SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter5 伝説のゴーレム

6:謁見

エスクール城の正面入口から真っ直ぐ進んだところにある大きな扉。
その向こう側に広がる謁見の間の中央に、リーフは1人立っていた。
それから少し離れた場所、部屋を縦断する赤く長い絨毯の外側にミューズとミスリル、少し下がった位置にアールが控えている。
彼女たちの隣、絨毯に沿って数人の兵士が並んでいた。
向かい側にも同じように兵士が並んでいる。
彼らは自由兵団直属の近衛部隊で、誰かが王と謁見をする時は――それがたとえ国王と同じ身分の者だったとしても――この場にこうして控えている決まりになっているのだそうだ。
部屋の脇の扉から兵士が1人入ってくる。
「ミューズ様」
彼は近くにいたミューズに声をかけると、そっと何かを耳打ちした。
彼女が頷くと、兵士は早足で入ってきた扉へと戻っていく。
それを確認して、ミューズはしっかりと兄の方へと顔を向けた。
「国王陛下、入室されます」
広い室内に凛とした声が響く。
その声を合図に、先ほど兵士が出入りした扉がゆっくりと開かれた。
リーフが、それに合わせてミューズを含めた回りの兵士たちが一斉に頭を下げる。
一瞬遅れて同じように頭を下げながら、ミスリルは視線を扉の方へ動かした。
こつこつと響く足音に合わせて深い緑の外套が揺れているのがわかる。
それはゆっくりと玉座の前に移動すると、隣に立つミューズが静かに頭を上げた。
兵士たちも同じようにゆっくりと体を起こす。
慌てて、それを表面には出さないようにして顔を上げたミスリルは、視線の先にいたリーフの言葉に思わずその動きを止めてしまった。
「お久しぶりにございます、リミュート陛下」
右手を胸に当てたまま頭を下げている彼に目を細める。
久しぶりの親子の対面だというのに、リーフは国王を父ではなく陛下と呼んだ。
それは今、彼が王子としてではなく兵士として父と対面したことを意味する。
仲間と対等の立場の者として、王と話をするために。
「……よくぞ戻った、リーフ」
かつてはミューズと同じ明るい茶色だったと聞く白髪の国王は、目の前に立つ息子に言葉を返しながらゆっくりと玉座に腰を下ろした。
おそらくリーフの意図に気づいているのだろう。
入ってきたときとは違い、その表情は心なしか曇っている。
「お元気そうで何よりでございます」
そんな父の様子には構わず、リーフは頭を下げたまま言葉を続ける。
「我が子が王位を継ぐ日まで倒れるわけにはいかんからな」
リミュート王のその言葉に、リーフは漸く下げたままだった顔を上げた。
「……本日は自由兵団の長として、陛下にお願いがあって戻って参りました」
王に言葉を返すこともなく、もう一度目を伏せるように頭を下げると、リーフは静かに口を開いた。
「お前が私に頼みだと?」
リミュートの顔に驚きの表情が浮かんだ。
珍しいといわんばかりのその表情に、ミューズの目がほんの少しだけ細められる。
「はい」
はっきりとそう答えてリーフは顔を上げた。
「本来ならば、勝手に城を出ている私が陛下にお願いなどできるはずがありません。しかし、今回だけは聞き入れていただきたい」
真っ直ぐに自分を見つめる息子を見て、リミュートは小さくため息をついた。
「私ができることならば聞き入れてやらんこともないが……。して、その頼みとは何だ?」
「はい。我が城の地下にある“精霊神の間”への立ち入りを許可していただきたいのです」
「精霊神の間だと……っ!?」
今まで困惑気味でも穏やかだったリミュートの表情が一瞬にして変化した。
「駄目だ。それだけは許可できん」
続けて口にされた言葉にリーフは僅かに表情を崩す。
予想はしていたけれど、こんなにあっさり断られるとは思っていなかった。
せめて理由くらい聞いてくるだろう。そう思っていたのだ。
「何故ですか?」
口調を強めて問い返す。
「あの部屋は代々の王さえ自ら立ち入ることを禁じた聖地。まだ即位もしていないお前が入ってよい部屋ではない」
はっきりと返された言葉に思わずため息をつく。
父の口から出たのはつまらない仕来り。
4年前、この城が帝国の手に落ちたその時から、初老の父が古い仕来りに縛られ始めたことをリーフは知っていた。
知っていたから何度も他の仲間と同じ手を使おうと説得したというのに、それでもミスリルは正攻法で精霊神に会うと言った。
その言葉に同意してしまったから自分は今ここに立っているのだけれど、それでもため息をつかずにはいられない。
「お言葉ですが父上。あの部屋は元々精霊神が勇者の血を引く者たちと接触するために残した部屋と伝え聞いております。その場所を封印してしまって、何の意味があるのでしょう」
リーフの口調が強まった。
これは兵士としてではなく、王子として、この国を継ぐ者としての意見。
「勇者の家系の現当主たちの役目は1年も前に終わっているだろう。今のあの者たちに精霊神は必要ないはずだ」
きっぱりと言い返した父の言葉に、リーフは思わず拳を強く握り締めた。
「どうして必要ないと言い切れるのですか?」
叫び出したくなる気持ちを無理矢理押さえて問いかける。
「帝国を支配する悪魔は去った。今までの歴史を見る限り、勇者たちの相手となるのは1代に1組の悪魔のみ。ならば、もうあの者たちが戦うことはないだろう」
父の言葉に思わず眉を顰める。
わかっている。知らないのだ、父は。
帝国解体後、彼女たちがどんな風に過ごしてきたか。
どんな奴らと敵対してきたか。

