SEVEN MAGIG GIRLS

Last Chapter 古の真実

36:時の止まった場所

降り立った場所は、ただただ闇の続く場所だった。
周囲を見回しても何も見えない。
ぼんやりと周囲に光が灯っているのは、精霊の力だろうか。
「本当に真っ暗で何にもないんだね」
そう呟いたのはペリドットだった。
「暗い?」
すぐさま後ろから疑問の声が飛んでくる。
「だって周りに何にも見えないじゃん?」
くるりと振り返って、疑問をぶつけた相手はベリーだ。
彼女はいぶかしげな表情で周囲を見回すと、ゆっくりと首を振った。
「違うわ。ここは暗いんじゃない」
「え?」
「『何もない』のよ。見渡す限り」
「何も、ない?」
「そうだわ」
不安そうに周囲を見回していたセレスが、何かに気づいたようかのように言葉をこぼした。
「何もないんだわ、ここ。闇も、光も」
暗いわけではなく、『ない』。
だから真っ暗のように見えているだけ。
実際には今立っているこの場所すら、大地ではないかもしれない。
それに顔をしかめたのはミスリルだった。
「それっておかしいんじゃない?光すらないなら、こんなにはっきりお互いの姿が見えるはずないでしょう?」
「それは、この場所の時間が、以前扉が開いたときに人間界から流れ込んだ元素を取り込んだまま止まっているからです」
突然男性の声が聞こえた。
振り返れば、今通ってきた扉の前に、いつの間にか1人の男が立っている。
「セラフィム」
ルビーが彼の名を、それはそれは忌々しそうに呼んだ。
彼はそれに苦笑を浮かべると、芝居のかかった優雅な動作で正面を示した。
「あちらをご覧ください」
釣られて視線を向けたその先には、何かがあった。
目を凝らす。
そうすると、漸くはっきりとそれが見えてくる。
そこにいたのは、ふたつの人影。
地面、と言っていいのか、そこに倒れた人間らしき存在だった。
「人が……っ」
「待ってセレス!」
駆け寄ろうとしたセレスの腕を、ルビーが掴む。
「姉さん!」
「よく見て」
「え?」
正面を凝視したままの姉にそう言われ、セレスはもう一度人影に視線を向け、息を呑んだ。
「なに……っ、あれ……っ」
誰より早くひきつった声をあげたのは、レミアだった。
倒れていた人影が、見る見る変化していく。
身体が急速に腐敗し、朽ちて、骨が見えて。
その骨すら、急速に風化して、崩れていった。
数分も立たないうちに、身につけていた装備だろう装飾品を残して、人影は消えてしまったのだ。
「今、のは……?」
震えたその声は、誰のものだっただろう。
「ゲートが開いたことで、外の時間が流れ込んだのです。それが急速にこの場所の時間を進めて、時間が止まっていた故に残されていた遺体が、本来流れた時間の分だけ朽ちていった。それだけのことです」
「それだけって……っ」
声を上げようとしたセレスを、ルビーが無言で制した。
「セラフィム」
静かな赤が、道化のような男を睨み付ける。
「前にここが開いたのは、いつ?」
その問いを聞いた男は、にこりと微笑んだ。
「1000年前です」
赤い瞳が、ほんの少しだけ鋭くなる。
「前にここに来たのは、ミルザだったって話のはずだけど」
「はい。ご察しのとおり、彼らはミルザの仲間だった者たちです」
微笑んだままの彼の答えに、ルビーとタイム以外の全員が息を呑んだ。
「彼らはここで亡くなりました。ミルザは彼らを残して脱出するしか術がなく、その亡骸は、邪神とともにこの空間に遺されたのです」
「……そう」
ふいっとルビーはセラフィムから視線を外した。
そのまま、先ほど亡骸があったはずの場所を見る。
遠かったから、表情は見えなかった。
あの2人は、一体どんな顔をしていたのだろう。
そして、一度に2人も仲間を亡くしたミルザは、どんな想いでこの場所を封印したのだろうか。
「ルビー」
後ろからタイムに声をかけられる。
彼女が言いたいことは、わかっていた。
「大丈夫」
だからそう答える。
自分にも言い聞かせるかのように。
「そう何度も、繰り返してたまるか」
ぽつりと零れたその言葉に、タイムが眉を寄せたことに気づくはずもなかった。
顔を上げて、その赤い瞳をセラフィムへ戻す。
「セラフィム。あたしたちが奥に行ってる間、ゲートはどうするつもり?」
「閉じます」
間髪を入れずに返ってきた答えに、思わず眉を寄せた。
それを見たセラフィムは楽しそうにくすっと笑みをこぼす。
「……と言いたいところですが、退路がないのは不安でしょう?あなた方が戻ってくるまで、私がここに残り、邪神が外へ出ないように結界を張ります。ので、もしものときは、逃げ帰ってきてください」
