SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter5 伝説のゴーレム

7:承諾

「に、兄様っ!?」
予想もしなかった兄の発言に思わずミューズは声を上げた。
側に立つアールも驚きの表情を浮かべる。
ミスリルだけは、変わらず表情が変わらない。
本当は僅かに眉が動いたのだけれど、それには誰も気づかなかった。
「……本気か?」
「いくら私でも、冗談でこんなことは言えません」
父の問いに躊躇いもせずに即答する。
「お前は私の後継者なのだぞ?」
「私がいなくてもミューズがいます。民も修行と称して国にいない私より、国に残っているミューズの方が適任だと思っているでしょう」
「兄様……」
思っても見なかった兄の言葉にミューズは動揺した。
この国は何があっても彼が継ぐものだと思っていたから。
兄が、そんなことを言い出すとは思ってもいなかった。
しんとした空気が室内を包んだ。
リーフの言葉に何かを察したのか、先ほどまで騒がしかった兵士たちも、今ではすっかり黙り込んでいる。
どれくらい時が流れただろう。
何分、いや、もしかしたら何時間かもしれない。
そんな錯覚を覚えそうな沈黙の後、不意に小さなため息が聞こえた。
視線を動かすと、じっと父を見つめていたはずのリーフが、目を閉じて顔を俯けていた。
突然の息子のその行動に、リミュートは驚いた顔をする。
てっきり自分が何か言うまであのままでいるのだと思っていたのだ。
しかし、彼はその予想を裏切った。
もう一度向けられた瞳に浮かんだのは、先ほどのような真剣な色ではなく、失望。
「それではこれで失礼いたします。リミュート様」
その静かな言葉にリミュートとミューズは目を見開いた。
今までリーフはリミュートのことを『国王』や『陛下』と呼んだことはあっても、名前で呼ぶことだけは決してなかった。
もちろん公務や祭事で必要なときを別にしての話である。
その彼が、父の名を口にした。
それは即ち、決別。
先ほど言った言葉が本心であることの証明。
反抗心だけでそれを口にしたのではないということは、目を見ればわかった。
そのまま視線をミューズの――彼女の隣に立つミスリルの方へ向けると、リーフは迷わず扉に向かって歩き出す。
そんな息子の姿を見て、リミュートは慌てて立ち上がった。
「待てっ!!」
ぴたりと足を止め、無表情のままリーフが振り返る。
そんな息子に一瞬息を呑み、リミュートは大きくため息をついた。
「わかった。私の負けだ」
「父様!?」
意外な言葉に驚き、ミューズは思わず父を呼ぶ。
父が妙なところで頑固なのは知っていた。
だから、兄があんな発言をしたとはいえ、一度でも精霊神の間の開放を拒んだ父が首を縦に振るとは思いもしなかった。
そんな娘に薄く笑いかけると、リミュートは瞳を息子に向ける。
今まさにここを去ろうとしていたリーフは、ミューズと同じ驚きの表情で振り返り、こちらを凝視していた。
「精霊神の間への立ち入りを許可する」
きっぱりと言われた言葉に、ミスリルとアールは思わず顔を見合わせた。
「ただし、入室する者全員が私と謁見することを条件とする。それでよいな?」
「陛下……」
「よいな」
「は、はい。ありがとうございます」
父の持つ、国王特有の妙な気迫に押され、思わずリーフは言葉を返していた。
回りの兵士からすれば、先ほどのリーフも同じ気迫を持っていたのだけれど、おそらく本人はそれに気づいていない。
リーフの答えに満足したのか、リミュートはほっとしたような笑みを浮かべる。
しかしそれはすぐに引っ込み、再び真剣な表情になって真っ直ぐに自分の息子を見つめた。
「今回はお前の意思を認める。だがリーフ。今後一切そのように軽く『家を捨てる』などと口にすることは許さん」
先ほどとは違う口調で発せされた父の言葉に、リーフの肩がびくっと跳ねる。
「仮にもお前はこの国を継ぐべき人間だ。先頭に立ち、民を守り導く者がそれを私情のために簡単に捨てると言ってしまっては、民の心も離れよう」
「……申し訳ございません」
わかっている。
父の地位を、この国の王という地位を継ぐのならば、真っ先に国のことを考えなければならないということ。
私情に走ってそれを捨ててはいけないということなど、4年前に嫌と言うほど学んだのだから。