1年前、国を取り戻した後、リーフは彼女たちの戦いを一度も王に報告していなかった。
法国の時、セレスとペリドットを匿った時は帝国解放戦争時の戦友という形で城に招いたから、父には彼女たちのことを伝えなかった。
あの時の状況も状況だ。
容易く彼女たちの素性を口にすることはできなかったのである。
その後、単独で旅に出たタイムとレミアは表向きこの城に立ち寄っていない。
後々になってミューズに彼女たちのことを話しはしたが、その時には両件とも既に終わったこと。
わざわざ騒ぎにする必要はないと2人で決め、報告しなかったのだ。

そう、自分たちが報告しなかったために父は彼女たちの旅を、辛さを知らない。
あっさりと「戦うことはない」と言えるのはそのためだ。
しかし。

「では陛下。陛下はこの1年、不穏な噂を耳にされたことはありませんか?」
呼び方を戻して問いかける。
その問いに何を思ったのか、リミュートの表情が僅かに不審そうに歪んだ。
「……魔族の国の復活やエルランド国内の事件と王の失踪、後は……我が国内でのハンターズギルドでのおかしな騒動か。思い当たるものといえばそれくらいだが?」
ただ、今上げた噂のどれもが騎士団に調査を命じる前に沈下してしまったこともあり、リミュートはその事件が本当に真実であったのか疑っていたけれど。
唯一証明されたものはエルランド国王の失踪だけで。
その失踪事件さえも、王が突然姿を消したという話以外、情報は何も入ってきていない。
当たり前だ。
あの事件は全てが終わった後、マジック共和国が――アールが裏で手を回し、他国に広まらないように仕組んだのだから。
「それら全てを解決、または解決寸前まで導いたのは勇者家の現当主たちだと言ったら、いかが思われますか?」
そうリーフが言った途端、広間にいる兵士たちが驚き、ざわめきが起こった。
ミューズが弾かれたように兄を見る。
その視線に気づいたのか、リーフはちらっとこちらへ視線を向けた。
けれどミューズの隣、いつの間にか腕組みをして立っているミスリルの表情に対して変化が見られないことを確認すると、すぐに父に向き直る。
「……それは真か?」
静かにリミュートは聞き返した。
疑っているのだろう。
彼女たちが少しでも関わったという噂は全く流れていないのだから。
「真実です。そのうちのひとつ、魔族の国の件には私とミューズも関わりました」
真っ直ぐ父を見つめて、しっかりと告げる。
その言葉に控えていた兵士たちのざわめきは大きくなり、リミュートは大きく目を見開いた。
ミューズは驚きの表情で兄を見つめ、今まで傍観を決め込んでいたアールも彼女に並ぶ位置まで前に出る。
ただ1人、ミスリルだけが、何の反応も示さなかった。
「いえ……」
再び口を開いたリーフに、一瞬にして部屋中が静まり返る。
「ミューズは魔族の国1件のみですが、私は全ての件に関わっています」
きっぱりと告げられた言葉に、兵士たちが本格的に騒ぎ始めた。
城にいなかった王子が、世界中の噂となっている事件に関わっているとは思わなかったのだろう。
がたんと音を立ててリミュートが玉座から立ち上がる。
それを見て、兵士たちの声が一瞬にして収まった。
「リーフ、お前……」
何故そんなことを。
父の目は、自分にそう問いかけていた。
その問いには答えず、リーフはまっすぐに彼を見た。
「こんな証人がいても、まだ必要ないと仰ることができますか?父上」
深い緑色の瞳が、真っ直ぐに白髪の王の茶色い瞳を見つめる。
