Prologue
01.絶望の始まり
炎が爆ぜる音が聞こえる。
真っ赤に照らされ、熱に包まれた街を、転びそうになりながら駆け抜ける。
父に掴まれて手が痛い。
何度か文句を言ったけれども、父は謝るばかりで走るのをやめない。
「きゃっ!?」
ついに石畳の溝に足を取られ、転んでしまう。
「シール!?」
はっと父が振り返る。
その瞬間、息を呑むような気配がした。
私の腕を掴んでいた父の手が離れる。
驚いて顔を上げたその瞬間、父が目の前から消えた。
何かが父の体を、遠くに吹き飛ばしたのだ。
父の体がごろごろと転がる。
一瞬、何が起こったのかわからなかった。
「父さんっ!!」
体の痛みも忘れて立ち上がろうとする。
その瞬間、背中から体を押さえつけられた。
ごんっと鼻を石畳に打ち付ける。
何が起こったのかわからなくって、パニックになる。
必死に体を起こそうとしたけれど、顔を上げることしかできなくて。
上げた視界に入ったのは、四つ足の魔物が、倒れたままの父に近づいていく光景だった。
「とうさ……っ」
声を上げようとしたけれど、胸を潰されるくらいの力で押さえつけられていて、できない。
その四つ足の魔物が、父の隣で立ち止まって。
その口が大きく開いて、そのまま父の頭を。
「やだあああああああああああああああああああっ!!!!」
力いっぱい声を上げた。
次の瞬間、頭に何か衝撃があって。
私の意識は、そこで途切れた。
目が覚めたとき、私はよく知る部屋にいた。
たぶんここは、少し前から暮らしているお城の自室なのだろう。
ベッドもテーブルも、全て見覚えのあるものばかりだった。
起き上がって、ぼうっと辺りを見回す。
頭がずきずきする。
何でこんなにも、頭が痛いのだろう。
遊んでいて転んだのだろうか。
そうなのかもしれない。
だって、久しぶりに父と会えたから。
すごく嬉しくて、はしゃぎすぎたのかもしれない。
そこまで考えて、思い出す。
そうだ。確か何日か前に、お城に連れてこられて以来、初めて父が会いに来てくれた。
父に手を引かれて、母に黙ってこっそりお城を抜け出して。
それから、それから。
「…………っ!」
どうしたんだっけと考えて、突然フラッシュバックした光景に息を呑む。
脳裏に浮かんだのは、地面に横たわる父と。
その父の頭に近づく、大きな魔物の牙。
「ひ……っ!」
その牙が、父の頭を、飲み込んで。
「ひやああああああああああああっ!!!」
ごりっという音が耳に蘇る。
思わずぎゅっと目を閉じて、耳をふさいで、背を丸めた。
広いベッドの上で丸くなる。
頭に浮かんだ光景を追い出すように、強く強く目を閉じる。
幸い、その先の光景が浮かぶことはなかった。
当たり前だった。
私は、その先を見ていないのだから。
「目が覚めたか」
唐突に、声が耳に飛び込んできた。
よく知っている、けれど知らない冷たい声。
そっと目を開ける。
耳をふさいだまま、声のした方を見上げた。
その声の主が居たのは、今、私が座っているベッドの側。
よく知ってるはずの人が、知らない顔で立ち、こちらを見下ろしていた。
「おかあ……さん……?」
そう。その人は母だった。
突然、父と別れて、私をこの城に連れてきた人。
父と一緒にいたときはあんなに優しかったのに、ここに来てから変わってしまった。
涙目のまま見つめていると、母は大きなため息をついた。
「あの男に何を言われた?」
依然と話し方から変わってしまった母が、こちらに睨みつけてくる。
「父さん……?何も言われてない……きゃっ!」
答えた途端、バシンと頭を叩かれた。
何が起こったのかわからなくて、怖い。
「何も言われていないのに、あれについて行くはずがないだろう」
淡々とした声が、怖い。
「言え。何を言われた」
赤みを帯びた黒い瞳が、ぎろりと私を睨みつける。
冷たい色を宿した目で睨みつけられ、体が震え上がった。
「こ、ここは危ないから、一緒に行こうって……」
「他には?」
「お、お母さんには内緒だよって」
