Last Chapter 古の真実
37:開戦
ぶわりと炎が吹き上がる。
それは邪神目がけて、とんでもない熱をまき散らしながら放たれた。
それを見た瞬間、背後の仲間たちが息を呑む気配を感じた。
「やるよ!!みんなしっかりして!!」
ルビーがそう叫んで、自身で放った炎に向かって駆け出す。
「っ!セレス、ペリート!援護!」
我に返ったミスリルはすぐさま叫び、足下に魔法陣を敷いた。
「アースゴーレム!!」
魔法陣からゴーレムが現れる。
その声に、音に、漸く他の仲間たちも我に返った。
「精霊よ。我らに守りの加護を!」
セレスが上空に向かって杖をかざす。
放たれた光が、周囲の仲間たちを包み込む。
「……って、姉さん!?」
とっくに邪神に向かって走り出しているルビーには、その加護の光が届かない。
「たぶん大丈夫だから、セレスはみんなに補助呪文!」
「わかりました……って、タイムさん!!」
叫んだ直後にタイムがルビーを追って駆け出す。
「ってタイムちゃんも行ったら駄目じゃない!?」
「っ!?ペリート、結界!?」
「へっ!?」
タイムが叫ぶ。
驚きつつ、反射的に結界を展開したその瞬間、とんでもない衝撃が走った。
「ひっ!?」
思わず悲鳴を上げたそれは、邪神が放った衝撃破。
ぎりぎり間に合った結界に当たったそれは、びきびきと音を立てて光の壁に罅を入れていく。
「うっそ……っ、マジで……っ」
「タイム!!」
「大丈夫っ!!」
どうやったのか衝撃波を避けたらしいタイムは、そのまま炎の中に飛び込んでいった。
「なんで無事ぃ……?」
「わからないけど、まずいわね」
「ミスリルちゃん?」
焦りの混じったその声に、ペリドットは後ろを振り向く。
「そうね。さっきのレベルの攻撃が来るなら、直撃したらただじゃすまないわ」
その言葉に頷いたのはベリーだ。
「けど、あの2人だけに前線任せるわけにもいかないでしょ」
「私とレミアは接近戦の方が得意だし」
「なら、2人は行ってください」
はっきりとそう言ったのは、セレスだった。
「セレス?」
「さっきの様子だと、姉さんとタイムさんはたぶん、大丈夫」
タイムがあの衝撃波をどうやってやり過ごしたのかはわからないが、現に無事な姿で飛び込んでいった。
あれが、精霊と直接契約をして得た力なのであれば、たぶんルビーも大丈夫だろう。
「私とペリートはおふたりの防御に専念します」
「まあセレちゃんがベリーちゃんを見て、あたしがレミアちゃん見る、ならなんとかなりそうだけど」
「なら私はここで2人の支援をするわ」
ミスリルがそう告げる。
それを聞いたレミアが、ふっと息を吐き出した。
「なんだかんだでいつもの布陣な気もするけど」
「まあ、あたしたちだしねぇ」
ふっとペリドットが笑った。
笑いながら、考える。
いつもは余裕があればセレスとペリドットも攻撃に加わるが、今はやめておいた方がいいだろう。
「さて、行くわよ」
「OK。行こう」
ベリーが声をかけると、レミアは腰の鞘から剣を抜き放った。
ぎんっと金属がぶつかり合う音がする。
邪神は何も持っていなかったはずなのに、ルビーが振り下ろす刃を的確に防いでいく。
「……ちっ」
もう一撃入れてから、後ろへ飛び去る。
ときどき外へ向かって衝撃波を放つ以外、目立った反撃をしてこない理由はわかっている。
こちらの様子を見ているのだ。
「ルビー」
どうするべきかと考えようとしていたそのとき、後ろから声がかけられた。
「タイム」
すぐ隣に並ぶ、青。
彼女はほんの一瞬だけこちらを見た。
「手応え、なさそうだね」
「まあね」
答えながら、ルビーはちらりと周囲の炎を見る。
「たぶんこれで手が出せないんだと思うんだけれど、そろそろこの目くらまし結界が切れる」
「やっばりこれ結界か」
タイムが呟くように口を開いた。
あの邪神の放ったものにしては、先ほどの衝撃波の威力が低すぎるとは思ったのだ。
「切れたらどうするの」
「相手が本気出してくるだろうから、こっちも本気出さないとかな」
ふっと口元に笑みが浮かぶ。
それを見て、タイムは呆れたようにため息を吐いた。
「だいぶ不利じゃない?」
「わかってたことでしょ」
