SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter4 ダークハンター

8:宮廷魔道士

「久しぶり!アール」
「ああ。この前ルビーとタイムを送っていった時以来だな」
兵士に案内され、部屋に入ってきた友人にアールは笑顔を向けた。

魔妖精の事件の後、ルビーとタイム、そしてティーチャーをエスクールに送ってきたのは彼女だった。
理由はティーチャーの魔力切れ。
融合呪文の実行中、タイムにかかっていた負荷を軽減するために、魔力を使い切っていたのだという。
仕方なくアールの呪文でエスクール城下へ転移。
その後ティーチャーが1人で妖精神の神殿へ仲間を呼びに行ったのである。

「あの時はティーチャー、拗ねてたみたいだけど、あとでお礼言ってたらしいよ」
「ああ、聞いてるよ。エスクール王家を通してタイムから手紙がきた」
「ええっ!?一体いつの間に……」
抜け目のない友人の行動に、思わずレミアは感心するように声を上げる。
そんな彼女を後ろから見て、フェリアが大きくため息をついた。
「……それで?今回は一体何の用だ?」
笑みを浮かべたまま尋ねるアールに、レミアは大きく目を見開いた。
おそらく予想しているとは思わなかったのだろう。
案の定、予想していた問いが返ってきた。
「今回って……、何でわかったの?」
「一度でも前例があればすぐわかる。遊びに来たのなら、もっと大勢いるはずだろう?」
「あ……」
漸く気づいたかのようにレミアが声を漏らす。
その呟きとほぼ同時にため息が聞こえた。
視線を動かせば、レミアの後ろでフェリアが呆れたように首を横に振っていた。
どうやら彼女の方はこちらが予想していることに気づいていたらしい。
「それで?今回は一体何の用だ?」
もう一度同じ問いを、今度は真剣な表情で投げかける。
ぐっと拳を握り締めて、レミアは真っ直ぐアールを見た。
「船を、出してほしいの」
「何故?」
間髪を入れずに聞き返す。
その言葉が出るのは予想していた。
船が必要でないのなら、この国に来る理由もないのだから。
タイムとティーチャーだって、エスクール王国が目的地への航路を開拓していればこの国に来なかったはずだ。
「トランストン共和国に行くため。あの国に、どうしても取りに行かなきゃ駄目な物があるの」
「トランストン共和国……」
アールは僅かに眉を寄せてその名を呟いた。
聞いたことはある。
完全共和制で動いている、国王のいない国だったはずだ。
帝国ダークマジックが支配していた頃はさすがに王制に戻っていたけれど。
「そこに何がある?お前たちもミルザも関係ないように思うのだが?」
「それは……」
投げかけた問いを聞いて、レミアは視線を逸らして口篭った。
言うのを迷っているのか、それとも言えない情報なのか。
そのどちらかは分からないが、このままでは埒が明かない。
先にそう思ったのは、おそらく彼女の方だったのだろう。

「私が説明する」

突然紡がれたその言葉が、妙に室内に響いたような気がした。
驚いて、レミアがばっと後ろを振り返る。
「……フェリア!」
アールの位置からは見えなかったが、その目はすぐ後ろにいたフェリアを睨みつけていた。
「協力を求めるなら話すべきだ」
「でも……っ!!」
「いくら仲間とはいえ、こっちの都合のいいことだけ話して協力しろ、というのはいくらなんでも無理があるだろ」
諭すような口調で言いながら、フェリアはレミアに笑いかけた。
「それは……そう、だけど……」
「なら話す。聞きたくなければ耳を塞いでおけ」
先ほどより厳しい口調でそう言って、フェリアはレミアの前に出た。
ちょうどアールの座る席、机の目の前に。
「実は先日、レミアを除いた全員の“魔法の水晶”が奪われた」
「……っ!?何だってっ!!」
がたっと音を立ててアールが立ち上がった。
あれがどんなに重要なものか、自分もよく知っている。
あの水晶はミルザの血を引く本家の人間の証にして、持ち主の武器だ。
だがそれだけではない。
使い方次第では、とてつもなく強力な力を引き出す元となるという。

