SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter7 吸血鬼

4:印象と信頼

どうしたらいい?どうすればいい?
そんな考えばかりが頭を回る。
まさか、精霊にそんなことを言われるとは思っていなかった。
いや、可能性としては考えていた。
けれど、仲間たちはみんなすんなり受け入れられていたから、いざとなったら頭から消えてしまった。

『信じられないって顔してるな。でもな、実際はそんなもんだ』

ダークネスの言葉に、ベリーははっと顔を上げる。
彼は、紫紺の瞳に冷たい光を浮かべたまま、続けた。
『人間なんて自分勝手で傲慢。下級精霊の中にはそんな風に考えている奴だっている』
「でも……っ!私たちは……っ!」
『どうだかな。口だけでは何とも言える』
「ダークネス様……っ」
あっさりとそう言い放たれ、反論ができない。
口だけでは何とでも言える。
それは、ベリー自身も常々思っていたことだから。
普段どうしようもない奴が『明日からがんばる』と言っても、結局言うだけで何もしようとしないときなんて、特に。
だから反論できない。言葉が返せない。
口にした言葉を現実にする人間なんて、ほんの一握りしか知らないのだから。
どうしようもない袋小路に立たされたような気がして、ぎゅっと目を瞑る。
こんなとき、みんなならどうするだろう。
それを必死に考えようとした、そのときだった。
『なーんてな』
突然耳に、それまでとはトーンの全く違う声が届く。
だから一瞬、それがダークネスのものだと気づけなかった。
「え……?」
思わず目を開け、彼を見る。
目の前にいる精霊は、先ほどまでの厳しい表情など欠片も見せずに、楽しそう笑っていた。
目が合った途端、その口元が更なる弧を描く。
『別の奴ならそう言って追い返すってだけの話だ』
「は……?」
『ほら』
目の前にいる存在の突然の変化が理解できないうちに、何かを投げ渡された。
反射的に受け取ったそれは、本だった。
黒に近い紫の表紙の、古い書物。
それが何なのか、すぐに理解することなんてできなくて、ベリーは呆然とそれを見つめたまま尋ねた。
「え?これは……」
『ご所望の呪文書だよ』
頭が真っ白になるとは、こういうときのことを言うのかもしれない。
だって一瞬、何を言われたのかわからなかった。
「これが……!?」
一瞬遅れて、漸くそれが何なのか理解し、叫ぶ。
『何だ?いらねぇか?』
「い、いえ!でも……」
『お前たちのことなら、俺たちはずっと見てきた。だから、持っていけばいい』
あっさりとそう言われても、すぐには信じられなかった。
さっきまであんな態度で拒絶されていたのだ。
そんなに簡単に、今目の前で起こっていることが真実だと思えるはずがない。
「本当に、いいのですか?」
『嘘だって言ってほしいか?』
「い、いえ!そんなこと……」
恐る恐る尋ねた途端そんな答えが返ってきて、慌てて首を振る。
喉から手が出るほど欲しかったこれを授けられたことが、今更嘘だなんて思いたくもない。
けれど、先ほどまでの彼の態度なら、こちらが聞き返してしまうのは仕方ないことだと思う。
改めて落ち着いて礼を言うと、軽く深呼吸をする。
『ただし、だ』
その途端、ダークネスが目の前に指を突きつけてきた。
突然のそれに、思わず口にしかけた言葉を飲み込む。
『予想はついていると思うが、それは生半可なことじゃ取得できないぜ?』
ダークネスが、再び真剣な色を宿した目でこちらを見つめる。
その目を、ベリーは真っ直ぐに見つめ返した。
「……それは、覚悟の上です」
迷うことなく、はっきりと答える。
その言葉に、ダークネスは紫紺の瞳を細め、口元に笑みを浮かべた。
『いい顔すんじゃねぇか。気に入ったぜ』
「ありがとうございます」
