Side Story
魔法剣特訓記 - 2
沙織――この世界ではレミアだったよな。
彼女に特訓を頼んでから2週間ほどの月日が流れた。
いつもどおり組み手から始めて、習った呪文を使って、木製の人形相手に1人で練習をしていたとき、それは起こったんだ。
「今日はゲストがいます」
「ゲスト?」
「そう。ゲスト」
「聞いてないんですけど?」
「言ってないし」
唐突に言われた言葉に抗議の意味も込めて返したら、あっさりとそんな言葉が返ってきて、俺は思わず肩を落とした。
何でこいつはいつも唐突なんだろうと、時々思う。
以前も剣の修行に付き合ってもらったとき、突然何の前触れもなくルビーを呼ばれて、俺は殺されかけたんだ。
「じゃあ呼ぶよ」
俺の反応をどんな意味に取ったのか、にっこりと笑うと、あいつは手を叩いた。
嫌な笑顔を浮かべたあいつに返す言葉なんてなく、心の中で「勝手にしてくれ」と告げると、リーフはそのままよろよろと顔を上げた。
その瞬間、俺は信じられないものを見た。
「有休取って来てもらいました。ミューズ嬢です!」
「お久しぶりです、お兄様v」
ここにはいないはずの妹が、そこにいた。
「ああ、久しぶり……って、ちょっと待てっ!!」
「何?」
思わず挨拶を返してしまってから叫ぶと、レミアはきょとんとした表情を作って首を傾げて聞いてくる。
「何?じゃない何じゃっ!!何でミューズがここにいるんだよ!」
あいつがここにいたら、俺がわざわざレミアに師事した意味がなくなるだろうっ!
そう思って、叫んだのだけれど。
「何でって、呼んだから?」
レミアはいけしゃあしゃあとそんなことを言ってのけやがった。
「いや!そうじゃなくって!何でミューズをここに呼んだんだよ!」
「だから訓練のため?」
「だから……」
「まあまあ。ちょっと落ち着いてください兄様。レミアさんも、ちゃんと説明しないとこの分からず屋にはわかりませんよ」
さらにレミアに食って掛かろうとすると、ミューズが俺たちの間に割って入ってきた。
その穏やかそうに見える笑顔で俺たちの言い争い、というか、俺の一方的な抗議を止めると、あくまで惚けようとしているレミアを振り返る。
っていうか、おいミューズ。
仮にもお前、俺のこと尊敬してくれてるんじゃなかったのか?
分からず屋って何だよ、分からず屋って。
こちらの心情も知らずに、レミアは呆れたようにため息をつく。
かと思うと、急に表情を引き締めた。
その表情は、あいつらが戦いに出ているときのものと似ていて、俺の体が無意識のうちに強張る。
「あたし始めに言ったよね?魔法剣の特訓をしようにも、属性を持ってるあたしじゃ限りがあるって」
「あ、ああ」
「でも、あんた一昨日の夜あたしに愚痴ったじゃない?自力での特訓も勉強もうまくいかないから、やっぱり他の属性の術の取得にも師匠が必要なんじゃないかって」
「……そう、だっけ?」
「そうなの」
はっきり言って、覚えていない。
いつもそうなのだが、訓練から上がる頃には俺は本気でへとへとで、辛うじて家には帰れるのだけれど、記憶がほとんど曖昧なのだ。
「だから属性を持っていなくて、さらに魔法剣を使えるミューズ嬢に臨時コーチを頼んでみたの」
「……は?」
聞こえた言葉が信じられなくて、思わず聞き返した。
彼女は、今なんと言ったのだろう。
「だから、ミューズ嬢に臨時コーチを頼んだの」
「ちょ、ちょっと待てよ!俺は始めに……」
「妹に頼むのは恥ずかしいからあたしに頼んだはずだって、そう言いたいんでしょう?」
全部言う前に聞き返してきたレミアの問いに、素直に頷く。
ミューズの視線が気になったが、ここで答えないと話が先に進みそうになかった。
俺が答えた途端、レミアの深緑の瞳が鋭くなる。
まるで敵でも見るかのようなその目に、自分の体が震えてことを、俺は頭の隅で理解した。
「……あんた、本当に強くなりたいって……魔法剣を使いこなしたいって思ってる?」
「……は?」
こいつは突然何を言い出すんだろう。
使いこなしたいと思っているのに決まっている。
思っているからこそ、彼女にコーチを頼んだのだ。
「何を今更……」
「答えて。本当にそう思ってるの?」
そう問いかける瞳は、こちらが息を呑みたくなるほど真剣だった。
「ああ。思ってる」