イセリヤは何故かそれを知ってた。
だからあいつ、あたしたちのこれを狙ってたらしいよ。

いつか、ルビーがそう言っていた。
それが本当の話だとするならば。
「まずいんじゃないか?もし、悪用されることがあったら……」
「いや、それはない。むしろ不可能だ」
「……な、に?」
きっぱりと言い切ったフェリアに、アールは一瞬動きを止めた。
「あれはミルザの血を引く本家の人間……それも持ち主となった者しか使うことはできない」
「だが、やり方を知ってしまえばできるのではないか?」
「いや、無理だ」
静かに首を振って、続けた。
「あれは持ち主本人の精神とその体に流れる血によって反応する。そのふたつの条件が揃わない限り、反応することはない」
「だからやり方云々は関係ないのよ。やり方って言っても、念じるだけだしね」
俯けていた顔を上げて、レミアが言った。
「それに、あれはインシングの物質でできているわけじゃない」
「インシングの物質じゃない?」
「精霊界の物質で出来ていると、父から聞いた」
フェリアの言葉に、黙ったままレミアが頷く。
「あたしたち、次の代に力を受け継がせるとき、“継承の儀”ってのをやることになってるんだけどね。その時、水晶が精神物質に変化して、継承者の精神に同化するらしいの」
「らしい?お前、体験したんじゃないのか?」
顔を顰めて尋ねられた問いかけに、レミアは首を横に振って答えた。
「母さ……先代の残した本によれば、“継承の儀”は夜中、継承者が寝静まったときに行うことになってる。それが本当なら、あたしの時も寝てるときに実行されたはずだから、見てないし、覚えてないの」
「何故、わざわざそんな面倒なことを?」
「おそらく力の乱用を防ぐためだろう」
きっぱりとフェリアが言った。
「父に聞いた話じゃ、“継承の儀”を決行するのは継承者が5つになった時だ。そんな幼いうちから自分の力を知ってしまって、使いたいと思わない子供はいないだろうな」
覚醒した瞬間から魔力や一部の身体能力があがるのは、歴代の一族の記録からも明らかだった。
魔物の蔓延るこの世界。
大きな力を手に入れた子供が、無謀な行動に出ないとは限らない。
「だから覚醒してから自分で自覚するまで伝えないでおくんだってさ」
「ある程度の年齢になって覚醒しない場合は、親が継承者の精神に眠る水晶を呼び出して伝えることになっているそうだ。まあ、今まではそんなこと、一度もなかったがな」
世界の何処かで何かが起これば、または自分の身に何かが起これば、精霊が水晶を刺激し、覚醒するようになっているという話を聞いたことがある。
今まではそのどちらかが必ず当てはまる時代が続いていた。
それを証明するかのようにミルザ没後の1000年間、いくつもの国で何かしら騒ぎが起こり、そのたびに新たな国となって新たな歩みを始めていた。
このマジック共和国のように。
「一度精神と同化しているから、持ち主の心を間違えるはずない。ましてや、特別な意味を持つミルザの血を間違えることもあるはずがない、っていうのが精霊の主張らしいよ」
その『特別な意味』というのが、何を示す言葉かは知らないけれど。
「だから、その『らしい』とは何だ?」
「全部先代から聞いた話、だということだ」
「正確には先代の残した本で知った、ってとこなんだけどね」
大きなため息をついて、レミアは肩を竦めて見せた。
「話を戻すが……」
そんなレミアの様子を横目で盗み見てから、フェリアが再び口を開いた。
「いくら悪用の心配はないといっても、あれはミルザの一族の証であり、異世界での力の源だ。奪われたままにしておくわけにはいかない」
「だから、幸運にも水晶を奪われなかったレミアとお前で奪い返しにきた、ということか」
「ああ、そうだ」
「そのために、トランストンに行く必要がある、と」
「そうだ」
フェリアが力強く頷いた。
その横で、再び視線を逸らしていたレミアが、真っ直ぐにこちらを見て頷いたのが目に入る。
「トランストンに、船を……」
考え込むように呟いて、アールは腕を組んだ。
話はだいたい分かった。
トランストンへ渡りたい目的も、理解した。
本来ならすぐにでも船を出してやりたい。
だが、たったひとつだけ問題があった。
自分の力では、どうしようも出来ない問題が。
「……わかった」
暫くして、搾り出すような口調でアールが言った。
ぱっとレミアの顔に笑みが浮かぶ。
「本当っ!?」
「ただし、ひとつだけ問題がある」
腕組みをしたまま真剣な表情で言われた言葉に、浮かんだばかりの笑みが消えた。
「問題……?」
「そう。我が国とトランストン共和国の間にある外交上の問題だ」
「外交上の……?」
眉を寄せてフェリアが聞き返す。
「はっきり言って、この国とあの国は仲がいいとは言えない」
「それって……」
「船は出せても上陸は出来ない可能性がある、ということだ」
考えもしなかった告白に、レミアは絶句した。
「上陸できない……」
目を見開いたまま、漸くそれだけ口にする。
「どういうことだ?まさか、まだ帝国時代の支配の件を引き摺っているのか?」
「いや、そうじゃない。あの国は……」

