Prologue
02.失望
母が人間だと言うことは聞いていた。
神族である父が、人間界に降りたときに一目惚れし、神族であることを隠して結ばれ、生まれたのが自分なのだと聞かれていた。
けれど、父は下級神族の中でも上位の存在で。
神界に無理矢理連れ戻されて、父の血を引く自分も、そのときに無理矢理連れてこられたのだと。
母に会わせられなくてすまないと、そう聞いていたのに。
ある日、人間界を覗くことのできる泉が騒がしかった。
多くの神族がそこに集まっていた。
「どうかしたの?」
側にいた顔見知りに声をかける。
驚いたように振り返った彼は、泉を示した。
「エスクールが……」
「エスクール?」
それは、確か人間界でも一番神界に近い国の名前だったはず。
七大精霊が宿り、神界に転移できる扉が隠されている、と教わった国。
そして、確か、母が暮らしているはずの国だ。
「何?エスクールで何かあった?」
「魔族が、襲ってる」
「は!?」
何を言っているのだ、こいつは。
最初は本人にそう思った。
慌てて泉をのぞき込んで、息を呑む。
そこに移っていた精霊の国の王都が、燃えていた。
「なんで……っ!何で今、魔族がそんなことを!?」
予兆も何もなかったはずだ。
なのに何故、彼らは突然エスクールを襲ったのか。
「それに、勇者は!?ミルザの一族ってまだ続いてるんじゃ……」
「さっき、最後の1人が絶命した」
「は……?」
最後の1人が絶命。
それはつまり、2000年続いていた神の血を引く勇者の血筋が、途絶えたということ。
そして、普通の人間よりも強いはずの彼女らが敗れたということは、おそらく今のエスクールに、この状況を打破できる存在がいないということ。
血の気が引いていくのがわかった。
「あ、おい!」
誰かが肩を掴んだけれど、振り切って駆け出す。
目指す場所は、この都の中心に立つ神殿。
その執務室にいるだろう父のところだ。
このままにはできない。
できるはずがない。
だってあの国には、もっと幼かった頃に別れたきりの母が居るはずなのだから。
この都の中心に立つ神殿は、下級神族の長が住む場所だ。
その神殿の一番奥、長の執務室に駆け込む。
「父さん!」
中にいた父に声をかけると、父は怪訝そうに顔を上げた。
「そんなに慌ててどうした?」
「大変だ!人間界が、母さんの国が魔族に襲われてる!」
そう行った途端、父は訝しげに眉を染めた。
「それがどうかしたのか?」
父のその言葉に、驚き、息を呑む。
「どうかしたのかって……母さんの国だよ!助けに行かなきゃ……っ!」
「必要ない」
はっきりと告げられたその言葉に、耳を疑った。
「なんで……!母さんが心配じゃないのか!」
「……人間界で起こったことに、我々神界の者が首を突っ込むべきではない」
「でも!エスクールには母さんがいるって……!」
言い掛けた言葉は、わざとらしく発せられたため息に遮られた。
「人間なんてどうでもいいだろう」
その言葉の意味が、最初は理解できなかった。
「……は?」
何を言われたのか、本当にわからなくて、思わず聞き返す。
「何だよ、それ……。どうでもいい?だって、父さんは、母さんを愛していたから結婚したんじゃないのか?愛してたから、置いてきたことを後悔してるんじゃなかったのか!」
父はずっとそう言っていた。
だからこそ、すぐにエスクールを、母を助けてくれると思ったのに
「私が愛していたのは、あいつの魔力だ」
その瞬間、はっきりと発せられた言葉に、耳を疑った。
「…………は?」
言われた言葉が理解できなくて、なんとか絞り出したのは、それだけだった。
父の目が、冷めたような色を帯びて、こちらを見下ろす。
「あいつは、人にしては高い魔力を持っていた。あれだけ高い魔力なら、おそらくミルザの一族に連なる者に違いない」
淡々と語る父を、呆然と見つめる。
「ミルザの一族との間に子を成せば、その子供は強い神力か魔力を持って生まれてくるだろう。そう思ったから、私はあいつと子を成したのだ」
そこまで言ってから、父は大きなため息を吐き出した。
「まあ、お前は期待はずれの力しか持っていなかったがな」
見下すような視線を向け、はっきりとそう言い放った。
頭が真っ白になる。
さあっと、背中を何か、嫌な感覚が駆け抜けていく。