「それもそうだ」
勇者ミルザすら叶わなかった相手だ。
簡単に倒せるなんて思っていない。
今だって、恐怖すら感じているのだから。
それでも。
「でも始めちゃったから、覚悟決めるしかないし?」
「なんとか勝つしかないし?」
くすりと笑い合う。
大丈夫。
まだ笑い合える余裕がある。
「じゃあ、解くよ」
そう告げて、ルビーは手を振りかざした。
音を立てて炎が引いていく。
邪神の姿が見えた瞬間、タイムが腕を突き出した。
その瞬間、その手の先から氷の刃が出現し、放たれる。
目の前に打ち出されたそれを、邪神は焦る様子もなく手を振るだけで払い落とした。
その隙を狙ったルビーが斬り込むが、それすら様子に防がれてしまう。
「……ちっ」
邪神がルビーの腹に向かって手を伸ばす。
はっと目を見開き、体勢を崩した途端、その真上を光弾が駆け抜けていく。
内心で焦り、後ろを見たけれども、後方にいたタイムも上手く避けたらしく、無事だった。
胸を撫で下ろして、再び邪神を睨み付ける。
「人間が私を滅ぼそうなど、無駄だとわからぬのか」
わからないわけがない。
人間では、神は滅ぼせない。
「そんなこと、知っているわ」
このままでは埒が明かない。
本当は自分たちでこの存在の体力を削ってからやりたかったけれど、仕方ない。
「でもあたしたちは、ただの人間じゃない」
神の血を引く、勇者の子孫。
そして、もうそれだけでもない存在。
「タイム」
隣に戻って声をかける。
彼女が視線だけでこちらを見たのを確認して、自分の額をとんと指で叩いた。
「ちょっと間だけよろしく」
一瞬目を瞠った彼女は、けれどすぐにふっと笑みを浮かべる。
「がんばるわ」
そう言ったタイムが手に握る棍が淡い光を放つ。
見る見るうちに形状が変わっていくそれは、先端に今までなかった、青い石を埋め込んだを刃を生み出した。
棍と言うよりも長刀のようになったそれを、振りかざして邪神に突っ込んでくその世を受け取って、ルビーはくすっと笑みを零す。
「スピアマスターってああいうことなんだよね、本当は」
棍として受け継がれたのは、きっと本来の水晶の持ち主だった『水の女神』が、本当に相手を害そうとしないときは刃を実体化させていなかったからだ。
だからたぶん、代々のミルザの子孫が、普通に『魔法の水晶』を武器に変形させた場合、刃を実体化できないまま伝わってしまったのだろう。
けれど精霊たちは、元々の武器の形状が槍だと知っていたから、ミュークの血筋を『スピアマスター』と呼び続けた。
そんな、今はどうでもいいことを考えながら、ルビーはふうっと息を吐き出す。
このままでは、自分とタイムはともかく、他のみんながまともに戦えない。
精霊神法を使うとしても、武器に力を宿すレミアとベリーならばともかく、セレスとミスリル、ペリドットが攻撃に参加できなくなってしまう。
いくら正式に継承しているとは言っても、あれは何度も放てるほど少ない神力で扱える呪文ではない。
いわゆる必殺技なのだ。
だから、少しでも、普段どおりの戦法で戦えるように、仲間たちの神力をほんの少しだけ引き出す。
元々血に受け継がれている力だ。
自分やタイムのように『継承』をしていなくても、使うことはできるから。
「サラマンダー」
『ここに』
名を呼べば、すぐ傍に炎の気配が現れる。
姿は見えない。
けれど、彼は確かにそこにいる。
「しくじりそうだったらフォローして」
『御意』
その返事を聞いて、ふっと口元を綻ばせると、ルビーは手にした短剣に意識を集中する。
シンブルなデザインだったそれが、もう1人の自分と戦ったときと同じ、鍔に赤い石が着いた形に変化する。
少しだけ、額が熱い。
痣があったはずだった部分に、熱が集中しているのがわかる。
それは、人の力を操作して、高めるための術。
それを自分の水晶を通じて、タイム以外の仲間たちの水晶へ流し込む。
そして、普段は閉じている力の出入り口を開くのだ。
そうすることで、眠っている力を引き出す。
「ごめん。みんな」
許可も取らずに勝手にそんなことをする自分を許して欲しいとは思わないけれども。
どうか、誰も欠けないように、受入れてほしい。