真剣な表情で、口調でそう返すと、深緑の瞳がさらに細められた。
「なら文句を言わずにミューズ嬢の教えを受けなさい」
「な、何でそうなるんだよ!大体俺は……」
「ふざけるのもいい加減にしておきなよ」
納得がいかなくて叫んだ言葉を強い口調で遮られ、思わず息を飲む。
「本気で強くなりたいと思ってるなら、『妹に教えを受けるのは恥ずかしい』なんてくだらないプライドは捨てろ」
「な……っ!?」
その言葉に、一気に頭の中が真っ赤になった。
くだらなくなんてない。
そりゃあ、強い力を持っているこいつらから見れば、俺のプライドなんてちっぽけなものかもしれない。
けれど、一国の王子として、男として、実の妹に指示するなんてこと、できるはずもないことを、こいつらはわからないのだろうか。
だけど、俺のそんな思いは、レミアの次の言葉にばっさりと切り捨てられた。
「プライドが捨てられるくらいの気持ちがなきゃ、魔法剣を使いこなすどころか、剣の腕だって、それ以上上がらないよ」
この瞬間、多分俺は物凄く情けない顔をしていたと、思う。
いつか誰かが言っていた気がする。
真の強さに必要なのは、能力でも技術でもなく、精神力――心の力が必要なのだと。
いくら技術を身につけても、気持ちがなければ上達はしないし、能力で相手に勝っていても、諦めてしまえばそこで終わりだ。
信念のない力は、ただの暴力にもなりかねない。
「どっちにしたって、あたしからはこれ以上教えられることなんてないし、よくよく考えてみることね」
そう言ってくるりと背を向けると、レミアは少し離れた場所に造った野営地へと戻っていった。
「プライドを捨てないと、強くなれない……」
去っていくレミアの背中を見ながら、ぽつりと呟く。
強くなりたい。
けれど、だけど……。
「兄様」
突然声をかれられて、俺と驚いて横を向いた。
そこにいたのは、ずっと黙って俺たちの会話を聞いていたミューズだった。
「どうします?私がコーチになってもいいのかしら?」
「えっと……」
困ったような声を漏らせば、ミューズも困ったような顔で笑った。
「兄様の好きにしていいです。兄様が拒否されるのなら、私は帰りますから」
その笑顔のままそう言ってくれるミューズを前にして、俺は本当に困った。
どうしたらいいだろう。
このまま本当に、レミアやミューズの行為を無にしてしまっていいのだろうか。
「……頼んでいいのか?」
悩んだ末に、控えめにそう尋ねてみる。
そうすれば、ミューズは嬉しそうに微笑んだ。
「ええ、もちろんです。リーフ兄様」
短く答えると、ミューズはくるりとこちらに背を向け、俺から少し距離を取る。
ちょうどいいくらいの間合いを取ると、ミューズは再びこちらを向いた。
「では始めます」
「ああ、お願いします」
改めて畏まり、頭を下げると、ミューズはおかしそうに笑みを浮かべる。
「とりあえず、レミアさんから風と陣の法以外の属性の基本を徹底的に叩き込んでくれと言われてますが、学んだ属性に間違いはないですね?」
「ああ」
「ではそのとおりにやります。やばくなったらフェリアさんを呼ぶから多少半殺しにしてもよいと言われましたので……」
「……っておい、ちょっと待て」
聞き逃してはならない言葉が耳には言ってきて、酷く動揺しながらストップをかけた。
「『多少半殺し』って何だっ!そもそも半殺しは『多少』なんて言わないだろうっ!!」
「そう言われましても、私、レミアさんに言われたことを復唱しているだけですから」
あっさりとそう言ってのけるミューズに、がっくりと肩を落とす。
そもそも「半殺しにしていい」なんて、そんな物騒なことを言うのはルビーじゃなかっただろうか。
ミューズを呼んでくれたことといい、俺はあいつに何かしたのか?
全く身に覚えはないけれど、そうとしか思えない。
でなければ、どうしてレミアの言動がルビー化するのだ?
「でも、そもそも私と兄様の力量って同じくらいだから、怪我をさせることは出来ても半殺しは無理だと思うのよね」
そういう問題じゃない。
そう言ってやりたいけれど、ミューズは機嫌が悪いときのあいつらを知らない。
だからきっと、何を言っても無駄だろう。
「……とりあえず、お手柔らかに頼む」
「努力します」
にっこりと笑顔で返事をされてしまったら、それ以上何も言う気にはなれなかった。