SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter6 鍵を握る悪魔

17:湖の砦

「まさか、ペリートさんがあんなことするとは思いませんでした」
森の中を歩きながら唐突に言われた言葉に、ペリドットは後ろを振り返った。
後ろと言っても、ほとんど隣を歩いているような位置関係だったから、真後ろを見たわけではない。
そこにいたミューズの胸の前で輝いていたのは、王都にいた頃とは別のマントの止め具だった。
その中央についた赤い石は、きっと彼女のブーツにはめ込まれているものと同じものなのだろう。
「そ~?」
「ええ。ああいうことするのはルビーさんかと」
「あっははっ。言ったでしょ~?ルビーちゃんならきっと、あんなまどろっこしい言い回ししないで、さっさと外出て盗みに入ってるって~」
無駄な交渉で無駄に時間をかけるくらいなら、きっとそうするに違いないと思う。
気が短いから、ということだけが理由ではない。
そもそも、ルビーはマーカスのような成金趣味の男は嫌いなはずだ。
だから徹底的に攻撃するだろうと思ったのだ。
ちなみに、ミスリルやセレスなら、さっきの場面は何がなんでも正攻法で打開する。
もしかすると、仕方がないと言って条件を呑んでしまうかもしれない。
レミアやベリーは喧嘩腰になるだろう。
レミアは自分たちの中で一番感情の抑制が苦手だし、ベリーはあの性格にあの口調だ。
タイムは……エルランドのときのことを聞いている限りでは力づくだろう。
冷静そうに見えて、結構要領が悪いところがあるから、彼女は。
「まあ確かに、あたしのキャラじゃないよねぇ。ああいう風に人前でべらべら話すのはさ。これでも結構口達者なつもりだけど、ルビーちゃんほどじゃないとは思ってるし」
「そうですね。私も、まさかペリートさんがあんな狸だとは思いませんでした」
「ミューズちゃぁん?それどういう意味かなぁ?」
にっこりと笑って振り返るけれど、ミューズはふいっと視線を逸らすだけだ。
どうやら、マーカスの時には有効だったこの方法も、ミューズ相手では効果はないようだった。
はあっとため息をつくと、顔を進行方向へ戻して、手にした地図を広げる。
マーカス王と調査隊の話だと、湖賊と呼ばれる盗賊団は、文字どおり湖の側にアジトを構えているらしい。
それも、王都からそう離れていない場所にあるというのだ。
彼らの主なターゲットは、王都へと向かう旅行者だ。
だからこそ、アジトの位置は王都からあまり離れていない場所の方がいいと、そういう判断なのだろう。
「もうちょっとかかるかなぁ」
「徒歩だと半日ほどかかると、調査隊の方が仰っていたような気がしますけど」
「ええ?そうだっけぇ……」
そんなこと聞いていなかったとばかりの反応を見せるペリドットに、ミューズはひとつため息をつく。
明らかに呆れの含まれたそれに、ペリドットはぷくっと頬を膨らませた。
「しょうがないじゃん!思わぬところで体力使ったんだもん!疲れてるんだもん!」
「あ、あはは……。すみません」
まるで子供のようなその言い草に、ミューズは苦笑しながら謝罪する。
そんな態度に釈然としないものを感じながらも、ペリドットは再び地図へと視線を落とした。
ペリドットの持つ地図は、調査隊から貰った、この辺りだけをピックアップして書き込んだものだ。
その湖のほとりの一点が赤いインクで丸く囲まれている。
その場所こそが、マーカスの言っていた湖賊のアジトだった。
「それにしても、半日かぁ……。結構歩くよねぇ」
しかもアジト方面には街道は続いておらず、ずっと獣道を進んでいかねばならなかった。
手入れも何もされていない、ただ馬か何かが通ったために出来たようなでこぼこ道。
こんな場所を半日も歩いたら、それだけで体力を消耗してしまいそうな気がする。
目的地には何十人もの盗賊がいるはずだ。
体力は出来るだけ温存しておいた方がいい。
ならば、どうしようか。
