に、男は情けない悲鳴を上げた。
男の喉元に剣を突きつけたまま静観していたミューズは、そんな2人のやり取りを見て、ふうっとため息をつく。
「……ひとつ聞く。何故『クラリア』の名をつけた?」
「だ、だって!ミルザの盗賊一族の名前なら、他の奴らもびびるかなって団長が……ひぃっ!!?」
呆れた表情で投げかれられたミューズの問いに素直に答えた途端、男の顔の側を三度剣が掠り抜ける。
先ほどまでの笑顔を完全に消し去り、無表情になったペリドットは、あまりの恐怖に男が座り込んでしまったのを見届けて、漸く息を吐き出した。
「まったく……。なーんでルビーちゃんちって、こういう悪さに名前が使われるかな」
「初代の方が盗賊なんて選んだのがいけないんだと思いますけどね」
変わらず男に剣を向けたままのミューズの言葉に、剣をオーブに戻したペリドットはむっと眉を寄せる。
「しょうがないじゃん。選んじゃったものは選んじゃったんだから!それよりも……」
ぷくっと膨れて文句を言うと、男に視線を戻し、そのまま目線を合わせるようにしゃがみ込む。
先ほどまで自分に殺意らしい感情を向けていた少女の顔が突然目の前に迫り、男は恐怖に体を震わせた。
「ねぇ、お兄さん。逃がしてあげようか?」
「……へ?」
「ペリートさんっ!!」
「ミューズちゃんは黙ってて」
思いも寄らなかった提案に声を上げたミューズに一言そう告げて、もう一度男を見る。
国を守る騎士として、こんな奴らは許しておけないだろうミューズが素直に黙り込んだのは、きっとペリドットの表情に、少しもふざけた様子がなかったからだろう。
「ただし条件。親分さんに言って、直ちに盗賊団の名前を変えること」
「だから、俺たちは湖賊……」
「え?何?」
「い、いえ……。何でもありません……」
にこっと笑えば、それだけで男は震え上がる。
どうやら、先ほどの怒りのあまりの行動が、物凄く恐ろしかったらしい。
すっかりお見通しのそれに気づかないふりをして、可愛らしく小首を傾げてみせた。
「そぉ?まあいいや。とにかく、団の名前をすぐに変えて。いいよね?」
こくこくと男が頷く。
それにもう一度にっこり微笑んだかと思ったその直後、ペリドットの笑顔がにやりと歪んだ。
「さもないと、マジックシーフ襲名した子に、家の名前勝手に使ってるってばらしちゃうよ?」
ぞくりと、背中を冷たいものが走り抜けていくような声。
「そ、そんなことできるわけ……」
「できるよー。だってあたし、友達だもん」
その声に一瞬で顔を真っ青にした男の否定を遮って、にっこりと笑ってみせる。
愕然とした表情になった男に、内心でざまあみろと思いながら、ペリドットは子供のような笑顔で、男に切っ先を突きつけたままのミューズを見上げた。
「ねー?ミューズちゃーん」
「そうですねー。あの人とあなたは友達ですねー」
「何で棒読みなのさー。それに、ミューズちゃんだってルビーちゃんとは友達でしょー!」
ぷくっと頬を膨らませれば、何を思ったのか、ミューズは本当に呆れたように息を吐き出した。
「その人の言っていることは本当だ。悪いことは言わないから、素直にアジトに戻って、改名しろ」
「け、けど……っ!」
「さもないと、この人の100倍は恐ろしい魔女に、組織ごと潰されるぞ」
指揮官として剣を握るときはいつもそうなのか、フェリアやアールのような口調で言い切ったミューズに、男は真っ青になって震え上がる。
「こ、このおん……人の100倍怖い……?」
「ああ。あのイセリヤをたった1人で一撃で葬った人だ」
「い、一撃っ!?」
多少言い方に語弊があるような気がするが、まあ、ルビーがあの女を倒したらしいという部分は間違っていないと思うから、口は出さない。
『らしい』というのは、ルビー自身にその記憶がないからだ。
「ちなみにその妹ちゃんは、ミルザしか使えなかったって言う最強呪文を継承しちゃってるからぁ、下手したらアジトが木っ端微塵になるかもねぇ」
ここまで脅せば、さすがに男は抵抗する気が失せたらしい。
「わ、わかった!いや、わかりました!絶対に言います!頭に言いますから!だからどうかご慈悲をっ!!」
半泣き状態で、祈りの真似事まで始めた男の姿を見て、ちらりとミューズを見る。
男のその様子をじっと見ていたミューズも、こちらの視線に気づいたらしい。
「……駄目?」
小首を傾げて見せれば、彼女は僅かに眉を寄せた後、大きなため息をひとつついて。
「もうひとつ。街道を行く馬車を襲うな。それが約束できれば解放してやる」
自分の国ではないとはいえ、さすがにこのまま賊を逃がすことは躊躇われたらしい。
突き刺さるような声でそう告げれば、男は小さく悲鳴を上げ、ぶんぶんと首を縦に振った。
「なら行け!二度と私たちの前に現れるな!」
「は、はいぃっ!!」
剣を引いて背中を蹴ると、男は悲鳴のような返事と共に、弾かれたように駆けだして、森の中へと消えていく。
「って、ちょっと!仲間はどうすんのさーっ!!」
周囲に残されたままの気絶した盗賊たちを見て、森の中へと叫んだけれど、もう男はだいぶ遠くまで行ってしまったようだった。
答えどころか、草木を掻き分ける音も次第に小さくなっていって、すぐに消えてしまったのだ。
「まーったく!酷いよねぇ、置いてくなんてさ」
「大方死んだとでも思っているんでしょう」
「そこまでコントロール悪くないもん!ちゃーんと峰打ちなのにぃ!」
「普通はそうは思いません。というか、そんなことできるほど技術の高い人、そんなにいないと思いますし」
そう一応の説明をしながら、ミューズがもう一度大きく息を吐く。
何だか、この国についてから呆れられたばかりのような気がするのは何故だろう。
「とにかく、ここを離れましょう。彼らが生きているなら、長いしない方がいいでしょう?」
「あ、そうだね。行こうか」
同意すれば、ミューズはそのまま馬車へと駆け戻り、御者台で震えていた青年に声をかける。
青年は一瞬驚いたような声をあげ、こちらを見ると、すぐにミューズに頷き返した。
「ペリートさんっ!早くっ!」
先に車に飛び乗ったミューズが、その場に立ったままだったペリドットに手を伸ばす。
「うん!」
言われるままに駆け出して、その手を取れば、その途端に引っ張り込まれた。
ミューズが勢いよく扉を閉めた瞬間、馬の鳴く声が聞こえて、馬車が走り出す。
はあっと一息ついて顔を上げれば、ミューズも息を吐き出したところだった。
「で?何で急いだの?」
別に必要なかったじゃんとばかりに尋ねれば、ミューズは再び眉を顰めた。
「御者が怯えてるの、見えませんでした?」
「え?うん」
素直に答えれば、彼女はまた呆れたような息をついて。
「だからです。普通の人は、血生臭いこと慣れてませんから」
その言葉に、そういえばそうだななんて思ってしまった辺り、自分はすっかりこっちの世界の冒険者なのかもしれない。
アースが遠くなってしまったような気がして、少し寂しく思いながら、ペリドットは素直に「理解した」と頷いてみせた。

2006.08.18