それでも……。

不意に、彼はその濃緑の瞳を伏せた。
次にそれを開いたとき、そこに宿っていたのは強い光。
「けれど、どうしても譲れなかったのです」
しっかりと父を見つめて言い返した。
そんな彼を見て、リミュートは一瞬目を見開いた。
けれど誰も――それこそ肉親以外の誰もが気づかないうちに、その驚きの表情は消え去ってしまう。
変わりに浮かんだのは優しい笑顔。
「ならば今度連れて来るといい」
その言葉にリーフが弾かれたように父を見る。
ミューズとアール、今までほとんど表情の変わらなかったミスリルまでもが、驚いて王を見上げていた。
「国を捨ててでも彼の者たちの味方をする。それはその者たちの中に大切に思う者がいるからであろう?」
ぼんっという音が聞こえそうな勢いでリーフの顔が真っ赤に染まる。
一瞬にして茹蛸状態になった息子を見て、リミュートはおやおやとおかしそうに笑った。
「おや……父上っ!?」
ここが謁見の間だということを忘れて声を荒げそうになったリーフは、慌てて言葉を直して父を睨んだ。
それでもリミュートの笑い声は止まらない。
先ほどまでの雰囲気は何処へ行ったのか、あまりの父の態度にとうとうリーフの堪忍袋の緒が切れた。