その瞬間、再び頭を、先ほどよりも強い力で殴られた。
「きゃあっ!!」
「それでのこのこついて行ったのか」
頭を抑えたまま、冷たい声で言う母を見上げる。
「だ、だって……」
「やはり生かしておくべきではなかったな」
ぽつりと呟かれた言葉の意味が、理解できなかった。
「処分して正解だった」
「しょ……ぶん……?」
その言葉の意味は、知っている。
捨てるとか、壊すとか、そういう意味だ。
母は、優しかった頃から、片付けなんかをするときに、その言葉を使っていた。
ということは、母がやったということなのか。
あの時、魔物が、父の。
「父さん、は……?」
声が震える。
でも、聞かなければいけない。
「父さんは、どうしたの?どこにいるの?」
さっきまで、確かに一緒に居たはずの、父は。
私の手を、握っていたはずの父は。
「ねえ、お母さ……」
尋ねようとした瞬間、がんっと強い衝撃が走った。
体がベッドに沈む。
何が起きたのか、わからなかった。
頭がぐらぐらする。
目の前がゆらゆらと揺れている。
「目の前で起きたことも理解できない馬鹿だったか」
母の冷たい言葉が降ってくる。
目の前で起きたこと。
それは、つまり、あのとき見た魔物は現実で。
魔物が、父にしたことも本当で。
それを飲み込んだ瞬間、ひゅっと喉が鳴った。
「あ……」
声が零れた瞬間、それは悲鳴に変わった。
空気を切り裂くような絶叫。
深緑の瞳を大きく見開いて、叫ぶ。
脳裏に焼き付いてしまった光景が、何度も何度も繰り返される。
そうして叫ぶ娘の姿を、女は冷たく見下ろしていた。
「ち……っ」
小さく舌打ちをすると、部屋の隅に控えていた従者に視線を向ける。
「叫び終わったらしっかり教育しろ。たかが人間1人、処分しても壊れないように」
「はい、陛下」
従者が頭を下げると、陛下と呼ばれた女はもう一度娘を一瞥して、部屋を出た。
閉じられた扉の中で、少女はいつまでも絶叫していた。
体が限界を迎えて意識を失い、声を失うまで、ずっとずっと。
真っ赤に照らされ、熱に包まれた街を、転びそうになりながら駆け抜ける。
父に掴まれて手が痛い。
何度か文句を言ったけれども、父は謝るばかりで走るのをやめない。
「きゃっ!?」
ついに石畳の溝に足を取られ、転んでしまう。
「シール!?」
はっと父が振り返る。
その瞬間、息を呑むような気配がした。
私の腕を掴んでいた父の手が離れる。
驚いて顔を上げたその瞬間、父が目の前から消えた。
何かが父の体を、遠くに吹き飛ばしたのだ。
父の体がごろごろと転がる。
一瞬、何が起こったのかわからなかった。
「父さんっ!!」
体の痛みも忘れて立ち上がろうとする。
その瞬間、背中から体を押さえつけられた。
ごんっと鼻を石畳に打ち付ける。
何が起こったのかわからなくって、パニックになる。
必死に体を起こそうとしたけれど、顔を上げることしかできなくて。
上げた視界に入ったのは、四つ足の魔物が、倒れたままの父に近づいていく光景だった。
「とうさ……っ」
声を上げようとしたけれど、胸を潰されるくらいの力で押さえつけられていて、できない。
その四つ足の魔物が、父の隣で立ち止まって。
その口が大きく開いて、そのまま父の頭を。
「やだあああああああああああああああああああっ!!!!」
力いっぱい声を上げた。
次の瞬間、頭に何か衝撃があって。
私の意識は、そこで途切れた。
目が覚めたとき、私はよく知る部屋にいた。
たぶんここは、少し前から暮らしているお城の自室なのだろう。
ベッドもテーブルも、全て見覚えのあるものばかりだった。
起き上がって、ぼうっと辺りを見回す。
頭がずきずきする。
何でこんなにも、頭が痛いのだろう。
遊んでいて転んだのだろうか。
そうなのかもしれない。
だって、久しぶりに父と会えたから。
すごく嬉しくて、はしゃぎすぎたのかもしれない。
そこまで考えて、思い出す。
そうだ。確か何日か前に、お城に連れてこられて以来、初めて父が会いに来てくれた。