息子に真剣な目を向けられても、リミュートは首を縦に振ろうとはしなかった。
変わりに口から出たのは、先ほど視線だけで問いかけた疑問。
「何故、お前がそんなものに関わっている?」
リーフが城を空けているのは、ただ単に剣術の修行のためだと報告されていた。
何処で何をしているのか、詳しく知っているのはミューズだけだ。
それは父を心配させないため。
そして本当の理由を知られ、反対されることを恐れたため。
「私の修行先は異世界。彼女ら勇者家の当主の元です。そんなに近くにいて、関わらない方がおかしいと思われませんか?」
明かした真実に、リミュートの目が限界まで大きく見開かれる。
それには構わずリーフは続けた。
「今、彼女たちの前には新たな脅威が迫っています。それを退けるには、精霊神の導きが必要なのです」
しんと室内が静まり返る。
先ほどまであんなに騒いでいた兵士たちが、一言も言葉を発していなかった。
目の前の、いずれ自分たちの主となるだろう青年の気迫に飲まれ、口を開けずにいる。
「……かなり必死に見えるのは気のせいか?」
そんな雰囲気の中、アールが自分の隣に立つミスリルに小さく尋ねた。
「『被害者』の中にセレスがいるからね。あながち気のせいじゃないと思うわ」
吐き出すように呟かれた言葉に、ミューズは僅かに表情を暗くした。
兄と彼女の仲間良さはよく知っている。
兄が、どれだけ彼女のことを気にかけているのかも。
「父上!」
痺れを切らしたリーフの声が謁見の間に響いた。
予想もしなかった息子の言葉に呆然としていたリミュートは、その声にはっと我に返った。
じっと自分を見つめる息子の視線から逃れるように目を伏せる。
そして、リミュートはゆっくりと首を振った。
「駄目だ」
「っ!?親父っ!!」
リミュートの静かな答えに、リーフは勢いよく顔を上げた。
それと共に思わず吐き出したのは、飾ることのない言葉。
「お前の言うその脅威とやらは、まだ我らに牙を剥いたわけではない。相手がまだ何もしていないうちにこちらが関わりでもすれば……」
「何か起こってからじゃ遅いって、4年前に学んだんじゃなかったのかよっ!」
叫ぶように声を上げて、リーフは父の言葉を遮った。
その言葉にリミュートが動揺したように目を見開いたが、そんなこと気にしている余裕など当にない。
「兄様っ!」
ミューズの咎めるような声が耳に届いたが、それを無視してリーフは父親を睨んだ。
「1年前、国を取り戻したとき、あんた俺たちに言ったよなっ!何か起こってからじゃ、後悔してからじゃ遅いって。だからいつでも準備だけはしっかりしておけってっ!」
それは国を奪われたことから生まれた教訓のはずなのに。
それを強い口調で自分たちに教えたのは、今目の前にいるこの人であるはずなのに。
「なのに……」
言いかけて、リーフは何を思ったのか口を閉じた。
先ほどより強く握り締めた拳から血が滲んでいる。
「……我らの周りでは、既に事は起こっています。これ以上、時間を無駄にするわけにはいかないのです」
無理矢理心を落ち着かせて、搾り出すように言った。
声が震えているのがわかる。
けれど、騎士団の団長としてここに立っている以上、これ以上の暴走は許されない。
「陛下」
まっすぐに父を見て、吐き出されたのは騎士団長としての言葉。

「我らに精霊神の間への入室許可を。拒否された場合、地位も家も全て捨てる覚悟で強行突破させていただきます」

強く室内に響いた言葉に、再び兵士たちが騒ぎ出した。

remake 2004.06.05