呪文書を小脇に抱え、深々と礼をする。
漸く落ち着いてきた自分を自覚し、徐々に冷静さを取り戻しながら、ベリーは顔を上げる。
目が合った途端、ダークネスは笑顔を浮かべた。
先ほどまでの意地悪な態度のときに浮かべたどれとも違う、柔らかい笑みを。
『じゃあ、説明するぞ。よく聞け』
その笑顔を浮かべたまま、ダークネスは呪文書へと視線を落とす。
その目が、ほんの僅かに細められた。
『その呪文書には鍵がかかっている』
「鍵、ですか?」
『ああ。それも当然ただの鍵じゃない。鍵の形をしていると思わない方がいいぞ』
それは、何となく言われた瞬間から予想できていた。
この呪文書には、見てわかるような鍵などついていない。
おそらくは、魔力か何かで封印されていて、それを解く方法が『鍵』と呼ばれる何かなのだろう。
その『鍵』を手に入れて、封印を解いて初めて呪文書が読めるということだ。
「それで、その鍵はどこに……」
『各国のどこかにひとつずつ、だ』
「は……?」
妙にあっさりと言われた言葉を、一瞬理解できなかった。
驚いてダークネスを見上げれば、彼はこちらを見てにやにやと笑っていた。
それに少し苛立ちを感じながらも、気を静めて聞き返す。
「各国のどこかにひとつずつ……?」
『ああ』
「それは……っ!?」
『見つけ出すのは至難の業だろうな』
「か、鍵の形はわからないんですか?」
『残念ながら、俺は知らないな』
先ほどよりも、あっさりと言われた言葉に絶句する。
手がかりもない。
唯一のヒントは、各国にひとつずつ、鍵が存在するという事実のみ。
そんな状態で、一体どうやって探せと言うのか。
『もちろん、封印したのも隠したのもミルザだぜ?』
絶句していると、ダークネスがにやにやと楽しそうな笑みを浮かべてそう付け足した。
明らかに楽しんでいるらしいその言葉に、思いきり彼を睨みつける。
けれど、彼は楽しそうな笑みをますます深めるだけだった。
「それだけで、一体どうやって探せと……」
『さあてな?』
思わず呟いた言葉にもさらりと返されてしまい、思わず唇を噛んだ。
例えるなら、それ以上進めないような断崖絶壁に立たされたかのような心境。
一瞬、諦めてしまいたいという思いが頭をよぎる。
『おいおい。それくらいで諦めんのか?』
その途端、目の前で声をかけられ、ベリーは顔を上げた。
ダークネスは、相変わらずの笑みでこちらを見ている。
けれど、それは表面上だけだった。
顔は笑っていたけれど、真っ直ぐに向けられた瞳も、声も、その表情に似合わずひどく落ち着いていた。
それを見て、この声を聞いて、表面上だけだと気づいたのは、それが時折『彼女』が見せる表情に似ていると思ったからだ。
『オーサーは、諦めずに呪文書を探したって聞いたぞ?』
ダークネスが口元にそれまでとは違う笑みを浮かべてそう尋ねる。
その言葉に、思わず拳を握りしめた。
そう、ペリドットだってやり遂げたのだ。
盗まれてしまい、見つかるかもわからない呪文書を必死に追いかけて手に入れた。
彼女にできたことが、自分にできないなんてはず、ないはずだ。
「……わかりました」
紫玉の瞳が、真っ直ぐにダークネスを見る。
深い色を持つ紫紺が、こちらを静かに見つめていた。
「探し当てて見せます、絶対に」
はっきりとそう、決意を口にする。
その言葉を聞いた瞬間、ダークネスはその口元の笑みをますます深めた。
それまでの、人をからかっているときのようなものではく、嬉しそうな表情で。
『よし、よく言った。それでこそ俺の加護を受けた勇者』
「ですが、その前に試練があるのではないのですか?」
嬉しそうにそう言ったダークネスに向かい、ベリーは口調を変えずに問いかける。
一瞬きょとんとした表情を浮かべた彼は、次の瞬間再び笑った。
満足そうな、誇らしそうな、そんな顔で。