「……なんだよ、それ……」
ようやく絞り出した声は、震えていた。
「なんだよ……っ、それ……っ!!」
だんっと父の座っているデスクを両の拳で叩く。
「じゃあ何か!母さんは、母さんはっ、ただの道具だったって言うのか!」
「そうだ」
「高い能力を持ってる子供を欲しかったためだけに、母さんを利用した!?」
「そうだ」
「だけど結局俺が期待外れだったから、もういらないてっ!?」
「そうだ」
「だから、母さんが魔族に殺されたって良いっていうのか!!」
違うと、そう言ってほしかった。
そう願いを込めて、叫んだというのに。
「人間なんて下等種族など、どうなろうがかまわないだろう」
返ってきた言葉は、人を見守る神族の長とも思えぬような、そんな言葉だった。
「……っ、もういい!」
父に背を向け、部屋を出ていく。
「待て、リディア」
その背に父の声がかかり、思わず足を止めてしまった。
「何処へ行くつもりだ」
「決まってるだろ!母さんを助けに……」
そう声を上げた瞬間、ずんっと身体が上から押しつぶされるような感覚が襲いかかった。
「ぎゃ……っ」
立っていられず、床に押しつけられる。
「愚か者が」
父がため息混じりに呟いた父が、机に置いていたベルを鳴らす。
ちりんとそれが響いた瞬間、扉が開き、部屋の外で待機していた警備兵が入ってくる。
「お呼びですか」
「そいつを反省室へ連れて行け」
父がこちらを顎で示す。
厳しい目つきでこちらを視た警備兵は、しかし、倒れているその姿を見た途端、小さく息を呑んだ。
「……しかし」
「命令に反して地上に行こうとしたのだ。3日ほど反省室に閉じ込めておけ」
「わかりました」
父がはっきりとそう命じると、警備兵は元の表情に戻って礼をした。
そのまま、申し訳なさそうに倒れてるその身体に手をかける。
「……んの……っ、ざけんな……っ、クソ親父……っ」
自由を奪われたまま、父を睨み、悪態をついた。
けれど、父は反応することなく、自分はそのまま執務室から連れ出される。
「やはり人間の血を混じらせるものではなかったな」
扉が閉まる瞬間、父のそんな言葉が聞こえた。
神族である父が、人間界に降りたときに一目惚れし、神族であることを隠して結ばれ、生まれたのが自分なのだと聞かれていた。
けれど、父は下級神族の中でも上位の存在で。
神界に無理矢理連れ戻されて、父の血を引く自分も、そのときに無理矢理連れてこられたのだと。
母に会わせられなくてすまないと、そう聞いていたのに。
ある日、人間界を覗くことのできる泉が騒がしかった。
多くの神族がそこに集まっていた。
「どうかしたの?」
側にいた顔見知りに声をかける。
驚いたように振り返った彼は、泉を示した。
「エスクールが……」
「エスクール?」
それは、確か人間界でも一番神界に近い国の名前だったはず。
七大精霊が宿り、神界に転移できる扉が隠されている、と教わった国。
そして、確か、母が暮らしているはずの国だ。
「何?エスクールで何かあった?」
「魔族が、襲ってる」
「は!?」
何を言っているのだ、こいつは。
最初は本人にそう思った。
慌てて泉をのぞき込んで、息を呑む。
そこに移っていた精霊の国の王都が、燃えていた。
「なんで……っ!何で今、魔族がそんなことを!?」
予兆も何もなかったはずだ。
なのに何故、彼らは突然エスクールを襲ったのか。
「それに、勇者は!?ミルザの一族ってまだ続いてるんじゃ……」
「さっき、最後の1人が絶命した」
「は……?」
最後の1人が絶命。
それはつまり、2000年続いていた神の血を引く勇者の血筋が、途絶えたということ。
そして、普通の人間よりも強いはずの彼女らが敗れたということは、おそらく今のエスクールに、この状況を打破できる存在がいないということ。
血の気が引いていくのがわかった。
「あ、おい!」
誰かが肩を掴んだけれど、振り切って駆け出す。
目指す場所は、この都の中心に立つ神殿。
その執務室にいるだろう父のところだ。
このままにはできない。
できるはずがない。
だってあの国には、もっと幼かった頃に別れたきりの母が居るはずなのだから。
この都の中心に立つ神殿は、下級神族の長が住む場所だ。
その神殿の一番奥、長の執務室に駆け込む。