そう思ったとき、いつ魔物や盗賊に襲われても大丈夫なように周囲に飛ばしておいたオーブが目の前を横切った。
まるで存在を主張するかのようなタイミングに、若草色の瞳が大きく見開かれる。
次の瞬間、周りの様子なんて気にもせずに、大声を上げていた。
「そうだっ!!」
「な、何ですか?」
何の前触れもなく上げられた声に驚き、ミューズが恐る恐る尋ねる。
その途端、ペリドッドはくるりと降る向き、目にも止まらぬ速さでミューズの手を掴んだのだ。
「空から行こう!」
「……はい?」
突然の提案の意味が、きちんと理解できなかったらしい。
ミューズがきょとんとして首を傾げる。
けれど、一度その気になってしまったペリドッドは、彼女のそんな顔を見てはいなかった。
「そうだそうだ!そうしよう!」
勝手にその気になって、周囲を飛んでいたオーブを引き寄せる。
小声で呪文を唱えれば、それはたちまち透き通った水晶の板に形を変えた。
「ほら!行こうっ!」
「ちょ、ちょっと待ってくださいペリートさ……きゃあああああっ!」
ペリドッドの素早さはもちろん、その提案に驚き、固まっていたミューズは、変形したオーブに言葉を失っている暇もなく、強く腕を引かれて水晶の板の上に引き倒される。
それを止めるよりも咎めるよりも先に、オーブが急上昇を始めた。
突然体を襲ったあまりのスピードに、叫んだはずの声は途中で音にならなくなる。
一気に上昇し、森の上に飛び出したところで、漸くスピードが落ちた。
それでも、それなりの高度をかなりのスピードで飛んでいることに変わりはなく、息は大分苦しかった。
「ほーら!こっちの方が速い速いっ!」
「だからっていきなりすぎです!」
楽しそうに笑うペリドッドに、ミューズはそれだけ返すのがやっとだ。
慣れている自分と違って、まだミューズは一度しかこれに乗ったことがないのだから仕方がない。
彼女の様子を見て漸くその事実を思い出し、少し悪いことをしたかなと思った。
けれど、歩くよりこちらの方が速いのは、目にも明らかで。
「仕方ないじゃん!いきなり思いついたんだもん!」
誤魔化すようにそう叫び返して、オーブの速度をほんの少しだけ落とす。
それに気づいたのか気づかなかったのか、とにかくそれ以降、ミューズが口を開くことはなかった。



「あ!ねぇ!もしかしてあれかな!?」
上空を飛行し始めて10分ほど経った頃、オーブを操るペリドッドが後ろに向かって叫んだ。
少し前から風が強くなっていて、そうしなければ声がかき消されてしまうのだ。
じっとオーブに体をくっつけるようにして風を耐えていたミューズが、彼女のその声に「え?」と顔を上げる。
そうして突風を避けるようにペリドッドの背中により、肩越しに前を見た。
いつの間にか真下は森ではなく湖だった。
そのほとりに一か所だけ開けた場所がある。
人工的に造ったのか、ここから見ても周囲に切り株の多いその場所には、いびつな形の建築物があった。
木造らしい、どう見ても人の手によるものにしか見えないその大きな家。
その家には桟橋がつけられているようで、すぐ脇には小型の船舶が止まっている。
その船舶の帆柱の先には、ご丁寧にも黒地に白いドクロが描かれた旗が揺れていた。
「間違いないですね。他に人の住めそうな場所もありませんし。少々わかりやすすぎるのが心配ですけど」
「あっははー。だねー」
笑いながら、ペリドッドはまた小さく呪文を口にした。
乗っているオーブが、ほんの一瞬だけ淡い輝きを放つ。
かと思うと、その高度が徐々に下がり始めた。
湖賊と名乗る盗賊団のアジトから少し離れた場所へ着陸する。
ミューズを先に下りるように促して、ペリドッドが三度小さく呪文を口にする。
一瞬強い光が放たれたかと思うと、次の瞬間にはもう、オーブは元の形に戻っていた。
「便利ですね、水晶術って」
「まあねぇ~。変形させるのはかなりレベル高い術だから、使える人何人もいないらしいんだけどさぁ~」
何気なくそう言うペリドッドに、自分が特別という自覚は薄い。

水晶術は無属性の高等呪文に属していて、それを使える者を水晶術師と呼ぶ。