『実はな。この呪文書の試練はそれなんだ』
「え?」
妙にあっさりと、そう言われた。
それを、すぐに理解することができなくて。
呆然とダークネスを見上げると、彼は本当に楽しそうに顔で笑った。
『俺が俺の力で試練をやるのは面倒だったんで、ミルザに提案したんだ。鍵探しを試練にして、見つけるたびに呪文継承の資格を与えていく方法にしようぜってな』
「……それは……」
なんて自分勝手な。
そう口にしそうになり、口を噤む。
けれど、表情には出てしまったらしい。
『あ!おい!あのときのミルザと同じ顔するなよな!』
「誰だってしたくなります……っ」
叫んだダークネスに向かって、思わず叫び返したくなった。
その衝動は必死に押さえ、もう一度彼へと顔を向ける。
「せめてヒントは残っていませんか?」
『ヒントか?そうだなぁ……』
さすがに手がかりなしで世界中を回るのは辛かった。
だから尋ねたのだけれど、ダークネスは首を傾げるばかりだ。
仕方なく諦めようとしたそのとき。
『ああ、そういえば』
軽く手を打ったダークネスを、あまり期待せずに見上げる。
目が合った瞬間、彼はにかっと笑った。
『あいつ、エスクールは最後に探せって言ってたぜ』
「エスクールは最後に?ミルザがそう言っていたんですか?」
『ああ』
エスクールは最後に探せ。
ミルザがそう言ったということは、きっとその順番には意味があるのだろう。
一番簡単に予想できるのは、他の鍵を全て手に入れてからでないとエスクールの鍵は手に入らないという仮説だが、そうだという確証がない今、それを口にすることはできなかった。
『俺が知っていることはそれくらいだ。あと何か聞きたいことは?』
「そうですね……」
ここから出てしまえば、鍵を集めるまではもう入ることなどできなくなるかもしれない。
そうだとすれば、安易に答えることなどできない。
一度頭の中で状況を整理し、疑問が残っていないかを確認する。
少しの間考え込んでいたベリーは、やがて顔を上げ、首を緩く横に振った。
「いえ、もう十分です。ありがとうございました、ダークネス様」
これ以上聞いても、きっとヒントになるようなことは何もないだろう。
それに、これが試練だというのなら、自分で解決しなければ意味がないような気がした。
『俺はもうこれ以上何もしてやれないけどな。何かあったらいつでも来ていいぜ?マリエス様には内緒で待っててやる』
満足そうに笑っていうダークネスに、きっと最初の頃の自分なら目を丸くしただろう。
でも、もうしない。
すっかり慣れてしまった自分がおかしくて、思わず小さく笑みを零せば、それをどう取ったのか、単にダークネスは不満そうな顔を浮かべた。
『何だよ……』
「いえ……、すみません」
『……ったく。大方イメージと真逆だとでも思ってるんだろ?』
それは、否定しない。
闇と言えば、もっと静かで大人しくて、そんなイメージを抱いていた。
『闇の精霊がおとなしいって決め付けるの、やめろよな』
「失礼いたしました」
拗ねるダークネスに、笑いたいのを必死に答える。
それと同時に、安堵もしていたことは、絶対に口にしない。
知られれば、きっとまたからかわれるだろう。
これ以上からかわれては堪らない。
『まあ、お前のせいじゃないからいいけどよ』
拗ねたままそう呟くダークネスは、まるで少年のようだ。
その姿に、失礼とは思いつつも微笑ましさを感じながら、退出の挨拶をしようとしたそのときだった。
『ああ、そうだ。エスクール以外の鍵が集まったら、もう一度ここに来いよ』
「え?」
再びダークネスがそんなこを口にした。
突然のそれに思わず聞き返せば、彼は再び、にやりと楽しそうな笑みを浮かべた。
『鍵が集まれば、何かいいこと教えてやれるかもしれないからな』
そう言って笑った彼に、ベリーは内心首を傾げた。

2010.01.23