「父さん!」
中にいた父に声をかけると、父は怪訝そうに顔を上げた。
「そんなに慌ててどうした?」
「大変だ!人間界が、母さんの国が魔族に襲われてる!」
そう行った途端、父は訝しげに眉を染めた。
「それがどうかしたのか?」
父のその言葉に、驚き、息を呑む。
「どうかしたのかって……母さんの国だよ!助けに行かなきゃ……っ!」
「必要ない」
はっきりと告げられたその言葉に、耳を疑った。
「なんで……!母さんが心配じゃないのか!」
「……人間界で起こったことに、我々神界の者が首を突っ込むべきではない」
「でも!エスクールには母さんがいるって……!」
言い掛けた言葉は、わざとらしく発せられたため息に遮られた。
「人間なんてどうでもいいだろう」
その言葉の意味が、最初は理解できなかった。
「……は?」
何を言われたのか、本当にわからなくて、思わず聞き返す。
「何だよ、それ……。どうでもいい?だって、父さんは、母さんを愛していたから結婚したんじゃないのか?愛してたから、置いてきたことを後悔してるんじゃなかったのか!」
父はずっとそう言っていた。
だからこそ、すぐにエスクールを、母を助けてくれると思ったのに
「私が愛していたのは、あいつの魔力だ」
その瞬間、はっきりと発せられた言葉に、耳を疑った。
「…………は?」
言われた言葉が理解できなくて、なんとか絞り出したのは、それだけだった。
父の目が、冷めたような色を帯びて、こちらを見下ろす。
「あいつは、人にしては高い魔力を持っていた。あれだけ高い魔力なら、おそらくミルザの一族に連なる者に違いない」
淡々と語る父を、呆然と見つめる。
「ミルザの一族との間に子を成せば、その子供は強い神力か魔力を持って生まれてくるだろう。そう思ったから、私はあいつと子を成したのだ」
そこまで言ってから、父は大きなため息を吐き出した。
「まあ、お前は期待はずれの力しか持っていなかったがな」
見下すような視線を向け、はっきりとそう言い放った。
頭が真っ白になる。
さあっと、背中を何か、嫌な感覚が駆け抜けていく。
「……なんだよ、それ……」
ようやく絞り出した声は、震えていた。
「なんだよ……っ、それ……っ!!」
だんっと父の座っているデスクを両の拳で叩く。
「じゃあ何か!母さんは、母さんはっ、ただの道具だったって言うのか!」
「そうだ」
「高い能力を持ってる子供を欲しかったためだけに、母さんを利用した!?」
「そうだ」
「だけど結局俺が期待外れだったから、もういらないてっ!?」
「そうだ」
「だから、母さんが魔族に殺されたって良いっていうのか!!」
違うと、そう言ってほしかった。
そう願いを込めて、叫んだというのに。
「人間なんて下等種族など、どうなろうがかまわないだろう」
返ってきた言葉は、人を見守る神族の長とも思えぬような、そんな言葉だった。
「……っ、もういい!」
父に背を向け、部屋を出ていく。
「待て、リディア」
その背に父の声がかかり、思わず足を止めてしまった。
「何処へ行くつもりだ」
「決まってるだろ!母さんを助けに……」
そう声を上げた瞬間、ずんっと身体が上から押しつぶされるような感覚が襲いかかった。
「ぎゃ……っ」
立っていられず、床に押しつけられる。
「愚か者が」
父がため息混じりに呟いた父が、机に置いていたベルを鳴らす。
ちりんとそれが響いた瞬間、扉が開き、部屋の外で待機していた警備兵が入ってくる。
「お呼びですか」
「そいつを反省室へ連れて行け」
父がこちらを顎で示す。
厳しい目つきでこちらを視た警備兵は、しかし、倒れているその姿を見た途端、小さく息を呑んだ。
「……しかし」
「命令に反して地上に行こうとしたのだ。3日ほど反省室に閉じ込めておけ」
「わかりました」
父がはっきりとそう命じると、警備兵は元の表情に戻って礼をした。
そのまま、申し訳なさそうに倒れてるその身体に手をかける。
「……んの……っ、ざけんな……っ、クソ親父……っ」
自由を奪われたまま、父を睨み、悪態をついた。
けれど、父は反応することなく、自分はそのまま執務室から連れ出される。
「やはり人間の血を混じらせるものではなかったな」
扉が閉まる瞬間、父のそんな言葉が聞こえた。
2026/01/03