父に手を引かれて、母に黙ってこっそりお城を抜け出して。
それから、それから。
「…………っ!」
どうしたんだっけと考えて、突然フラッシュバックした光景に息を呑む。
脳裏に浮かんだのは、地面に横たわる父と。
その父の頭に近づく、大きな魔物の牙。
「ひ……っ!」
その牙が、父の頭を、飲み込んで。
「ひやああああああああああああっ!!!」
ごりっという音が耳に蘇る。
思わずぎゅっと目を閉じて、耳をふさいで、背を丸めた。
広いベッドの上で丸くなる。
頭に浮かんだ光景を追い出すように、強く強く目を閉じる。
幸い、その先の光景が浮かぶことはなかった。
当たり前だった。
私は、その先を見ていないのだから。
「目が覚めたか」
唐突に、声が耳に飛び込んできた。
よく知っている、けれど知らない冷たい声。
そっと目を開ける。
耳をふさいだまま、声のした方を見上げた。
その声の主が居たのは、今、私が座っているベッドの側。
よく知ってるはずの人が、知らない顔で立ち、こちらを見下ろしていた。
「おかあ……さん……?」
そう。その人は母だった。
突然、父と別れて、私をこの城に連れてきた人。
父と一緒にいたときはあんなに優しかったのに、ここに来てから変わってしまった。
涙目のまま見つめていると、母は大きなため息をついた。
「あの男に何を言われた?」
依然と話し方から変わってしまった母が、こちらに睨みつけてくる。
「父さん……?何も言われてない……きゃっ!」
答えた途端、バシンと頭を叩かれた。
何が起こったのかわからなくて、怖い。
「何も言われていないのに、あれについて行くはずがないだろう」
淡々とした声が、怖い。
「言え。何を言われた」
赤みを帯びた黒い瞳が、ぎろりと私を睨みつける。
冷たい色を宿した目で睨みつけられ、体が震え上がった。
「こ、ここは危ないから、一緒に行こうって……」
「他には?」
「お、お母さんには内緒だよって」
その瞬間、再び頭を、先ほどよりも強い力で殴られた。
「きゃあっ!!」
「それでのこのこついて行ったのか」
頭を抑えたまま、冷たい声で言う母を見上げる。
「だ、だって……」
「やはり生かしておくべきではなかったな」
ぽつりと呟かれた言葉の意味が、理解できなかった。
「処分して正解だった」
「しょ……ぶん……?」
その言葉の意味は、知っている。
捨てるとか、壊すとか、そういう意味だ。
母は、優しかった頃から、片付けなんかをするときに、その言葉を使っていた。
ということは、母がやったということなのか。
あの時、魔物が、父の。
「父さん、は……?」
声が震える。
でも、聞かなければいけない。
「父さんは、どうしたの?どこにいるの?」
さっきまで、確かに一緒に居たはずの、父は。
私の手を、握っていたはずの父は。
「ねえ、お母さ……」
尋ねようとした瞬間、がんっと強い衝撃が走った。
体がベッドに沈む。
何が起きたのか、わからなかった。
頭がぐらぐらする。
目の前がゆらゆらと揺れている。
「目の前で起きたことも理解できない馬鹿だったか」
母の冷たい言葉が降ってくる。
目の前で起きたこと。
それは、つまり、あのとき見た魔物は現実で。
魔物が、父にしたことも本当で。
それを飲み込んだ瞬間、ひゅっと喉が鳴った。
「あ……」
声が零れた瞬間、それは悲鳴に変わった。
空気を切り裂くような絶叫。
深緑の瞳を大きく見開いて、叫ぶ。
脳裏に焼き付いてしまった光景が、何度も何度も繰り返される。
そうして叫ぶ娘の姿を、女は冷たく見下ろしていた。
「ち……っ」
小さく舌打ちをすると、部屋の隅に控えていた従者に視線を向ける。
「叫び終わったらしっかり教育しろ。たかが人間1人、処分しても壊れないように」
「はい、陛下」
従者が頭を下げると、陛下と呼ばれた女はもう一度娘を一瞥して、部屋を出た。
閉じられた扉の中で、少女はいつまでも絶叫していた。
体が限界を迎えて意識を失い、声を失うまで、ずっとずっと。
2026/01/03