ふと、武器が淡く光っていることに気づいたのは、レミアだった。
「何?これ?」
炎が消えた後、一度は斬り込んだルビーが後ろへ下がり、入れ替わりにタイムが、槍に変化した棍を振りかざして邪神に突っ込んでいく。
それを見て、飛び込もうとしていたレミアは、けれど手にした武器を見て足を止めた。
「私のもだわ」
同じように様子を伺っていたベリーが、その腕にはめたグローブを見て言った。
振り返れば、セレスの杖も、ミスリルの鞭も、おそらくはペリドットのオーブも光を放っている。
「なんか、体が温かいような……」
「突然ごめん!」
ペリドットが呟いたそのとき、前方にいたルビーがこちらに戻ってきた。
「姉さん!」
セレスが驚いて声を上げる。
「ごめんって、どういう意味?」
「みんなに何にも言わずに、サラマンダー様から教わった強化呪文をかけた!」
全員が小さく驚きの声を上げる。
「まさか、これ?」
ミスリルが鞭を持ち上げてみせると、ルビーはこくんと頷いた。
「さっき、炎で結界を作りながら何度か斬り込んだけど、普通に戦ったらあいつに攻撃が全然届かなかった。マジで神力が乗ってない攻撃は届かないみたい」
悔しそうな表情をしたルビーは、すぐに短剣を持ったまま、顔の前で両手を合わせた。
「だから、精霊神法を使わなくっても神力が攻撃に乗るように、神力を解放する強化呪文をみんなにかけた」
つまり、この武器を包んだ光が、その呪文が発動している証と言うことなのだろう。
「ルビーちゃん、いつの間にそんな呪文……」
「マリエス様のとこにいるときにね」
ペリドットの問いに、ルビーは困ったような表情で笑う。
それ以上は聞かれたくないのだと察して、ペリドットは口を閉じた。
「これで精霊剣を使わなくっても、攻撃が通ると思うんだけど……」
そう言って背後を振り返ったルビーの言葉が途切れる。
1人で戦っているタイムの攻撃は、全て邪神に防がれているように見えた。
「タイムちゃんの、攻撃通ってる?」
「……あとはガチの実力だわ」
皮を握り締めるときの、擦れるような音がする。
たぶんルビーが、手にした短剣を握り締めたのだろう。
「とりあえず、精霊神法を何発も撃つよりマシなはずだから」
「あたしたちにもがんばれってわけね」
わざとらしくため息を吐き出したレミアを見て、ルビーの表情が僅かに曇る。
困ったような、それでも笑おうとしているような表情で、ルビーは尋ねた。
「頼める?レミア」
「当たり前でしょ」
端的に、はっきりとそう答えれば、その赤い瞳が驚いたように見開かれる。
そんな反応をされるなんて侵害だけれども、ここに突入する前までの自分の態度を考えれば、それは当然の反応だろう。
解っているからバツが悪くなって、レミアは彼女から顔を背けた。
「2人だけで戦ってんじゃないよ」
ぼそりとそういうと、ルビーは赤い瞳をますます見開いて。
けれどすぐに、笑った。
「ごめん。ありがと」
その顔が泣きそうなように見えて、レミアは息を呑む。
「じゃあ戻るから。セレス、ミスリル、ペリート、支援よろしく!」
「あっ!姉さん!!」
声をかけようとしたレミアを振り切るように、ルビーは再び、邪神と戦うタイムの方へと駆け出していく。
伸ばそうとしたレミアの手は、ただ空しく空を切った。
それを見ていたペリドットが、わざとらしくため息を吐く。
「ルビーちゃんってば本当に嵐」
「でも、これすごいわ」
グローブに視線を落としたベリーが、本当に感心したように呟く。
「力がみなぎってる気がする」
拳を握ったり開いたりしながら感触を確かめる。
レミアも手にした剣に視線を落とした。
剣を通じて、力が湧き上がってくるような感覚。
これがルビーがかけた強化魔法だというのならば、なんてすごい呪文なのか。
ごくりと息を呑んだそのとき、ぽんっと肩を叩かれた。
「私たちも行くわよ」
「わかってる」
ベリーに声をかけられ、レミアは手にした剣を握り直した。
いつも以上に手に馴染むような気がするのは、気のせいだろうか。
いや、そんなことを考えている場合ではない。
早くタイムと合流しなければならない。
そう考えて、レミアは顔を上げた。