「ただ単に、この国の制度が気に入らないだけですわ」

突然部屋に響いたその声に、3人は驚き、扉の方を見た。
扉の前にいつの間にか誰かが立っていた。
赤に近い明るい桃色の髪。
赤い服の上に空色のマントを着たその少女を見て、レミアは大きく目を見開いた。
「リーナ……っ!?」
叫ぶと同時に、思わず後ろへ数歩後退る。
「リーナ……?」
フェリアが名前を呟きながら不思議そうに扉の前に立つ女を見る。
聞き覚えがある気がするが、どうしても思い出せない。
「な、何で……?だってあんた、イセリヤに殺されたはずじゃ……」
「まあ!」
レミアのその言葉を遮るようにリーナが声を上げた。
「もしかして、ルビー様もタイム様も話して下さってませんの!?」
「……え?」
思わず聞き返してしまった瞬間、背後からぷっと小さく吹き出すような声が聞こえた。
「アール……?」
呆然としたまま振り返ると、必死に笑いを堪えている彼女に声をかける。
「わ、悪い。全員同じ反応するから、つい……」
「同じ反応って……ああっ!?」
突然声を上げたかと思うと、フェリアはそのままリーナへ視線を向けた。
「思い出した。リーナ=ニール=MKといえば、帝国解放戦争直前に死んだアールの義妹……」
「正確には、逃亡して姿を隠した、だったのだがな」
「一体どう言うこと?」
苦笑しながら言うアールに、困惑した表情のままレミアが尋ねる。
「あの時イセリヤに殺されたのはわたくしの姿をしたダミードールであって、わたくしではないということですわ」
にっこりと笑いながら得意そうにリーナが言った。
「その後、私たちの知らないうちにエルランド王国に逃亡。タイムたちを追いかけてそこへ行ったときに偶然再会した、というわけだ」
小さくため息をつきながらアールが簡単に説明をする。
けれど、その表情は心なしか嬉しそうだった。
無理もない。死んだと思っていた義妹が帰ってきたのだ。
帝国時代の彼女たちの言動から、この義姉妹が仲が良かったことはよくわかっていた。
思わず顔が綻んでしまうのも当然だろう。
「それで戻ってくることにしたんです。もう国も安定を始めていて大丈夫そうでしたし。アール姉様にはしっかりした補佐がいないといけませんから」
浮かべていた笑みを悪戯っぽいものに変えて、リーナは小さく笑いを零す。
「それは仕事をサボる理由にはならないぞ。お前、今は宮廷魔道士だろう」
完全に呆れ顔になってアールは義妹を睨むような目で見る。
「失礼ですわね。わたくし、自分の仕事をサボったことはありませんわ」
「どうだか」
「本当ですわよ!サボっていたらこの色の制服は着ていられませんわっ!!」
「ああっ!ちょっとストップっ!!」
リーナの声が大きくなったことに気がついて、喧嘩に発展しそうだと察したレミアが慌てて2人の間に割って入る。
「それよりもリーナ。さっきのってどういうこと?」
突然の問いかけに、リーナはきょとんと首を傾げた。
「先ほどのというのは……」
「トランストン共和国の話だ。この国の制度が気に入らないとは、どういうことだ?」
レミアが口を開く前にフェリアが続きを口にした。
リーナの話をしている間、ずっと気になっていたようだ。
その問いかけに、アールが今まで浮かべていた笑みを消した。
そのまま真剣な表情になって、僅かに俯く。
「あの国は完全共和制という政治形態を取っている国だ。だから、わが国の共和王制が気に入らないらしい」
共和王制というのは、この国独自の政治形態。
国民の代表と国王で政治に関わる全てを決めていく制度だ。
対する完全共和制とは、国民の代表とその中から選ばれた長によって政治を進める制度であるらしい。
「アースでいう民主共和制だね。あっちの共和制はいくつか種類があるから」
「こちらではあの国の制度が唯一無二の共和制でしたから」
「それで、後から生まれたこの国の共和王制を気に入らないと言っているわけか」
呆れたようなフェリアの言葉にリーナが頷く。
「そうやって向こうが取り合ってくれないのでな。うちから船を出すのは正直な話難しい」
「そんな……」
「大丈夫ですわ」
にこりと笑って言われた言葉に、アールは驚いたように義妹を見た。
「大丈夫って、何か手があるというのか?」
「ええ。わたくしをお連れ下されば、何とかして見せます」
あっさりと言われた言葉に、今度はレミアが大きく目を見開く。
そんな彼女に構わずリーナは続けた。
「エルランドに身を隠していた頃、わたくしはトレジャーハンターをしておりました。その時にいろいろ情報を手に入れたものですわ。ですから……」
浮かべていた笑みを消す。
リーナは真剣な表情でレミアに向き直った。
「きっとお役に立てます。どうか、わたくしをお連れ下さい」
「で、でも……」
思わず、今度は机の横、壁の方へ数歩下がって、レミアは困ったようにフェリアを見た。
気づいたフェリアは、ため息はついたものの、特に何も言う様子はない。
アールといえば、突然の義妹の発言に驚いて、彼女をじっと見つめたまま動かなかった。
「帝国時代……」
困惑したまま視線を彷徨わせていると、再びリーナが口を開いた。
「あの時わたくしがした行いは、償わなければなりません。謝罪だけでは納得できないのです」
「でも、タイムのときだって手伝ったんでしょう?それに、謝罪ならセレスに直接……」
「いいえ!わたくしは皆様全員に、何かしらお詫びをしたいのです!」
胸の前で拳を握って、強い口調で訴える。
「そうでなければわたくしの気がすまないのです!」
「でも……」
はっきり言って、これ以上直接関わりを持つ人間を増やしたくなかった。
これ以上、あの女に誰かを近づけるのは嫌だった。
それ以前にもうひとつだけ、問題があった。