「いい加減にしろ親父ーっ!!」

謁見の間にそんな王子の声が響いたのは、数年ぶりのことだったという。



「お恥ずかしいところをお見せしました」
完全に親子喧嘩を始めてしまった父と兄を謁見の間に残し、集まった兵士を解散させたミューズは、2人が案内された部屋に入るなりそう言って頭を下げた。
「いえ……。元はといえば私が発端なわけだし」
「あのリミュート王があそこまで壊れるのは意外だったな……」
慌てて言葉を返すミスリルの横で、苦笑したようにアールが呟く。
現エスクール国王リミュートは、他国では冷静な王として有名で、補佐として子供たちが側に控えていたとしてもあんな姿を人前に晒すことはないのだという。
尤も、ダークマジック占領中の軟禁生活で体調を崩したリミュートはあまり表舞台には立たなくなり、外交はもっぱらミューズが担当していたから、最近の彼がどうなのかはこの城の者しか知らないのだけれど。
「父様も兄様も変なところで頑固で子供っぽいですからね」
「よく今まで大丈夫だったわね、この国」
出された紅茶のカップを手にしたミスリルが盛大にため息をつく。
いくらしっかりしているとはいえ、まだ成人して1年ほどしか経っていない少女にそう言われるのだ。
彼女が心配になるのも無理はない。
「そう言うけどな、ミスリル。エスクール王家の評判は他のどの王家とも比べられないほど良いんだぞ」
「そうなの?」
アールの言葉に、ミスリルは不思議そうに彼女を見た。
「ああ。リミュート陛下はもちろんだが、その血を引く騎士団長兄妹の悪い噂は聞いたことがない」
「褒めすぎですよ、アールさん。私たちだって悪い噂くらいあります」
真顔で話す彼女に、照れたのか微かに頬を赤く染めて視線を逸らせたミューズが言う。
「例えば?」
「……スパイを送り込むなんていう卑怯な方法で国を取り戻したとか」
「おや。私には『自分の危険を顧みず、国のために敵地に侵入した勇敢な王子』という話で伝わってきたが?」
あっさりと返された言葉に、ミューズは小さく呻いて俯いた。
「実は王子はダークマジックと内通していたとか」
「逆だろ。ダークマジックの人間がレジスタンスと内通していたんだ」
内通、という表現は間違っているだろう。
実際のその人物は内通者などではなく、亡命者だったのだから。
予想通りのアールの言葉に、ミューズは密かにため息をつく。
この言葉ばかりは反論のしようがない。
レジスタンスと内通していたと噂のある『亡命者』が今、目の前にいるのだから。
「まあ、アースでのあいつを見ていると、確かにこの国の未来は心配だがな」
ミューズが何も言えずにいると、不意に小さく息をついてアールが言った。
「まあ、それは確かに……」
出された紅茶のカップつけていた口を離して、同意するようにミスリルが頷く。
はっきり言ってアースに――学園にいるときの彼は情けないことこの上ない。
「だから、それは大丈夫ですから」
謁見の前――リーフとミスリルが会議室に乗り込んでくる直前までしていた話と同じ会話を繰り返され、ミューズは困ったように笑う。
自分の兄はそこまで情けないのだろうか。
そんな疑問が喉元まで出かかったが、何とか声にしないまま言葉を飲み込む。
そして一瞬の後、その判断は正解だったとため息をついた。
突然ノックも無しに部屋の扉が開く。
「ミスリル」
同時に聞こえてきた声に、3人が揃ってそちらに視線を向けた。
散々怒鳴りあってきたのだろうか、城ではいつも凛としている声が今は心なしか擦れている。
「気が済んだのですか?兄様」
冷たい笑みを浮かべて問いかけるミューズに気まずくなったのか、少し逃げ腰になってリーフは「ああ」と頷いた。
「それで、親父が早く入室者を連れて来いって言ってるんだけど、いいか?」
「愚問ね」
吐き捨てるように言うと、手にしていたカップを置いてミスリルは立ち上がった。
「むしろこっちは今まで待たされてたんだから。さっさと案内してちょうだい」
「……態度でか」
「何か言った?」
「いいえ。何にも」
ぎろりと睨みつけられて、リーフはあっさり首を振る。
「それじゃあ謁見の間に……って……」
ため息をついてから顔を上げて、リーフの動きがぴたりと止まる。
「もしかして、お前らも着いてくる気か?」
あからさまに嫌そうな表情を浮かべてわかりきった問いを投げる。
「いけませんか?」
ミスリルに続いて席を立ったミューズが、薄く笑みを浮かべて聞き返した。
「いや、そういうことじゃないけど、何で?」
精霊神の間に入る必要があるのはミスリルと彼女に着いていく自分だけなのだから、この2人は謁見に立ち会う必要などないはずだ。
「毎回協力しているのに、例の部屋には一度も入ったことはないからな。一度くらい入ったって構わないだろう」
視線が自分に向いたのがわかったのだろう。アールが不適な笑みを浮かべる。
「こういうときでないと入れないですから、たまにはね」
ミューズがにこりと、今度ははっきりとした笑顔を見せる。
そんな2人を――正確にはミューズを――見て、何かを察したのかリーフの顔色が悪くなる。
「……ワカリマシタ、イキマショウ」
棒読み同然に言葉を発すると、リーフはそのままふらふらと部屋を出て行った。
まるでルビーが激怒したときのような態度を取る彼に、ミスリルは不思議そうな顔で首を傾げる。
「何?あいつどうしたの?」
「さあ?親子喧嘩で疲れているだけではありませんか?」
ミスリルの問いに笑顔のままそう返して、「それより行きましょう」と言葉を続けたミューズは、何事もなかったかのように部屋を出て行く。
いつもとは違う気がする彼女の態度を不思議に思いながらも、ミスリルは何も言わずに2人の後を追った。

誰もいなくなった部屋で、アールは小さくため息をついた。
ミスリルは気づかなかったようだが、彼女は気づいていた。
ミューズの兄に対する対応の変化に。
「……さっきの親子喧嘩のこと、相当怒っているな」
リーフを除けば、一番ミューズと付き合いが長いのは自分だ。
確かに会うのは両国間の会議のときだけだが、毎回その後にプライベートな時間を作って話をしてきた。
元々勘のよいアールだから、月に二、三度とはいえ、1年もそれが続けば気づく。
彼女は、本気で怒っている時は普段は見せないような笑顔を見せるタイプだと。
「終わったら私もさっさと引き上げるか」
自分や連れてきた部下に被害が及ばないうちに。
ため息とともに呟いて、アールは心なしか重くなった足をゆっくりと動かした。

remake 2004.06.25