この術は、専用の水晶球――オーブを使うのだが、実はこのオーブの行使には膨大な魔力と集中力が必要とされている。
行使に使う魔力自体に属性は関係ないのだが、その呪文には様々な属性のものがあるものだから、魔力に属性を持つ者がなってもあまり意味がない。
けれど、属性を持たずに生まれた者は、大概どの属性の呪文も隙なく使えるように訓練するか、ひとつの属性を極めて魔力を高めようとする。
だから天性であれ努力の結果であれ、オーブを酷使できるほどの魔力を持つ者は滅多に表れることがなく、そんな理由もあって、水晶術師の数は比較的珍しいと言われる人形師よりもさらに少ない。

そんな事情があるものだから、ミューズを始めとする仲間たちはペリドッド以外の水晶術師を知らなかったし、またペリドッド自身も、他の水晶術師に会ったことはなかった。
だからペリドッド自身も、自分の凄さを全く理解していなかった。
ただ、血筋から元々の魔力が高いはずだから、少しくらい難しい術の制御ができても不思議ではないのだろうと、その程度にしか思っていないのだ。
「へぇ……。すごいんですねぇ」
ペリドッドの説明を軽く受け流して、感心したように返事を返すミューズも、その呪文がどんなに高度なものなのか、ちゃんとはわかっていなかった。
「よし、準備万端!行こう、ミューズちゃん!」
荷物を落としていないかどうか確認して、オーブを手元に引き寄せる。
それら全てを終わらせてから振り返って声をかければ、ミューズは神妙な顔で頷いた。
この距離なら、アジトまでは15分といったところだろう。
先ほどアジトが見えていた方向へ、どちらともなく歩き出す。
人が通ったことのないだろうその場所は、腰の高さまで伸びた草に覆われていたが、仕方がない。
湖賊たちが通る場所以外に、この辺りに道らしい道はないだろうとわかっていた。
だから2人とも、文句を言わずに、時々互いに注意を投げかけたりして先へと歩く。
どれくらいそうやって歩いていたのか。
決して長いとは思わない時間の後、漸く目の前の木立が開け、目の前にいびつな形の家が現れた。
近くで見れば、家というより小屋をいくつも繋げたような形をしたそれを、ペリドッドは一瞬唖然とした顔で見上げる。
後ろから辺りを警戒しながらついてきたミューズも、その建物を目にした途端に言葉を失ったようだった。
つぎはぎだらけ――そんな言葉がしっくり来るようなそのアジトは、ペリドッドの想像ともミューズの想像とも違う、なんともみすぼらしいものだった。
ところどころ隙間が見えているような気がするのは、きっと見間違いではない。
これでよく水辺に建てる気になったなとか、雨の日はどうしているんだとか、そんな余計なことをいろいろ考えた挙句、大きなため息をひとつついた。
「何だかいろんな意味ですごいところだね……」
「ええ。こんなアジトで盗ってきたものを隠せるんでしょうか?」
小さいものならばともかく、大きいものでは外から見えてしまうのではないかと思う。
一国の騎士団長にそんな心配をされる盗賊団ってどうなんだろう、なんてどうでもいいことを考えながら、ペリドッドは一度落としてしまった視線を戻す。
それだけ穴が開いていれば、外からの大声ならば聞こえるはず。
そう判断すると、萎えかけてしまった気合を入れ直すようにぱんっと頬を叩き、叢を出た。
「ペリートさん?」
「行くよ、ミューズちゃん」
思わずと言った様子で名を呼んだミューズに一言そう返して、ずんずんと前へと進む。
警戒心がないのか、見張りはいない。
それを幸運と取ろうなんて、思ってはいなかった。
ずんずんと入り口らしき扉のような壁の前へと進む。
そこまで姿を見せても誰も現れないことを確認してから、思いっきり息を吸い込み、一気に声を吐き出した。
「たのもぉぉぉぉーっ!!」
「ぺ、ペリートさんっ!!?」
何の前触れもなく突然、よりにもよって敵となるだろう者たちのアジトの前で、挑むように声を吐き出した友人の姿に、ミューズが驚いて声を上げる。