今はフェリアもいてアールもいるから、あたしは普通に会話してる。
けど、もし一緒に行くことに同意したからといって。
……あたしは、この子を信じることが出来るんだろうか。

「……連れて行ってやってくれ」
唐突に耳に入ってきた言葉で、レミアは現実に引き戻された。
「お姉様!?」
驚いたとばかりに義姉を振り返って、リーナが声を上げる。
「いや、連れて行け、だな。それがこちらが船を用意する条件だ」
「な……っ!?」
目を大きく見開いて、思わず絶句する。
それはフェリアも同じだったのだが、真っ直ぐアールを見つめていたレミアは気づかなかった。
「……いいのか?」
目を細めてフェリアが尋ねた。
「ああ。こいつの気持ち、良く分かるからな」
微かに笑みを浮かべてアールが言う。
「ありがとうございます、お姉様!!」
ぱんっと胸の前で両手を合わせてから、リーナは笑顔のまま頭を下げた。



喜びの声が聞こえる中、レミアは1人、呆然としてアールに視線を向けていた。
その右肩に不意に何かが触れ、驚いて勢いよくそちらを見る。
いつの間に移動したか、そこにはフェリアが立っていた。
「何を考えているか知らないが、ひとつだけ言っておく」
そう前置きすると、フェリアは真っ直ぐにすぐ側にあるレミアの瞳を見た。

「面識のなかった奴が嘘つきだとは限らないぞ」

その言葉に、レミアが大きく目を見開いた。
「もうちょっと心を広く持て。でないと、おそらくエルザには勝てない」
「……わかってる」
俯いて、それだけ返す。
その言葉を聞くと、フェリアは曖昧な笑みを浮かべてレミアから離れた。
それから暫くの間、レミアはその場所から動こうとはしなかった。
動くことが、できなかった。

remake 2004.01.26