その言葉に、ルビーとタイムは目を丸くした。
この男が、そんな甘いことを言い出すとは思わなかったのだ。
「あんたがそんなこと言うとは思わなかった」
「私にとって大切なのは、あの者を現世に戻さないこと。その手段であるミルザの血筋に、耐えてもらっては困るのです」
敢えて嫌みを言ってやれば、彼は相変わらずの余裕の笑みを崩さずに答える。
それを聞いた途端、ルビーの顔があからさまな嫌悪を浮かべた。
今までだって、隠してはいなかったけれど。
「あたしたちが駄目なら、逃げ帰って子孫を残して、その子孫に責任を押しつけろってことか」
「そこまでは言いませんよ。あなた方がもう一度戦ってくださればいいわけですしね」
にっこりにこにこという擬音が見えそうなほど、清々しい笑顔。
けれども、口から発せられた言葉は、戦いを強要する権力者そのもの。
それを聞いた途端、他の者たちもこの男の本性を悟った。
「この人……にこにこ笑って……」
「怒るだけ無駄だよレミア。ウンディーネ様たちもこういう奴だって言ってたから」
拳を握りしめたレミアを、タイムが止める。
力業で改心するならルビーがここまで苛立っていなかったということを、彼女はよく知っていた。
そして、今のレミアでは彼には敵わないと言うこともまた、よくわかっていた。
「あの……、セラフィム、さん?」
「はい?何ですか?光のお嬢さん?」
おずおずと声をかけたセレスに、セラフィムはそのままの笑顔で返事をした。
一瞬だけ姉を伺うようにルビーに視線を向けたセレスは、すぐにそれをセラフィムへ戻すと、意を決したように口を開く。
「マリエス様の知り合いってことは、あなたも精霊なんですか?」
「ええ、そんなところです」
よく言うよ、この道化が。
言葉にはしなかったけれども、ルビーとタイムの心はひとつになった。
「さて。そろそろ邪神がこちらに気づく頃でしょう。私はここで皆さんの勝利をお祈りしていますね」
にっこりと笑ったセラフィムが、優雅に礼をする。
「それでは、いってらっしゃい」
その途端、空気がふわりと揺れたような気がした。
おそらくは結界を発動させたのだろう。
あちら側と繋がる扉を光の壁が覆う。
その光に溶けるようにセラフィムは姿を消した。
ちっと舌打ちが聞こえる。
「本当にどの口が言うんだっての!」
「気持ちは分かるけど落ち着いて」
「わかってる!」
舌打ちの主はルビーだった。
苛立つ彼女をタイムが宥める。
そんな2人の姿を見て、ベリーがため息を吐いた。
「なんか、本当に底の見えない奴よね」
「あたしたち、本当は閉じこめられたなんてことないよね?大丈夫だよね?」
「んなことしたらウィズダムが乗り込んできてボコると思うわ」
あわあわと扉と仲間たちを交互に見るペリドットに向かい、ルビーはため息を吐き出すように答えた。
本当はウィズダムにはセラフィムに手を出せるほどの力はないのだけれども、それでもミスリル至上主義な彼ならやりかねないと思う。
「さてと」
もう一度、気持ちを切り替えるように息を吐き出すと、ルビーは顔を上げる。
その目を、先ほど遺体が消えた方向へ向けた。
「もう遊んでる場合じゃないね」
そう呟いたのと、それが訪れたのはほぼ同時だった。
ぞわりと背筋に悪寒が走る。
空気がそれまでと一変したのだ。
「なにこれ……。風が、重い」
「伝わってくる気配が、すごく、気持ち悪い」
悪寒は全身に広がっていく。
何かが足下から這い上がっていく感覚。
体の全てを呑み込もうとする、それは。
「前を見て」
意識まで呑まれかけたそのとき、凜とした声が響いた。
声とともに暖かい感覚が広がっていく。
その感覚は、魔力は、よく知るものだった。
「呑まれたら、帰れないよ」
無意識に視線を向けた先には、赤と白。
重い風が吹いているその場に、鮮やかに浮かび上がる長い髪。
「姉、さん」
この気配に呑まれることなく、真っ直ぐに立っているルビーの姿。
その隣には、タイムの姿がある。
「まあ、気持ちはわかるけどね」
「本当。こんなに濃いんだっけ?この瘴気」
「瘴気って言うか……神力だろうね、これ」
お互いにだけ聞こえる声で言葉を交わす。
周囲を警戒していると、後ろからひっと小さな悲鳴が聞こえた。
「ペリート?」
顔を完全に後ろへ向けないように気をつけて、声をかける。
顔は見えなかったけれども、発する声は、彼女にしては珍しく震えていた。
「なにか、いる……?」