彼女が叢から飛び出し、ペリドッドの手を引いて隠れようとするより早く、目の前の扉のような壁――やはり扉だったのだ――が勢いよく開かれた。
「何だてめぇらっ!!」
扉からわらわらと湖賊と自称する盗賊たちが飛び出してくる。
そのリーダー格らしき男が、真っ直ぐに建物を見つめていたペリドッドに向かって叫んだ。
その声を聞いたペリドッドは、満足そうに微笑む。
そのまま無言で、自分の手を掴んだまま片手で顔を覆い、ため息をついているミューズをつついた。
不機嫌な表情で顔を上げたミューズは、ペリドッドの楽しそうな顔を見た途端、何を思ったのか、諦めたように深いため息をつく。
そのまま一歩前に出ると、気持ちを落ち着けるかのように小さく深呼吸をして、しっかりと顔を上げた。
「スターシア国王マーカス陛下の命によって参った。お前たちが城の宝物庫より持ち出した王の宝、そのひとつを返していただきたい」
声が、口調が、一瞬でここまで低く、威圧感のあるものに変わるのは、彼女が王族だからだろうか。
そんな的外れなことを考えながら、ペリドッドは周囲に目を配る。
あっという間に周囲を囲った盗賊たちの反応は、一瞬ぽかんとした表情を浮かべるか、ミューズの言葉の意味を理解して真っ青になるかのどちらかだった。
嫌な沈黙が、辺りを包む。
けれどその沈黙は気にならない程度の時間で破られた。
「は、はぁ!?何言ってやがる!」
「俺らがいつ、城に入ったって言うんだよっ!」
必死にそう言い返す盗賊たちの声は、僅かに震えていた。
それを敏感に察知しながら、心情とは裏腹に、ペリドッドは笑う。
「そう来るよねー、やっぱり」
「予想していたならやらせないで下さいよ」
「あっははっ。ごめんごめん」
憮然とした表情で振り返ったミューズに、いつもの調子で謝る。
真剣さが感じられないと怒られるかもしれないけれど、言い直すつもりはなかった。
表情に怒りを滲ませ始めたミューズに、誤魔化すように笑みを向ける。
そのまま一歩前へ踏み出すと、真っ直ぐにリーダー格の男へと顔を向けた。
「ねぇ、おにいさんたち」
「ああん?」
「さっきのは冗談なんだ。あたしたち、本当は人に会いに来たの」
にっこりと微笑んでさらりと嘘を吐く。
その嘘に、ミューズが驚きの表情を浮かべる。
当然だ。こんな奴らの中に自分たちの知り合いなんていない。
けれど、それはこの国に着いたばかりの頃の話だ。
今は、決してそうだとは、言えない。
「人ぉ?」
「うん!たぶん、最近団の名前を変えようって騒いだ人がいると思うんだよねぇ。その人に会いたいんだ」
唖然とした盗賊たちが、手近にいた者たちと顔を見合わせる。
沈黙は、その一瞬。
次の瞬間には、彼らは心底おかしいと言わんばかりに大声で笑い出した。
「あいにくだが、うちの団で改名案なんて出たこたぁねぇよ。とっとと帰んな!」
「へぇ……」
その途端、ペリドッドの若草色の瞳が急激に冷えたことに、目の前の男は気づかない。
くるりと背を向けたペリドッドに、所詮小娘だと侮辱する目を向ける。
彼女のとんでもない行動が原因とはいえ、その視線にミューズが怒りを感じ、言い返そうとしたそのときだった。
もう一度、踊るような身軽な動きで、ペリドッドがアジトを振り返る。
その顔の前には、いつの間にかオーブが浮かんでいて。
それに気づいたミューズが驚くと同時に、彼女は思い切り息を吸い込んだ。
「約束破ったんだねーっ!じゃあクラリアさんちの後継ぎさん、呼んできちゃおーかなぁーっ!!」
魔力で増幅したらしい声は、先ほどの彼女自身の大声以上に辺りに響く。
先ほどの声にも驚かなかった鳥たちが、そのあまりの大きさに驚き、一斉に飛び立っていく。
それと同時に、アジトの中からばたばたと走るような音が聞こえた。
断続的に続いていたそれに視線を向けるのと、目の前の――先ほどとは別の扉が勢いよく開いたのは、ほぼ同時。
飛び出してきた青年は、こちらの姿を認めた途端、その紺色の瞳を大きく見開いた。

2006.11.02