視界の端で彼女が指を伸ばすのがわかった。
それと、その気配が強くなったのは、ほとんど同時だった。
「そこにいるのは何者だ」
耳に届いた言葉に、ごくりと息を呑む。
先程よりもぞわりとした感覚が強くなる。
その圧倒的な存在感に、身体が震えそうになる。
意を決して、視線を向けた先には、いつの間にか人影があった。
すらりとした長身と長い髪を持つ人物。
その髪は、ここが闇の中であれば、その空間に溶けてしまうのではないかと思うほどの、漆黒。
「どうやってここに入ってきた」
こちらに向けて放たれたその声は、ドスの利いたテノール。
書き上げられた髪の向こうに見えたのは、血のような赤い瞳を持つ男のもの。
それは、ゲートが開いたことによって流れ込んだ時間のせいだろう髪の長さを除けば、『継承』によって得た知識の中にあるものと違いのない姿。
タイムと2人、目配せする。
彼女は無言のまま頷くと、すっと後ろに下がった。
「ハデス……様」
再び黒髪の男へ視線を戻すと、ルビーは声が震えて聞こえるように、名を発した。
背後から小さく驚きの声が上がるのが聞こえたが、それはタイムが制してくれるだろう。
ぴくりと男が反応した。
その血の色のような紅が、訝しげにこちらを見る。
やがて、この口からつまらないと言わんばかりのため息が漏れた。
「……『悲劇の英雄』かと思いきや、お前は『正しくこの世界の存在』か」
それを聞いた瞬間、ルビーはわざとらしく派手な舌打ちをした。
「さすが最高位の神様。別の世界線の自分のふりしても、お見通しってことですか」
「あの愚か者とお前では、そもそも発する覇気が全く違う」
血の色の瞳が、ほんの少しだけ先程とは違う色を宿してルビーに向けられる。
「なるほど。正しく目覚めたのか。ユスティティアの僕ども」
彼が口にした名前に、身体が勝手に反応しそうになる。
それをぐっと堪え、余裕ぶって笑ってみせる。
「なんのことだか」
「知らぬと言うのか。さきほどまでそこにいた子供らも知っていたというのに」
そう言ってから、目の前の男はふと視線を動かした。
「そういえば、あの2人は驚いていたか」
向けた先は、おそらく先ほどまであの朽ちた遺体があった場所だろう。
だとすると、ミルザも仲間に真実を全ては話していなかったのだろうか。
そんなことがちらりと頭を過ったけれど、すぐに思考の底へ追いやる。
「ルビー」
後ろからタイムの呼びかける声が聞こえる。
小さく頷くと、ルビーは、その鮮やかな紅い瞳で男ーー邪神を睨みつけた。
「あなたが何の話をしているのか知らないけど」
発した声が先ほどよりも大きくなってしまったのは、少しは恐怖を感じているからだろうか。
それでも、押し通すと決めたのだ。
怯えも動揺も、タイム以外の誰にも悟らせるわけにはいかない。
「あたしたちは、精霊からあなたは人間を滅ぼそうとしている破壊神だと聞かされた。だから、ご先祖様に変わってあたしたちがあんたを倒しに来た。それだけなんだけど」
「私が、破壊神?」
邪神の気配が、ほんの少しだけ揺らいだ。
ぞわりとした悪寒が、背筋を走る。
「まだそのような世迷いごとを言っているのか、精霊どもは」
先ほどとは違う、明らかな怒気が乗った声。
「正しいのは私だと、なぜわからない」
「正しいのかどうかは知らないけど」
わざと口角を上げる。
「精霊神は、自分たちの上にいるのはウルスラグナだと言っていたけど?」
「ウルスラグナ……」
そう告げた瞬間、邪神が目を見開いた。
がっくりと首が落ちる。
「そうか。誰も考えを改めていないということか……」
ぞわりとした感覚が背中に走る。
これは、まずい。
「なら、お前たちに話をしても無駄だな」
ぶわっと空間に衝撃が走る。
物理的なものではない。
これは、感覚的なもの。
「きゃ……っ」
「何これ……、殺気……!?」
「……っ」
少しでも気を緩めると、体が震えそうになる。
それどころか、力が抜けて崩れ落ちそうになる。
それほどの殺気。
けれども、押し負けるわけにはいかないのだ。
「そんなの、あんたがここから解放されない時点でとっくに解っていただろうが」
腰の鞘に手を伸ばす。
そこに収めていた二刀の短剣を抜き放ち、右手のそれを邪神に向けた。
「……ほう」
それを見た邪神が、何を思ったのか、興味深そうにこちらを見る。
「逆らうというのか、私に」
「そのためにここに来たんでね」
「面白い。やってみろ」
邪神がにたりと笑う。
それを合図にしたかのように、ルビーは刃を手にしたその手を振りかざした。

2022.02.27